【新荒】2.『Give you my word.』

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大学生の新荒です。【R-18】
・遠距離恋愛中のふたりが喧嘩しています。
 別れ話をした後で仲直りするまでのお話。
・『Christmasシリーズ』の2作目。

 
「んな疑うんならさァ、もう別れたらいんじゃねェの?」
 
 そう口にした時点でしまったと思ったがもう遅い。続けて自分の口が「もう、ダメだろ。オメーもオレも」と吐き捨てるように言った。溜めていた言葉が自分の意思とは関係なしに次々にこぼれていく。売り言葉に買い言葉だとわかってはいるが、後に引けない荒北はどうしようもなかった。
 唇を結んで俯いたままの新開を盗み見る。彼の目は前髪の中に隠れていて、どんな顔をしているかわからない。
「こんなん一緒にいても意味がねぇ。ムリだ」
 ナァ?と問いかけてみたが新開は何も応えない。しばらく沈黙が続いた後で「わかった」とだけ呟き、それだけ言うと上着とカバンを掴んで玄関に向かった。
 ギィ……と軋む音を立ててドアが開き、重い音を立てて閉じる。遠ざかる足音がかすかに聞こえて、そのうち何も聞こえなくなった。
 ひとりになった室内は耳に煩いほど静かになり、新開がいなくなっただけで部屋の温度が下がったような気がする。舌打ちして前髪をかきむしった荒北は、足元に散乱するゴミ袋を蹴ってベッドに倒れこんだ。
 ここまでよくもったと思う。男同士で、それも遠距離という状況で。
 この関係を続けて3年以上が経過した。新開以外に知らない荒北はこの3年という期間が長いのかどうかがわからなかった。それでも、少なくとも自分の中では長くて濃密な時間だったと思う。たった一人の人間に時間と労力と自分のすべてを捧げる。喜怒哀楽に振り回されて、それでも苦ではなかった。そこまで他人に執着してこなかった自分からは考えられないことだった。
 それなのに終わらせてしまった。まさか自分から告げてしまうとは思わなかった。それも一時の感情で。
 喧嘩はこれまでもしょっちゅうあったし、理由はまちまちだったがたかが喧嘩で終わるようなものだった。“次の日まで持ち越さない”というルールを決めたおかげか、お互いに譲ることも覚えた。
(さっきだって……)
 別れるなんて本気で口にしたわけじゃなかった。無言で立ち去る新開の背中が焼きついて離れない。
(なんで受け入れるんだよ。何で何も言わねぇんだよ。何でヤだって言わねぇんだよ)
 新開に苛立つのは間違っているが、たった一言「嫌だ」と口にしてほしかった。
「クソッ……」
 どうしようもない事態に大きなため息をつきながら顔を両手で覆う。
 今日は二人にとって4回目のクリスマスで、一緒に過ごす2度目のクリスマスになるはずだった。

 
1. 
 荒北が最悪な言葉を口にする数時間前。
 携帯電話の振動音で目が覚めた荒北は定位置である枕元を探った。だが、伸ばした手は何も掴まずに空を切り、仕方なく気怠い身体を起こして周囲を見渡す。
 カーテンの隙間から覗く空が青黒い。明け方なのか夜なのかがわからず、携帯電話で時間の確認もできないのでとりあえずテレビをつけた。
『クリスマスの本日も、一日を通して非常に寒いお天気でしたね。東部では最低気温を更新し――
 はままつフルーツパークのイルミネーションをバックに、大きな温度計を手にしたアナウンサーが寒さをレポートしている。その様子を寝ぼけたまま見つめていたが、画面の左上に表示された『17:45』のおかげで完全に目が覚めた。待ち合わせまでは残り15分しかなく、「サイアクだろ……」と呟いて布団を跳ね上げる。
 とりあえず携帯電話を探そうと照明をつけたところで室内の様子に呆然とした。
 確かに昨日の飲み会は酷かった。集中講義が終わった開放感と、仲間内での飲み会ということもあってタガが外れたのだ。
 一次会の居酒屋では騒ぎすぎて注意され、二次会は家で飲もうという流れになった。誰かが「一番近い家で」と言いだし、「じゃあ荒北の家だな」と勝手に話が進み、途中のコンビニで酒やつまみを大量に買い込んだところまではハッキリ覚えている。5、6人が押しかけ、最終的に10人近くが詰まった部屋はさながら嵐の後のようだった。
 申し訳程度に分別されてはいたが空き缶やタバコの吸い殻、使った食器、なぜか使用済みのストッキングまでもが散乱していて、それらをうんざりしながら手当たり次第にゴミ袋に放り込んでいった。
 ローテーブルの天面が見え始めたとき、またどこかで携帯電話のバイブ音がした。手を止めて耳を澄ませると音は足元から聞こえるようで、よく見るとゴミ袋が小さく震えている。きつく縛られた結び目を開けて中を探ると、柿の種の袋に詰め込まれた電話が見えた。
 昨日、携帯を何度か確認していたときに「荒北のクセに」と妙な因縁をつけられて奪われたのを思い出す。残念な姿になった携帯を拾い、汚れを拭って画面を確認すると着信とメール受信を知らせる表示が残っていた。

『明日は18時でOK?』
『電話したいけどまだ飲み会中かな。時間できたら連絡くれよな』
『もう寝るよ。また明日な。あ、飲み過ぎ注意だぞ!』
『おはよう。今日は大丈夫か?』
『連絡ないけど……とりあえずこれから向かう』
『電車乗った。そろそろ起きた?』
『おーい。オレもう静岡向かってるよ』

 この間に着信履歴が3回。

『小田原過ぎたー。懐かしい。また箱根でチャリ乗りてぇな。春になったら芦ノ湖行く?』
『富士山やべぇ!って毎回感動してるよなぁ、オレ』
『着いちゃうけどォ!? ←靖友のマネ』
『おーい、もうすぐ着くよ。腹減ったなぁ』
『電話でねーし。まだ寝てんの?あれ、もしかして何かあった?』
『大丈夫か?連絡くれ』
『ほんとに何かあった?心配だから電話でて』

 最新のメールは『もういい』と短く、慌てて電話をかけ直そうとメール画面を閉じたときに玄関のインターホンが鳴った。急いで玄関に向かい、勢いよくドアを開ける。するとそこには思った通りに新開が立っていた。
「しっ……!」
 とっさに謝ろうとした瞬間、手の中で携帯電話が震えた。「靖友……」とため息をついて新開が電話を下ろすと同時に手の中の振動が止む。
「おめさんなぁ……」
 新開は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わずに口を噤んだ。一瞬だけ怒った顔をして、でもすぐに眉を下げて泣きそうな顔になる。
「良かった……生きてた」
 荒北に抱きつく腕は小さく震えていて、荒北は「勝手に殺すなっての」と言いかけたがその言葉はグッと飲み込んだ。
「……いや、ほんとワリィ。昨日から連絡しなくて悪かった」
 新開の背中に手を回してゆっくり撫でる。首元に顔を埋める彼の頭に頬を寄せた。
「ごめんナ」
「全然連絡ねぇから……おめさんに何かあったのかと思ってすげぇ心配だった」
「……悪かった」
 赤茶色の髪の毛を撫でて指で梳く。「よかった」とホッとしたような顔が近づいて唇が重なったが、すぐに「酒くせぇ」としかめっ面が離れていく。
「昨日どんだけ飲んでた? 待ち合わせも来れないくらい?」
「いや……そんなんじゃねェと思う、けど……」
「けどって匂いじゃねぇよ。……たしか家飲みだったよな?」
と、荒北の身体を押しのけて新開が部屋に上がり、キッチンを抜けたところで足を止めて振り向いた。
「……どこがそんなんじゃねぇんだよ。ひでぇよ、コレ」
 鼻をつまんだ新開が室内に踏み入って窓を開ける。吹き込む風はアルコールや油の混じったひどい匂いを荒北の鼻先に運んだ。
「とりあえず片づけとくからおめさんは風呂入って鏡見て来いよ。ひでぇ顔してるぜ」
「でも……」
「いいから」
 背中を押されて強引に追い出され、浴室の鏡で確かめた顔は本当に酷かった。ひさしぶりの再会なのにこんな顔を見せていたのかと後悔したがもう遅い。せめて少しでも身綺麗にしようと熱めのシャワーをいつもより長めに浴びた。
 
*
 浴室を出て部屋に戻るとごみ袋を手にしたまま新開が座っていた。室内はだいぶきれいになっていて、申し訳なさと恥ずかしさに襲われる。
「片づけさせちまってワリィな。オレもや――
「これ、何だ?」
 新開が荒北に向かって何かを差し出す。ブラブラと揺らしてみせたのはあのストッキングだった。
「何であんの?」
 ぐいと押しつけられて仕方なく受け取ったが、なぜあるのかは荒北にもわからないので答えようがなかった。
「女。いたんだな。昨日」
 新開が視線を送った先にはフィルターが赤く色づいたタバコの吸い殻があった。
「いや、オレだって仲いい女友達はいるし、一緒に飲んだりもする。でも部屋に入れたりはしねぇ。それ、靖友も知ってるよな?」
 大きくため息をつきながら新開が前髪をかきあげ、眉を寄せて厚い唇を噛む。
「ひさしぶりに会うってのに連絡はつかないし……心配になって来てみたら部屋はこんなだ。すげぇ楽しみにしてたんだけど、それってオレだけだったかな」
「っちげーって! オレだって会えんの楽しみにしてたって!」
「じゃぁ、なんだよそれ」
 新開の視線がチラッと荒北の手元に動く。
「だからァ! わっかんねェんだヨオレにも! 昨日はよくわかんねぇうちにどんどん人が増えてたからァ……だからこんなんになってんだヨ。女だって入れたくてそうしたわけじゃねぇし」
「……そう。まぁ、何とでも言えるよな。オレは見てねぇんだし」
「あ? 何だそれ。何が言いてェんだヨ」
 新開が珍しく突っかかってくるので、荒北も釣られて反発してしまう。こうなると一気に苛立ってしまうのが自分の悪い癖だった。怒りの勢いで周りが見えなくなってしまう。
「ほんとは何してたのかわかんねーってことだよ」
 新開はそう言って手に持っていたゴミ袋を床に置いた。
「ハァ!? 何でキレてんのか意味わかんねーんだけど。だからオレは何も知らねえって言ってるよな? つーかオメーだって向こうで何やってんのかわかんねーだろ。なんか、いっつもレース見に来る女がいんだってェ? やっぱホントは女がいいって思ってんじゃねぇのォ!?」
 吐き捨てるように言って足元のゴミを蹴る。新開がまとめてくれていたのだろうゴミが袋からこぼれて散った。
「レースを見に来る女? はぁ? なんだよそれ。今は関係ねぇだろ」
 眉を寄せて新開が睨む。
 誤魔化された、と荒北は思った。
『明早大学のエーススプリンターには彼女がいない』
『狙うなら今がチャンス』
『誘えば断らないらしい』
 そんな噂を耳にしたことがある。あり得ないと思っていたし、真に受けるほうかどうかと思っていた。
 確かに新開に“彼女”はいない。が、自分という恋人がいるわけで、彼に限ってまさか浮気はないだろうと信じていた……はずだった。
 一度疑いだすと人間とはおかしなもので、信じていたものがまったく信じられなくなる。荒北も新開に対して一度だけ怪しいと思ったことがあった。部の飲み会に行くと言っていた新開に電話をしたときだった。
 解散予定だと伝えられていた時間に電話をしたが出なかった。そのうちかけ直してくるだろうと思い、気がついたら着信がないままだいぶ時間が経っていた。心配になって再び何度か電話をかけ、やっと繋がったと思ったら女が出た。その向こうに新開の声が聞こえて、荒北は咄嗟に切ってしまった。新開の声は枕元で聞くときの甘い声だった。
 何かの間違いだろうと思い、考えないようにしてきたがずっと気になっていた。それが今言葉になって新開を責める。
「オメーがオレを疑ってるように、オレも疑ってんだよ。オメーのこと」
「はぁ? 疑ってる?」
「お前……女と寝たよなァ」
「は? 何を言ってんのかわからねぇ」
 話をすり替えるな、と新開に詰め寄られて頭に血がのぼった。

「んな疑うんならさァ、もう別れたらいんじゃねェの?」

 そう口に出してしまい、その結果として新開は出て行った。
 高校時代は四六時中一緒にいたせいで疑うことなんて何もなかった。クラスこそ違ったが部活も寮も同じで、すべての時間を共有し、そこに疑う要素は生まれなかった。
 進学とともに遠距離になって、離れるということはこんなにも不安にさせるモノなんだと実感するようになった。会えない時間が心に隙間を作る。どんなに信じていても、一度疑念が生まれるとそこからじわじわと浸食される。いつの間にか信用もできなくて、疑うことばかり考えていた気がした。
 決定的な何かがあったわけではない。ただ、自分の憶測に縛られて新開を信用できなくなっていた。彼に確かめればいいだけなのにそれができなかったのは、この関係を少しでも後ろめたいと思っていたのだろうか。自分の性別にコンプレックスを感じていたからだろうか。
 普段は意識をしなくても、堂々と周りに言えない関係がたまに辛いと感じることもあった。新開を好きになった時点で障害は多いとわかっていたのに辛かった。
 手を繋いで歩いたり、キスをしたり、普通の男女交際なら当たり前なことを自分たちは人に隠れて行うしかない。
「嫉妬、か……」
 まさか自分が嫉妬なんて感情を抱くとは思わなかった。好きというだけではダメなんだと、時間が経つにつれて考えるようになった。それでも新開の手を離すことができなかったのは、やっぱり好きだったからだ。
 なのに今、荒北は自分から手を離そうとしている。
 クソッと舌打ちして身体を起こす。着るものもそのままに上着だけを羽織って部屋を飛び出した。
 握りしめた財布と携帯をポケットに突っこむ。走るたびにサンダルが脱げそうになってつんのめり、スニーカーを履かなかったことを恨んだ。
 どこにいったのかもわからないがとりあえず駅に向かって走った。見つけられなかったとしても、それなら新開の家まで行けばいい。ここで終わったら必ず後悔する。もう二度と会えなくなるような気がした。

 
2.
イルミネーションに彩られた駅までの大通りは行き交う人で混雑していた。思うように進めず苛立ちが募る。周囲を見渡して赤茶色を探したが見当たらず、立ち止まって大きく息を吐いた。荒い呼吸が白く吐き出されて消えていく。
 思い出したように携帯電話を取り出して耳にあてた。だが、予想通り電話は繋がらずに留守番電話のアナウンスが流れる。諦められず、何度かかけ直してみても結果は同じだった。
 新開はもう自分との関係を終わらせたのだろうかと、その不安だけが胸を占める。後悔しても今さらだったがなぜあんなことを言ったのかと自らを恨んだ。
 新開の家に行こうと決めた荒北は再び足を動かした。突然押しかけて何か言われたとしても、行かなければここで終わるだけだった。文句を言われるならまだいい。話せるチャンスはあるかもしれない。
 クリスマスソングの流れる軒先を速足で歩く。
 駅前の並木道はイルミネーションが有名なせいか立ち止まって写真を撮る人も多かった。カップルがやたらと目についてしまうのは今の状況のせいだろう。本来なら荒北も今頃は新開と一緒に出かけているはずだった。
 ため息をつきながら人波を縫って進む。ようやく人垣が途切れてまた走り出そうとしたときに携帯電話が震えた。急いで上着から取り出して画面を確認する。
「今どこにいんだ!?」
と言って足が止まり、少し離れた街路樹の下に立っている新開を見つけた。
「今? 目の前だよ」
 耳にあてた電話から声がして、見つめる先で新開が微笑んだ。「オレ……オメーに話があって……」と言うと「うん……」と耳に声が響く。

「……別れたくねェ」

 それだけを振り絞って伝えた。言いたいことはたくさんあったが、何から話していいのかがわからなくて一番大切なことだけを伝えた。
「別れたいなんて本当は思ってねぇんだ。オレ……ほんとに思ってねぇから」
 それに対して新開は何も言わず、しばらく沈黙が続いた後に「靖友」と名前を呼ぶ。
「おめさん……これからどうする?」
「え?」
 質問の意図がわからない。荒北が応えられずにいると「これから、オレとどうしたい?」と新開が言葉を続けた。
「これからもこんな話がでると思うんだ。オレらの関係って世間でいう“普通”じゃねぇからな。当たり前のことが当たり前にできねぇんだよ」
 雑踏の中で静かに話す新開の声に耳を澄ませた。彼のそばに行きたいがこの先の展開が怖くて足は前に出なかった。
「人に言えない関係って辛いよな。離れてると見えないせいか余計なことも考えちまうし、誤解を解くのも一苦労だ。これからもこんなのが続くんだぜ? この辺でオレらの関係についてちゃんと考えるいい機会なんじゃねぇかって思うんだけど」
 そこまで言うと新開はまた無言になった。
 この先をどうするか考えると言う。考えて、どうするのだろう。ダメだと思ったら終わりにするのだろうか。
「……どうしたい?」
 新開から目が離せずにずっと見続けていると、彼は無言の荒北にまた微笑んだ。思わず荒北もフッと笑う。考えるもなにも荒北の中で答えはすでに出ていて、今さら何を言われても変わらない。
「……一緒にいてぇって思ってる。この先もずっとだ。今さらぐだぐだ言われても変わんねぇんだヨ」
 空いた手を握って拳を作る。追いかけた時点で覚悟は決めていたはずだと、ようやく足が前へ出た。携帯をおろして一気に走り、新開の首元めがけて飛び込んだ。首元に腕を絡めて頭を引き寄せ、ギュッと強く抱きしめる。新開は一瞬驚いたのか身体を硬くさせたが、手に持っていた荷物を置くと荒北の背中をそっと撫でた。
「あー……驚いたよ」
 耳元でフッと笑った声がして、荒北の頭に新開が顔を寄せる。そして、「とりあえず家に帰ろうか。早くふたりきりになりてぇ」と甘く囁いた。

 
3.
 ドアを開けた途端に玄関に押し込まれるように背中を押された。後ろ手に扉を閉めた新開が乱暴に荒北の唇を塞ぐ。噛みつかれ、頬に添えた手の指で口を開かされ、舌を吸い出され、呼吸もできないほど荒々しく求められた。
 息苦しさに新開の胸板を押すとようやく唇が離れ、今度は腕を掴まれながら寝室へ向かう。また唇を塞がれながらベッドに押し倒された。
 上着から順に服を剥がされて、もどかしい指で自分でも下を脱ぐ。立ち膝になった新開のベルトに手をかけると彼も上着を脱いで裸になった。
 下着ごとズリ下げて露わになった性器を口に含み、深く咥えて舌を這わせる。ひさしぶりのセックスだった。本当なら時間をかけて丁寧に愛撫してやりたいが、今はただ早く繋がりたかった。
 見上げた先で新開が自分の唇を舐める。普段は温和な目が鋭く光り、その視線に射られて荒北の陰茎もまた大きく膨らんでいく。
 新開の陰茎をしゃぶりながら自分で自分の性器をしごいた。口の端から涎が垂れたが気にせず咥え続ける。前髪を掴まれて強引に喉まで挿入され、苦しさに喘いでも声が出せない。そのまま何度か奥を突かれて、その度にくぐもった声が漏れた。
「もういいかな」
と声が聞こえてようやく解放され、口の中から引き抜かれたそれは唾液にまみれてぬらぬらと光っている。
「後ろ向いて」
 四つん這いの状態にさせられて、頭を押さえつけられながら尻を高くあげる。荒北の窄みに新開が触れると細長い物が体内に侵入してきた。その動きで指が入れられたのだとわかる。
「ちょっと慣らしたかったけど……やっぱ我慢できねぇ」
 言い終わらないうちに後孔に熱いモノがあてられた。先に侵入した指が中を広げ、無遠慮に挿入される。唾液のおかげですんなりと深くまで入ってしまった。
「あっ……しんかいっ……!」
 背中に軽い痛みが奔って思わずのけ反った。結果として腰が高く浮いてしまい、新開がさらに奥へと入ってくる。
「ごめんな。辛いだろうけど我慢できねぇ……あとでちゃんとするから」
 そう囁くと新開は荒北の腰を掴み、腰を強く打ちつけた。後背位は深くまで届くので荒北は苦手だった。おまけにこの姿勢は恥辱的で、思わず毛布を掴んで歯を当てる。
 両腕を引っぱられて立ち膝になり、顎を掴まれて振り向かされると喘ぐ唇をキスで塞がれた。突かれるたびに吐息が漏れたが、口が塞がれたせいで呼吸がうまくできない。
 朦朧とする中、性器を上下に強くこすられる。さっきまでは痛くて辛いだけだったが、徐々に和らいで甘い感覚が身体に広がった。後ろと前と同時に刺激を与えられ、痛いのか気持ちがいいのかが曖昧になる。
「靖友、一回出していい……?」
 そう問われてもただ頷くしかできなかった。
 激しく突かれ、言葉も出せずに新開を受け入れる。新開が小さく呻き声を上げたとき、荒北もまた吐精した。
 
*
 何度か求められたせいで身体は思うように動かなかった。荒北の身体に浮く汗を新開がタオルで拭き取っていく。
「オメー……なんで元気なわけェ?」
 呆れて思わず呟くと新開はただ目を細めて笑い、「あ、プレゼントあるんだけど」とベッドを降りた。部屋の隅に置いていた大きな袋と小さな箱を手にしてベッドに腰掛け、荒北はそれを見ながらそういえば何か持っていたな、とぼんやり思い出した。
 はい、と手渡されたが受け取る気力もない。「開けて」と新開に頼むと「ええ」と言いながらも包みを開ける顔は嬉しそうで、思わずつられてニヤけてしまう。
「まずは、これ」
 大きい袋から箱を取り出して蓋を開ける。中にはいちごがたっぷり乗ったホールのショートケーキが納められていて、甘い匂いが部屋に漂った。
「それ、オメーが食べたいだけだろ……」
「ほら、丸いの買ってくれるって言ってただろ?」
 何の話かわからず首を傾げると、新開は悲しそうに眉をひそめる。
「インハイのゼッケンが獲れたら、丸いケーキ買ってくれるって」
「アァ!? んなこと言ったァ?」
「言ったよ、高2のとき」
 うっすらと思い出せそうで、でも思い出せない。ワリィな、と呟くと新開がムッとした顔をする。
「つーか、買ってやるって言ったのはオレなんだろ? なんでオメーが買ってんだヨ」
「だって、クリスマスだし」
「クリスマスだしって……結局お前が買ったら意味ねーんだって」
「それもそうだな。でもうまそうだろ? だからついね」
 ケーキをテーブルに置いた新開は次に小さい箱の包みを開けた。そして「はい」と荒北に差し出す。
 新開が持っていたものは茶色のキーケースだった。革に小さく刻印されたロゴから新開が好きなブランドのものだとわかる。
「靖友は鍵を裸で持つだろ? 落とさねぇか心配だったんだ」
 キーケースを手に取ってボタンを開けると中にはキーリングが3つで、そのうちの1つには真新しい鍵が提げられていた。
「……鍵?」
「それはオレんちのだ。前から渡したいなって思ってて。オレがいなくても合鍵さえあれば家で待っていられるだろ? おめさんの家の鍵も空いてるとこにちゃんとつけるんだぞ」
 へぇへぇ、と返事をしてキーリングに触れる。「なぁ、でも1個余るんじゃねー?」と新開を見上げると、彼は恥ずかしそうに笑って頬をかいた。
「残りは一緒に住んだときのため……かな」
 珍しく新開の頬が赤く染まる。それにつられて荒北の顔も熱くなった。
「一緒に住むって……」
「あー……ほら、離れてるから不安になるわけだ。なら、もう一緒に住んじまったらいいんじゃねーかなって思って」
 ダメかな、と大きな瞳が荒北を覗き込む。ニッと微笑んでみせた新開は荒北が断らないのをわかっているのだろう。荒北はチッと舌打ちして新開の顔を押しのけた。
「なぁ、オレのカバン取って」
 ベッドの下に転がっているカバンを指さす。これか?と新開にカバンを手渡され、どうもネと言いながら中を探る。手に取ったそれはリボンが若干よれていたが、箱は無事でホッとした。
「オメーのブランドもんのあとで渡すのも気が引けんだけど……」
 新開へのプレゼントに選んだものは革のブレスレットだった。
 縁が同色の糸で編み込まれて、コンチョボタンの飾りがついたシンプルなデザイン。新開には黒を、自分には赤茶色を選んだ。ありがとうと言いながらさっそく腕につけた新開に自分用のブレスレットも見せた。
「オレ用にも買ってて……これなら一緒につけててもおかしくねーだろ」
 大きな目をさらに見開いて驚く顔が愛おしい。
「靖友、覚えてたのか……?」
「……まぁ。ケーキは覚えてねーけど」
 照れくさくて視線を逸らす。すると思いきり力を込めて新開が抱きついた。
「すげぇ嬉しいよ。大事にする」
 苦しいからやめろと背中を叩いても離されず、仕方なく背中に手を回して抱き返す。
 高校3年のクリスマスは受験勉強でそれどころではなかった。先に進路が確定していた新開は文句も言わずに勉強につき合ってくれた。
 去年のクリスマスはタイミングの悪いことに荒北がインフルエンザに罹患して、クリスマスどころか年末年始も会えなかった。
 最初に過ごした二人きりのクリスマスからようやく2度目。なんだかんだあったが、やっとここまで来れたと思った。
「マジで、良かった……」
 思わず口に出すと新開も一緒に小さく笑う。
「ほんと良かった。あんとき帰んなくて良かったよ。おめさんがオレを選んでくれて良かった」
 荒北を抱きしめる手に力が籠る。荒北は「ったりめーだろ」とぶっきらぼうに応えた。
「オメーももっと自惚れてもいいんじゃネーの? オレが嫉妬するなんてホントあり得ねぇ」
 荒北の言葉に新開の身体がびくんと跳ねる。「え、今何て言った?」と、荒北の顔を見ようとする新開を阻止し、離されないように今度は荒北がきつく抱きしめた。
「前にオメーに電話したとき……女が出たんだよ」
「女……?」
「部の飲み会んとき。去年の冬くれーかな」
 そのまま荒北が黙ると新開も無言になった。が、急に「あっ!」と大きな声を上げたので荒北の心臓がぎゅっと縮みあがる。
「オメーなぁ、急にでけぇ――
「思い出した! 終電なくなって帰れなくてさ、先輩の家に泊めてもらったときじゃねぇかな? まぁ、オレが勘違いしただけなんだけど……おめさんと間違えて先輩の奥さんに抱きついたらしくてさ。次の日、先輩にすげぇ怒られたんだ」
「え? はぁ?」
「靖友、あんとき何度も電話くれただろ? 大事な電話じゃねぇのかって代わりに奥さんがでてくれて……でもオレが酔っぱらってたせいで結局話せなかったけど」
 ハハ、と眉を下げて笑う新開を見ながら、荒北は胸の中の強張りが消えていくのを感じていた。こんなに簡単なことだったのになぜ聞けなかったのか。自分自身に呆れて自嘲気味に鼻で笑う。
「卒業までに家探さねーとな。まぁ、その前にやることはいっぱいあんだけどォ」
 同棲を考えると気分は上がる。だが、その前に立ちふさがる進路や卒業までの単位を思うと、思わずため息が漏れた。
「おいおい、さっそくため息か?」
「ちげーよ、これは別件」
「別件?」
「そォ。人生についてだヨ」
「人生って……なんか壮大だな」
 フッと頬を緩めた新開が「ケーキ食う?」と立ち上がる。その後姿を見ながら荒北は「来年はオレがケーキ買ってやっから」と呟いてキーケースを撫でた。

 
***つづく***
 
次→『Need you.』

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