【新荒】Share Happy?

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・高校生の新荒です。新→←荒くらいの感じ。
・荒北さんの一人称視点になっています。
・バレンタインネタ2つめ。いつも読んで下さる皆様へ感謝の気持ちを込めて。

 
 寮内の廊下をヨタヨタと歩く後ろ姿。さらっとした茶髪とあの背格好はよく知っている。いつの間にかオレを『靖友』なんて下の名前で呼んでくるようになった、ニヤケ野郎の新開隼人だ。色んな意味で他人との距離感が近いし、やたらと絡んでくるし、あの馴れ馴れしさは正直苦手な部類。
 背中を見つけた瞬間に「ゲッ……」と呟いちまったオレは、関わらないようにするべくそっと足音を忍ばせた。それなのにこの日はツイてなかったのか、すげータイミングでポケットの中の携帯電話が鳴った。
「うわっ、なんっ、おいおい、ったく誰だよタイミングわりィ」
 慌ててポケットをまさぐり、携帯電話を引っ張りだす。なんてことはない。日曜日の昼寝のときにセッティングして、それから解除し忘れていたただのアラーム音だった。
「んだよ……人間様をビビらしてんじゃねーぞ、携帯ごときがァ」
 悪態を吐く自分の声に『しまった』なんて思ってももう遅い。
「やあ、靖友じゃないか」
 ほら、気づかれちまった。はぁ、とため息をつきながら前を向くと、やっぱり新開はこっちを見ていた。バレちまったらしょうがねぇ。なんでもないような顔をして「よお」とだけ言葉を返す。が、せっかくのオレのなんでもない顔はすぐに崩れてしまった。
「は? なんだぁ、そのバカみてぇな量は。漫画かヨ」
 まさに絶句。いや、声はしっかり出たんだけど、それにしてもな光景にオレは少しだけ唖然としていた。新開の腕には大量の袋と箱が抱えられていて、たぶん日づけ的にチョコレートの類に違いない。
「ん? これかい? これでも遠慮したんだぜ。でも、『お返しはいらないし、受け取ってくれるだけでいいから』ってどんどん渡されちまってさ。最終的にこんなに積まれた。いやあ、まいったよ」
 少しもまいってなさそうな顔でアイツが笑う。遠慮したとかぜってー嘘だろ。
「なぁ、靖友は今暇?」
「あ? 暇っつーか、今帰ってきたとこなんだけど。ちなみに暇じゃねぇ」
「じゃあ、手伝ってくれないか? これ、半分食べてくれよ」
 どう?と新開が小首を傾げる。
「お前なぁ、オレの話聞いてたァ?」
「頼むよ。ちょっと困ってたとこなんだ」
「はぁ? つーかテメーが貰ったもんだろ。お前が自分で食べるもんじゃねーの、フツーは」
「ひとりじゃ食べきれないからさ」
「……オレが甘いもん好きじゃねぇって知ってるよな」
「え、でもあんぱん食べてるだろ?」
「あれはいーんだヨ」
「とにかく頼むよ、な?」
「もっかい言うけど、お前オレの話聞いてんの? 耳ついてるゥ?」
「聞いてるよ。とりあえず、このままオレの部屋に来てくれるかい?」
 頼むよ、とヘラヘラした調子で笑った新開は、返事も聞かずにさっさと歩きだしてしまった。その足元に抱えきれない包みがポロっと落ちる。
「あー、靖友、ごめん。頼む」
 足元の包みを見ながら新開が呼ぶ。なのにオレのことは見もしねぇって、なんのつもりだよ。
「おい、オレは行くって言ってねーぞ」
「頼むって」
 ヨタヨタと歩く調子は変わらずで、その跡に点々と残されていくお菓子の道しるべ。もうだいぶ昔、小さい頃に読み聞かされた童話みたいな光景だった。
「おい! なぁ!」
 去って行く背中に呼びかけても振り向かない。オレがついて行かねぇなんて微塵も思ってない態度がイラついてたまらない。オレは盛大にため息をついてから、「しょーがねぇなぁ」とひとつひとつ包みを拾ってアイツの部屋に向かった。

 
 たぶん、2年前の道しるべはヤバイ道に繋がっていたんだと思う。オレがチョコレートを届けた先は“モテるがゆえにお菓子に埋もれて困っている可哀想な新開隼人”の部屋じゃなかった。もっと恐ろしい何か。例えば、やっぱりここはアイツ的に“鬼の棲家”だろうか。ひどく魅力的で、人の心を握って離さない恐ろしく美しい鬼。いつの間にか、いや、アイツの言葉に従った時点でオレは鬼に仕留められていたのかもしれない。

 
 3年目の2月14日、オレは新開を探して寮内をうろついていた。例の約束の日だってのにどこにも姿が見当たらず、せっかく受験勉強の合間を縫って部屋を訪ねてやったのに部屋の主は不在。そこに居たらしい形跡はある。なのに寮内のどこを探してもアイツがいない。
「ったくどこ行ってんだよ、マジで。オレは暇じゃねーんだよ、暇じゃァ」
 ガシガシと襟足を掻きながら自室に戻る。途中の階段で風呂上がりらしき東堂に出くわした。
「お、東堂ォ! ちょうどいい。お前、どっかで新開見たか?」
「新開? ああ、そういえばコンビニで見たな」
「コンビニィ?」
「ああ。菓子コーナーの前に難しい顔をして立っていたぞ。何をしているのか尋ねたら『ちょっとな』としか言わなくてな。でも、もう2時間も前の話だ。まさか、まだ帰ってないのか? 珍しい。もうすぐ風呂も終わる時間だというのに」
「2時間前ェ!? ったくアイツ何やってんだよ……」

『靖友、今年も頼むな。夕飯後に部屋に来てくれ』

 自分から声をかけて来たくせに。
 高校1年の2月14日からこの妙な約束は続いている。新開が貰ったチョコやお菓子なんかをシェアして食べる日だ。ほとんどアイツが食っちまうんだけど、オレが一緒に食うってことをチョコを渡した女子は知らないわけで、それが後ろめたくないと言えば嘘になる。

『大丈夫だ。みんなお返しはいらないって言うし、貰っちまえば後はどうしようがオレの勝手だろ?』

 大雑把。
 テキトー。
 いい加減。
 どれもアイツのためにあるような言葉だ。でも、3月14日には律儀にお返しを配ってるのもちゃんと知ってる。だからオレは“新開隼人”という人間がよくわからない。……違うな。ひとつだけハッキリしてることはある。ロードに乗ってるときのアイツにオレが惚れてるってことだ――
 
 新開探しをやめて風呂に入ったオレは、部屋に戻ってからもなんとなく勉強に手がつかなくてグダグダしていた。
 漫画を読み、ベプシを飲んで、その流れで数分おきに携帯電話に手を伸ばす。音もバイブも鳴ってねぇから何の連絡もきてないのはわかってる。だけど気がつけば手が勝手に携帯電話を掴んでいて、もう何回目だよってくらい、なんの代わり映えもしない液晶画面を眺めている。
 時刻は22時。あと1時間もすれば消灯だ。
(ったく、結局今年はなしかァ? もうメンドクセーから寝ちまうぞ)
 携帯電話をポイッと放ったところでノック音と共にドアが開き、新開がひょこっと顔を覗かせた。
「靖友、今いいか?」
「おー。つーかお前どこ行ってたんだヨ、探したぞ」
「いやあ、ちょっと……」
「ちょっとってコンビニだろ。東堂がオメーに会ったってェ」
「あー、そういや尽八に会ったんだった……うん。そう。コンビニ行ってきた」
「わざわざオメーの部屋に行ってやったってのにお前はいねぇし。なぁ、今年はやんねーの?」
 どーすんだよ、と起き上がりながら問いかけると、新開はバツが悪そうな顔でベッドの前に座った。神妙な面持ちで姿勢を正して正座する。
「すまねぇ、今年はないんだ」
「え、ない?」
「そう。なし」
「ハッ! マジかよ。ついに愛想尽かされたのかァ? ファンクラブまであるヤツが、チョコのひとつも貰えねぇなんてザマァねぇな」
 まさかの返答に驚きつつ、なんとなく胸がスッとした。誰からも貰えなかったってことに安心したのかもしれない。
「いや、違うんだ。今年は全部断った」
 断ったってことは一応渡されてはいたってわけだ。なんだよ、チクショウ。やっぱりムカつく。
「断ったって何でまた。お前、貰えるもんはきっちり貰うタイプだろ」
「えっと……その……ハハ。ちょっと迷うな」
「あ? 迷う?」
「いやあ、あんまりまとまってなくてさ」
「まとまって? 何のことだ? それが0個となんか関係あるわけェ?」
 迷っているのか新開の大きな瞳がキョロキョロ動く。そして一度深く息を吐き出すと、パーカーのポケットに手を突っ込んで中から何かを取り出した。
「これ……オレから靖友に」
 差し出された手に握られているのはチョコレートバーだった。たまに新開が腹が減ったときに食ってるやつ。甘ったるくて、噛むと中のグニャグニャしたもんが歯にくっついてくるやつ。
「ごめん、散々迷ったんだ。でも靖友はやっぱりチョコなんて食べないよなぁって思って……これなら補給食にも使えるし、一応チョコかなぁって思ってさ」
「もしかしてコンビニで2時間悩んでたのって……」
「このためだ。受け取ってくれ」
 ぐいっと手を掴まれて、無理やりチョコバーを手渡される。
「お、おう。よくわかんねーけど、どーもネ? で? これが何だってんだ?」
 状況が謎すぎて頭の中に次々とクエスチョンマークが浮かんでくる。首を傾げながら目の前の顔を覗き込むと、「そんな睨まないでくれよ」と新開は眉を下げて、なぜかオレの手ごとチョコバーを握ったまま「ええと」とうろたえていた。
「うまく伝えられるかちょっとオレも自信がないんだ。だから、おめさんは怒らないで聞くって約束してくれるかい?」
「なんだァ? んなもん内容次第だろ」
「……じゃあ、とりあえず、口を挟まないって約束してくれよ」
「まぁ……そんぐれぇなら」
 新開がゆっくり瞼をおろす。まつ毛がフルフルと小刻みに震えていて、オレはそれをじっと眺めていた。大きく肩を揺らして新開が数回深呼吸し、突然パッと目を開ける。合わされた視線は何かを決心したようにまっすぐで強く、思わずオレの喉がゴクンと鳴った。
「最初は……たまたま靖友が通りかかったから頼んだだけだった。でも、おめさんとチョコ食べてるうちになんだか楽しくなっちまって、来年もこうして食べたいなーなんて思ってたら段々それ以外のことでも気になり始めたっていうか、オレ自身もよくわからないんだけど、おめさんに対して変な気分になるっていうか――
「変な気分……? お前何言ってんだ?」
「あー、いや、そうじゃなくて、ってなくもないんだけど、あ、違うんだ。睨まないでくれよ。なんていうかおめさんは他のヤツとはちょっと違うっていうのかな……ほんとにまだオレもよくわからないんだ。でも、靖友が誰かにチョコを貰ったとして、それを嬉しそうに報告されても嫌だし、受け取るとこを見るのも複雑で……これは完全にオレのエゴなんだけど、誰も靖友にチョコを渡さないでほしいし、誰からも受け取ってほしくないんだよ。って、これって束縛とか嫉妬ってヤツなのかもしれないな……ハハ、何言ってんだろ。とにかく色々考えた結果として、もうオレが渡しちまおうって思って、それでコレ……買ってきたんだ」
「は……?」
 思った以上に間抜けな声が出た。今のがオレの声だって信じたくねぇくらいのとことん間抜けな声。だって、考えてみろ。なんかよくわかんねーけど、コイツはオレにチョコを渡したいって思ったんだぜ。なんだ?オレのことが好きってことなのか?他のヤツとは違うとか、誰からのチョコも受け取ってほしくないだとか……束縛?嫉妬?突然すぎてオレの頭じゃ処理が追いつかねぇ。
 新開の指にキュッと力がこもる。男同士で手を握り合う(いや、握られてんだけど)なんて鳥肌もんだし、いつものオレなら触んじゃねぇってすぐに振りほどいてる。でも、伝わってくるコイツの体温と締めつけられる圧迫感が嫌いじゃない。むしろ胸の奥がむず痒いっつーか、もっと触ってたいような変な気になるっつーか、誰かと手を握るって行為はこんな感じなのかって、振りほどくどころか動けずにいる。たぶん、いや、もうとっくに自覚してんだ。オレもコイツのことが――
「靖友……?」
「あ、おう。聞いてる。けど……」
「……けど?」
「ちょっと急すぎて……頭ん中がゴチャゴチャ」
「……だよな。でも、譲る気はないから」
 新開の視線にたじろぐ。なんでそんなに必死な目をしやがるんだコイツは。だって相手はオレだぞ?オレ相手にムキんなって、必死んなって、2時間コンビニで悩むんだぞ!?
「お前……どんだけオレが好きなんだヨ」
 呆れながらプッと吹きだすと、「あ」と唇を半開きにした新開の目が大きく丸くなっていった。 
「好き? そうか、オレは靖友が好きなのか」
「え……ちげーの? つーか自覚なしかよ」
「そうか、好きなんだ。オレは靖友が好きなんだ」
 ニコニコと満面の笑みを湛えて「靖友、好きだ」と改めて手を握る。感情の正体が判明してスッキリしたのか、ずいぶんと明るい表情になっていた。無駄にキラキラして見えるのはオレの贔屓目だろうか。なぜかまっすぐに見つめることができなくて、咄嗟に視線を逸らしながら「バカだろ」と呟いていた。
 握られた手が熱い。急に意識し始めた自分が恥ずかしくて、どんどん顔が熱くなっていく。情けねぇ。肋を叩いてくる心臓の鼓動の速さが……マジでイラつく。 
「あのさァ――
「待ってくれ」
 とにかく何か返そうと口を開きかけたがすぐに新開が言葉を重ねた。
「その……もしかして、返事くれようとしてる?」
「返事っつーか、まぁ、そんなもん」
「それ、3月14日にしてくれないかな」
「あ? 3月14日って、もう卒業してんだろ」
「だからだよ。会いに来てくれよ。オレんとこまで……卒業しても、会いに来てくれよ」
 オレは洋南、コイツは明早。無事に合格したら、オレは静岡でコイツは東京だ。
「お前、勝手にアレコレぶちまけといて返事は会いに来いとかさぁ、呼びつけるって図々しいにも程があんだろ」
「……やっぱりだめかな?」 
「ダメっつーか、もう答えはでてんだけど。今言っちゃ何か都合ワリィの?」
「オレの……心の準備ができてない」
「はぁ? 心の準備だぁ?」
「そうだよ。まさか今日こんなことになるなんて思ってなかったし、オレはチョコレートを渡したかっただけなんだ。だから……ちょっと今日返事を貰うのはキツイかな……だから3月14日、待ってるからな!」
 パッとオレの手を離した新開は、そのままの勢いであっという間に部屋を出ていった。言い逃げだ。見事な言い逃げ。つーか卒業するまではまだ顔合わせんだけど。オレが大人しく3月まで待つって思ってんのかよ。
「マジでなんなんだよ、新開のヤロー」
 手の中のチョコレートバーが生ぬるい。アイツとオレに握られていたせいだ。オレはそれをポイっと上に投げて、落ちて来たところをうまくキャッチした。
「3月に会いに来い、か」
 おあずけを食らった分はどうしてやろう。
 3月14日まで、あと1ケ月。

 
***END***

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