【新荒】きみを想う7月15日 【2015新誕】

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・大学1生の新荒です。【R-18】(2ページ目に性行為描写あり)
(※2015/07/15 新開さん誕生日用)
 ◇1ページ目『彼がこの日を嫌いな理由』
 新開さんがたくさんプレゼントを貰うので、それが気に入らない荒北さんのお話。

 ◇2ページ目『きみを想う7月15日』 【R-18】
 新開さんの誕生日当日、お互いを想い合うふたりのお話。

 
◇『彼がこの日を嫌いな理由』
 
 荒北靖友は7月15日がキライだ。
 といってもイヤになったのはここ2年くらいの話で、それまではこの日に対して特になんの感情も抱いてはいなかった。31日間もある7月の、その中のたった1日。ただそれだけだった。
 部室に貼られたカレンダーをじっと眺めていたのだが、余程ひどい目つきをしていたのだろう。椅子に座って部誌を書いていた金城が「獲って食うなよ。それはカレンダーだからな」と笑いながら荒北に声をかけた。その声でハッと物思いから覚めた荒北は、誰にでもなく舌打ちをすると「んなこたァしねーヨ。んじゃお先ィ」と手を振って部室をあとにした。
 7月15日までは残り1ヶ月もない。もうすぐそこに迫っているイベントを思うと意図せず深いため息が漏れた。この日ばかりは自分の周りがやけに騒がしくなるので、それが前から気に食わないでいる。理由は至極単純で、この日がある男の誕生日だからだ。
「またどうせニヤけたツラでもしてんだろーナ、アイツは」
 満面の笑みで包みを開ける姿を思い出す。そして嫌なことに、苦い思いを隠しながらそれを眺める自分の姿もセットで思い出してしまう。
 現在、荒北には遠距離恋愛中の恋人がいる。その関係は高校3年の冬頃から始まってまだ1年にも満たない。友人としてのほうがつき合いが長いくらいだが、7月に待ち構えているのは恋愛関係になってから初めて迎える恋人の誕生日だ。これはかなり重要なイベントのはずで、例にもれず荒北もしっかりそう思っている。だが……イベントの主役が問題だった。
 7月15日に生まれた男、新開隼人は一言でいえばモテる。高校時代はファンクラブなんて大層なものまで存在したくらいだ。当の本人は気に留めてすらいなかったが、手紙や差し入れをもらうことはしょっちゅうだった。バレンタインデーには甘ったるい匂いをまき散らすくらいにチョコやらクッキーやらをもらっていたし、普段もなにかしらのお菓子を与えられていた。
「女子のアレはたぶん餌づけだナ」
 もらったお菓子を嬉しそうに頬張る顔が浮かんで荒北もついクッと笑う。だが誕生日のことを考えるとまた憂鬱な気分になり、身体の奥から2度目の深いため息が漏れた。モテる恋人を持つというのは思った以上に大変なものだったし、まさか自分が恋愛ごとで悩む日がくるとは思いもしなかった。福富にチラリと聞いた話では大学でも相変わらずの調子らしいので、きっと今年も抱えきれないくらいのプレゼントを受け取るのだろう。もともと新開は物欲が薄いから困るというのに、さらに大量のプレゼントを受け取られてしまっては何をあげたらいいのかがますますわからなくなる。
「……ったく、今年はなんか気合入れてェってのに」
 それとなく探りを入れてみても「なにもいらないよ。そうだな、オレはおめさんがいてくれればいいかな」なんて言うのでまったく準備が進まない。はぁ……と3度目のため息をついた荒北は足早に家路を急いだ。

 
1.
 1年前の7月15日。この日も荒北は憂鬱な気分を抱え、同時にいらだっていた。
「靖友ー、待ってくれよ」
 後ろから聞こえる情けない声にため息をつきながら足を止める。パタパタ近づく靴音が横に並ぶのを待ったが、また呼び止められる声と共に音が止んで、荒北はチッと舌打ちしながら振り返った。
「ありがとな」
 振り向いた先では新開が抱えるプレゼントの山に可愛い包みがもう1つ追加されたところで、元々垂れた目尻が笑ったせいでさらに緩んでいた。満面の、これ以上ないくらいの笑顔。もしかしたらいつもと同じだったかもしれないが荒北にはそうは見えなかった。
 荒北はいらだっていた。さっさと教室に入りたいのに、さっきからこうして何度も呼び止められては足が止まる。先に行ってしまえばいいものを義理堅く待ってしまう自分にもイラついている。思わず「早くしろ」と怒鳴ってやりたかったが、グッとこらえて唇を結んだ。こうなるのは去年からわかっていたことで今さら怒鳴っても仕方がないし、そもそも新開のせいではない。ただ自分ひとりだけが気に入らないでいる。
 やり取りが終わったのか、ペコッとお辞儀をした新開が小走りでやってきて隣りに並ぶ。
「待たせてすまないな、靖友」
「……オメーさぁ、ワリィって思ってんならニヤけてんじゃねーヨ」
「ん? そんな顔してる?」
「あぁ。いつも以上に情けねーツラしてんヨ、お前」
「そうか。まいったな」
「……まいったって顔じゃねぇんだヨ、それ」
 チッと舌打ちをしてまた歩き出す。半歩遅れてついてくる新開は抱えた包みが落ちそうなのか歩みが遅い。仕方なくヒョイと何個か手に取って新開の視界を広げてやった。
「コレでちったぁ歩きやすくなんだろ」
「お、サンキュ。靖友は優しいなあ」
「っせェ。礼言うんならさっさと歩け。で? どーすんだよ、コレ」
「そうだな。どうしようかな」
「はぁ? 考えなしかヨ。教室のロッカーは?」
「……入らねぇかも」
「なんでだヨ。オレと違って教科書とか律儀に持ち帰ってるくせに」
「いやあ……今はお菓子がいっぱいで。ここ最近やたらと貰うから一気に増えちまった」
 最近貰ったということはどうせそれもプレゼントの類なのだろう。眉を下げて「どうしようか」と困ったように笑う顔を見ていると、この状況が羨ましいのか気の毒なのか腹立たしいのかよくわからなくなってきた。
「とりあえず入るぶんだけいれて、残りは部室のロッカーにでもぶち込んどくか。オレんとこも貸してやっから」
「ん。ありがとな」
「礼はいらねェ。代わりにベプシ1本な」
 冗談のつもりで提案したのだが「1本でいいのか?」と返されて、結局2本をありがたく頂戴した。
 
*
 放課後、教室を出て部室に向かう荒北の手には小袋が5つ握られていた。そして彼の顔は朝と同様にやや不機嫌で、すれ違う下級生たちが驚いて道を開ける。海が割れて道ができるのはなんだったかな、と考えているうちに荒北は自転車競技部の部室に到着した。
 扉を開けるとすでに着替え終わった新開がひとりでベンチに座っていた。片手に持っている文庫本はおそらく趣味の推理小説だろう。インターハイが近いというのに彼はこうして練習前でも読書に耽る。これが彼のモチベーションを上げるためのリラックス方法らしいが、それでも荒北は気にせずズカズカと歩み寄ると、顔をあげた新開の鼻先に持っていた袋を突きつけた。
「コレ、うちのクラスの女子からァ。ったく……東堂への手紙もそーだけどよォ、アイツらはオレを便利な運び屋かなんかだと思ってんじゃねーのォ?」
 荒北の愚痴に「靖友は立派な運び屋だろう?」と新開が笑う。人の気も知らないで呑気なものだと、手に持った袋をわざと新開の鼻に押しつけた。
「だ、れ、の、せ、い、だ、と、思ってんだヨ。バァカチャン」
 リズムをつけて鼻を押すと「わ、ごめんって」と新開が笑いながらプレゼントを受け取った。そして鼻をこすりながら「すまねえ……オレのせいか」とガラにもなく俯く。荒北は殊勝な新開の態度に少しだけ胸が痛んだが、よく考えたらこのいらだちは彼のせいなのでやっぱりコイツが悪いと思い直した。
「そ。オメーのせいなんだヨ。じゃ、ちゃんと渡したからナ」
 着替えるためにプイと背を向けてロッカーを開ける。預かっていたプレゼントが中からひとつこぼれ落ちて、舌打ちしながらそれを拾った。
「靖友……」
「あぁ? んだよ」
 片眉を吊り上げて振り向くと新開が眉を下げて笑う。
「わるいんだけど……これもおめさんが預かってくれないか?」
「はぁ? オメーのとこもまだ入るスペースあっただろ……って、おい、まさか……」
 呆れた視線を投げるとそれを受けた新開がさらに眉を下げた。そして歯切れの悪い口調で「もういっぱいなんだ」とおそるおそる告げる。
 荒北は何度目なのかもわからないため息をついた。おまけに新開が「おめさん、ため息つくと幸せが逃げるんだぜ?」と余計なことを言うのでさらにもうひとつ、これ見よがしに深いため息をついてやった。その説は違うと反論してやるのも面倒で、無言で袋を掴むと自分のロッカーに押し込んだ。そうこうしているうちに下級生たちがやってきたので、早めに着替えてトレーニングルームへ移動した。
 
 その日の部活は皮肉なことにベストタイムを更新した。おそらくムシャクシャした気分を発散するように、がむしゃらにペダルを廻したのが良かったのかもしれない。インターハイも近いことだしコンディションも悪くない。珍しく福富にも「お前はまだ伸びる」と褒められたのでそれはそれで満足だった。
 休憩中、スプリンター組が荒北の目の前を駆け抜けていった。軽く流せと言われていたはずなのに、スプリンターという生き物は直線があると本能が働くのだろうか。先頭に新開、そのすぐ後ろを追って泉田。ふたりのあとを数秒遅れながら2年、3年のスプリンターたちが“流す”にはほど遠いスピードで駆けていく。
「新開! テメーらなに熱くなってやがんだ! 今日は流せって福ちゃんに言われただろォ!?」
 思わず叫んでしまったが新開の耳に届いたかはわからない。それくらいの速さであっという間に視界から消えていってしまった。新開の強い匂いだけが風に乗って鼻先にとまる。鬼になる寸前までテンションを上げた匂いだ。これではきっと荒北の声など聞こえていないだろう。
 はぁ、とため息をついてドリンクボトルを噛んだ荒北は、わけのわからないぐちゃぐちゃな気分を飲み下すようにして水分を補給した。そして、新開たちの消えた方向に視線を移す。
 一瞬だけ見えたあの大きな青い目。全速力で駆け抜けていくとき、あの目にはどんな景色が映っているのだろうか。誰もいない先頭を走るとき、そのときの気持ちはどんなものなのだろうか。そして……あの瞳に、自分はどう映っているのだろうか――

 
2.
 荒北は新開が好きだ。友達やチームメイトとしての“好き”ではなく、異性に抱くような“好き”だった。
 初恋は幼稚園の先生で、長い髪の毛と「荒北くん」と名前を呼ぶやわらかい声が好きだった。
 2度目の恋は小学3年生のときの同じ生き物係りだった女の子。動物好きだったその子は自宅で飼っているネコやイヌの話をよく聞かせてくれた。目がクリクリしていて笑うとえくぼがかわいい子。照れ隠しでたまにキツイ口調になってしまう荒北だったが、それでも変わらず仲良くしてくれた。
 3度目は中学1年のとき。その相手とは席替えで隣りになってから話すようになった。女子には珍しく野球観戦が趣味で、プロ野球の開幕中はよくその話で盛り上がった。厚い唇が特徴的な、周りの女子に比べてもなんとなく大人っぽい雰囲気の子。初めて強く異性を意識したのもその子だったが、荒北が肘を故障してからは話す機会が減ってしまい、それきり関わることもなくなった。
 こうして思い返してみれば好きになった子はすべて異性で、それが当たり前だと思っていた。だが、なんの因果か今は同性である新開に恋をしている。いや、恋というよりはもっと動物的で生臭いものかもしれない。独り占めにしたい欲求、触れたい欲求、自分をみてほしい欲求。新開を見ているとそんな肉欲的な感情が湧き上がってきて、内側から荒北を攻めたてる。こうして行き場のない怒りと想いが荒北を日々いらだたせていた。
 きっかけがなんだったのかは曖昧だが、気がついたときにはもう手遅れだった。あの背中に、あの青い瞳に、誰よりも速く駆ける才能に。醜い嫉妬と憧れと恋心がグチャグチャに混じり合って、もう自分でもほどけずにいる。
 なら受け入れてやろうと思った。
 うじうじと悩むのは性に合わない。黒か白かハッキリしたい荒北は受け入れることを選択した。恋心を無視できるものならとっくにそうしているし、それができないから日々眠れない。だから自分は新開が好きなのだと思いきって認めてみた。が、今度はたくさんの欲が荒北を締めつける。グチャグチャな気持ちのままバレンタインデーを迎え、新開の嬉しそうな顔にイライラし、そして知り合ってから3度目の7月15日がやってきた。

「おめさん、タイム更新したんだって? さすがだな」
 入浴後に廊下の自販機でベプシを買っていると、両手いっぱいに袋を抱えた新開が近づいてきた。抱えているのはもちろん、今朝から仕方なく預かってやったプレゼントの山だ。
「……おかげさまでェ」
 皮肉を込めたつもりだったが、荒北の気持ちなど知る由もない新開は目をぱちくりさせて首を傾げる。そして「今から靖友の部屋に行ってもいいか?」と満面の笑みで問いかけた。
「はぁ? 何しにくンだよ」
「これ一緒に開けようかと思って」
「あ? テメーが貰ったもんだろォ? 自分ひとりで楽しめよ。オレには関係ねェ」
「いいじゃん。一緒に見ようぜ。な?」
 空気を読まない新開がプレゼントの山をズイっと荒北のほうに押し出す。案の定山は崩れて荒北の足元に散らばり、困った顔をして新開が手を伸ばした。すると、屈んだ彼の腕の中からさらに袋がこぼれ落ちる。
「オメーなにやってんのォ? んな積んでたらこうなるってわかんだろーが」
 渋々拾うのを手伝って新開の手に載せてやる。このままではまた崩しかねないので拾った残りを荒北が抱え、「しょーがねぇから持ってやんヨ」と告げたところでハッと気がついた。
「……これが狙いか?」
 目を細めて新開を睨むと彼にしては珍しくニヤリと笑い、「おめさんは優しいからな。さ、靖友の部屋に行こうぜ」と先に歩き出した。
 
*
「みんなありがとう。大事にいただきます」
 ローテーブルの向かい側で新開が両手を合わせ、うやうやしく目の前の山に軽くお辞儀をする。それを見ながらアホらしいと思ったが、結局新開を部屋に入れた自分もまたアホのひとりだ。見るのがイヤなら拒めばいいのにそうしない自分はほとほと新開に甘い。
 荒北の気持ちも知らずに新開が鼻歌交じりで包装紙を開け始めた。最初の2、3個は丁寧に開け、その次からは豪快に破く。こんなところは彼のマイペースな性格が表れているのかもしれない。
「おい、もっと丁寧に開けたらァ? 貰いもんだろ」
「え? 貰ったらもうオレのものだろ? くれた本人にはオレがどう開けたかなんてわからないし、大事なのは受け取ったときに誠意を込めて感謝することと、中味を大切にすることだ」
 もっともなことを言われたのでそれ以上は押し黙る。「散らかすんじゃねーぞ」とだけ釘をさして次々と開封されていくプレゼントを眺めた。
 かわいらしい花柄の包み。
 キラキラしたレースのリボン。
 プレゼントに添えられた可愛らしい文字のメッセージ。
 どれも新開のことを想いながら選び、丁寧に包まれ、勇気をだして渡したのだろう。内容は補給食やタオル、新開の好きなビターチョコのお菓子などだった。
「あっ、すげぇ、なぁ見ろよ。このパワーバー、ちょっといい値段のヤツだ」
「んなもんにイイ値段とかあんのかヨ」
「ああ。これだよ。すげぇな」
 パワーバーの詰まった小袋を掲げて見せる顔が鼻につく。嬉しそうに細められた目が子供のようにキラキラと輝いていた。
「ハッ! つーか見事に実用的だな。もっとこう、なんかごちゃごちゃしたもんかと思ってた」
「ごちゃごちゃ?」
「んー……腕に着けるようなヤツとか? なんかチャラチャラしてるヤツ。ワタシとお揃いなのー、みてェな?」
「そういえばそんなのは貰ったことがないな。いつもお菓子か補給食だ」
「へぇ……訓練されてんネ。オメーのファンは」
「訓練? まあ、こっちのほうがオレは助かってるよ。レース中はよく食うし」
「……そーだネ」
 大体開封し終えて、補給食以外のお菓子はほぼ新開の胃の中に消えた。彼が開封しながら食べていったので部屋の中には甘い匂いが漂っている。荒北は甘いものが得意じゃないので、甘い匂いももちろん好きじゃない。さらに今日は虫の居所も悪い。
「これ、おめさんにやるよ。今日のお礼だ」
 ありがとな、と言いながら新開が先ほどのちょっといい値のパワーバーを差し出した。
 無邪気な顔がムカつく。 
 貰ったものを平気で渡してくるところがムカつく。
 たかがプレゼントに嫉妬する自分が一番ムカつく――
「靖友?」
「……いらねェ」
「やるよ。受け取ってくれよ」
「いらネ」
「でも。いいから」
「だからァ、いらねぇって!」
 急に声を荒げたので驚いた新開が目を見開いて動きを止めた。ここまで大きな声がでるとは思っていなかったので、荒北自身も驚いていた。
「あー……なんだ、それはお前が貰ったもんだろ。いくらオメーが貰ったもんはもうオメーのもんだっていっても、それはお前のために選ばれたヤツだ。だからオレは受け取れねぇ」
 言い訳するような伝え方だったが新開は「ごめんな」と素直に手を引いた。そしてハーフパンツのポケットを探って「じゃあ、これやるよ」と普段よく口にしているパワーバーを2本と棒つきキャンディを机上に置いた。
「これはオレが自分で買ったヤツだ。これならおめさんも受け取ってくれるだろ?」
 ニッコリ微笑む顔に断る理由も見つからず、結局そのまま受け取ってしまった。
「……あんがとネ。つーかすげぇ量だよなナァ。去年も思ったけどォ、何日くらいでなくなんの?」
「え? そうだなぁ、もって1週間ってとこかな」
「マジで? 精魂込めたプレゼントもあっという間にオメーの腹ん中に消えちまうのか」
「でもオレは嬉しいよ。絶対必要なもんだし」
「そりゃそうだけど……。なぁ、オメーはホントに欲しかったもんとかねーの?」
 さりげなさを装いつつ新開に訊いてみる。ペブシの蓋を捻るとシュッと炭酸の抜ける音が響いた。荒北の質問にチョコレートクッキーをつまむ新開の指が止まる。
「どうしたんだ、急に」
「いや、ほら、オレはなんもあげてなかったしィ? なんか欲しいもんがあんなら考えてやってもいいぜ」
「考えてやってもって……嬉しいけどなんか複雑だな」
「うっせぇな。まぁ、オメーの誕生日だから今回だけトクベツってことで」
 照れ隠しのせいで上から目線な口調になってしまった。それでも素直になれない自分の口からよくでたものだと、荒北はカラカラの喉を潤すためにベプシをひとくち飲む。どんな答えが返ってくるか内心ドキドキしていたが、新開はあっけなく「別にいいよ」と断った。
「え? なんだよ。なんもねーわけェ?」
「いやあ……ないこともないんだけど」
「んだよ。じゃあ言えヨ」
「それが……そういうわけにもいかなくてさ……」
 目を逸らした新開が歯切れの悪い口調で襟足をかく。そして「オレ、そろそろ部屋戻るよ」と包みをかき集めると、大きな紙袋に詰め直して立ち上がった。
「じゃあなんか思いついたら言えヨ。オレがあげられそうなモンだったら買ってやっから」
 扉を開けてやりながらそう伝えると、「ありがとな」と新開がフッを表情を崩した。
「でも、今日つきあってくれただけで充分だ」
「はぁ? オレはなんもしてねーんだけど」
「別にいいんだよ」
「じゃあ、オレがなんか勝手に買っちまってもいいわけェ?」
「構わないよ。サプライズってことだろ? されたことないからドキドキするな。でも、本当にいいから。気ぃ遣わないでくれよな」
 おやすみ、と背を向ける新開を見送ったがハッと思いだして呼び止める。
「いや、あ、えっと……誕生日オメデトーな。っていっても残り2時間くれーしかねェけど」
「ハハ。ありがとう。嬉しいよ」
 不意うちのウインクに一瞬だけ心臓が強く跳ねた。耳が熱くなるのを感じてチッと舌打ちし、自分の感情が顔に出てしまわないうちに早々に自室へ戻る。
 顔を冷やそうと窓を開けると、室内にこもる甘い匂いが夜風で徐々に薄められていくようだった。早く消えろと思いながらベッドに寝転んで手で顔を覆う。甘ったるい匂いはもう充分だったし、自分をいらだたせるだけなので早く消えてほしかった。ついでにこのまま自分の想いもかき消してくれたらいいのにと、叶いもしないことを願う。
「くそ……」
 プレゼントを開けて喜ぶ顔が次々に頭の中に浮かんできて、それがさらに荒北を苦しめた。
 貰うなと言いたい。
 オレ以外からは貰うなと言ってしまいたい。
 だが自分にそんな権利はないし、それを言う勇気もない。
「だから今日は嫌いなんだヨ」
 呟いた声は嫉妬にまみれてひどい声だった。さっさと寝てしまおうと起き上がって照明のスイッチをオフにする。15日など早く終わってしまえばいい。7月15日は嫌いだ。

 
3.
 8月末に行われる全日本大学対抗選手権自転車競技大会、通称インカレに向けて荒北の足は好調だった。
 初めてのチームで迎える初めてのインカレ。荒北は無事にレギュラーを勝ちとり、大会ではアシストのひとりとしてチームを引くことになる。
「荒北、飛ばしすぎじゃないか? いくら調子がいいといってもそれじゃあオーバーワーク気味だ」
 近づいてきた金城が荒北の乗るローラーの横で立ち止まる。荒く息を吸いながら金城をチラリと眺め、すぐに視線を外した。
「オレはぜってー勝つんだヨ。楽しみでしょうがねェ。オメーもそう思ってんだろ」
「……それはそうだが」
「だったらわかんだろ? じっとしてらんねェんだヨ。チャリ乗んねーとどうにかなっちまいそうだぜ」
「まぁ……だが、これで怪我でもしてみろ。福富が泣くぞ」
「はぁ? 泣かねーヨ、福ちゃんはァ。んな泣くようなタマじゃねーだろ。思い出せ、あの鉄仮面を」
「まあ、そうだがな」
「オレはな、レギュラー獲ったことを内緒にしてんだ。こないだのクリテじゃあ負けちまったからナ。インカレでオレの成長っぷりを見せつけて、アイツらをビビらしてやんだヨ」
「フフ。サプライズか」
 金城の言葉にフッとあることを思いだし、思わずペダルを踏む足が緩んだ。
「おい金城、今なんつった?」
「え? なんだ? サプライズか?」
「それだヨ!」
 突然の大声に部室内の音が一瞬やむ。そして一斉に荒北に視線が集中し、その後で笑いが起きた。
「うるせーぞ、1年」
「そんな元気があんならもっと廻せ」
と、からかう声がとぶ。
「チッ……金城、テメー」
「いや、オレのせいじゃないだろう」
「あ、そっか……じゃ、悪かったナ」
 小声で謝ると「それは謝っていないだろう?」と金城もつられて笑った。集中も途切れてしまったので足を緩めて速度を落とし、完全に流し切ってからローラーを降りた。
「金城ォ、ちょっといいか。例えば……これは例えばの話だからな」
 タオルで汗を拭きながらベンチに近寄る。金城はシューズを手入れする手を止めて顔を上げた。
「例えば、なんだ?」
「オメーがされて嬉しいサプライズってなんかある?」
「サプライズ?」
「そ。あ、誕生日の話な」
「誕生日……オレの誕生日なら12月だぞ?」
「ハッ! オメーのじゃねぇヨ。まぁ覚えといてやる。で、なんかあるゥ?」
 金城は突然の質問に戸惑った顔をしていたが、眉を寄せたところを見るとなにかしらは考えてくれているようだった。
「そうだな……相手にもよるが……友人と考えてもいいのか? それとも恋人か? だが荒北に彼女は……」
「うっせ。いねーヨ、ほっとけヨ。まぁ、ダチってことで考えてくれ」
 彼女はいないが彼氏はいる。だが新開との関係を話すわけにもいかないのでごまかした。
「オレが嬉しいことはちょっと思いつかないが、今の流行りは内緒で計画して驚かせることらしい。数名で店を予約しておいて当日に主役を突然店に連れて行くとか、ただの飯の予定だったのにケーキを準備しておくとか。あとは……いいホテルの一室を数名で予約して誕生日パーティで宿泊するなんて手もあるらしいが、これは関係ないかな」
「いいホテルねェ」
「まぁ、どれも女子の話だ」
「ん? つーか、なんでテメーが女子事情を知ってンダヨ」
 荒北の質問に金城がフッと余裕のある笑みをつくる。そして少し溜めたあとでニヤリと笑い、「理学部には女子がいるからな」と言い放った。
「ぐっ……テメェ、なかなかえぐってくんじゃねーかヨ、金城」
 荒北の所属する工学部は理学部に比べて女子が圧倒的に少ない。それを知っての金城の言葉だった。悔しいがその通りなのでなにも言い返せず、「情報あんがとナァ」と言ってシャワールームへ向かった。
 
*
 サプライズはされたことがないからドキドキする。その言葉を思い出したのは金城のおかげだった。
 去年、結局荒北は新開になにも贈っていない。なにをプレゼントしたらいいのか悩んでいるうちにインハイが始まり、そしてまさかの敗北を経験したせいで誕生日どころではなくなった。その後も大学受験や新居探し、卒業式準備など何かに追われるように時間が過ぎ、さらに思いがけない出来事が発生したせいもあってプレゼントのことなど頭に残っていなかった。
 卒業間近のある夜、新開に告白されるというまさかの出来事が起きた。冗談かと思ったが好きだと告げた彼の声はいつもと違い、飄々とした余裕は微塵もなかった。信じられない展開に戸惑いながらも新開の想いを受け入れ、そのまま現在まで続いている。
 金城と話した一週間後、荒北は大学の学食でサプライズの計画を練っていた。ホテルを予約し終え、フゥとひと息ついて伸びをする。そして、そうだと思い出して福富に電話をかけた。
「あ、福ちゃん、今いいか? うん。そォ。あの件だけどォ、大丈夫? あー、あんがとネ。マジ頼りになるわ。うん。うん。そのまま頼む。ああ。んじゃぁまた」
 通話を終えたあとで「よし!」と小さくガッツポーズをとる。福富に頼んで新開の予定も押さえたし、あとは当日を待つのみだ。
 相変わらず今年もプレゼントは準備できていないが、それはもう本人に選んでもらおうと決めている。ほかのヤツからは受け取るなと言う資格が今年こそ荒北にはあるのだが、毎年そばで見てきているので今さら言うのもおかしな気がした。そこは自分が大人になり譲ってやってもいいかとフフンと鼻で笑う。
 7月15日までは残り一週間。新開に会うのは久しぶりだった。
 今回は連絡もせず突然会いに行くので彼の反応も楽しみだったし、ふたりにとって特別な1日になるだろうかと思いを巡らせる。そして、この先も特別な日を一緒に迎えられたらという想いが胸を占めて、自然と笑みが浮かんだ。
 インカレで敵として対峙する前のつかの間のデート。サプライズの成功を思えば気が逸り、この一週間はきっと落ち着かないだろうとため息が漏れる。だが、これは高校時代にはなかった幸せのため息だ。
 学食に鳴り響いたチャイムが講義の終了を告げる。荒北は大きな欠伸をひとつしてから、部活へ向かおうと学食をあとにした。
 
**
 待ちに待った7月14日。
 珍しくスッキリと目が覚めた荒北は早々に支度を済ませると、その時間になるまでテレビの左上に映るデジタル時計とにらめっこをしていた。そして時刻は8時を過ぎて、そろそろ起きているだろうかと携帯電話を手に取る。今日は忙しくなる。だが、それも楽しみだった。
 発信履歴の一番上、新開の名前をタップして携帯電話を耳に当てる。ダイヤル音が鳴る間、つきあいたての頃を懐かしく思いだしていた。寮や学校で散々会っているくせに、妙に緊張してメールや電話がしばらくできなかった。
 ダイヤル音が止んで久しぶりに聞く声が耳に届く。荒北は頬が緩むのを感じながら口を開いた。

 
***つづく***

-ペダル:新荒
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int(1) int(2)