【ユリ勇】金の獅子と見る夢は【YoI】

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『ユーリ!!! on ICE』のユリ勇、未来捏造【R-18】
・グランプリファイナルで勇利もユリオも優勝しなかった未来(6年後)のお話。
・捧げものでした。pixivには別アカウントで投稿してます。削除済。

 
 テレビの前に正座していた勝生勇利は、キスアンドクライに座るふたりを見ながら、祈るように合わせた手を固く握った。
 点数が発表される前の、静かで張りつめた緊張感。現役を退いた今となってもシクシクと胃が痛むあの時間は忘れられない。例え他人の得点発表であっても、身体に染みついた癖はいつだって勇利の胃袋をギュウっと締めつけてくる。
(どうか……いや、大丈夫。ノーミスだったし、ジャンプの頂点も高かった。心配ない。大丈夫……!)
 ゴクンと大きな音を立てて勇利が唾を飲みこんだとき、テレビ画面に点数がパッと表示された。
「出ました! 今季最高得点! ユーリ・プリセツキー、21歳! また自己最高得点と共に世界最高得点を更新しました! さすがのホームといいましょうか、圧巻の演技で見事に地元ロシア大会を制しましたーっ!」 
 瞬く間に会場内にどよめきが広がって、鳴り止まない拍手が続く。
 画面の点数に釘付けになったまま、呆けたように口を開けた勇利は動けずにいた。全身が総毛立ち、胃の辺りから生まれた高揚感が身体を一気に包む。
「ユリオ! やったよ、ユリオ!」
と興奮気味に叫びながらしがみついてくる姉を抱き返し、ふたりできつく抱き合ってテレビを見つめる。
 画面の中では、満面の笑みを浮かべたヴィクトルが観客席に向かって大きく手を振っていた。コーチとなってずいぶん経つが、主役を差し置いたサービス精神や目立ちたがり屋な部分は現役時代のまま変わらない。大きく手を振りながらついでにテレビカメラにウインクして見せ、ユリオの得点は自分のおかげだとでも言いたげな表情をしている。
 ヴィクトルの陰で視線を伏せたユリオがさりげなく自身の左手の薬指にキスをした。その仕草を目にしたとたんに勇利の耳の後ろが熱く火照って、同時にチクンと胸が痛む。離れている寂しさと溢れそうな愛おしさが、勇利に少しだけ複雑な感情を抱かせるのだ。
(おめでとう、ユリオ)
 まるで勇利の心の声に応えるかのように、緑色の瞳の彼が液晶の中でフッと優しく微笑んだ。

 
1.
「はい、お疲れさまでした」
「でしたぁー」
 リンクサイドに並んだ子供たちが一斉に頭を下げる。ほっぺたを赤くさせた彼らは色とりどりのコートを羽織ると、「センセーまたねー」と勇利に手を振った。
「またね。気をつけて帰るんだよ。あ、アミちゃんはお母さんにノートとおたより渡してね」
「はぁい」
 ブンブンと手を振る子供たちがゾロゾロと廊下に飛び出して行く。すると室内は急にしんとした静けさに包まれた。
「さて、早く片づけて僕も帰ろう。うー、お腹空いたなぁ」
 タイミングバッチリにぐぅと鳴った腹部をさすりながら、床に置かれたスケートシューズを手に取った。氷が付着していないかブレード周りを入念にチェックしつつ、ひとつずつタオルで丁寧に拭いて、エッジカバーを取り付けていく。
 このシューズはスケートを始めたばかりの生徒に貸し出している。勇利がこの日受け持った生徒は“幼児クラス”と名のついた4歳から6歳までの未就学児で、まずは滑る楽しさを知ってもらうためのクラスだった。幸いにして“元特別強化選手”のおかげかスケート教室はおおむね好評で、コーチになって4年が過ぎたが生徒数は年々増加している。
 懐かしい子供用サイズのシューズに「可愛いなぁ」と思わず頬が緩む。すると、ドアが開いた音が背後から聞こえて、勇利は顔をあげて振り向いた。
「どうしたの? なにか忘れ物でも――
 問いかける言葉が途中で消える。
「忘れ物? なんも忘れてねーけど」
 ぶっきらぼうに応えながら、室内に入ってきた人物が耳にはめていたイヤホンを外す。漏れ聞こえた曲は彼が今季のフリー演技で使用しているものだった。
 頬に垂れ落ちたプラチナブロンドの髪の毛をわずらわしそうに跳ね除ける指。すっかり大人になってしまった彼の手に、最後に指を絡ませたのはいつだったか。
「ユリ、オ……」
「ハッ、そのユリオってのもずいぶん久しぶりに聞くな」
「っていうかなんでこんなとこにいるんだよ。え、もしかしてまた抜け出してきたんじゃないよね!?」
「ちげーよ! 今回はちゃんと許可貰ってる。それに優勝したんだし、文句なんか言わせねぇ」
「……うん、そうだね。ちゃんと見てたよ。優勝おめでとう」
 勇利がフッと微笑むと、ユリオは照れくさそうに軽く舌打ちして、パーカーのフードを深く被り直した。
「ん? もしかしてまた背が伸びたんじゃない?」
 つつつ、と移動してユリオの横に並ぶ。思った通り、この会わない間に彼はまたいくらか身長が伸びたらしい。
「筋肉量も増えたんじゃない? 体幹トレーニングも頑張ってるんだ。リリアさん、元気にしてる?」
 ペタペタと身体に触れて確かめるとしっかりと軸が根付いたような身体つきになっていて、わずかに顔に残っていたあどけなさが消えている。早く大人になりたいとこぼしていた 、まるでプリマのように愛らしかった面影はどこにもない。
(出会った頃は僕が見下ろす立場だったのに……いつの間にか追い抜かれてるんだもんなぁ)
「なんだよ」
 そう言ってわざとらしくユリオが睨む。
「いや、ずいぶん大きくなったなって思って。ハハ、そろそろ見上げる首が痛くなりそう」
「なーにバカなこと言ってんだ」
「今なんセンチくらい?」
「あ? もうすぐ180」
「ひゃ、ひゃくはちじゅう!? うわぁ……なんでそんなにどんどん伸びちゃうの? やっぱり食べ物のせいなのかなぁ。いや、元々の遺伝子が違うから? う、羨ましすぎる……」
「あ? デカイのも色々と大変なんだぜ。ジャンプしたときの軸とかさぁ。オレからすればアジア系のチビ具合のが羨ましいけどな」
「なっ……チ、チビじゃないよ! 君たちが伸びすぎなの!」
 ふぅん、と意地の悪い笑みを浮かべながら、身長差を誇張するようにユリオが勇利の頭をヨシヨシと撫でる。「やめてよ!」と手を払っても彼はニヤニヤと笑っていた。
「なぁ、まだ終わんねーの? さっきユーコに訊いたけど、今日のレッスンはもう終わったんだろ?」
「あ、もうすぐあがれるよ。ここの片付けが終わったらね」
 手に持っていたシューズを引き寄せたカゴに入れる。するとユリオが「じゃあ、早く終わらせて帰ろうぜ」とカゴを奪ってその場にしゃがみ、床に置かれたシューズをきれいに収納し始めた。
「え、いいよいいよ。そんな、僕がやるから」
「いいから。お前は続き拭いてけよ。オレは早くカツドンが食いてぇだけだ」
 言い終わると同時にユリオが勇利の服を低い位置から掴んだ。グッと強い力で引っぱられて、前につんのめった勇利の唇にユリオの吐息が触れる。荒っぽい仕草とは正反対に優しく唇が重なって、体温の低いユリオの唇がチュッと音を立てて離れていった。
「ユ、リ……!」
「つっ立ってねぇでさっさと手ぇ動かせ」
 自分が動けなくしたくせに。
 思わず口から出かかった文句は、照れくさそうなユリオの表情を見た瞬間にチャラになる。
(僕って、我ながらホントにチョロイな……)
 フフ、とこっそり笑いながら勇利も急いで手を動かし始めた。

 
2.
 6年前、グランプリファイナルの表彰台に勇利の姿はなかった。
 表彰台の真ん中にはその場所が当然だと言うような顔のJJが。隣にはカメラに向かってウインクするクリストフ。そして3段目には仏頂面で腕組みをするユリオが立っていた。

『日本の勝生勇利選手、惜しくも第4位に終わりました。今シーズン限りで――

 バルセロナから帰国した後、何度も流されるニュースから逃げるように勇利は“アイスキャッスルはせつ”にこもっていた。
 当初からの約束通りに今シーズン限りでの現役引退を発表し、引き留める声にも耳を貸さず、再び実家のある長谷津に戻っている。もうリンクに立つ予定がないのだからスケート場を訪れる必要もないのだが、勇利が逃げ込める場所は悲しいことに氷の上にしかなかった。
 優子と豪が気を利かせてくれたのか場内には誰もいない。“Yuri on ICE”が流れる室内に氷を削るブレードの音が響く。

『勇利、ありがとう』

 そう言って力強く抱きしめてくれたヴィクトルの笑顔を、勇利はいつになっても忘れられないでいる。
(どうして……僕は期待に応えられなかったのに……! なのに……なんでヴィクトルはあんな嬉しそうに笑うんだ!)
 力強く氷を蹴って宙に跳ぶ。雑念だらけのせいか着氷は見事に失敗して、転んだ姿勢のままリンクの端まで身体が流れた。見慣れた天井を眺めながら、勇利はしばらく氷上に転がったままでいた。
 背中が冷たい。ハァハァと胸板を上下させる呼吸は荒く、白い息が目の前に生まれては消えていく。
(ヴィクトル……ごめん……)
 ジン、と鼻の奥が痺れるような感覚がして、目の前の天井が揺れて歪んだ。煌々と眩しい照明が涙でどんどんぼやけていく。喉の奥がヒクッと鳴ったとき、
「なぁにやってんだよ」
と、頭上から声が降ってきた。すりガラスのようなぼやけた視界の中にひとりのシルエットが浮かぶ。驚いて見開いた瞳から溜まりきれない涙がこぼれて、鮮明になった視界が少年の姿を捉えた。
「え、なに、泣いてんのかよ。ダッセ」 
 目の前の人物が唇の端を歪めてニヤリと笑う。
「ユ、ユリオ……!? な、なんでここに!?」
「なんでって……おもしれーからぁ?」
「はぁ? え、おもしろいぃ?」
 予想外な人物の予想外な言葉のせいで涙はピタッと止まった。とたんに涙が恥ずかしくなり、勇利は勢いよく起き上がると濡れた目元を袖でゴシゴシこすった。
「し、質問の答えになってないんだけど」
「アン? これからオオサカのアイスショーに向かうんだよ。ここはついでに寄っただけだし」
「ついでにって……ロシアからなら大阪のほうが近いんじゃ……」
「うっせぇなぁ! つーか、なに泣いてんだよ。どーせ『ヴィクトル、優勝できなくてごめんなさい!』とか思ってたんだろ。マジ、ダッセ。バッカじゃねーのぉ?」
 茶化しながらユリオが大げさに肩をすくめてみせる。だが、唇を固く結んで俯いてしまった勇利の反応を見て、「フン……ビンゴかよ」と笑顔を引っ込めた。
「……なぁ、ほんとにこれで引退するわけ?」
 ユリオが静かな口調で問いかける。
「いいのかよ、それで」
(……いいもなにも……僕はもう……)
 勇利はなにも応えられなかった。
 憧れの人がコーチに就くという信じられないミラクルが起きて、最高の時間を共に過ごしながら最高の練習をして、最高の舞台で最高の演技をした。それでも勝てなかったというのに、これ以上なにをすればいいのだろう。
 いつの間にか曲が鳴りやんでいて、音がなくなった室内に代わりにしゃくり上げる声が小さく響く。
「僕はっ……僕は勝てなかった……ヴィクトルが、あんなにっ……期待してくれたのにっ、ひょ、表彰台にすら届かなくて……」
「……たかが0.5ポイント差だろ。それに、ステップシークエンスじゃお前のほうが点数高かったし――
「優勝しなきゃ意味がないんだよ! ……優勝しなきゃ意味がないんだ……」
 目のふちに盛り上がった涙が行き場を失ってこぼれ落ちる。頬を濡らす涙を拭いもせず、勇利はただ流れるままに任せた。
「これ以上なにもできないよ……元々僕には高望みすぎたんだ……いくらヴィクトルがコーチに就いてくれたって、僕は彼以上になんてなれなかったんだ」
「ハッ! 相変わらずのクソメンタ――
「君になにがわかるっていうんだよ!」
 思わず食ってかかってしまったが、今のはただの八つ当たりにすぎない。ユリオもわかっているのか珍しくなにも言い返さなかった。ただ静かに勇利を見つめていたが、ふいに視線を外すと、傍らに置いてあったオーディオプレーヤーに手を伸ばした。
「アレは? 何曲目?」
「え……あれ?」
「エロス」
「えっと、2曲目だけど……?」
 ふうん、と呟いたユリオが握ったリモコンを操作する。
「おい、最後に見てやるから早く準備しろ」
「え……」
「……お前が引退しよーがやめよーがどうでもいい。リンクを降りるヤツに興味はねぇし、お前がいなくなってもオレはこの先も闘っていくんだ。ヴィクトルも、JJも、みんなぶっ潰して越えていく。だから最後に見てやるよ。お前とヴィクトルが作ってきたもん全部飲み込んで、オレがナンバーワンになるための糞にしてやる」
 プレイヤーの横に置かれていたタオルを掴んだユリオは、勇利に向かって放り投げた。
「とりあえず顔拭けよ。大人のくせに泣くなんて、なっさけねぇヤツ」
「こ、こ、これはっ……そのっ、お、大人だってね、泣きたいときは泣くんだよ!」
「あっそ」
 早く、とユリオが顎をしゃくって合図する。勇利は涙をぬぐうと渋々リンクの中央まで滑っていった。バカにされたままで終わりたくなかった。ヴィクトルと自分が、いや、ヴィクトルが築き上げてきたものを貶されたままでは納得がいかない。
 フゥ、と深い呼吸をひとつ。ユリオに視線を投げて、OKだと頷く。
「お前のベストで、だぞ。ヴィクトルでも観客のためでもねぇ。今はオレを全力で誘惑するみてぇに滑ってみせろ」
(ユリオを……おとすように……)
 何千回と聴いたギターのイントロが流れる。ユリオに目線を投げた勇利は、自身の唇に舌を這わせ、ニッと甘く微笑んだ。
 ステップのひとつひとつ、つま先から指の1本までユリオの視線が絡んでくる。ライバルのスケーティングを品定めするようなものではなく、どこか温かくて、なにかしらの感情が載った視線だった。
(なんだろう……ユリオ、いつもと違う?)
 腕組みしながら演技を見つめるユリオの顔はいつも通りに不愛想だ。なのに彼の視線だけは確かな熱を持って勇利の全身を追ってくる。執拗に、どこまでも。
 ユリオの視線が絡むたび、勇利の演技にも熱がこもる。
 もっとユリオを誘惑したい。もっと彼を夢中にさせたい。もっと見て。仕草のひとつも目線の意味も、すべて残さず感じていて。もっと、もっと。その緑色の瞳の中に自分だけをいつまでも映していて。

――『今はオレを全力で誘惑するみてぇに滑ってみせろ』

 ユリオに言われたからではない。勇利自身が彼を虜にさせようとして、演技の中に深く入り込んでいた。
(すごい……気持ちいい……。これがっ、最後っ!)
 コンビネーションジャンプを飛び終えて、ラストのスピンに入る。最後の1秒までユリオを見つめたまま、ひとつのミスもなく無事に演技を終えた。
 パチパチと短い拍手の音がして、ようやく“勝生勇利”としての意識が戻る。とたんに全力疾走後のような肺の痛みに襲われて、息苦しさを忘れてしまうくらいに演技に夢中だったと気がついた。
「どうだった? ノーミスで滑れたと思うんだけど」
 へへへ、と小さく笑いながらユリオの前まで滑っていく。するとユリオは「結構キた」と呟いた。
「え?」
「……やりゃーできんじゃん」
 ずいぶん上からな感想を述べて、ユリオの手が勇利の胸倉を掴む。そのまま乱暴に引っぱられて、緑色の瞳がすぐ目の前にあった。驚く間もなく唇に柔らかな感触が伝わる。押しつけるだけの不器用な触れ方だったが、間違いなくそれはキスだった。
「え、え!? 今の……!?」
「オレはお前が行けなかった先へ行く。しょーがねぇからてめーのぶんも背負ってやるよ。だから、ここでオレだけ見てろ。いいか、わかったな」
 否定の言葉を言わせないようにもう一度唇が塞がれた。一度目よりも長く、深く、少しの優しさを含んだキス。
 唇が離れた後、勇利はその場にへたりこんでしまった。予想外の出来事に思考が追いつかず、ただ唇を押さえて呆然とユリオを見つめる。
「ハッ! なんだよその反応は。まさかファーストキスって歳でもねーだろ」
 そう言って余裕たっぷりに鼻で笑う少年は本当に8歳も年が下なんだろうか。
「フ、ファーストキスだったよ! わるいかよ! どーせ、僕なんか!」 
 悲痛な叫びにユリオの目が丸くなる。「マジ、かよ」と明らかに驚いている声のトーンが勇利のハートを余計に傷つけた。
「どうせ僕は彼女なんていたことないですし……って、ヴィクトルのときもこんなやり取りをした気がするなぁ……」
 落ち込む勇利の言葉も聞かず、ユリオが自分の唇に指で触れた。そしてボソッと「やべぇ……すげぇ嬉しい」とひとりごちる。
「え、なに? なんか言った?」
「んでもねーよ! つーかいつまでメソメソしてんだよ、さっさと帰んぞ! カツドン食わせろ! あと風呂!」
「ユリオは大阪行くんじゃないの?」
「それは明日な。どうせお前はナメクジみてーにうじうじしてんだろーと思って冷やかしに来てやったんだ」
「え、それだけのためにわざわざ? 一日早く発って?」
「るせーなぁ! いいから帰るぞ!」
 プイっと背を向けたユリオの、ブロンドヘアーから覗く耳が赤い。素直じゃない彼は彼なりに勇利のことを気にかけてくれていたのだろう。キスの意味はわからなかったが、ユリオの気持ちが嬉しくてたまらない。また涙ぐみそうになった勇利はぐっとこらえて目元をぬぐい、「待ってよ!」と急いでユリオを追いかけた。儚げに見える線の細い少年の背中が、やけに逞しく心強く見えた。 
 
 

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