【モブ荒】さくらさく

◆◆ caption ◆◆
・高校生のモブ荒です。【R-18】
・モブ(僕)から見た荒北靖友のお話。
・性行為描写があります。

 
 箱根学園の生徒らしからぬ空気をまとい、少しだけ猫背気味に歩く男。彼は俗に言う「元ヤン」で、自転車競技界隈では「野獣」と呼ばれているらしい。目つきは鋭いし、声は大きいし、他者を威圧するような近寄りがたい雰囲気を漂わせている。教室のドアを勢いよく開けて彼が登場したとき、教室内は数秒間静かになった。でも、この手の雰囲気は慣れたものなのか彼は一向に気にしない。ズカズカと僕の前までやってくると、「なぁ、辞書貸して」とポケットに入れていた右手を差し出した。
「じ、辞書? いいよ、何のやつ?」
「英語」
「あ、うん。はい、これ」
「うっす。どーもネ」
 ニヤリと笑った唇から覗く白い犬歯。昨夜はあの鋭い犬歯も影を潜めて、ひっきりなしに甘い声を漏らしていた。意気揚々と教室を出ていく背中に数時間前の卑猥な記憶が重なる。彼に噛みつかれた箇所がうずいた気がして、思わず僕はそっと肩を押さえていた。
「お前よく怖くねぇな。それかなに、アイツになんか脅されてるわけ?」
 振り返ると、後ろの席のヤツが見当違いなことを囁いた。
「まさか。そんなわけないだろ。彼は話すといいヤツだよ。ただちょっと怖く見えるだけで」
「ほんとかよ」
「ほんとに」
「カツアゲとかパシりとかさぁ、なんかあるんだったらちゃんと言えよ?」
 曇った表情の友人に「大丈夫だって」と念を押して話を終わらせる。たしかに彼はその言動から誤解されやすいし、本当の姿をあまり他人に見せるようなタイプじゃない。人間関係においてはずいぶん損をしているはずなのに、当人はまったく気にしていない。その辺についてはこの先もたぶん変わらないと思うけど、でも、彼の本当は僕だけが知っていればいいから問題ない。
 彼の名前は荒北靖友。
 元ヤンで、野獣で、野良猫のように警戒心が強い男。彼は僕の恋人、いや、女だ。

 
1.
 僕らは受験勉強をしていたはずだった。
「ん……ふっ……」
 鼻にかかった声を漏らしながら、彼の頭が僕の股ぐらで揺れている。サラサラした黒髪は意外にも猫っ毛で柔らかい。髪に触れ、指を滑らせて耳の輪郭をなぞり、彼の頬に触れる。僕の陰茎を口いっぱいに頬張った頬は、少しだけ汗ばんでいて少し熱い。
 真上から見下ろしたときの荒北くんは揃ったまつ毛がきれいに見える。僕が見ていることに気がついた彼はわざとらしい上目遣いになった。陰茎を口から吐き出して、舌先で亀頭をゆっくり舐める。鈴口をツンツンされる刺激がたまらない。プクっと盛り上がった先走りの雫を唾液で光る舌先が器用に掬って唇の中へ運んだ。
 こくんと喉を鳴らした彼が「すっげー膨らんできた」と笑って陰茎をこすり始めた。彼の笑顔も仕草も、そのすべてが下半身に直結した刺激になる。射精感が高まった僕は慌てて彼の手を押さえた。
「あ、荒北くん、もう出ちゃうから……」
「なんでだよ。出しちまえばいいじゃねーか」
「でも、もったいないし」
「は? 意味わかんねェ」
 意地悪く微笑んだ彼が僕の手を払いのけ、再び手のひらを上下に動かし始める。
「あっ……! ほんとに、もっ、ダメだからっ」
 切羽詰まった僕の声に満足したのか、荒北くんは手を動かしながら陰茎をぱくっと頬張った。吸い上げるように顔を動かされて、僕はもうやけくそ気味に荒北くんの頭を両手で抱える。彼の動きに合わせて腰を動かし、口の中はもちろん、喉の奥まで犯すように突き上げる。
「んっ、んん!」
「ごめっ……荒北くん、ごめん。あっ、気持ちいい……荒北く、もっ、でそ……!」
「んんっ! んぐっ」
 腰をおろしたベッドが揺れて軋む。その中に荒北くんの苦しげな声が混じり、その声さえも僕の聴覚を刺激して1分ともたずに射精した。彼の喉の奥へ思いっきり注ぎ込むように精液を吐き出す。ごめんと思いながらも彼の苦しそうな顔がとてつもない快感で、目の前が真っ白になるくらい気持ち良かった。
「あー……気持ちいい」
 すべて出し終えるまで彼の頭を押さえっぱなしだったことに気がつかなかった。射精しきってブルッと小さく震えた瞬間、唸り声をあげる彼に手を掴まれて、慌てて押さえていた手を離す。
「うわっ、ごめっ、荒北くんごめん! 苦しかったよね!? ほんとにごめん……」
「……てめぇ」
 顎に垂れた精液を手の甲でぬぐう荒北くんの、睨みをきかせる目が涙で濡れている。
「クソッ……鼻に入るとこだったじゃねーか」
 苦しい思いをさせたいわけじゃないのに、鼻をすすって眉をひそめる顔がやけに征服欲を煽る。
「なに笑ってんだヨ」
「え……」
 無意識に笑っていたようで、とっさに口を隠したが遅かった。チッと舌打ちした荒北くんが僕の性器を強い力でぎゅっと握る。
「いっ……!」
「笑ったバツだからァ」
 フンッと鼻を鳴らした荒北くんは立ち上がりながら下着ごとスエットパンツを脱ぎ捨てた。そして僕の太ももを跨ぐようにしてベッドに乗り、充分に反り返った自分の性器を握りながら僕に顔を寄せる。
 下唇に噛みついてくるキスは彼の癖なのだろうか。小さな痛みと一緒に熱くぬめった舌が僕の歯列を割る。荒北くんの口の中はもうからっぽで、僕があげた精液は飲み干されて彼の腹の中だ。この薄い唇がさっきまで僕の性器を咥えていたのだと思うと、また僕は興奮してしまい、下半身に熱が灯っていくのを感じた。
 
*
 僕と荒北くんの関係はたぶん彼の気まぐれで始まった。
 荒北くんのことは入学した当初から知っていて、というかたぶん誰でも彼のことを知っていたと思う。めったに見ないリーゼント頭に裾を出しっぱなしのワイシャツ、申し訳程度にぶら下がるネクタイ、これでもかと主張するドクロモチーフの大きなバックル。箱根学園に似つかわしくないその容姿は入学早々生徒たちにインパクトを与え、話題を集めるには充分だった。
 僕らはたまたま同じクラスになり、僕も最初は他のクラスメイトと同じように彼の存在にビビっていた。
 たとえ授業中に指名されたとしても「めんどくせぇ」と言って答えず、挙句の果てにさっさと教室を抜け出してしまう。入学当初は彼とつるんでいた生徒もいたらしいが、そのうち誰も関わらなくなったのかひとりでいるのを見かけるようになった。
 僕が昼休みにそれを目にしたのはまったくの偶然で、本当は彼の背中を見かけた瞬間に怖くて引き返そうかと思ったほどだった。
 日直だった僕は職員室に呼び出され、次の授業で使うプリントを抱えて教室へ戻る途中だった。近道しようと渡り廊下を抜けたとき、中庭の片隅で見慣れたリーゼントが動いた。
(うわ……荒北くんだ……)
 僕は咄嗟に立ち止まり、その場に停まったまま引き返そうかどうか迷っていた。すると誰かに話しかけている荒北くんの声が聞こえて、なんとなくそっと近寄ってみると彼は数メートル先にいる黒猫に何かを差し出していた。
「おら、こっち来いヨ。コレやるからァ」
 彼が差し出していたのはメロンパンで、当たり前だが黒猫は見向きもしない。
「なっ……テメー、メロンパンは食えねぇってのかよ!?」
 荒北くんはパンを食べやすい大きさに千切るとめげずに猫に差し出した。それでも猫は近寄らず、ニャァとひと鳴きして駆けていった。
「……んだよ、チクショウ」
「荒北くん、たぶん猫はメロンパンは食べないんじゃないかな」
 気がつけば僕は声をかけていた。驚いて振り向いた彼の目は丸く見開かれ、そのあとで頬がサッと赤くなる。口をパクパクさせた荒北くんが「てめぇナニ見てんだヨ!」と凄んできたが、耳まで真っ赤にした彼はまったく怖くなかった。
「猫にあげるならウインナーが入ったものとか、あとはコンビニなら猫缶も売ってると思うけど」
「んだヨ……ずいぶんわかったように言うじゃねーか」
「僕のおばあちゃ、っと、祖母の家で猫を飼ってたんだ。もう何年か前に死んじゃったけど」
「……へぇ」
 少しだけ興味を持ってくれたのか荒北くんは睨むのをやめた。ベンチに座り直し、千切ったメロンパンを口の中に放り込むと手に持っていたベプシを呷る。
「……なんだヨ」
「え?」
「ナニ見てんだっつーの。どうせオレに用があるわけじゃねーんだろ」
「あっ、たまたま通りかかっただけで……」
「あっそ」
 手の甲で口元をぬぐった荒北くんはもう僕に興味をなくしたのか、「じゃー、さっさと行け」と言いながら追い払うように手をひらひらさせた。
「あ、うん。じゃあ」
 そそくさとその場を離れた僕は1年生の教室が並ぶ廊下で5、6人の上級生の集団とすれ違った。見慣れない先輩たちは誰かを探しているふうで、あとから聞いた話だが彼らは荒北くんを探していたらしい。それが理由かどうかはわからないが、荒北くんがその日教室に戻ってくることはなかった。

 
 頬と口元を腫らした荒北くんを見かけたのはその日の夜、寮内の廊下だった。
 彼に気がつかず一旦通り過ぎてしまったのは、トレードマークであるリーゼントスタイルじゃなかったからだ。
 プシュッと炭酸が抜ける音に続いて「っつ……いてぇな……クソ」と思わぬ人物の声がした。驚いて振り向いた先にいたのはたしかに荒北くんだったが、彼はまったくの別人に見えた。
 首にタオルを提げた彼の髪は風呂上りなのか濡れたままで、思ったよりも長い髪の毛が目と耳を覆っていた。荒北くんが髪の毛をわずわらしそうにかきあげた瞬間に目が合い、「またお前かよ」と見るからに嫌そうな顔で彼が目を細める。
「あっ、荒北くん!?」
「……んだよ、うっせーな。声でけェんだヨ」
 赤く腫れた傷痕は喋るのも辛そうで、荒北くんは眉をひそめて口元に手をあてた。
「それ、どうしたの?」
「……なんでもねー」
「あっ! もしかして3年の……?」
「……だからァ、なんでもねーって」
 強めの口調で返され、明らかな拒絶に僕は黙るしかなかった。すると荒北くんはマズいと思ったのか、
「マジでなんでもねーから。誰かに言ったりすんじゃねーぞ」
と僕に持っていたベプシを押しつけた。
「ベプシ?」
「べ、別に口止めってわけじゃねェ。くちんなかも切れてっから、しみて痛ぇんだヨ。捨てんのももったいねーし、だからオメーにやる」
「あ、ありがとう。そうだ、あとで荒北くんの部屋に行ってもいいかな。今日英語で宿題のプリントが配られたんだけど、荒北くんいなかったからさ。寮で渡せるかなと思って持って帰ってきたんだ。ほら、僕、今日は日直だったし……」
 どうかな、と伺うと荒北くんは顎に指を当てて黙り込み、「お前、いま暇?」と逆に問いかけてきた。
「暇、と言えば暇かな」
「んじゃ今からお前の部屋に行くわ。お前はその英語のプリントって終わってんの?」
「う、うん。終わってるけど……」
 その返事でパッと明るい表情になった荒北くんは僕にのしかかって肩を抱いた。
「んじゃ行こうぜ」
 ぐい、と強引に背中を押されながら部屋に向かう。並んで歩く彼は僕よりも身長が高く、細身の体に似合わず意外と筋肉がしっかりしていた。
「荒北くんて何か運動やってた?」
「は? 急になんだよ」
「いや、けっこう身体がしっかりしてるなって思って」
「はぁ? なんだそりゃ。つーかなんかキモ」
「あっ、変な意味とかじゃなくて、ただ純粋にそう思ったからで……」
 慌てて弁解する僕の横で荒北くんがプッと吹き出し、そして「わーってる。からかっただけだっつーの」と声をだして笑った。その無邪気な顔が新鮮で、今までに見たことのない彼の表情に僕の心臓がぎゅっと苦しくなる。これがギャップ萌えというやつだろうかなんて変なことが頭によぎった。こんなに子供っぽく笑ったり猫が好きだったり、本当の荒北くんは外見からは想像もつかないような人なのかもしれない。
「……かわいい、かも」
 思わず心の声が口をつく。
「あ? なんだって?」
「えっ!? あれ? いや、なんでもないよ」
「ハァ? なに慌ててんだよ、変なヤツゥ」
 細身なのにがっしりしていて身長も高い。どこからどう見ても男性的な荒北くんにはかわいいよりもカッコイイのほうが似合うのに。胸の中に浮かんだ感情がよくわからず、戸惑いながら彼の横を歩いた。
 僕の部屋に入った荒北くんは棚に並ぶ漫画の多さに感動しているようだった。プリントもそっちのけで手にした漫画をパラパラとめくり始める。
「荒北くん、プリント……」
 おずおずと声をかけるとようやく目的を思い出したのか「ああ、そうだったな」と言って床に座り込んだ。そして僕のプリントを催促し、さっそく答えを書き写し始める。
 ときおり荒北くんの前髪が目にかかり、彼の細長い指がそれを億劫そうに耳にかける。すこしだけ尖っていて、耳たぶの肉が薄い耳。なんとなく触れたくなるような珍しい形の耳だった。
「なぁ、お前の部屋にさァまた来てもいいか?」
 僕がじっと耳を見ているとも知らず、プリントにペンを走らせて視線を落としたまま荒北くんが呟く。
「ん? えっ、僕の部屋?」
「そー。漫画読みてぇなって思って。ダメなら別にいーけど」
「あ、いやダメじゃないよ。い、いつでもどうぞ……」
「そ。サンキュ」
 相変わらず視線を落としたままで荒北くんがニッと笑う。目を伏せていると彼のまつ毛は思ったよりも長いのだと知って、瞬きとともに小さく震えるまつ毛の影にしばらく見とれていた。
(かわいい……)
 かわいいだなんて口にできるわけもなく、僕は唐突に沸いた「萌え」という感情にどうしようもなく戸惑っていた。

 
2.
 荒北くんはたびたび僕の部屋にくるようになり、ほとんど漫画を読んでいるだけだったがたまに宿題を写したりもしていた。だが次第に部屋に来る頻度が減っていき、ある日突然彼は長かった髪を切ってきた。
 さっぱりした髪の毛をタオルで拭きながら荒北くんが僕のベッドに横になる。僕が買ってきたコミック誌の新刊を手に取るとそれを読みながら口を開いた。
「オレさァ、チャリ部に入ったんだわ。だから前みてぇにしょっちゅうは来れねェんだけど、時間ができたら読みにくっから。コレ、ちゃんと買っとけよナ」
「チャリ部って自転車競技部のこと?」
「そ。ってお前知ってんの?」
「知ってるもなにも、箱根学園の自転車競技部は有名だよ。毎年インターハイに出場してるし、優勝回数もダントツなんじゃなかったかな」
「へぇ、お前詳しいのナ。知らなかったぜ」
「えっ、知らないで入部したの? っていうかなんで? そもそも自転車って……荒北くん自転車好きだったんだ?」
「ちげーヨ、別に好きじゃねぇ」
「じゃあなんで……」
「なんかすげぇムカついてよォ。ぜってーあの金髪には負けねェ」
 拳を握りながら悔しげに唇を噛みしめていた彼は、それからどんどん自転車にのめり込んでいった。たまに部屋にやってきては部活での話をあれこれ語り、速く走れるのが気持ちいいのだと笑う彼はあの無邪気な顔をしていた。最初は応援していた僕も、だんだんと嬉しいよう聞きたくないような複雑な感情を抱くようになっていった。
 僕は嫉妬していた。
 自転車競技部のメンバーはもちろん、自転車自体にヤキモチを妬いている。自分でもおかしいとは充分わかっていて、それでも芽生えてしまった醜い嫉妬をもう抑えることはできそうになかった。
 ひとりだった荒北くんに夢中になれるものができて、仲間と呼べる友人たちも増えた。僕が言うのもなんだけど、昔の彼からは想像もつかないような進歩といってもいいと思う。でも、僕だけが知る荒北くんはどんどんいなくなっていて、それよりも現在進行形で僕の知らない荒北くんがどんどん増えている。僕だって彼のすべてを知っているわけじゃないし、まず大前提として僕は彼にとっての何者でもない。
 僕はただ、置いていかれたような気がして寂しかった。自分だけが荒北くんの特別だと思っていたのに、でもそんなものは僕の勘違いでしかない。
 彼を見るたびに胸が嫉妬で潰れそうだった。
 僕は、間違いなく荒北くんに恋をしていた。
 
*
「荒北くん、好き……です」
 僕の部屋で想いを告げたとき、彼は相変わらず漫画に視線を落としたまま「そォ」と言った。僕を嫌悪するわけでもなく、気持ち悪いと罵倒もしない。ただ一度だけ僕を見るとなんでもなさそうに「知ってる」と短く応えた。
「……え? 知って、たの?」
「ああ。お前、すっげーわかりやすいぜ? 気づいてねーの?」
「へっ、あ、うん。そうなんだ……知らなかった」
「だってお前さぁ、オレがチャリ部の話をしだすとすっげー顔が変わるんだもんな。あれで無自覚っつーんなら逆にすげーわ。どうせあれだろ、ヤキモチっつーのォ? 女みてぇにグチグチしてんだろ?」
 明らかに茶化すように荒北くんが笑い、手にしていた漫画を閉じた。
「で、好きだからなんだってんだヨ」
「え」
「それで終わりか?」
 彼の質問の意図がわからず、固まったままの僕に荒北くんがニヤリと笑う。
「オレは別に好きなヤツとかいねぇからわかんねーけど、オメーがオレを好きってのは伝わった。で、言われたオレはどうすりゃいいわけェ?」
「どうって……キモいとか思わないの?」
「は? 別にィ」
「だって僕、荒北くんが好きなんだよ? 僕は男だし、荒北くんだって男だろ? 僕の好きはキスがしたいとか、その先もしてみたいとか……そういう意味の好きなんだけど」
 僕の言葉に重ねるように荒北くんが大きなため息をついた。うなじを掻きながら「で?」と睨む。
「でって……」
「キモかったらお前の部屋なんて来てねーよ。とっくに関わんねーようにしてるっつーの。チャリ乗って疲れてるっつーのにわざわざ嫌いなヤツんとこに来るかァ?」
「だって……漫画が読みたかったんじゃ……」
「漫画は読みてーヨ。でも、なんか落ち着くんだよ。テメーの部屋」
「僕の部屋……」
「部屋っつーか、お前がいると?」
 言いにくそうな顔をして荒北くんが口ごもる。僕はまた心臓がぎゅっと痛むのを感じて、我慢できずに荒北くんに近づいた。ベッドの脇に腰をおろすと荒北くんが少しだけ警戒したように身を固くする。思わず僕が「何もしないよ」と笑うと、彼は「は? 別にそんなつもりじゃねーし」とじろりと睨んだ。
 荒北くんの顔を見ることができなくて胡坐をかいた彼の足ばかり見ていた。そしてゴクッと唾を飲み込んで意を決して再び告げる。
「あ、荒北くん、……すっ、好き……です」
「さっきも聞いた」
「僕の……彼氏になってください……」
「ハッ! なんだソレ」
 彼の笑い声が部屋に満ちる。今度こそ嫌われるかもしれないとビクつく僕の肩を彼がポンッと叩いた。
「まぁ、いいぜ。おもしろそうだからァ」
 
 あれから月日が流れ、僕の告白に彼が気まぐれで応えた関係はまだ続いている。
 僕は荒北くんの舌を吸いながら手を伸ばして手探りで枕元をまさぐった。なんとかローションを手にすると一度唇を離してもたつく手つきで蓋を開ける。すぐ目の前にはじっと僕を待つ荒北くんの顔があり、半開きになった唇からは熱い呼吸が漏れていた。唾液で濡れた唇が「はやく」と僕を急かす。
 ローションをたっぷりと指の腹に落とし、もう片方の手で僕に跨る彼の尻たぶを割る。後孔を探りながらローションを押しつけると荒北くんの身体が冷たさにピクッと揺れた。
「うっ……はや、く。待てねェ」
 眉尻を下げた荒北くんが僕の耳に噛みついて吐息ごと舌先を差し入れた。ダイレクトに耳に入る舌の音に僕は唾を飲み、逸る感情を抑えながら探り当てた後孔に人差し指を添える。
 ぬるついた指先が荒北くんの中に潜り込んだ瞬間、彼は僕の耳元で高い声を漏らした。そのままぐっと指を侵入させると、指の深さに伴って彼の声が大きくなる。吐息に近かった喘ぎ声は指を根元まで埋め込んだときにハッキリした言葉になって、荒北くんは「気持ちいい」と掠れた声で啼いた。
 内側を傷つけないようにそっと指を動かし、時間をかけて慣らしていく。
 頃合いをみて人差し指を第一関節まで引き抜き、そこに中指を添えて今度は2本同時に入れてみた。指2本をやっと飲み込んだ彼の体内は締めつけがきつく、荒北くんも苦しげな声で呻く。
「痛い? やっぱり抜こうか?」
 だが彼はフルフルと頭を横に振り、押し殺したような声で「大丈夫だから」と囁いた。
 苦しそうな声が辛い。
 僕は少しでも彼の負担を減らそうと指の動きをできるだけ抑えた。じっくり時間をかけてローションを塗りこみ、少しずつ緊張をほぐしていく。でも荒北くんに僕の気持ちは伝わらないようで、「焦らすなって」と耳をかじった。
「なァ、まだかヨ」
「でも、ゴムがないし……」
「んなもんいいからァ」
 余裕のない掠れた声が甘く僕を誘惑する。こんなときばかりズルい手段を使ってくるので結局僕はいつも彼に逆らえない。
 荒北くんを抱きかかえつつ仰向けに寝かせて股を割る。彼の手を取って膝を抱えさせると、素直に従った荒北くんは僕が腰を落とすのを潤んだ目で眺めていた。
 反り返った陰茎を握り、その先端を荒北くんの後孔になすりつけてローションを広げる。すっかりこの行為に慣れたせいか、亀頭をぴったり合わせると彼のそこが挿入を催促するように何度かひくついた。
 指で後孔を広げつつ亀頭を押し当てて腰を進めると、ぬるっとした感触とともに先端が彼のなかに埋まった。粘ついたローションの卑猥な音をたてながら荒北くんの中に陰茎を押し込んでいく。
「つっ……あっ、んぅ……うっ」
 挿入の深さに伴って背中を反らせていく荒北くんは、抱えた足を手離して代わりにシーツをぎゅっと握った。その手を上から握ると彼はシーツを離して僕の手を握り返し、指を絡ませながらぎゅっと力を込める。
「大丈夫? 苦しくない?」
「ん、だいじょ、ぶ……」
 粗く息を吐きながら荒北くんが目を閉じる。彼の長いまつ毛は滲む涙で濡れていた。はぁはぁと胸板が大きく上下に動き、どことなく苦しそうで怖い。なるべく動かずにそのまま埋めた状態で止まっていると、薄く目を開けた荒北くんが「はやく」とまた僕を急かす。
「でも……」
「動けって。マジでだいじょぶだからァ」
 ニッと笑ってみせても苦しげに歪んだ顔が辛そうで、僕は躊躇しながら本当にゆっくりと動き始めた。大きく出し入れするのではなく、彼の呼吸を見ながら腰を小さく揺する。そして空いた手で荒北くんの陰茎を握ると、カリ首を刺激するように指を動かした。これは彼が好きなヤツで、少しずつだったが思った通りに彼の眉間の皺がとれていく。
「あァっ、ヤバッ……!」
 ちょうど陰嚢の裏あたりを亀頭がこすったとき、荒北くんが身体を震わせて高い声を漏らした。そのポイントを探るように浅い部分で出し入れしていると、僕の手を握る彼の指に力が入る。
「ここ?」
 確かめるように亀頭の先端を押しつけると、言葉にならないのか彼は刻々と首を縦に振った。言われた通りにそこだけを突いてみると荒北くんの内部がギュッと締まる。射精がそろそろ近いのだろう。僕の手のひらの中で荒北くんの陰茎がピクピク脈打ち始めていた。
「ここ、いっぱいしてあげるね」
 そう言いながら前立腺のあたりだけを執拗にこする。でも荒北くんをもっとトロトロにしてあげたくて、彼の射精を阻止するように鈴口を親指で押さえながらカリ首を絞めるように強く握った。
「おまっ、マジで……やめっ、んっ、くそ……はっ、んぁっ」
 たまに指先で鈴口を刺激すると溢れた彼の先走りが僕の指に垂れた。それを指の腹で拭ってまた亀頭に塗りつけ、荒北くんが身をよじりながら喘ぐのを見下ろす。
「も、マジで……ムリッ」
「もう?」
「ほんと、はぁ、んっ、ムリ……!」
 のぼせあがったようにすっかりとろけた目が僕を見上げていた。
 僕は自分の唇をペロりと舐めると握っていた陰茎を解放し、身を屈めて顔を寄せた。なるべく体重をかけないように身体を重ね、荒北くんの目を覗き込みながら舌先で薄い唇を舐める。熱い呼吸を吐き出す唇からは涎がこぼれていて、それを舐め取って彼の口へ押し込んだ。僕の舌を夢中で吸う彼はもう限界なのだろう。僕の腰に両足を絡めて離れないように抱きついてくる。
「もっ、イキてぇんだって……も、ムリィ……」
 唇を離した彼が僕に頬をすり寄せる。僕よりも背の高い彼がこうして僕に組み敷かれ、そしてイキたいと懇願している。
 ファーストキスからこうなるまではずいぶんと時間をかけた。キスをするのもやっとだったし、荒北くんは何もしなくていいからと必死に説得してようやく身体に触れさせてもらうようになった。彼が嫌がらないように、嫌がったらすぐにやめるようにして少しずつ距離を縮め、その甲斐あって今の荒北くんがいる。
「これ、自転車部の人たちは知らないんだよね。みんな知ったらどう思うかな? 荒北くんはホントはこうやって女の子みたいに喘ぐんですって」
「おまえっ……なに言って……」
「教えてあげたいなぁ。こうやってとろとろになってる顔も見せてあげたい。みんな驚くだろうね」
「マジで、やめろって……んっ、おまっ、しゅみわるすぎ」
「だって、ほんとのことだよね」
 意地悪く微笑みながら彼の奥を目指して思いっきり突き立てる。腰を打ちつけるように動かすと、彼と僕の下生えがこすれ合ってくすぐったい。それを何度か続けていると荒北くんはグズグズに喘ぎながらも「マジでやめろよ」と涙を滲ませた目で僕を睨んだ。
「ごめん、イジワルしただけだから。それ、誰にも見せないで」
 ごめんと謝りながら軽くキスを落とす。本当は誰にも見せたくないし教える気なんてさらさらない。僕だけが知る荒北くんのままでいい。
 唇をついばみ、頬を舐め、耳たぶをかじる。そして優しく「ごめんね、もうイっていいよ」と言いながら彼が好むポイントを何度もついた。僕の下で荒北くんがひっきりなしに声をあげ、ぎゅっとしがみついて身体を硬くする。腹部に熱い精液がかかるのを感じながら、僕も彼の身体の中に放出した。彼の全部を僕で満たすように、彼の中を僕で塗り替えるように。孕め、孕め、とバカげたことを思いながら射精で脈打つ性器を彼の中に何度も押し込んだ。
 
 
3.
 順調に学園生活は過ぎ、僕と荒北くんの関係も人知れず続いたまま、僕らはあっという間に高校3年の受験シーズンを迎えていた。
 荒北くんが洋南大学を受験すると聞いたとき、あのときの僕は本当に応援するつもりだった。僕自身も大学受験を控えていたし、荒北くんがやりたいことを見つけたならそれは素晴らしいことだと思ったからだ。それに部活が終わった彼は僕と勉強をする時間を作ってくれるようになった。放課後に図書室で待ち合わせたり、かつてのように僕の部屋を訪ねてきたり。大学受験という同じ目標があるとそれはそれで励みになって楽しかった。勉強に追われて身体を重ねることは減っていたが、たまの息抜きとして兜合わせをしたり口で処理しあったりはしていた。たぶん荒北くんが部活をしていたときよりもふたりきりの濃密な時間は多かったと思う。
 だが受験勉強を重ねていくにつれ、僕はこの関係がいつまで続くのだろうと考えるようになった。
 僕は荒北くんに好きだと告げ、彼はそれに応えてくれた。でも、思い返せば彼が僕を好きだと言ったことは一度もない。僕のわがままにつき合ってくれているだけで、きっと彼の気まぐれが終わってしまえば僕のことなんて興味はなくなるだろう。僕なんかよりも魅力的な自転車という夢中になれるものを彼はもう手にしているのだから。
 
*
 箱根学園が雪に埋もれた頃、僕たちは受験の本番を迎えた。そして雪が少しずつ溶け始めた2月の午後、寮の廊下には誰かの走る足音とそれを注意する寮長の声が響いていた。
 足音が僕の部屋の前で止まる。ノックなしで突然僕の自室のドアを開けた人物はもちろん荒北くんだった。
「受かった! 洋南」
 合格と印刷された通知書をひらひらさせて笑った荒北くんは眩しくて、僕は自分のことのように喜びながら、その一方でいいようのない寂しさに襲われていた。僕たちが箱根学園を卒業するまでは残り1ヶ月もない。
 荒北くんは静岡の洋南大学へ、僕は神奈川に残ってしがない私立大学へ通う。僕たちの始まりは僕が無理につき合わせたようなものだし、荒北くんにとっては離れてまで続けるようなものではないだろう。僕たちはこれから新しい場所でたくさんの経験をし、相手の知らない時間を重ねていくことになる。
 本当に漠然とだが、卒業式が僕たちの最後の日になるのだと思った。そして、その別れの日はもうすぐそこまで迫っていた。

 
 卒業式が終わって寮に戻ると、僕は着替えもそこそこに荒北くんの自室を訪ねた。もしかしたら部屋にいないかもしれないと思ったが、ノックをすると「へーい」と相変わらずの気だるげな声が返ってきた。
 おずおずとドアを開ける。荒北くんは着替えの途中だったようで、「なんだ、お前か」と手を止めて少しだけ驚いた顔をした。僕が今までに彼の自室を訪ねたことがほとんどないからだろう。「なに?」と言う声には多少の戸惑いが含まれていたが、Tシャツに頭をくぐらせたあとの顔は普段通りの顔だった。
 僕は後ろ手にドアを閉めるとその場に立ったまま、言葉を絞り出すように口を開いた。
「荒北くん、今までありがとう。静岡行っても元気で……僕、ずっと忘れないから」
 最後のほうは嗚咽まじりでうまく言葉にできなかった。鼻水もどんどんでてくるし、嗚咽も止まらない。きっと荒北くんもこんな僕に呆れたのだろう。ベッドに腰掛けて片眉を吊り上げながら「お前さぁ……何言ってんの?」とポツリと呟いた。
「ん……ごめ……そうだよね、キモいよね」
「ちげーよ。ナニ? 卒業したらオレはもう用済みってわけェ?」
「……え?」
 目を瞬かせた僕に荒北くんが大きなため息をつく。何か怒らせてしまったのだろうかとビクッと身体を震わせた僕に荒北くんは小さく舌打ちし、前髪をかきむしりながら
「ちげぇ、ビビらせたいんじゃなくて……つーかオメーも今さらビビッてんじゃねーよ」
と少しだけ焦った顔になった。
「お前はオレのことをなんだと思ってんだ? オレはただの性欲処理の道具か?」
「そんなっ……僕はそんなつもりじゃ――
「じゃあなんだよ」
「僕は……」
「僕は? なんだヨ。言えねーようなもん?」
 思わずスラックスをぎゅっと握る。言葉にしていいのか躊躇して、それでもやっぱり正直に伝えようと唾をごくりと飲み込んで決意した。
「僕は……こ、恋人だって思ってました……」
 カラカラの喉から絞り出した声が情けなく震える。そっと伺うように荒北くんに視線を移すと、彼は少しだけ不満そうな顔で頷いていた。
「ハッ! それでいーんじゃねーの? つーかだったってなんだヨ。過去形かヨ」
「いやっ、あのっ……過去じゃないです……」
「だろォ? わかってんじゃん。わけわかんねーこと言ってんじゃねーヨ」
 またひとつため息をついた荒北くんは、僕に向かって「おら、携帯だせよ」と右手を差し出してひらひらさせた。
「え……」
「早く。携帯ィ」
「あっ、うん……」
 ベッドに近寄ってポケットの中から携帯電話を取り出し、荒北くんの手のひらに載せる。
「おい、ロックかかってんじゃねーか」
「あっ、パ、パスワードは荒北くんのた、誕生日……です……」
「はぁ? お前マジで頭イってんだろ」
 荒北くんの頬に少しだけ赤みがさしたのがわかった。そしてそれをごまかすように「マジでバカじゃねーのォ? マジもんのバカ!」と早口で貶してくるのは、たぶん僕だけがわかる彼が照れたときの癖だ。
 荒北くんは自分の携帯電話を取り出すと僕に「お前の電話番号は?」と問いかけた。意図がわからないままに電話番号を伝えると荒北くんが自分の携帯電話を操作し、僕の携帯の着信音が鳴る。それを見届けた彼は満足そうにニヤリと笑うと、僕に電話を放り投げながら「それ、オレの番号ナ」と恥ずかしそうに言った。
「えっ……」
「つーかアレだ。すげぇ今さらだけど、そういや教えてなかったから」
「荒北くんの番号……」
 突然のプレゼントに僕の涙腺がまたじわりと緩みだす。荒北くんはまた涙目になった僕にギョッとした顔をして、
「いちいち泣くなって! なんかオレが泣かせてるみてぇじゃねーか」
と困ったように襟足をかいた。
「だって……嬉しくて」
「お前さぁ、教えてやったんだからちゃんとかけてこいよ」
「うん」
「オレは電話とかメールとかメンドクセェからァ、オレはしねぇぞ……たぶん」
「うん」
「うんって、それでもいいのかヨ」
「うん、すごく嬉しい」
 携帯電話をぎゅっと握りしめると荒北くんがまた困ったように眉を下げる。
「あー、アレだよ! オメーはオレなんかを好きっていうただのド変態だからァ……」
「うん」
「……だからオレが相手にしてやんねーとお前が困るだろ?」
「うん」
「しょーがなく! しょーがなくつき合ってやってるんだからナ」
「うん、ありがとう」
 鼻水をすすって頬を流れる涙を拭う。
 僕はきっとずいぶん情けない顔をしている。それでも本当に嬉しくて、天にも昇る気持ちってこんな感じかななんておかしなことを考えていた。
 呆れ顔をフッと緩めた荒北くんが立ち上がって僕の頭をポンと叩く。
「いい加減泣き止めっての」
 そう言うと荒北くんはわざと僕の髪をグシャグシャにかき乱し、子供のようにいたずらめいた表情で笑った。彼の唇から覗く白い犬歯がかっこよくて、僕はずっとそれが好きだった。
「……彼氏っつーんならちゃんと会いにこいヨ」
「うん……絶対行くよ。何回だって会いに行くよ」
 僕は携帯電話をぎゅっと強く握りしめながら、照れくさそうに頬をかく荒北くんを見ていた。
 荒北靖友。
 元ヤンで、野獣で、野良猫のように警戒心が強い男。それでも僕にとってはかっこよくてかわいくて、大事で大切な恋人だ。
 
***END***

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