【出勝、ヘド勝】ゆっくりと、でも、爆ぜるように。【ヒロアカ】

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高校受験前、ヘドロ事件後の出勝です。【R-18】
もし、あの事件中に爆豪勝己が犯されていたら…?それに気づいた出久は…?

・性行為描写があります。(出勝、ヘド勝どちらも)
・ヴィランの個性等はすべて捏造です。
※Pixivには別名義で投稿中。削除済み

 ヘドロ事件から数日たったある日、爆豪勝己の姿は学校になかった。
 
1.
 ある部屋の前に呆然と尽くしている少年は緑谷出久だった。
 今来たばかりだというのにすでに帰りたくて仕方がないし、手に持った数枚のプリントも軽いはずなのにずっしり重い。
『緑谷、たしか家が近かったよな。コレ頼めるか?』
 クラス担任に声をかけられた時点で自分には無理だと断ればよかった。でもそんなことを言えるはずもなく、その結果憂鬱な気分を抱えて立っている。
(あー、もう。なんで僕が。でもこれを渡さないと帰れないしなぁ)
 深呼吸をひとつ。
 覚悟を決めてノックしたものの返事がない。やっぱり今日は帰ろうかとせっかくの覚悟が揺れ始め、悩んだ末に恐るおそるドアノブに手をかけた。
「お、お邪魔します……」
 隙間からそっと室内を窺い見る。
 部屋にふたりきりという状況が心もとなく、この先に怒鳴り声が待っているかと思えば足もすくむ。いつの間にか口の中はカラカラに渇いていて、無理やり唾を飲み込んでみたが効果はなかった。
 幼なじみの部屋にあがるのはいつぶりだろうか。床に通学カバンが放り投げられているほかは、意外にも比較的きれいに整えられていた。
 窓から差し込む西日が壁に貼られたポスターを射るように照らしている。
(あれはオールマイトの……。やっぱりまだ飾ってるんだ)
 口にこそ出さないが、勝己が自分と同じようにオールマイトに憧れていることを出久は知っていた。
 今よりずっと幼い頃、オールマイトが戦う姿をテレビ画面を通して一緒に観たことがあった。
『オールマイトって、やっぱかっけーよな!』
 身振り手振りを交えながら興奮気味に解説し、まるで自分のことのように誇らしげだった横顔。キラキラと目を輝かせてテレビ画面に魅入っていた姿は、今でも忘れずに覚えている。
 あれから約10年。成長した勝己は口も態度も横柄になり、とてもじゃないがヒーローを志しているようには見えない。性格もどちらかといえばサイアクな部類に入るし、先日もクラスメイト全員を底辺呼ばわりした挙句、将来は高額納税者ランキングに名前を載せると豪語していた。望むものは強さと名声と金といったところだろうか。
(ほんと、かっちゃんらしいよ。でも、わざわざ机に乗らなくたって……)
 机上でギャーギャー喚く勝己にはゲンナリしたが、こうして壁に貼られたままのポスターを目にしてしまうと、あれは“誰にも負けない”という勝己なりのポーズだったのかもなんて勘ぐりたくなる。勝己がヒーローを目指す根底には、オールマイトに憧れるあの少年がいるのだと出久は信じていたかった。
「う……」
「……かっちゃん?」
 かすかに呻き声が聞こえた気がして声をかけた。
「寝てる、の?」
 どうしたものかと迷ったがそのままでいるわけにもいかず、出久はそろそろとベッドに近づいた。
 

*
 口を押さえられて声が出せずにいた。
 全身にまとわりついてくるぬめりは掴むことができず、触れてもまったく手応えがない。なんとか爪を立てようともがいてみても、ゼリーのような身体は指の間をいともたやすくすり抜けてしまう。
 目の下まで覆われたヘドロのせいで呼吸もままならず、もっとも隙間からうまく呼吸できたとしても、ひどい汚臭のせいでむせてしまうのがオチだった。
「ムカつくガキだが個性は優秀だ。へへ、乗っ取るついでに特別に気持ちよくさせてやるよ。お前の自我が消えちまう前にイイ思いさせてやる。んで、そのままバイバイだ」
 四肢を押さえていたヘドロが分裂し、学ランの襟元や袖口、スラックスの裾からスルスルと侵入し始めたのがわかった。ゆっくりと愛撫するように勝己の身体を這い上がり、衣服の下でベタベタと肌を舐めながら全身を覆っていく。
 裾から侵入したヘドロが下着を透過して陰茎に触れた。ヌルヌルする生暖かいものが陰茎を包んで、ぎゅうっと優しく圧迫する。
「んんーッ」
 初めての感触に鳥肌が立った。
 気持ちがいいとかそんな甘い理由からではなく、これまでに味わったことのない怒りと屈辱感が勝己の全身に鳥肌を立てた。
(クソッ、ふざけんな! なんでっ、なんで俺が!)
 いつもの自分ならこんなミスは犯さなかった。自分の“爆破”の個性は誰よりも強い。ヴィランだろうがなんだろうが、でかいヤツを一発お見舞いすれば退けられたはずだった。
 ただ、今日はデクのせいでイラついていた。雄英高校を受けるなと脅してもわかったと言わなかった。ノートを爆破して窓から捨てても、怯んではいたが諦めるとは言わなかった。だからムシャクシャして腹が立って……一瞬の隙を突かれて捕まってしまった。
(クソナードのせいで……ッ)
 デクのせいでこんな辱めを受けている、そう思うと目が眩むような苛立ちが湧いてくる。だがそんな勝己の心情にはお構いなしにグイッと尻たぶを割ったヘドロが後孔に触れた。
「んぐっ!? んっ、んんーッ」
「へへへ、そう暴れんなって。心配すんな。痛い思いはさせねぇからよ。これからは俺の身体になるんだ。傷はつけねぇ」
 笑うヴィランがまるで弄ぶかのようにツンと後孔をつつく。その通りにヴィランは勝己の反応を楽しんでいた。
 後孔をつつかれるたびに涙の溜まった目が丸く見開き、大粒の涙が頬へこぼれ落ちる。それでも、すぐにギロリと睨みつけてくる瞳からは抵抗の光がまだ消えていない。
「ったく威勢のいいガキだぜ。さぁ、どこまでもつかなぁ?」
 ヴィランは下卑た笑みを浮かべた。自身を睨む目を覗き込みながら、後孔に押し当てたヘドロの先端にゆっくりと力を込めていった……
 

**
「うあぁっ! てめェ、やめろっ!」
「わぁっ!?」
 目の前の勝己が大声を発しながら突然布団を蹴り上げたせいで、驚いた出久はその場に尻もちをついてしまった。イテテと尻をさすり、床に散らばったプリントを慌てて拾い集める。
「かっ、勝手に入ったのは謝るよ! ごめんッ、そのっ、プリント預かってきて……」
 謝りながら目線をあげた出久は床に膝をついたままの姿勢で固まってしまった。
 目を覚ました勝己は何かを剥ぎ取るかのように喉をかきむしっていた。ハァハァと呼吸は乱れ、見開かれた目は天井の一点を見つめて、額にはポツポツと汗が浮き出ている。
「かっちゃん、だ、大丈夫?」
 恐るおそるかけられた声にビクッと身体を揺らした勝己は、静かに眼球だけを動かして出久を見た。明らかに何かに怯える瞳が痛々しく、こんな彼は見たことがない。だが目が合ったとたんに怯えの色はフッと消えて、勝己はいつものように大げさに顔をしかめた。
「……んでてめェがいんだよ、クソナード」
 ひと睨みしてすぐに布団をかぶる。もぞもぞと布団の中で動いたのはきっと背を向けたのだろう。
「あっ、えっ、えっと、プッ、プリント届けに来たんだ。その……すぐに帰ろうと思ったんだけど、出かけるから留守番頼むっておばさんに言われて……ひ、ひさしぶりにあがっていけって引き止められて……そのっ、僕はいいって言ったんだけど……」
「……んなもん間に受けてんじゃねぇよ。しかも寝顔の覗き見たぁイイ趣味してんじゃねーか。てめェ殺すぞ」
「そんなっ、ちがっ」
「……なんでもいい。死にたくなけりゃさっさと帰れ」
「え……」
 戸惑う出久をよそに布団から右手が差し出され、その手の上でチリッと火花が跳ねる。
「わぁっ!? ごっ、ごめん、もう帰るから」
 慌てて立ち上がった出久に勝己は「わかりゃーいいんだよ」と手を引っこめた。そして「さっさと帰れ」と告げて沈黙する。
 取り残された出久は項垂れてため息をついた。ひさしぶりに来てみたものの幼なじみとの距離は縮まらず、むしろ余計にイラつかせただけかもしれない。
(こうなることは充分わかってたじゃないか)
 自分に言い聞かせながら立ち上がり、窓際の机にプリントを置く。「じゃあ、僕帰るね」と声をかけてみたが当然のように返事はない。もう一度ため息をついた出久は部屋を出ようと踵を返したが、布団から漏れている苦しげな呼吸音に気がついて足を止めた。
「かっちゃん大丈夫? 苦しいの?」
「……るっせ」
 思った以上に弱々しい勝己の声に驚いた。
「ど、ど、どうしよう……おばさんはいないし……あっ、きゅ、救急車! 救急車呼んだほうがいいかな!?」
「……ほっとけ。なんでもねぇ」
「で、でで、でもっすごく苦しそうだし――」
「なんでもねぇって言ってんだろーが!」
 バッと布団をはねのけて勝己が睨む。すると出久の鼻先に何かの匂いが漂ってきて、それを吸ったとたんに目眩がした。心がざわつき始めて落ち着かない。勝己に惹きつけられて目が離せなくなる。
 出久のただならぬ様子を感じ取ったのか、珍しく勝己が一瞬だけひるんだ顔を見せた。
「っんだよ、クソナード」
「かっちゃん……なんか、変だよ」
「あぁ!? 何がぁ?」
「匂い、甘い……すごくクラクラする」
「はぁ? 何言ってんだてめェ」
「僕も……わかんない……」
 出久は混乱していた。
 顔が、いや、全身がピリピリと熱い。匂いを吸ってから急に鼓動が速くなり、研ぎ澄まされたように全神経が過敏になっている。そのくせ頭だけはぼうっとしていて、まるで頭と身体が分離しているような感覚だった。
 熱っぽい目で勝己をみつめる。勝己の潤んだ目、紅潮した頬、汗でしっとりと額に張りついた髪の毛。彼もまた普段の勝己ではない。
「ジロジロ見てんじゃねーぞ、クソデクッ!」
 視線を遮ろうとして勝己が勢いよく手を伸ばしたが、とっさに避けた出久は反射的に彼の手首を掴んでしまった。握った腕は熱く、そして、甘い。
「かっちゃん……」
「ざっけんなお前、手ぇ離しやがれっ」
 抵抗する力は弱く、肩を揺らして熱っぽい呼吸を繰り返す姿はむしろ喘いでいるようにさえ見える。
 出久は心の底から悩ましいため息をついた。わけもわからず胸は苦しいし、身体の奥がフツフツと熱い。おまけに次々に湧いてくる感情は、“かっちゃんに触りたい”という信じられない欲求だ。
 このままベッドに組み敷いて上から見下ろしたらどんな顔をするだろう。うなじに顔をうずめて匂いを嗅ぎ、汗ばんだ首筋に舌を這わせ、ふいにチュッと吸ったらどんな声をあげるだろう。
 出久は思春期まっただ中の年頃だ。そんな欲求を持て余すこともたまにはあるが、それはかわいい女の子に抱くものであって、まさか同性の、それも勝己に向けられるようなものではない。
(僕……どうしたんだろう。すごく……)
「触りたい……」
 思わず声に出していた。キョトンとした顔で勝己が目を瞬かせる。数秒後に意味を察したのか「離せって!」と手足をバタつかせたが、出久が押さえ続けられるほどに力が弱い。
 出久は混乱しながらもあるネット記事を思い出してハッとした。だが、まさかそんなはずはないと、浮かんだ推測を否定するように頭を振った。
 今の勝己の状態はある症状によく似ている。でも、現在確認されているその発症者はほとんどが女性のはずで、だからこそなおさら出久は戸惑っている。
(まさか……でも、これって)
 ゴクリと唾を飲む自分の喉の音がやけに大きく聞こえた。目の前の幼なじみから目が離せない。勝己は上気した顔を歪め、何かをこらえるようにTシャツの胸元をきつく握りしめている。いつもならすぐさま拳が飛んでくるはずなのに、出久が掴んでいる彼の腕からは力が抜けてされるがままだ。
(嘘だろ、かっちゃん……君は……)
 信じたくない。でも、明らかにおかしい勝己とそれにつられるような自分の身体の変化を考えれば、それ以外に思い当たるものがない。
「かっちゃん……まさか、君はあのときヴィランに……?」
 出久の言葉で勝己の全身がわかりやすくこわばる。これでもかと見開かれた目が明らかに動揺した様子で出久を凝視する。それで確信してしまった出久は何も言えずに息をのんだ。
 いつか見たネット記事の一文が頭の中に浮かぶ。
 
“ヴィランによる性暴力や乗っ取りなどの行為を受けた被害者が、まれに発症する重篤な後遺症が存在する”
 
 あの日、勝己はヴィランに犯されたのだ。
 

2.
「ッん! んーっ、んぐっ! んんッ」
 暴れる身体は抜け出せないようにがっしり固定され、押さえられた口からは悲鳴のひとつも漏らせない。おまけに場所は公衆の面前だ。勝己自らがばら撒いた火とヴィランの脅しのせいで近寄ってくる者はいないが、周りを囲む聴衆の目は数多ある。注目を一身に集め、その中心で人知れず犯されているという事実が、勝己の自尊心を容赦なくえぐっていた。
(くそがっ、キモイキモイキモイ……なんで俺がっ、クソッ! 離せ!)
 抜け出したくても両手足の拘束は緩まず、もがくたびに体内の奥へ奥へと触手が侵入してくる。先細りだったソレは勝己の中に侵入すると一気に太さを増して、明らかに勃起した男性器を模しているが大きさが一般男性のソレではない。
「んんッ! んんーっ! ん、ぐっ、んんっ」
 受け入れの準備も経験もない勝己の後孔は、突然与えられた圧迫感にギチギチと悲鳴をあげていた。もはや睨みつける余裕などない。見開きっぱなしの両目からは涙があふれて止まらず、瞳は焦点が定まらずに細かく揺れている。
「初めてだもんなぁ。すげぇキツイぜ、お前のここ」
 ここ、に合わせて勝己の内部でヘドロが膨らむ。
「んんーッ!」
「へへ。これから気持ちよくしてやっからさぁ、んな死にそうな顔すんじゃねぇよ。オレが見たいのはもっと違う顔だぜ?」
 ヘドロに埋もれた耳にヴィランの囁きが響く。と同時に身体の奥がジンと痺れる感覚がして、明らかに腹部が熱くなり始めた。
「へへ、わかるか? お前の中、細胞単位で侵食してんだよ。気持ちいいだろ? もっとだ。もっと良くなるぜ?」
 ヴィランが何をしたのかはわからないが身体が勝手に熱くなり、自慰行為よりも何倍も強い刺激が下腹部を襲った。
 何度も何度も絶頂が訪れたが、陰茎が勃起するわけでもなく、吐精するわけでもない。自分の意思とは関係なくひっきりなしに快感を与えられて、勝己は身も心もグズグズだった。
(も……わけ、わかん、ねェ……)
 貫かれる強い快感に身を委ねてしまいたかった。それでもわずかに残った理性がかろうじて拒否したのか、防衛本能で意識が朦朧とし始める。
 そのまま気を失いかけた勝己は掠れる視界の中で誰かの手のひらを見た。プロヒーローかと思ったがそれにしてはサイズが小さい。手の主が誰なのかと訝しんだとき、勝己の目に映ったものは泣きそうなくせに必死な目をしたそばかす顔だった。
 

*
「……かっちゃん」
 おずおずと伸ばした右手で勝己の頬に触れる。汗ばんだ頬が手のひらに吸いつき、染み込んでくる彼の高い体温は異様に高い。
 はずみで指先が耳に触れた瞬間、「あっ」という少しだけトーンの高い声が荒い呼吸の合間に漏れた。初めて耳にする声が出久の心臓をこれでもかと揺さぶった。うなじ辺りから生まれた熱が耳を火照らせ、わけもわからず心臓がキュンキュンと苦しい。かわいいだとか、もっと聞いてみたいとか、そんなことを瞬時に思ってしまったのも匂いにあてられたせいだろうか。くすぐったそうに勝己が身悶えし、その仕草に煽られた出久は今度は明確な意思を持って耳に触れた。
「ひっ、う、あぁ……」
 より甘い声を漏らしながら勝己が瞼をギュッと閉じる。出久が耳の輪郭をなぞったり耳たぶをつまんだりするたびに、指の動きに合わせて喉を反らせた。
「きっ……気持ちいい、の?」
 問いかける声が情けなく震える。
 勝己はハァハァと息を切らせながら薄目を開けると、
「あぁ? く……そ、デクてめェ」
と思い出したように睨みつけた。だが指先を動かせば敏感に「あっ」と反応し、いつもの迫力はどこにもない。それどころか強めに耳をつまめば、「ひ、んっ……はぁっ、やめろっ」と拒みながらも表情を崩して出久の学ランにしがみついてくる。
 衝動に駆られた出久は勝己を強く抱きしめていた。勢いがよすぎてバランスを崩し、ベッドに押し倒す形で重なる。
「っんだよ、デクてめぇ」
「ご、ごめんっ」
「ごめんじゃねェ! つーかどけよっ」
「ごめん、かっちゃんごめんっ……でもっ」
 勝己の抵抗を封じるためにわざときつく抱きしめた。腕の中で胸が重なり、早鐘のような鼓動はどちらのものかわからない。
 出久は腕に力を込めながら、言い聞かせるように「大丈夫」と呟いた。
「大丈夫、僕は誰にも言わないよ……だから、僕に何かできるかな?」
「あぁ!?」
「僕がっ……かっちゃんを助けたい」
 なんとかしてあげたいと心からそう思った。その気持ちを素直に口にしただけなのに、次の瞬間、小さな破裂音とともに出久の脇腹にチリッとした痛みがはしった。
「いたっ!?」
「てめェクソナードのくせにっ……はっ、あっ……俺をっ、助けるとかぬかしてんじゃねぞ」
 勝己の左手が出久のわき腹に再び押しつけられる。さっきの痛みも勝己が個性を使ったのだろう。
「えっ、まさか爆破した?」
「弱ぇなチクショウ……くっ……チカラはいんねェ」
「ええっ!? 危ないってば!」
「るっせェ!」
 勝己が叫ぶと同時にパチンと軽い音がした。が、今度はまったく痛みを感じない。とっさに閉じた目を薄く開くと、勝己は組み敷かれたまま苦しそうに喘いでいた。
「つかえねぇ……爆破できねェ……」
 後遺症が彼の個性を抑えているのだろうか。勝己が何度力んでみても、手のひらはプスンと軽い音をたてるだけで機能しない。
「はぁっ? んだよこれっ」
 ギリッと唇を噛んだ勝己が苛立たしげに出久の制服を掴む。
「っんで……なんで俺がこんな目にッ! ざけんな……ふざけんなッ」
 勝己の身体から震えが伝わってきて、出久は慰めるように優しく抱きしめた。
 
 ヴィランが他人の身体に侵入するとき、その目的は大きく2つに分けられる。
 何らかの要因――だいたいは罪を犯したあとの逃亡や潜伏のため――で容姿の急な変更を必要とする場合と、完全に快楽を求める場合だ。
 ヴィランはターゲットの口や陰部などから体内に入り込み、細胞を侵食して相手の遺伝子をコピーする。侵食する際には興奮作用を含んだ麻酔薬のようなものを分泌して、被害者が快楽に飲まれているうちに自我も身体も奪ってしまう。
 最近では“乗っ取り”よりも強姦目的の事件が増えていて、運悪く巻き込まれた被害者の中から勝己のような症状を持つ者がまれに現れるのだ。
 自分の意思とは関係なしに突然発情してしまう後遺症。
 発生率が低いうえに研究材料が少ないので、根本的な原因はいまだに解明されていない。現状としては、分泌液中のヴィランの遺伝子にアレルギーを起こしているのではないかと考えられている。
 治療法はカウンセリングによる心理的ケアと、発症を抑えるための定期的な投薬だ。それに加えて発症者が女性であれば、月に一度訪れる生理現象の際に体内に残る分泌液が排出されるため、それを繰り返していくことでいずれ完治するのだという。
(でも、男の場合はどうするんだろう)
 勝己の性格からして彼がヴィランにされたことのすべてを正直に話しているとは思えない。ヘドロ男の回収後に軽い聞き取りや検査くらいはされたと思うが、申告がなければ身体の内部まで診ることはないのかもしれない。まさか公衆の面前で少年が犯されていたとは、誰も思いもしなかっただろう。
『デク! 俺はてめェに救けを求めてなんかねえぞ……!』
 事件後の帰り道、自分を見下すなと怒りに震えていた姿におかしなところは何もなかった。明らかに発情している状態を目の当たりにしてもまだ信じがたいが、勝己の身体から漂う甘い匂いは確実に出久を惹きつけて誘惑している。
 症状のひとつである甘い匂い。
 知ってはいたもののこんなにも強烈だとは思いもしなかった。強制的に他者を誘惑して発症者と同じように発情させる。相手が男だろうが女だろうがお構いなしだ。
「ハァッ、あ、クソッ、あらがえ……ねェ」
 自分の下で葛藤する勝己をなんとかしてあげたい。でも、それ以上に自分の身体が操られてしまったように自制がきかない。
 勝己が出久の制服をギュッと握った。腕の中にいる身体は熱く、下半身に触れるものは硬い。出久は身体をずらしてふたりの間に隙間をつくると、勝己の下半身に手を伸ばした。
「うぁっ!?」
 ただ上から握っただけなのに勝己がビクンと大きく身体を揺らす。とっさに手を離してしまったがもう一度それを握ると、今度はハーフパンツの上からこするように手を動かした。
「んッ! デ、ク……あっ、てめェなんのつもりだッ」
「とにかくだせば……たぶん、だせばいいんだと思う」
「ハァ!?」
「体内に残ってるものをだすしか……たぶんこれしかないんじゃないかな」
「んなこと……くっ、ふざっ……け、んなっ」
 勝己が拒むよりも出久がハーフパンツを下げるほうが早かった。
 下着ごとハーフパンツをずり下げて起立した陰茎を露出させる。誰かの勃起した性器を間近で見るのも、もちろん触れるなんてことも初めてだったが出久は躊躇なくそれを握った。
 手のひらに直に感じる熱さが新鮮だった。ぎこちない手つきでこすると鈴口に溜まった先走りがぷっくり膨れてこぼれ落ち、その雫ごと陰茎になすりつけるようにしてひたすら手を動かしていく。
「ハッ、うっ……あ、くっ、あっ」
 きつく目を閉じたままの勝己はあふれる声を押さえようと手で口元を覆った。それでも声にならない吐息が指の隙間から漏れて、たまに鼻にかかった喘ぎがそれに続く。おそらく1分ともたなかったかもしれない。なんの前触れもなく勝己が身体を固くして、同時に手のひらの中の陰茎が脈をうった。
「んんっ、あっ……あっ!」
 防ぎようもなく精液が飛んで勝己の胸元までボタボタと散らばる。
「わっ、ごめん! Tシャツにっ」
「ハァッ、は……あ……」
 うっすら瞼をあげた勝己はチラリと出久を見たが、すぐに気だるそうに目を閉じた。繰り返し上下する胸板の動きは速く、握られたままの性器は一度射精してもまだ硬さが衰えない。
「ど、どのくらいだしたらいいのかな……」
 誰に言うでもなく呟きながら、再び出久は萎えない性器をおずおずとしごき始めた。
 カリ首が弱いのか、指がくびれをこするたびに勝己が身をよじる。しつこくそれを繰り返していると、声を出すまいと必死に結ばれていた唇が次第にゆるみ始めた。まず吐息がこぼれ、そのうちにこらえきれなかった声が控えめに垂れ流される。
 勝己の声が大きくなるたびに出久の手もつられて速くなり、バクバクと張り裂けそうなほどに鼓動がうるさい。下半身が窮屈で、ズボンを押し上げる膨らみが辛かった。このまま一緒に性器をこすりあえたらどれだけ気持ちがいいだろうと、出久の腰も無意識にもじもじと動く。
「つーか、はぁっ、あっ……てめェも、だせッ」
 目を閉じていたはずの勝己にいつの間にか見られていた。
「えっ」
「はぁっ、あっ……俺ばっかじゃ、んっ……ムカつくからッ……どーせならっ、てめェもだせっ」
「わっ、ちょ、ちょっと待って!」
「るせぇな、はやくだせッ」
 勝己が出久の制服を脱がせようと手を伸ばした。明らかに下腹部の膨らみを狙っているようで、制服の上からわざとそこに触れようとする。
「わわわっ! だめだってばっ」
「うるせぇ、てめェ逃げんじゃねぇ」
「やだよっ、やめてよ!」
 もみ合ううちに気がつけば勝己に組み敷かれていた。
「ハッ! なんだよ。やっぱてめェも勃ってんじゃねーか」
 ついに勃起した性器を掴まれて、勝己が意地悪くニヤリと笑う。出久が身体をひねっても握る手は離されず、むしろ逃がさないというように余計に力がこもる。
「かっちゃ……手っ、離しっ……!」
「ハァッ……も、ムリ。耐えらんねぇ」
 ほぼひとりごとのように呟いて、勝己が出久のベルトに手をかけた。ガチャガチャと外す手つきは荒く、「やめてよ!」と拒んでも止まらない。それどころか抵抗する出久の性器を握って「てめェ、邪魔したらもぐぞ」と脅してくる。出久がたじろいだ隙に無理やり陰茎を引っ張りだすと、勝己は止める間もなくそこに口を寄せた。
「え、かっ、かっちゃん!? うあっ」
 咥えられた口の中が温かい。粘膜独特のぬるついた柔らかさと舌のざらつく感触に、出久の全身を鳥肌がなめる。ぢゅ、ぢゅ、と音を立ててぎこちなく勝己の頭が動き、それを信じられない気持ちで見つめながら出久は勝己の頭にそっと触れた。
「はっ……あ……かっちゃん、かっちゃん、きもちい、い……はぁ、あッ、からだっ、とけそ」
 優しく撫でたいのに吸われるたびに力が入る。ふいに根元まで一気に咥えられて、あまりの気持ちよさに思わず勝己の髪を握ってしまった。だが勝己は怒鳴るわけでも睨むわけでもなく、一旦口を離すと「俺がしたいんじゃねぇからな……コレは……させられてんだ」と忌々しげに言って再び咥えた。
「わっ……あっ、また……!」
「ぐっ、んっ、ふっ、んん、ん……」
 鼻にかかった勝己の声が部屋に響く。この状況は異常だと思いながらも、初めて経験する気持ちよさに抗うことができない。
 ぎこちない舌や手の動き。
 初めて知る人肌の熱さと粘膜の柔らかさ。
 目の前の光景と肉体的な感触が、出久をあっけなく射精へと導いていく。
「もっ……かっちゃん! はなっ、離してっ」
 慌てて身体を起こした瞬間に果ててしまった。陰茎を引き抜こうとしたはずなのに気がつけば勝己の頭を抱えていて、彼の喉深くまで押し込んでいた。
「あっ……かっちゃ、ごめっ」
「んぐっ!? んんっ、んっ」
 柔らかい喉奥めがけて射精する。勝己が呻いても一度出てしまったものはどうにもできず、「ごめん、ごめん」と謝りながらやがて止まるのを待つしかない。
「あっ、はぁ……気持ちいい……」
 射精中の浮遊感が心地よくて余韻に浸りながら目を閉じる。だが突然与えられた強い痛みに、出久は慌てて押さえていた手を離した。
「ごっ、ごめんっ、大丈夫!?」
 覗き込む出久を涙で濡れた目が恨めしそうに睨みつける。勝己は咥えたものにわざと歯をあててみせたがそれは仕草だけで、ちゅうっと音を立てて亀頭を吸うと、そのままゆっくり口を離した。ゴクンと明らかに飲み下した音が出久をさらに興奮させる。
「のん、だの……?」
「ハンッ! んな顔するぐらいよかったかよ」
 陰茎を握ったままの勝己は、熱に浮かされたような目をしながら自身の唇をペロリと舐めた。出久がだしたものは全部飲み込んでしまったのか彼の口内は空っぽで、唾液で光る赤い舌が誘うようにチロチロ動いている。
 勝己は自ら下着ごとハーフパンツを脱ぎ捨てると、力任せに出久を押し倒した。
「な、何する……の?」
「ぜんっぜん足りねェんだよ、俺はぁ」
 出久を見下ろす目が怪しく艶めく。完全に症状に飲まれてしまったのか、焦点の合わない瞳は出久を見ているようで見ていない。
 体温の高い手のひらが出久の陰茎をこする。勝己がそこに唾液を垂らし、出久はこれ以上何をされるのかと息を押し殺して見つめる他なかった。
「はぁッ……じっとしとけよ」
 勝己は出久の腰に跨がると、握ったままの陰茎の先端を自身の後孔に押しあてた。そのまま軽く息を吐きながら慎重に腰を落としていく。亀頭に少々の肉の抵抗を感じたすぐあとで勝己が「んんっ」と眉をひそめ、同時にぬるりとした熱い何かに包まれた。
「えっ!? うっ……あっ! かっちゃんっ!?」
「はぁっ、んっ、あぁ……」
 ふたりとも喉を反らして喘いでいた。亀頭がツプンっと勝己の内部に埋まる。そこは何の準備もしていないのに柔らかくなっていて、ずぶずぶと出久の陰茎を飲み込んでいく。
「あっ、なっ、なにっ、これ……!」
「へへ……きもちいっ、だろ?」
 なぁデク、と甘く囁いた勝己が勢いに任せて腰を振り始め、出久は夢中でその動く腰を掴んだ。
 強制的に刺激を与えられて、絶え間ない射精感を必死にこらえる。それなのに自分の上では勝己があられもなく喘いでいて、それを目にした出久はまたあっけなく達してしまった。抜きようもなく、そのまま勝己の中に放つ。それを受ける勝己の鈴口からもダラダラと粘る液体が垂れている。
「あっ、あっ、か、かっちゃ……あっ!」
「はぁっ、あっ! んんっ」
 お互いに断続的な声しか出せず、射精してもいっこうに性器が萎える気がしない。勝己に跨られたままで、出久は何度も彼の中に注ぎ込んでいた。 
 

**
 幾度目かの射精のあとで、出久はあの甘い匂いが薄くなっていることに気がついた。
(もしかして効いてるのかな)
 スンスンと鼻を動かしながら勝己を見下ろすと、彼は身をよじりながら自分の手に噛みついていた。いまさらだとは思うが、あふれる声をなんとか抑えようとしているのだろう。彼も理性を取り戻しつつあるのかもしれない。
 我慢するたびに噛みつくせいで、勝己の手にはくっきりした歯型がついていた。赤く腫れる痕が痛々しく、そのうち血がでてしまいそうに見えて、出久は勝己の口元に自らの手を差し出した。
「そのままじゃ怪我するから……かっちゃんにとって大事な手だろ?」
 勝己の個性は手のひらから出現する。その手に怪我をしてしまっては雄英の入学試験にも影響するかもしれない。勝己は明らかに快く思っていないが、出久にとっては彼は同じ高校を受験する仲間でありライバルだ。だから、どうせ噛みつくなら自分の手にしてほしいとそう思ったのだ。
 勝己は言われるままに噛んでいた手を離したが、出久の手を代わりにすることは躊躇しているようだった。
「僕なら大丈夫だから」
 ニッと笑ってみせてから彼の口内へ指を押し込んで律動を再開させた。
 勝己の反応を伺うように腰を動かす。彼が高い声をあげた部分を執拗にこすりつけると予想通りに勝己は大きく喘いだ。それでもすぐに出久の指を咥えたまま口をつぐんでしまう。
「我慢しないで噛んでいいんだよ?」
 もっと気持ちよくなるようにと腰の動きに緩急をつけた。うまくできている自信はまったくないが勝己のためにと夢中で動く。勝己は出久の手を噛むに噛めないようで、そのせいで塞がれない口からは喘ぐ声がひっきりなしに漏れていた。
「あっ、ああっ、もっ……!」
 射精が近いのか勝己は出久の首に腕を廻してしがみついた。応えるように抱き返せば、勝己は背中を丸めて出久のうなじに顔をすりつける。
「でそう?」
 熱で赤く染まった耳に囁くと、ビクンと大きく身体が跳ねて勝己の身体が硬直した。肩を掴む彼の手のひらが異様に熱い。
「あっ……! んっ、んんっ!」
 勝己がイクと同時に彼の手のひらが一気に熱をもち、出久の肩に焼かれるような痛みがはしった。勝己の個性がじわじわと皮膚を傷つけているのだろう。
(かっちゃんの……戻ってきたのか)
 やっぱり効果はあったのだと出久がホッとしたとき、しがみついていた勝己の腕から力が抜けた。さすがにもう体力は残っていないのか出久の腕の中でグッタリと目を閉じている。
「かっちゃん、大丈夫?」
「……るっせ……ダリぃんだよ」
 気だるげに息を吐きながら勝己が出久の胸を押す。ふたりの腹部とシーツはべとべとに汚れていて、どうやってこれを処理するべきかと身体を離しながら出久はため息をついた。とりあえずベッドの下に転がっていたティッシュでできるだけ身体をぬぐい、せめて下着だけでもとなんとか勝己に身に着けさせる。
「ねえ、かっちゃん」
「……んだよ」
 まどろみつつあるのか勝己の反応が鈍い。
「あのさっ……その……また何かあったら僕を呼んでくれる?」
「あぁ?」
「僕は……誰にも言わないから。うん、絶対。誰にも言わない」
 目を閉じた勝己はもう何も応えず、「るせぇんだよ」と寝返りをうって背を向ける。出久はその背中にある想いを誓ったがそれは口に出さずに飲み込んだ。
(絶対に……僕が君を助けるから)
 

3.
 勝己の症状はあの一日で治まったわけではなかった。
 やっかいな性衝動はたびたび起きているようで、ひどくなければ自力でなんとか抑えられるらしいが、どうにもできない場合は言われるままに出久が勝己を貫いた。
 呼び出されてただ勝己を抱く。あれは勝己を助けるために必要な行為だ。自分はただその手助けをしているだけで、勝己を見舞ったことで偶然知ってしまったに過ぎない。勝己があの日学校を休まなければ、そもそもヘドロ男の事件に巻き込まれていなければ、出久が勝己の肌を知ることはなかったのだ。
(あの日、かっちゃんの家に行ったのが僕じゃなかったら……)
 出久は制服の上から心臓付近を強めに押さえた。
 苦しい。自分じゃない誰かが勝己を慰めていたのかと思えば、身体の奥底にドロドロした黒い何かが溜まっていくような気がする。
 何とかして勝己を救いたいと純粋にそう思っていたはずなのに、いつからか欲が生まれた。もう少しだけ勝己に触れたい、身体にではなく彼の心に触れてみたいとそんなことを思うようになっていた。
 こんな関係が始まってからも勝己は相変わらず暴言を吐くし、高校受験が本格的になってきた今は前にも増して何かと出久に突っかかってくる。
「おいデク、もちろん雄英は諦めたんだよなぁ!? そもそも個性も持たねぇヤツが受けていいわけねーんだよ。身の程知らずだって、いい加減わかれよクソナード」
 出久のクラスで雄英高校のヒーロー科を本命にする生徒はふたりだけだ。自分以外の志望者がいることすら許せない勝己は、もうひとりが出久ということも、出久が頑なに志望を取り下げないことも、とにかくすべてが気に入らないらしい。さすがに最近では「爆豪はやり過ぎだ」と出久を擁護する声もあるが、当の本人はどんなにけなされたとしても勝己を嫌いになれずにいて、それどころかこの状況に焦りさえ感じ始めている。特にこれといった確証があるわけではないが、勝己が漂わせるあの匂いがもうずいぶん前から薄くなっていることに気がついていたからだ。
 勝己の身体から発する甘い匂いはすべてを強制的に支配してしまう。
 吸い込んだ瞬間に虜にされて、意思も理性も失くし、ただただ交わることしかできなくなる。しかし、最近は匂いを吸い込んでも熱に浮かされるような酷い発情は起こらなくなっていた。耐性がついたのかとも思ったが、煽られるのは変わらないのでたぶんそれは正しくない。
 匂いが薄くなったということは完治する兆しなのだろう。心からそれを望んできたはずなのに……今はなぜか胸が苦しくて仕方がない。
(たぶんかっちゃんはもうすぐ治る。そしたらそこでもう……)
 症状が完治したらきっと以前のふたりに戻ってしまう。
 勝己の目に自分は映らず、映ったとしてもそれは卑下する対象としてでしかない。無個性とバカにされ、近づくことさえ叶わず、二度と彼に触れることはない。
 軽い電子音が鳴って、出久の携帯電話がメッセージの受信を告げた。確かめなくても出久にはその相手が誰かわかっている。帰り際の彼の視線からなんとなく呼び出されるような気がしていたのだ。出久はメッセージを開きながら、自宅へ向かっていた足先を勝己の家へと変えた。
 

 インターホンを押すまでもなくドアが開いて、隙間から仏頂面をした勝己が顔を覗かせた。
「び、びっくりしたぁ。よくわかったね、かっちゃんすごいな」
「るっせ。たまたま窓から見えたんだよ」
「そうなんだ。タイミングいいね」
「べっ、別に待ってたわけじゃねーからな! たまたまだ! たまたま見えただけだからな。勘違いすんじゃねーぞ!」
「な、何も言ってないってば。怒鳴らないでよ」
 出久の言葉を舌打ちで流した勝己が「あがれ」と短く言って顎をしゃくる。
「お邪魔しまーす……」
 家の中にいるだろう家族へ声をかけたつもりだったが、「誰もいねーよ」と即座に勝己が応えた。
「あ、そうなんだ。誰もいない、んだ……」
 誰もいないということは今日は勝己の部屋でするのだろう。勝己は何も応えなかったが、先を歩く彼の耳が赤い。
 部屋に入ると鞄を下ろす暇もなく勝己に襟元を掴まれて、驚いているうちに唇に何かがぶつかった。
 すぐ目の前にあるぼやけた勝己の顔。
 ぎこちなく押しつけられた、わずかに震える唇。
 突然すぎてわけがわからず、とにかく息苦しくて、ようやくキスされたのだと理解したときにはすでに勝己は離れていた。あっという間に奪われて、目を閉じる暇もなかった初めてのキス。
「か、か、かっちゃ……」
 その先は言葉にならず、震える指先で唇を押さえた。上唇にはジンとした痛みが残っていて、キスをされたのだという実感がじわじわ湧いてくる。
 言葉を失ったまま棒立ち状態の出久を横目に、勝己は顔を真っ赤にしながら「はやくしろ」とTシャツを脱ぎ始めた。
「う、うん……」
 慌ててカバンを下ろし、制服を脱ぐのもそこそこに勝己に歩み寄る。するといつものように淡い匂いを感じたが、ただ、今までとは何かが違う。
「なんだろ……? かっちゃん、匂い変わった?」
 スンスンと鼻を動かして勝己の身体を匂う。理性を奪われるあの匂いではなかった。綿菓子のようにほのかに甘く、吸い込むとドキドキして、でも発情させられるわけでもない。
 気がつけば勝己の唇に触れてしまいそうな距離まで近づいていて、動揺した出久は「わっ!」と顔を逸らした。
「っんだよ! 嗅ぐな、気持ちワリィ」
 そう言って大げさに顔をしかめてみせても本気で拒んでいるようには見えず、頬を染めながら勝己は照れたようにうなじをかいた。
「おら、さっさとヤるぞ」
「あっ、う、うん」
 あまりにも男らしい誘いに思わずプッと笑った時、出久の唇が再び塞がれた。一度目のような荒さはなく遠慮がちだが優しくて、触れ合う部分から勝己の体温がしっかりと流れてくる。ついばむように触れたり離れたりを繰り返しながら次第に重なる時間が増えていく。ふたりとも言葉もなくて、呼吸のタイミングもわからない。探るような舌先に唇をこじ開けられ、ぬるりとした感触を受け入れた瞬間に再びあの匂いがふわりと香った。
(あっ、これ……)
 心臓がキュンっと跳ねた。身体中が淡い熱を持ち始め、でも身を焦がされるような強烈さはない。強制的に発情もしないし、理性も保ったままでいる。
 お互いに舌先をこすり合わせて、顔の角度を変えながら夢中で吸いあう。どのくらいそうしていたのかはわからないが、ようやく息をついたときに勝己が「いずく……」と呟いた。荒い呼吸に混じったそれは本当にうわ言のように小さくて、でもしっかりと出久の耳に届いた。また理性を失っているのと思ったが彼の目はしっかりと出久を映していて、見つめられるせいでドキドキと胸が苦しい。
「かっちゃん、僕は……」
 その先に繋がる言葉がまだわからなくて、出久は何も言えずに口を閉じた。
(かっちゃん、僕は、僕は君のことが……好き、なのかな……)
 ようやく自覚し始めたこの気持ちが恋なのかどうかもわからない。匂いにあてられただけかもしれないし、幼なじみとしてのただの独占欲かもしれない。不確かで曖昧でとても口に出せるようなものではないが、それでも確実に何かが出久の中に芽吹き始めていた。
 ゆっくりと、でも、爆ぜるような熱を含んで。
 

***END***

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