【新荒】涙の痕

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高校生の新荒です。【R-18】
・身体の関係はあるけど、つきあっていない状況。
(うすーい性行為描写があります)
・荒北さん視点 → 新開さん視点 になっています。 

 
【荒北靖友】

「新開くん、好きな人がいるらしいよ」
「あ、それ聞いたー! 黒髪ロングの年下でしょ?」
「え? うそ、卒業した先輩じゃなかった?」
「あれ、そうだっけ? とにかく誰か知ってる人いないの?」

 この手の噂を聞くようになったのはいつからだったか。クラスの女子に「荒北知ってる?」と詰め寄られて、あまりのしつこさに軽くキレたのは苦い思い出だ。相手が誰かなんて、そんなもんオレが一番聞きてぇんだよ。でも、ホントは知るのが怖い気もする。
「靖友、後ろ向いて」
 またか、と思ったが素直に従う。一度身体を離して四つ足をつき、再びの挿入を待った。ここで拒めるほどの理性はとっくになくて、早く吐き出したくて身体の中心が苦しく疼く。
「靖友……」
 甘く囁く声と共に腰をそっと抱えられて、ゆっくりと、でもこじ開けるようにして新開が侵入してくる。ぞわっとしたむず痒い快感が肌を舐めて全身に鳥肌がたった。
 早く、奥まで。今だけはなにも考えらんねーように。
 気が急いて腰が揺れても声には出さない。ガブッと枕を噛んで漏れてしまう声を押し殺した。
 背中に柔らかいものが触れ、次いで熱い呼吸とともに濡れた舌が背筋を這う。肩を撫でた指がそのまま首筋を伝い、そっと頬に触れた。その手はあまりにも優しくて思わず目頭に涙がにじむ。悲しいとかイヤだとかそんなもんじゃねェ。これは惨めな自分をあざ笑う涙だ。

――シンカイクン、スキナヒト ガ イルラシイヨ

 そんなもんとっくに知ってたし、わかったうえで受け入れた。このバカみてぇな関係も、オレが誰かの身代わりだったとしても、それでも傍にいたくて覚悟を決めた。なのにこうしてオレに触れてくる指先と、「靖友」なんて呼ぶ声が優しすぎて、ダメだと思いながらオレはいつだって期待してしまう。
 期待するだけバカを見るってことも充分わかっている。新開の手が本当に触れたいのはオレじゃない。コイツはオレに触りながらオレじゃない誰かのことを考えて、きっとこれからもソイツのために傷ついて悩むんだろう。
 
『叶わぬ恋ってやつだよ』

 眉を下げて笑う顔はひでぇもんだった。どこまでも悲しげで辛そうで、なのに穏やかで幸せそうで。コイツにこんな顔をさせるヤツが心底羨ましくて、同時に憎いと思った。これほどまでに新開の気持ちをかき乱す存在を、オレは自転車以外に知らない。

『オレが代わりになってやろーか?』

 今思えばずいぶんとバカなことを言ったもんだ。新開の弱さにつけこんでまんまとこの関係に持ち込んだ。だからいまさら「オレのこと、どう思ってる」だなんてクソみてぇなことを訊けるワケがない。
「靖友……もっ……う、いい?」
 新開の余裕のない声に思わず口角があがった。今はオレだけがコイツにこんな声を出させることができる。
 ニヤリと笑いながら目元を濡らす涙を枕に押しつけて隠した。いつまでも叶うことの無い不毛な恋心を抱いて、今日もオレは密かに涙を流す。
 

【新開隼人】

「身体から始まる関係っていうのも新しくていいよねー」
「ね! アレはやばかったー♡あんなふうに強引に告白されるのって結構いいよね。あれはアリだなー」
「既成事実さえつくっちゃえばぁ、その後はもうどうにでもなるでしょ」

 不穏な会話に思わず机に伏していた身体を起こすと、隣席ではしゃぐ女子3名が目に留まった。
「おめさんたち、すげぇこと話してるな」
「えっ!? 新開起きてたの?」
「やばい……うちらの会話、聞いてた?」
「聞いてたっていうか聞こえちまったっていうか……」
「マジで!? ごめーん。うるさかったよね?」
「いや、こっちも気になっちまってさ。ところで今のってなんの話?」
「昨日のドラマだよ。最近よくテレビに出てる俳優の○○って知らない? 今ね月9の主演やってるんだけど、昨日の展開がヤバくって。女子寮はみんなテレビに釘づけ」
 ね、ねと興奮した様子で同調する女子たちを見ながら、起き抜けのぼんやりした頭で昨夜の談話室を思い出す。だが、ちらりと見えたテレビ画面はお笑い番組だったような気がした。
「こっちはお笑い番組だったかなぁ。オレも飯の後は部屋戻っちまったから見てねぇな」
「そうなんだー。来週でいいから見てみなよ。○○がね、ずっと片想いしてた子に強引に迫って関係持つんだけど、ちょっとドロドロになりそうなんだよね。たぶん来週ヤバいから」
「ドロドロねぇ……」
「マジでヤバいから! ○○の強引なとこがめちゃくちゃイイんだよ~」
「うーん。覚えてたら見てみるよ。でもさ、身体の関係からなんて女子的にはそれでいいもんなのか?」
「ちょっと気になる人ならアリかな~」
「私も! まぁでもアレだよね。“イケメンに限る”」
「ね! イケメンなら拒むどころじゃないし、むしろ来いっていうかぁ。つーかあれじゃん? 私のことがそんなに好きなんだなっていうのが伝わってくれば、こっちもなにかしらの情がわくっていうの? 悪い気はしないよね」
「そうなんだ……そういうやり方もアリなのか」
「ありあり! 意外とそういうのから始まってるカップルも多いしねー」
「ふうん……それってオレでもいけるかな?」
 変な質問でもしてしまったのか、女子たちがきょとんとした顔で動きを止めた。そして目を見開いて3人で顔を見合わせる。
「え? なに? もしかして新開好きな子いるの?」
「えっ!? うそでしょ!?」
「いや、えっと……」
「うそー! なんかショック……」
「マジ!? どんなこ? ってか誰? このクラス? タメ? 年下?」
「あ、いや……」
「相手はハコガク? あ、チャリ関係で他校の子もありえるのか……どこの学校? あ、もしかして秦中繋がりとか!?」
「えー!? 他校生?」
 矢継ぎ早に浴びせられる質問が波のようで、苦し紛れに「黒髪の子」とだけ答えた。「それ以上は……」と口ごもっているとチャイムが鳴ってホームルームが始まり、救われた気持ちで深いため息をつく。放課後、群がる女子たちを尻目に寿一を連れて逃げるように部室へ急いだのは言うまでもない。
 あれから変な噂がたってしまったがまあ構わないかと放っておいた。実際に好きな人がいるのは本当だし、ソイツは黒髪なんだから。
 
*
「靖友、後ろ向いて」
「ん……」
 素直に従う靖友は本当にかわいい。よつんばいになった靖友の髪を撫でて腰を抱える。ほぐれてすっかり柔らかくなった後孔に挿し入れると、喉を逸らした靖友が甘い呻き声をもらした。
 靖友とこんな関係になってからずいぶんと時間がたつ。でも、この場所に“気持ち”は存在しない。
 

『オメー好きなヤツがいんだってェ?』
 部活終わりのシャワールームで着替えていた手が止まった。
 声のしたほうに視線を向けると、先に着替えた靖友が壁に寄りかかってこっちを見ていた。ほかには誰もいなくて、話題を変えてくれる人がいない。
 気持ちがバレちまったのかと一瞬思考が停止しかけた。引きつる顔を無理やり笑顔に変えてごまかしたが、なぜか靖友の顔も同じような苦い顔をしていた。
『なんだ靖友、おめさんがそんなこと言うなんて珍しいな』
『……うっせ。女子が訊けってうるっせーんダヨ』
『ああ、なんだそれでか』
『で、どーなんだヨ。いんの? いねぇの?』
『……好きな人、か』
 面倒くさそうに腕組みをする靖友から視線を逸らす。まさか靖友にこんな質問を受けるとは思いもしなかった。お前だよ、なんて言えるわけもなくて、でかかった言葉と一緒に想いを飲みこんで隠す。
『……オレのは……叶わぬ恋ってやつだよ』
 フッと笑ってみたが口元がこわばってぎこちない。それでもありがたいことに靖友はそれ以上追求しようとせず、オレはホッとして小さく息を吐いた。
『……あっそォ。まぁよくわかんねーけど、気がすむんならオレが代わりになってやろーか?』
『代わり?』
『たいしたことはできねーけどナ。話聞くとか慰めるとか? なんかそういうヤツ』
 ニッと歯を見せて笑う靖友に触れたくて、オレはその優しさにつけこむことにした。
『じゃあ……慰めてくれよ』
 

 今になって思えばあんな誘い方でよくのってくれたと思う。声が震えないように、気持ちを悟られないようにするのが精一杯で、ほかに上手い言葉なんてまったく思いつかなかった。あのとき、オレの頭の中には女子たちの言葉が呪文のように流れていた。

――キセイジジツ サエ ツクッチャエバ、アトハ ドウニデモナルヨネ

「靖友……」
 筋肉がきれいについた背中にキスを落とす。びくりと身体を震わせた靖友が枕に噛みつくのが見えた。いつもこうやってどこかを噛んで、決して声を聞かせてくれない。だからオレもムキになって、なんとかして声を出させようとわざと荒く腰を動かす。
 達する前に後背位にさせるのはキスができないようにするためだった。こんなときに靖友の顔なんて見てしまったら、きっとオレはもう歯止めが利かなくなる。うっかり「好きだ」なんて口にしてしまわないように背中だけに口づけを落とす。
「靖友……もっ……う、いい?」
 枕に伏せたままの頭を撫でる。黒髪に指を入れてゆっくり梳くと小さく肩を震わせて靖友が果て、それを見届けてオレも吐精した。
  
**
「風呂行くわ」
 オレが身体を離したあとで、短く告げて靖友が起き上がった。セックスの後に目を合わせないのはいつものことで、靖友はさっさと下着を穿いて手早く服を身につけていく。その間も顔は伏せたままだが、そうやって隠しても目元に残る涙の痕にオレは気がついている。
 靖友は誰か好きなヤツがいる。とっくにオレは気がついていた。でも、その相手が誰かなんてことには興味がないし、それを知っても靖友を手離す気はない。
 無言で部屋を出ていく背中に「靖友」と呼びかける。一瞬だけ振り返った顔の、赤く染まった目元がこんなにも恨めしい。
 オレじゃない誰かのことが泣くほど好きなのか?
 なんて訊く勇気もないオレはいつもその涙の痕に嫉妬している。
「……んだヨ」
「いや、なんでもない」
 悪い、と呟くと「ナンだよ……ったく」と言いながら扉の向こうに姿が消えた。ふたりの残り香だけが漂う部屋で、オレはこぶしをぎゅっと握る。
 泣くくらいならオレにしろよ。
 グッと奥歯を噛みしめて部屋を飛び出した。廊下を走り、背を丸めて歩く靖友を追いかける。
「靖友、あのさっ……!」
 振り向いた靖友の目がまんまるに形を変えてオレを映した。
「本当は心が欲しいよ。靖友の気持ちが欲しいんだ」
「……は?」
「オレなら泣かせたりしない。っていうか泣くくらいならオレにしろよ」
「へ?」
「泣いてんだろ、いつも。終わったあとはおめさんの目ぇ赤いから……気づいてる」
 ジッと見つめる先で靖友の目が少しだけ揺れる。「バァカ」と呟く声がいつもより甘い気がして、でもそれはオレの思い過ごしじゃなかった。靖友がゆっくり瞼を閉じて大きく息を吐き、そしてまたオレを見てニッと歯を見せる。 
「誰のせいで泣いてると思ってんだヨ。オメーのせいだよ、オメーのォ」
 そう言って目を潤ませながらオレの肩を小突く靖友は、見たことがないくらい嬉しそうに顔をクシャクシャにして笑った。  
 

***END***

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