【新荒】ぜんぶ罠

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・高校生~社会人のつき合っていない新荒 【R-18】
・騙されていてもいいから傍にいたい荒北さんの話。
 
≪注意≫
・直接的な性行為シーンはありませんが、荒北さんの自慰行為があります。
・セフレに近い関係なので、苦手な方はご遠慮ください。
・明確なハッピーエンドではありません。

 

「靖友、風呂サンキューな。タオル、いつものとこに置いといた」
「おう。オッケーオッケー」
「風呂までおめさんの笑い声が聞こえてたけど何見てたんだ? ああ、これか」
「さっき○○○がネタやっててさぁ、スゲー笑っちまったぜ。あ、オメーもビール飲むゥ? しばらくレースねぇんだろ」
「そうだな。たまには貰おうかな。冷蔵庫?」
「そー。勝手に取って飲んでくれ」
 一旦その場を離れた新開は、缶ビール片手に部屋に戻ると荒北のすぐ隣りに腰を下ろした。プルタブを引く彼の身体からは荒北と同じボディソープの匂いがしている。
 深夜番組をつまみにビールを飲み、ふたりでゲラゲラと笑う。コマーシャルに入ったタイミングで荒北は「なぁ」と声をかけた。
「こないだのレース、結果どうだった?」
「こないだって、山梨の?」
「そー。大会前になんか調子ワリィとか言ってただろ? 結局どーだったヨ」
「おめさんに話してなかったっけ? あの日は足に力が入らなくてさ。結局ダメだった」
「ハッ! あんだけ『なんとかなる』とか言ってたくせにかヨ。ダッセ!」
「8周目まではイケる気がしてたんだけどさ。まあそんな日もあるさ」
「だなァ」
 なんとなくそこで会話が止まり、間を埋めるようにお互いが缶ビールに口をつける。口の中を空にした後で隣りを見ると、つられて新開も荒北を見た。視線だけが交わる数秒間。突如として“そんな”空気が漂い始め、荒北は缶ビールを机に置いた。無言で距離を詰めると新開も顔を寄せて、ふたりの下で床板がわずかに軋んだ音を鳴らす。
 室内には深夜番組特有の下卑た笑い声が響いていた。とある芸能人が数ヶ月前の不倫疑惑をイジられていたのだが、BGM代わりになるはずもなく、むしろ気が散るだけなので、荒北は手探りでリモコンを掴んでテレビの電源を落とした。
(誰と誰が不倫しようがどーでもいいだろ)
 人間は欲深い生き物で、そのうえ自分の欲求にはとても素直だ。『みんながやっていることを自分もやって何が悪い』と開き直るものだから、世の中から犯罪が消えることはないし、荒北がこうして目を閉じることもなくならない。
 ちゅ、と控えめに唇が触れた。「はぁ」と息をつくのもつかの間、今度は無遠慮な舌先が潜りこんでくる。
「ん……」
 鼻にかかるような自分の声がわかりやすく媚びていた。こんなときでなければ死んでも出したくないのだが、そういえば、いつからこんな声を自然と出すようになったのだろうか。そんなことをのんきに思いながら荒北は手を伸ばして目の前のうなじに触れる。スルスルと耳の下を撫で、襟足に指を絡ませて後頭部を掴み、引き寄せついでに唇を大きく開ければ、誘いに乗った舌が口内の奥深くも優しく舐める。ふたりの息遣いと唾液の混ざる卑猥な音が無音になった室内に溢れていた。
「靖友」
 明確に欲情した声がさらなる欲情を呼ぶ。トン、と胸板を押されるまま荒北は素直にその場に寝そべった。
「ここですんのかヨ」
 寝室に行かないのかと目線を動かして暗に誘導してみたが、新開は首を横に振った。
「待てねぇから」
「ハッ! んじゃぁ、さっさとヤッてくんナァイ?」
 茶化しながら自分のベルトに指をかけ、これから訪れる快楽に期待して荒北は舌なめずりをした。
 
 ふたりが関係を持ち始めたきっかけは大学時代まで遡る。その関係は“つき合う”だとか“恋人”だとかそういった甘いものではなく、悪ノリと酔った勢いでしかなかった。一夜限りで終わると思っていたが、未だに途切れることなくこうしてダラダラと続いている。
 きっかけとなったのは数年前のとある夜。あの年は一年を通して変わった天候が続き、12月半ばにもかかわらず静岡にも初雪がちらつくかもしれないと予報がでていた珍しい夜だった。
 

1.
 23時をすぎた頃、荒北の携帯電話が突然鳴った。かけてきた相手は新開だったが、聞こえてくる声がヘロヘロでまったく要領を得ない。どうにかして単語を拾った結果、荒北の家がある最寄駅にいることだけはわかった。
 寒空の下を駅へと急ぐ。雪が降らない静岡でも12月の気温は冷たい。
「新開!? おい、何やってんだよ!?」
 駅前のベンチに腰掛けて深くうな垂れている赤毛をつつく。顔を上げた新開は眠そうに目をこすりながら「……あぁ、靖友か」と笑った。
「お前なァ、ここで何やってんだヨ。こんな時期にここで寝たら死ぬぞって、酒くさっ! やっぱ飲んでんのかよ。変だと思ったぜ。つーかさぁ、来るんなら来るで事前に連絡くらいよこせっての」
「ん……急に来たのは悪かった。思い立って来ちまったから」
「思い立ってだァ!?」
「ああ。ほら、おめさんと焼肉行くって約束してたろ?」
「焼肉ゥ?」
 記憶を掘り起こしてみたが荒北にはそんな約束をした覚えはない。
「行かねぇとって思ったら無性に肉が食いたくなってさ。だから来たんだ」
「だからってなァ……んな酔っ払いながら来んじゃねェ。あぶねーだろ色々と」
 今度は赤髪に軽いチョップを一発。「すまねぇ」と謝るくせに反省の色はまったく見えず、むしろ新開は楽しそうにニコニコ笑っていた。
「なぁ、このまま飲みに行かねぇか? 資金ならたっぷりあるぜ」
 ポケットから引っ張り出した財布を新開がガバッと広げて見せる。中には学生らしからぬ枚数の紙幣が納められていた。
「はぁ!? どーしたんだよソレ。やべーヤツじゃねェだろーな!?」
「競馬だよ。先輩に無理やり連れてかれてさ。オレだけ大勝ちした。ビギナーズラックってやつ?」
 ニッと歯を見せて笑う新開に荒北は「よし、飲みいくぞ」と、とてもいい表情で笑い返した。

*
「なぁ新開。お前、マジでなんで来たのォ? 焼肉の約束だっけぇ? そんなもんした覚えねーんだけど」
「え? そうだっけ? てっきり靖友とした約束だと思ってたんだけど、それじゃあ別の人だったかな。まぁ、ほら、静岡って来たことなかったし」
「……嘘くせェ。ホントはァ? なんかあんだろ」
「あー……やっぱり靖友の勘は鋭いな。ごまかせないか」
 ふふ、と鼻で笑った新開は手酌でビールをコップに注ぐと、ぐいっと一息で飲み干した。
「実はさ、つい最近フラレちまってね。なんとなく吹っ切れないままなんだよなあ。だから、靖友に罵倒してもらったらどうにかなるかなぁなんて思ってさ」
「は? フラレたぁ? って、罵倒ってなんだよ。ったく、オレをなんだと思ってやがんだ。オレは理由もなく罵倒なんてしねェんダヨ」
「そっか。それもそうだな」
「で? なんでフラレてんだよ。つーかオメーがフられるほうかよ。笑える。ザマァねぇな」
「ひっどいなぁ」
 結局フられた理由は明かされず、荒北もあえて深追いはしなかった。そしてさらに酒量を重ねた頃、完全に酔っ払った荒北は酒の勢いに任せて「カワイソーな新開クンをオレが慰めてやろーかぁ?」と口走っていた。冗談が9割、期待が1割。
(ハッ! どうせコイツは笑って流すだろーし……)
 だが、予想に反して新開は一切笑わなかった。
「なぁ、靖友」
「んー? 何ィ」
「それ、マジで言ってる?」
「あ?」
「いまさら冗談だった、なんてのは無しだぜ?」
 荒北をじっと見つめてくる力強い瞳。新開は酔っているように見えたが、本当に酔っていたのかどうかはわからなかった。
 

2.
 初めてしっかりと意識したのは高校3年の秋。入浴を済ませた荒北の自室に新開が訪ねてきたときのことだった。
「なんか用か? 風呂ならもう入ったぞ」
「いや、そうじゃない。これ。オレんとこに回ってきたんだけどさ、おめさん観るかい?」
 差し出された黒い袋の中身は確認するまでもない。いかがわしいDVDとポータブルプレイヤーのセットで、AVを回覧して共有する行為は男子寮内ではよくあることだった。
「おめさんが興味ないなら、次に回しちまうけど」
「お前は? 観たァ?」
「観たよ」
「……へぇ。どーだった?」
「んー、まあまあってとこかな」
「あっそ。んじゃー借りる」
「観終わったら誰かに回してくれよ」
「おー」
「じゃあ、おやすみ」
「すみィ」
 ドアを閉めてベッドに戻りかけ、もう一度振り向いて扉を施錠する。今夜中に観るつもりではなかったが、新開の『まあまあ』がどの程度のものなのか気になった。
 室内の照明を消してベッドに腰掛け、イヤホンを装着する。ポータブルプレイヤーが起動するモーターがわけもわからずドキドキさせた。
 DVD自体はごく普通のありふれた内容だった。
 街で声をかけられた女性がホテルの一室でインタビューを受け、そのままセックスになだれこむという、素人企画を謳ったAV。ハメ撮り方式で男優の顔は一切映らない。それにしては体位のバリエーションが豊富で、フェラチオシーンに時間を割いているところは、なかなか気が利いていると思った。
(へぇ……アイツもコレをねェ)
 10インチの液晶画面を感慨深げに眺める。画面の中で喘ぐ女優の痴態を見ながら、頭の中では別のことを思い浮かべていた。
 DVDを見た新開はどうしたのだろうか。彼はどうやってするのだろうか。
 大きな瞳で食い入るように画面を見つめ、厚ぼったい唇がはぁはぁと熱い呼吸を繰り返す。イヤホンから流れる嬌声に理性を崩し、膨らんだ性器を必死にこすって、彼はどの部分で射精したのだろうか。
 どのシーンが好き?
 どこでヌイた?
 何回ヌイた?
 この女優を可愛いと思った?
 こんなふうに抱きたいと思った?
「……かい……し……かい……あ……!」
 気がつけば画面など見てはいなかった。
 目を閉じて、思い浮かべた妄想を追いつつ手を動かす。うわごとで名前を呼んでしまった気がしたが射精の快感の前には何も考えられない。その後に訪れる自己嫌悪タイムは、いつも以上に荒北を憂鬱にさせた。
 明確な人物を思い描きながらの自慰行為は初めてだった。
(妄想相手がアイツってのがさァ……)
 自身の行為に驚いているが、妙に納得できている部分もある。割りとすんなり受け入れている自分に気がついて、荒北は「最悪……」と言いつつ、衰えない性器をもう一度握った。

*
 男でも尻を使えば受け入れる側になれることを知ったのも、回ってきたDVDがきっかけだった。
「靖友、今回のはちょっと変わってるんだけど……どうする?」
「変わってる? なんだソレ?」
「その……まぁ、見たらわかるんだけどさ……プレイ内容が普通じゃないっていうか……」
 言いにくそうな顔で新開が曖昧に笑う。
「オメーも観たんだろ?」
「え? ああ、まあ」
「んじゃー観る」
「そう……でも、大丈夫か?」
「あ? 何がだヨ」
「いや……なんとなく、おめさんは普通のヤツが好きそうだから」
 新開と荒北の間に線を引かれた気がしてカチンときた。
「んだァ!? 観なきゃわかんねーだろーが。つーかお前が観れたんなら平気だろ。おら、貸せよ」
「……じゃあ」
 手渡す最中も「本当に大丈夫か?」と念を押されて、それが余計に荒北の対抗心に火をつけた。
「いいから! 貸せっつーの! 平気だ、ヘーキ!」
 もうほとんど意地のようなものだった。新開が観れたものを自分が観れないわけがない。そう思いながら起動させたDVDは確かに通常通りのプレイ内容ではなかった。
 家庭教師と性的な関係を持った男子高校生が軽い調教を受けながらアナルを開発されていくといった、男女逆転ものの内容だった。成績アップと共に性的なご褒美を与えられ、最終的にはペニスバンドを装着した先生に尻穴を掘られてしまう。
(あー……こりゃ言いにくいかもなァ)
 困ったような顔をしていた新開を思い出して、荒北はフッと鼻で笑った。しかし、充分に開発していけば男性も挿入される側になれるというのは、新鮮な驚きだった。
(あるわきゃねェとは思うけど、死ぬまでに一回くらい機会があったとして……でも、アイツは掘られる準備なんてしてるわけねーから、そうなったらオレがされる側になるしかねーンだよな? アイツを勃たせてやって、そんでもって目隠しでもさせときゃ……まぁ、わかんねぇけど、女に挿れんのとたいして変わんねェだろ)
 多少の不安はあったが、好奇心のほうが強かった。その日から荒北は“万が一”のために身体をいじることにした。
 チャンスがあればいい。でも、なくても当然なのだから、そのときはきっぱりと諦める。秘めた想いを抱えつつ、でも積極的に気づかれたくないという矛盾。友人関係が壊れてしまうことが何よりも恐ろしかった。
 尻での快感を覚え始めた頃に高校を卒業し、そして大学2年の冬、千載一遇のチャンスは突然訪れた。

「カワイソーな新開クンをオレが慰めてやろーかぁ?」
 

3.
 新開と荒北の関係はダラダラと続いたまま、もうすぐ4年目を迎えようとしていた。
 新開は“彼女”と別れるたびに荒北の家を訪ね、荒北を抱いて帰る。新開と彼女の交際期間は長くても続いて半年、短い時には1ヶ月程度なんてこともあった。
 望んでこの関係にもちこんだのだから荒北には咎める理由も権利もないのだが、一度だけ、形程度に諌めてみたことはある。
「お前さぁ、続ける気がねぇんなら気軽に彼女なんか作ってんじゃねーヨ。相手に失礼だし、何よりテメーがサイテーな野郎に見えちまうだろ」
「それってオレの心配? 優しいな、靖友は」
「ちげーよ、バーカ! つーか、そんなんでちゃんと自己管理できてんのかよ!? 次のレースがひでーザマでも知らねーからナ。オレは同情なんかしてやんねーし、そもそも負ける気もねェ」
「それは大丈夫だ。問題ない。こうして靖友がいてくれるから、オレのメンタルはいつだってバッチリだぜ」
「……うっぜ」
「の割りには顔が笑ってるけど?」
「ハァ? うっせーぞ」
 この日以降も新開は変わらず彼女を作り、別れた後は荒北を抱きにくる。
(セフレっつーヤツ? まぁ、べつにコッチはそれで構わねぇけど)
 ふたりの利害関係が一致しているのだから、特に問題はなかった。ぬるま湯のような関係が心地よく、新開が自分だけを頼っていると思えば謎の優越感が湧いてくる。
 秘めた関係をそれなりに楽しんでいた最中、9月のヒルクライムレースに出場した荒北は久しぶりに福富と顔を合わせた。
 レース後に挨拶に行ったとき、会話の中で新開に触れた。新開と福富もチームは別だが、荒北が出場しなかったクリテリウム大会で一緒になったらしい。新開の調子がいまいちなことを福富は心配しているようだった。
「ハッ! アイツは自業自得だろ。腑抜けてっから、しゃーねーヨ」
「腑抜けている? それはどういうことだ」
「アイツさぁ、ちょくちょく女つくるくせにすぐ別れんだろ? そういうのはやめろって言ったことがあんだヨ。アイツは大丈夫だとか言ってたけど、やっぱダメなとこはダメだよナァ。昔っからあんまメンタル強くねェのに。とりあえず福ちゃんからもなんか言ってやってヨ。あんま遊ぶなって」
「女? 新開が? 初めて聞いたぞ」
「いやいや、何言ってんだヨ。オレが知ってるだけで何人だァ? ええと……1、2、3、4……とにかく片手じゃ足りねぇくらいだぞ!?」
 荒北の説明に福富の表情が曇る。彼はしばらく黙っていたがおもむろに口を開くと、
「考えてみたんだが、やっぱり思い当たらない。ヤツが誰かとつき合っていた話は聞いたことがない」
と予想外なことを言い始めた。
「は? だってアイツが自分でそう言ってんだぜ!? 大学んときからなのに、なんで福ちゃんが知らねーんだヨ!?」
「大学? いや、大学時代なら間違いない。ひとりもいなかった。というか、そんな暇はなかった、が正解だろうな」
「んなわけねーヨ! 福ちゃんに黙ってるってだけじゃねーの? ほいほい女変えてっから、気まずくて言えねーんだぜ、きっと」
「そんなはずはないが……荒北、お前は新開の彼女とやらに実際に会ったことはあるのか?」
「へ?」
「新開が一方的にそう言っているだけなんだろう? ヤツがお前に嘘をついている可能性はないのか? まぁ、なんのための嘘なのかはわからんがな」
「嘘って……んなわけ――
 思い当たるものがあり、荒北は黙ってしまった。
 大学時代、先輩にしつこく催促されて、しらみ潰しに合コン相手を探していたときのこと。
「オメーの彼女のツテとかさァ。頼む! オレのためだと思ってなんとかできねェ? な? マジで困ってんだヨ」
 何度か新開に頼みこんでみたのだが、そのたびにはぐらかされて終わっていた。他にも、彼女がレースに応援に来たという話も聞いたことがなかった。ファンクラブのメンバーでさえ会場内で見かけたことがあるのに、彼女が来ていないわけがない。
(自分の男が新開だぞ? なおさら心配で見に行くだろ……オレがアイツの女だったら、ぜってー行くぜ?)
 考えれば考えるほど疑う余地が増えていく。だがこんなときに限って新開からの連絡はなく、疑問を抱いたまま月日は流れ、『今週末の予定は?』と半年ぶりにメールが来たのは寒い日の朝だった。
 

4.
「……いくらなんでもクリスマスに野郎2人ってのはどーかと思うぜ。相手がいねぇから仕方なく野郎同士で慰め合い、か……虚しくなるナ」
「事実だから仕方ないだろ」
「……事実なら、な」
「ん?」
「べっつにィ」
 はぐらかしてそっぽを向き、缶ビールをひとくち呷る。こたつの天板に並んだ惣菜の中から唐揚げを摘まんで頬張った。
「虚しいわりにはケーキもちゃんと買ってたくせに。おめさん、実は結構楽しんでるよな」
「ハァ? アレはコンビニの店員が勧めてくっから買っただけだ。しょーがねぇから買ってやったんダヨ」
「そういうことにしておこうか」
「おこうじゃなくて、そーなんだヨ」
「はいはい。そうだな」
 含みのある笑みを浮かべた新開をひと睨みする。「ハハッ」と軽く笑って躱しているが、この瞬間も新開は荒北に嘘をついているかもしれないのだ。しかし、彼の部屋は相変わらず自転車関連のものばかりで、女っ気のあるものはどこにも見当たらない。
「それにしても靖友がうちに来るなんて珍しいな。オレがそっちに行きたかったのに。なんかあった?」
「……なんもねぇよ。たまにはいいだろ」
「いいけどさ。靖友が悪さしてないかチェックしたかったなぁ」
「はぁ? 悪さだァ? なんもねーっての。それよりも問題はお前だ。クリスマスの直前に別れるとか鬼畜すぎ」
「オレからじゃないよ。向こうからだ。だからそれは向こうに言ってくれるかい?」
「向こうって……会ったことすらねーのに」
「そりゃそうだ。って、それはもういいだろ。終わった話はしたくない」
 こたつの中で新開の手が荒北の足をつついた。
「……なんダヨ」
「わかってるくせに」
 斜め90度の位置に座る新開が腰を浮かせて距離を詰め、荒北に顔を近づけた。そのまま唇を重ねれば、熱くなった舌先が合わせ目をこじ開けて強引に侵入してくる。受け入れつつ仰向けに寝そべると新開も荒北の上に重なった。
「あっち行かなくていいのかい?」
 寝室に行かないのかと新開が問いかけるも、荒北は首を横に振ってそれを拒んだ。
「待ってらんねェ」
 自分に覆いかぶさる新開のうなじを掴み、グイッと引き寄せて「早く」と急かす。これから訪れる快楽に期待して荒北は舌なめずりをした。

*
 リビングで交わり、寝室に移動してまた交わる。せっかく買ったケーキも食べないままで代わりに何度も互いを貪った。
 いつの間にか眠っていたらしく、身震いがして目が覚めた。散らばった衣服を集めて身に着け、新開を揺り起こして服を着させる。
「スッゲーさみぃな。なんだこれ」
「……そういえば今夜は初雪かもって言ってたな。そのせいじゃないか?」
「初雪ィ? 冗談だろ。まだ12月だぞ」
「おめさんとこと比べるなよ。靖友だってこっちにいた時間のほうがまだ長いくせに。もう忘れたのかい……」
 言葉の最後は呟き程度の声量で、新開はそのまま眠りに落ちていった。聞こえてくる寝息は規則的なリズムを刻んでいる。穏やかな寝顔を確認した後で、荒北はベッドを抜け出して窓辺に向かった。カーテンを少しだけ開けて隙間から外を覗く。結露で白く濁った窓ガラスをサッと拭えば、暗がりのなかにチラチラと舞う白いものが見えた。
「……予報って当たるもんなんだナ」
 荒北は暑いのも寒いのも好きではない。ただ、雪の降り始めだけは妙にテンションがあがってしまう。しばらく外を眺めていたが、冷えた身体に寒気がはしったのでカーテンを閉めた。
 再びベッドに戻って新開の隣りに横になる。
(あー、そういやコイツに確かめんの忘れてたぜ)
 新開が嘘をついているのか、それとも彼の話は真実なのか。白黒つけるはずだったが、すでにどっちでもいいような気分になっている。セックスの満足感が思考を鈍らせているのかもしれない。それに、事実を暴いて関係が崩れるよりも、騙されたままでいるほうが荒北にとっては都合がいい。
(明日の朝には積もってっかナァ……)
 眠りに落ちながら地面を覆っていく雪のことを考える。問答無用ですべてを覆い隠してしまうから、雪は嫌いじゃないのかもしれない。
 すべて隠れてしまえばいい。いつか雪が融けて、真実を知ることになる日まで。今はまだ知らないで済むように。全部隠して。覆い尽くして。
 

***END***

-ペダル:新荒
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int(1) int(1)