【新荒】君と夢の続きと【後日談】

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『潰えた夢の残骸を噛む 2』の後日談です。【R-18】

 
 念入りにマッサージを受けて、使った筋肉は充分にほぐされた。疲労を残さないためだというのに、その晩すぐにこうして身体を重ねるのはどうなんだろうと、新開隼人は行為中にも関わらずそんなことを考えていた。いや、敢えてそんなことを考えなければすぐに達してしまいそうで、だからわざとアレコレ考えていた。
「しん、かいッ……もっと、もっとくれよ」
 思考がそこでプツンと途切れた。薄い唇が噛みつくように降ってきて、舌を強引にねじ込んでは口の中を掻きまわしていく。唾液を垂らし、すすられ、舌を噛みちぎるような愛情表現。
「靖友……やばいって。ちょっとペース落としてくれよ」
 獣のように覆い被さって来られてはせっかくの我慢も徒労に終わる。だが荒北は「ヤダ」と短く答えただけでやめてくれず、熱い呼吸を新開の首筋に浴びせながら跨った腰を揺すり続けた。新開の上でくねらせている身体には細かな傷がいくつも残っている。ひと際大きな太腿の傷を撫でると、「あっ」とかわいらしい声をあげた荒北が新開の肩にしがみついた。
「てめぇ、急に触んなよ」
 羞恥心からか、とたんに目つきが険しくなる。しかし、新開を睨む目の周りは上気して赤く、快感に濡れているせいで凄まれても迫力がない。
「ごめん、わるかった」
 悪いなどと微塵も思ってもいないのだが、謝罪しながら荒北の腰を抱えると、彼が望むように下から突き上げてやった。
「あっ! くそっ……急にっ」
「いやだった?」
 もう一度、狭い体内にグリグリとねじ込むように突き立てる。
「気持ちいいだろ?」
 ギュッと瞼を閉じた荒北に問いかければ、彼は素直にこくこくと頭を揺らす。新開が突き上げるたびに同じリズムで荒北が喘ぎ、ギシギシと軋むマットレスの音も混じって、さながら卑猥な音楽のようだった。
 レースの興奮がまだ抜けていない。それは新開に跨っている荒北も同じで、求める回数はいつにも増して多い。禁欲後に訪れる密やかな楽しみ。この機会はめったにないが、都合をつけて会える日は時間が許す限り交わっていた。
「新開……」
 声を嗄らす荒北が新開の手をとって指を絡ませる。もうすぐ射精が近いのだろう。ぎゅ、ぎゅ、と何度も握ってくる指が忙しない。その手をしっかりと握り返しながら、新開はある出来事を思い出していた。

 
 数年前、日本で開催されたレースに出場した日、落車事故が起きて荒北が意識を失った。頭部からの出血が多かった新開も荒北と同じ病院に運び込まれ、治療を終えてすぐに荒北を探したが、彼は面会謝絶になっていた。意識がないのだと聞かされたのは翌日のこと。なんとか病室に入る許可を貰って、新開はベッドの横に座ったまま一睡もせずにただただ荒北の手を握っていた。
 久しぶりに見た恋人の顔は思った以上に痩せていて、連絡を絶っていたことを後悔するには充分だった。
 額にかかる前髪を梳き、そのまま痩せた頬に触れる。レースに合わせて身体を絞ったのかもしれない。それでも、新開の目にはそうは映らなかった。
 離れていた期間中に荒北はどんな生活をしていたのか。
 無茶な練習はしていなかったか。
 今日までどんなことを思ってきたのか――
「ごめん……靖友」
 声をかけてみても薄い唇は何も応えてくれない。だがピクリと指が動いて、「う……」と荒北が細い声を漏らした。
「靖友! わかるか!? 靖友!」
 新開の声に反応するように血色を失った瞼がピクピク動き、わずかながら持ち上がる。半ば覗き込むように「靖友!」と名前を呼んでみたが、それ以上彼が目を開けることはなかった。何事もなかったかのように静かに瞼が下りていく。
「靖友……! 起きてくれよ!」
 握りしめた手にも反応はなく、新開は手を握ったままベッドに突っ伏して低く呻いた。
 
*
 いつの間にか眠っていたらしい。新開は夢を見ていた。
 腕の中に荒北がいて、だが彼の顔は幼い。必死にしがみついてくる荒北を抱きしめながら新開は腰を揺すっていた。
「新開……」
 荒北の身体がこわばる。押し殺していた吐息が突然嗚咽に変わり、驚いた新開は慌てて動きを止めた。
「ん? え……靖友、もしかして泣いてんの? わるい、そんなに痛かったかな。ごめん。気をつけてたけど痛くしちまってた? ほんとごめんな。ちょっと余裕なかった。な、大丈夫か?」
 彼の痛みを取り除こうとして必死に背中を撫でる。額にキスを落とし、何度も「ごめん」と囁く。
「キツいなら一度抜こうか?」
「だいじょぶ、なんでもねぇから」
「いや、でも泣いてんだろ」
「なんでもねぇって。だから、続けろ」
「でも」
「いいからァ。頼む」
 珍しく荒北は譲らなかった。身体を震わせているくせに新開が離れようとすれば「やめんな」と言い、繋ぎとめるかのようにしっかりと抱きついて離れない。涙の理由がわからないまま仕方なく続け、その後は荒北を気遣いながらふたりでゆっくり昇りつめていった。
 夢の中だというのに、達した快感や気怠い疲労はやけに現実味を帯びていた。
 荒北の腕の中で聞く彼の心音が心地いい。その音を聞いているうちに次第に瞼が重くなり、夢の中なのに眠くなるとはおかしな感じがしたが、とろとろとした微睡みには逆らえない。
「好きだ」
 寝入りばなに荒北が静かに囁く。新開の髪の毛に顔を埋めて、もう一度「好きだ」と呟いた。
 その3文字は何年ぶりに聞いただろうか。もうずいぶんと昔のような気がしたが、新開の気持ちは目の前にいる荒北と同じ18歳の頃から変わっていない。
「うん……オレも。まだ、いや、ずっとだ。ずっと変わらない……」
 そう返事をしたが、それに対して荒北がなんと応えたのかはもう聞こえなかった。
 
**
 もう一度懐かしい夢を見たのは、再び目を開けた荒北が「行かねーと」とうわ言を呟いた日の夜だった。
 居眠りの最中にビクンと身体が揺れるような現象。それに似た感覚に襲われて、ハッと気がついた新開は雪の中を荒北と並んで歩いていた。高校最後の正月に訪れた箱根町の神社。周囲の喧騒も、肌を刺すような寒さも懐かしい。
(やけにリアルだな……)
 参拝後に餅を食べ、足元の雪を踏みながら隣りにいる荒北の言葉に耳を傾ける。彼は『過去に戻れると思うか』と、彼にしては珍しい話題を振ってきた。
「うーん、そうだな……なぁ靖友、知ってるかい? すべてを変えるのは自分の意思なんだぜ。信じてみないことには何も始まらないんだよ。だから、信じてみたらいい」
「……それって答えてんの? よくわかんねーんだけど」
「可能性はあるってことだよ。できないなんて言い切れないだろ?」
 もっともらしいことを言ってみたが、そう信じたいのは新開自身が過去に戻りたいと願っているからだ。過去に戻り、荒北とのつき合いをやり直す。関係をなくすのではなく、いい方向に導けるように過去に戻って未来を変えたい。そう願っているからだ。
 これから数年後の未来でふたりが離れてしまうことを、隣りを歩く彼は知らない。いや、そもそもこれは夢なのだから、もしかしたらまた違った結末にシナリオが変わっていくのかもしれない。
 チラリと荒北の横顔を盗み見る。なんとなく翳って見えるのは気のせいだろうか。どうかこの夢の中だけは彼が辛い思いをしませんように。
「なぁ、靖友は過去に戻れたとして……何かやり直したいことでもあんの?」
 思わずそう問いかけていた。ここが夢だからこそ、訊いてしまったのかもしれない。
「え……そりゃあ、まぁ色々」
「色々って、例えば?」
「例えばって……い、色々は色々だ!」
「そっか。なぁ、その中に……オレのことも入ってる?」
「あ?」
「なんか後悔させたかなーなんて思ってさ。例えば……オレとこんな関係になったこととか」
 それは長年抱き続けてきたものだった。とてもじゃないが直接荒北に訊く勇気はなく、心の奥底に溜めながら必死に隠してきた。
「え……?」
「なんとなくだよ。ほら、おめさん、そんな顔してるから」
 荒北が驚いたように目を開く。
(頼む、どうか違うって言ってくれ……!)
 問いかけたくせに答えを聞くのが怖い。「やっぱいいや」と言って荒北の口を手で塞いでしまいたい。その衝動をこらえつつ、何でもないフリを装って静かに返事を待つ。
「なっ、お、オメーのことなんかナンもねーヨ! つーか、オレがいっつもお前のことばっか考えてるなんて思ってンじゃねーぞ! 自意識過剰だバァカ!」
 強く否定する言葉に心底ホッとした自分がいた。これは新開が見ている夢であって、自分の都合のいいように脳がシナリオを描いているだけかもしれない。それでも救われたと思った。
「でも、あんがとなァ、新開。おかげで色々思い出したぜ。いつの間にかオレは長いこと腐っちまってたんだナ」
 ニッと歯を見せて笑う顔が眩しかった。
「なんのことだ?」
「いや……忘れちまってたモンが多すぎた。まだ挑戦すらしてねーのに、やる前から泣き言なんてザマァねぇよな」
「靖友? さっきからよくわかんねぇんだけど……」
「今はわかんなくていいんだヨ。もっと大人んなったらわかることだ。少なくともオメーと東堂は先に海外で……って、なんでもねぇ」
 荒北が言いかけた言葉が引っかかる。だが、問いかけてもはぐらかされてしまい、それ以上は何も聞けなかった。

 
(あれって……何を言いかけたんだろう……)
――かい、新開!」
 むぎゅっと頬をつねられて、意識が強制的に痛みのする場所へ集中する。
「え……?」
「まさか寝てたんじゃねーだろーなぁ? 出してもねーのに勝手に寝てんじゃねーぞ」
 すぐ間近に眉を吊り上げた荒北の顔があった。
「あれ……ごめん、オレなんかしてた?」
「あァ!? やっぱ寝てやがったな。おい、もうやめんのか?」
 荒北が声を荒げながら後孔を締めつける。
「勃たせながら寝やがって……ったく器用なヤローだぜ」
「いや、寝てないつもりなんだけど。ごめん、わるかった」
 今日は何度謝るのだろうと自分の言葉に苦笑する。
「笑ってんじゃねーぞ」
 ジロっと睨みつけてくる荒北の背中に腕を回し、抱えたまま体勢を変えて今度は自分の下に組み敷く。「ごめんな」と甘く囁いてゆっくり奥深くへ押し込むと、「わかりゃーいいンだヨ」と荒北が喉を反らせた。
 深く、もっと奥へ。押しこんで、彼の中に埋まってしまうほどに。
「靖友、おめさん、過去に戻れるって信じるか?」
「あぁ? んだよソレェ。つーか今する話かァ?」
 いいとこなんだよ、と舌打ちした荒北は質問には答えず目を閉じた。新開の腰に両足を絡め、急かすように腰をすりつける。
 荒北の痴態を見下ろしながら、新開はある仮説を立ててみた。
 あれは夢ではなく、自分の意識が過去に戻っていたのだとしたら。そして、過去で出会った荒北もまた新開と同じような体験をしていたのだとしたら。
(まさか、な)
 自分の仮説を鼻で笑う。それもおもしろいとは思ったが、証明する手段はなく、かといって否定もできない。でも自分がそう信じているならば――
「新開……新開」
 甘い声で名前を呼ばれて、思考が途切れた。
「ん? そろそろイキそう?」
「ん……でそォ」
 とりあえずは目の前の彼が最優先。
 緩んで開きっぱなしの唇を甘噛みし、隙間をゆっくり舌で舐める。ちゅ、と優しくキスを落とせば、小さく笑いながら荒北が目を開けた。新開を見つめ、これ以上ないくらいに優しい声で「好きだ」と愛を囁く。
「オレもだよ。ずっと。いつまでも変わらない」

 
 過去も現在も未来も、想いが向かう先はいつだって目の前の君へ。
 

***END***

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