【新荒】新開くんの優越感

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・バレンタインを目前にした高校2年生の新荒です。つき合っているふたりですが、そんな描写は薄め。キスのみ。
・新開さんの一人称視点になっています。
・初めてバレンタインネタに挑戦してみました。

 
 昼メシを食い終えて早めに教室に戻ったオレは、やることもなく、仕方がないので机に伏しながらボンヤリしていた。
 寿一は職員室に、尽八は電話をかけにどこかへ消えて、靖友は次が体育だからと自分の教室にさっさと戻ってしまった。だからひとり。運悪く読みかけの小説もない。なんとなく口寂しい気がして購買にでも行こうかと思ったが、ここで甘いものを食っちまったら尽八に怒られそうだし……とやめておく。
(あー……ほんとに寝ちまいそう)
 膨れた胃が心地いい。教室内の喧騒も子守唄がわりだと思えば気にならない。うとうとし始めた頃、廊下から聞こえてくる笑い声を当然のように耳が拾った。
「うるっせーよ、テメーはァ。つーか今日はぜってぇ負けねぇからな」
 この声はすぐわかる。靖友だ。これから体育なんだもんな。いいなぁ、こっちは次は数学だ。絶対眠くなっちまう。
「あ? 賭けェ? いいけど、ほんとに勝てんのかヨ」
 靖友の笑い声が徐々に遠ざかっていく。まどろみながら『怪我するなよ』なんて思っていたら、突然髪の毛をグシャグシャに撫でられた。
「うわっ!?」
 慌てて起き上がると、目の前には通り過ぎて行ったはずの靖友が立っていた。オレを見下ろしながらニヤニヤと笑っている。
「靖友……? なんでここにいんの?」
「食べてすぐに寝てたらァ、そのまま牛になるぞ」
「え? 牛?」
「そー。お前はただでさえ大食いなんだから、ソッコー牛になるタイプだな。牛んなったらオレに肉くれよ。焼肉にしよーぜ」
 よくわからないことを言いながら彼がジャージのポケットをまさぐる。中から取り出したものは可愛いパッケージの何かで、「やる」とだけ言ってオレの手のひらにパラパラと落とした。受け取った手の中でピンクや黄色の花柄がクシャッと鳴る。
「何? 飴?」
「そォ。飴」
 可愛いパッケージの飴玉と目の前にいる靖友。このふたつがオレの頭の中でイコールしない。それをわかっているのか「オレが買ったんじゃねぇ。貰いもんだ」と靖友が先に告げた。
「オメーにやるヨ」
「おめさんが貰ったんだろ?」
「オレが貰ったんならソレをどーしよーがオレの勝手だろ。それに、お前に食われたほうが女子も飴玉も喜ぶんじゃねーの? オレは甘いもんは好きじゃねーし、お前も腹が減ったら補給できんだし、ちょうどイイだろ」
「うん、そりゃあ嬉しいけどさ。ちょうど甘いもんが欲しかったし」
「だと思ったぜ。定食の後であんパンとか食ってなかったろ。だからァ、お前にやるって言ってんの」
 なんとなく照れくさそうな顔で襟足をガシガシ掻いた靖友は、オレが口を開く前に「んじゃーな」と踵を返した。
「あっ、靖友! サンキューな」
 靖友はもう振り向かず、軽く手を挙げて応えただけだった。
 以心伝心――とまでいかないが、飴玉を貰ったときにオレを思い浮かべてくれたのかなぁなんてのは、虫が良すぎるだろうか。
 手の中の飴玉を机に載せる。全部で5つ。その日は一日中眺めて過ごし、翌日から1粒ずつ食べた。最後の1個は食べることができなくて、まだオレの制服のポケットに入っている。

「はぁ? まだ食ってねーのかよ」
「なんかもったいなくてさ」
「……バッカじゃねーの。そのうち忘れたまま制服洗っちまったりしてな。カーチャンにすげー怒られるヤツ」
「あー……あり得なくもないな」
「だろ? つーかまた買ってやっから、さっさと食っちまえヨ」
「ん? 買って?」
「あー、いや、なんでもねぇ。とにかくだ。また貰ったらオメーにやるから飴はさっさと食えよ。溶けるぞ」
「うん……あ、じゃあ、次もくれるんならチョコレートがいいな。ビターチョコレート」
「はぁ!? チョコォ? つーかそんぐらい自分で買えよ。それにリクエストしてくんな図々しい」
「だって、そろそろそんな時期だろ?」
「時期ィ?」
 靖友は腑に落ちない顔をして、その後で気がついたのか「あ」と表情を変えた。
「ヤダよ、メンドクセー。なんでオレがオメーに買わなきゃなんねーんだよ」
「おめさんから貰いたいんだ」
「フン。お前の場合は黙っててもチョコのほうから勝手に寄ってくんだろーが。だからやらねぇ。どうせならお前がオレに寄越せよ」
 いいな?と凄んだ目をして靖友が腰をあげる。ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが鳴って、そのまま彼は自分の教室に戻っていった。
(あーあ、ダメか)
 ポケットの中に手を突っ込むとクシャッと飴玉が存在を主張してくる。靖友がそばにいるようでそれだけで嬉しくなるから、自分で言うのもなんだけど、オレはずいぶん安上がりだと思う。
(にしても、『お前が寄越せ』だなんてな。甘いものが好きじゃないくせに。オレのはいいってことかな)
 またポジティブに考えてしまいフッと口元が緩んだ。どうせなら靖友が照れちまうくらいにうんと可愛いラッピングにしてもらおう。どんな顔で受け取ってくれるんだろうか、なんて飴玉を握りながら思っていた。

 
*
「あ、やっばい。忘れてきちまった」
 次の授業の準備をしていたオレは英語の教科書がないことに気がついた。昨晩、寮の自室で見た記憶はあるんだけど、カバンに入れたかどうかがわからない。たぶんあのまま置いてきてしまったのだろう。
 予鈴まではあと5分。教科書を借りるべく靖友の教室に向かう。ドアの近くに秦野中学の同級生を見つけて、「靖友いる?」と訊いてみた。
「いるけど……今は寝てるから近寄らないほうがいいよ」
「ん? なんで?」
「だって……荒北くんてちょっと怖いだろ。特に寝起きは機嫌が悪いし」
 小声で耳打ちするように言われて、オレはついつい笑ってしまった。
「靖友が怖いって、それは誤解だよ。まぁ、教えてくれてありがとな」
「あっ……ほんとに今はやめておいたほうがいいって」
「大丈夫だよ」
 心配そうな顔にウインクして靖友の席に近づく。本当に眠っているらしく、スヤスヤと寝息をたてている彼の肩を小さく揺すった。
「靖友」
「ん……」
「起きろって」
「……っだヨ、お前かよ新開。何ィ? なんか用?」
「英語の教科書貸してくれよ。寮に忘れちまってさ」
「英語ォ?」
 まだ眠そうな顔の靖友はパチパチと瞬きを繰り返しながら、机の中から雑な手つきで教科書を引っ張り出した。
「ん」
「サンキュ。ハハ。おめさんのここ、ボタンの跡がついてるぜ」
 靖友のほっぺたに丸い模様がついていて、その上を指先でぷにっと押してみる。彼は顔をしかめながらも、されるがままで大人しかった。
 無防備。
 この表情を見るとついついスイッチが入っちまうのはオレの悪い癖かもしれない。気がつけば頬を手のひらで撫でていて、さすがに靖友も「しつけぇ」とオレの手を払った。
「そのうち消えんだろ。つーか寝てんの邪魔すんな」
「はいはい。じゃ、終わったら返しにくるから」
「へーへー」
 軽く手を振った靖友はすぐにまた机に伏してしまった。件の同級生が視界の隅で「ほら、機嫌悪いだろ」と言いたげな視線を送ってくる。でもオレは気にせずに教室を後にした。靖友は機嫌が悪いんじゃない、ちょっと口が悪いだけなんだ。ちょっとだけな。

 
 練習中、前を走る靖友の背中を眺める。普段は「メンドクセー」や「ダリィ」が口癖の彼だが今は違う。いや、口癖は部活中も相変わらずなんだけど、トレーニングウェアがぐっしょり濡れるくらいに汗を流し、普段は見せない真剣な顔でチームを引いている。

――「だって……荒北くんてちょっと怖いだろ」

 靖友はこんなにカッコいいのにみんなわかっちゃいない。いや、部員じゃなかったらこの姿を見ることができないから、だから誤解されても仕方がないのかもしれない。こんなにカッコいい靖友を知らないなんてもったいないなぁと思うし、やっぱり他の人には知られたくないなとも思う。見事なジレンマ。オレは結構ワガママで独占欲が強いのかもしれない。
 
「っん、あ……そこばっかやめろ、バカ」
「ここ?」
「うっ、ふ、あっ……そこ、ヤバい。すげークる」
「コレ好きなんだ? 靖友は腰掴まれんの弱いよな」
「やっ……あ! はぁ、んっ、ん」
「どう? 気持ちいい? 痛くない?」
「う……サイコー」
 振り向いた靖友はトロトロになった満足そうな顔で親指を立てた。
「ワリィな。だいぶマシんなった」
 跨っていた背中をおりると靖友も身体を起こし、両手を挙げて「あー、スッキリしたァ」と大きく伸びをする。
 体育の時間に足を痛めたらしい靖友が「マッサージして」とオレの部屋を訪ねてきたのが30分前。30分間、足と言わずに全身をマッサージさせられて、さすがにオレもクタクタだった。
「よかったな。代わりにオレは疲労困憊だよ」
「ん? じゃあご褒美はいらねぇの?」
「ご褒美?」
「そ」
 ギシッと音を立てて靖友が近づき、あっという間にオレは組み敷かれてしまった。
「いる? いらねぇ?」
 どーすんの、と囁く唇がすぐ目の前でニッと歪み、おまけに薄い唇をわざとらしくペロッと舐める。この状況ならご褒美なんてひとつしかないって思うだろ。もちろん「いる」と答えたオレは期待しながら素直に瞼を下ろした。なのにいくら待っても唇が下りてこない。それどころかガブッと鼻先に噛みつかれて、驚くオレに「待ってろ」とだけ言い残して靖友は笑いながら部屋を出ていった。
「一体なんだ? 鼻いてぇし……」
 ヒリつく鼻の頭をさすりながらベッドに寝ていると、「ワリィな」と再びドアを開けた靖友がオレに向かって何かを投げた。靖友が何かを放り投げるとき、それはキレイな放物線を描く。野球をやっていた話をチラッと教えてくれたが、それ以上は未だに教えてくれない。
 スポッとオレの手の中に収まったものはビターチョコレートの板チョコだった。なんの飾りもない、コンビニやスーパーなんかでよく見かけるただの板チョコ。
「チョコ?」
「忘れてんじゃねーよ。前にチョコくれって言ったのはテメーだろーが」
 パチパチと目を瞬かせるオレの横にドサっと座り、「どーだ。嬉しいだろ」とニヤッと笑う。
「もしかしてバレンタインの?」
「そー」
「でも、まだ12日だぜ?」
「うっせーなァ。当日なんかにやったらマジっぽいだろ。それぐらい察しろヨ」
「マジっぽいって……靖友は本気じゃねぇの?」
「あ?」
「オレのこと、本気じゃねぇんだ?」
 靖友の腕を強く引く。体勢を崩した彼の後頭部をもう片方の手で押さえた。「なんだヨ」なんて無粋な問いかけも抵抗も全部無視。そのまま無理やり唇を押しつけてキスを奪った。
「なっ……んんっ、んー!」
 逃げようとする靖友をしっかり腕で掴み、彼の口内へ舌を這わせる。舌を舐め、唇を噛み、顔の角度を変えながら何度も唇を重ねる。
 観念したのか靖友の抵抗が弱くなり、ようやく解放してやると「なげーんだヨ!」と頭に平手が飛んできた。でもその力は弱くて、おまけに咎める言葉は“やめろ”じゃなくて“なげーんだよ”だ。
「お前なぁ、バカな質問してくんじゃねーよ。マジじゃねェヤツにわざわざチョコなんて買ってくるかってんだ。わかんだろォ!?」
 ああ、これだよ。いつもそう。素直じゃないっていうか、言葉のチョイスが悪いっていうか……ほんと、残念。
「……これじゃあ靖友が誤解されちまうわけだ」
「あぁ? 誤解?」
「いや、なんでもないよ。ありがとう。嬉しいよ」
 靖友が素直じゃない分、オレがたっぷり気持ちを伝えていけばオレたちの仲はなんとかなるさ。
「なぁ、オレもおめさんに渡すものがあるんだ。当日に渡そうと思ってたんだけど、フライングされちまったからな。オレも渡しておくよ」
 すり、と靖友の頬を撫でる。指の動きにつられて目を細める仕草は小動物みたいでグッとくる。かわいいななんて思いながらベッドを離れて、机の引き出しからプレゼントを取り出した。
「はい、オレからおめさんに」
 靖友の目の前に差し出すと彼の瞳がみるみるうちに丸くなる。
「え、な、ハァ!? なんだこれ、マジかよ!?」
「うん。マジマジ。大真面目だ」
「お前……頭おかしいんじゃねーの?」
「おかしくないさ。どうだい、嬉しいだろ?」
 靖友のマネをしてニヤリと笑い、彼の横にドサっと座る。そして「はい、どうぞ」と四角い箱を靖友の手に載せた。
 真っ赤な箱には白いレースのリボンとピンクのキラキラしたリボンが巻かれていて、結び目にはピンクと赤の小さいバラの造花が差し込まれている。添えられたカードのメッセージは『LOVE♡靖友』だ。
「すごいだろ、これ」
「コレ……お前自分で買ったのか?」
「もちろん。こないだ部活が休みの日に行ってきた。ほら、予定あるからってファミレス断った日」
「あー、あれか」
「せっかくだから思いっきりソレっぽいのにしたくてさ、売り場のお姉さんに頼んだらアレコレやってくれたんだ」
「……でもさァ、さすがにコレはやりすぎだろ」
 少しだけ顔をしかめて靖友がメッセージカードを引っ張る。
「だって、それがオレの正直な気持ちだから」
「だからってなぁ、限度ってもんがあンだろ……恥ずかしくねーのかよ。ったく、どんな顔して頼んだんだか……」
 盛大にため息をつきながら靖友がガックリと肩を落とす。
「あれ、気に入らなかったかな」
「いや……お前ってほんとバカだなって思ったら、なんか気ィ抜けた」
 珍しくフニャっとした柔らかい顔で靖友が笑う。あー、この顔はきっとオレ以外は誰も知らないんだろうな。カッコいいところも可愛いところも、やっぱり誰にも見せたくない。
「……なに笑ってんだよ」
 ジロッと睨んでくる目も可愛いじゃないか。靖友の胸に指を押し当てて何度目かもわからない撃ち抜くポーズ。
「好きだぜ、靖友♡」
「……うっざ」
 しかめっ面なんてしてみても耳が赤いって気づいてるかい? まぁ、靖友にだって教えてやらないよ。オレだけが知ってるって優越感はたまらないんだ。 

 
***END***

-ペダル:新荒
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int(1) int(1)