【新荒】春に契ったその後のふたり【センチネルバース】

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『春に契る』(センチネルバース・後編)のその後として書いたSSです。
・新開さんはプロへ、荒北さんは実業団のチーム(大学卒業後に入団したチームのまま)で走っています。
・2017/07/23の拍手お礼ページに載せていましたが、私自身掲載したことを忘れていたので…ちゃんとまとめます。

 
 病院での定期検診を終えた荒北は、自宅へ帰るべく近所の商店街をぶらぶらと歩いていた。珍しいことに片手には食材が入ったスーパーの袋を提げている。プロのデビュー戦を無事に終えた勝者を祝うため、簡単なものではあるが覚えたての料理を振る舞うつもりだった。
 不動産屋の前に通りかかったとき荒北の足が止まった。店頭に貼られた物件のチラシの中から求めている間取りを目で探す。
(ふたり入居可……ああコレか、って家賃たっけ! まぁこの辺じゃこんなもんだよナ。あとは沿線でどっか安いとこでも探して……)
 ジーンズのポケットの中で携帯電話が震えた。メールかと思ったが震えは一向におさまらない。仕方なく目線をチラシに固定したまま携帯電話を取り出し、液晶画面を確認したあとで訝しみながら通話ボタンを押す。
(ずいぶん早ぇな)
「もしも――
『やぁ靖友。何してんだ?』
 背後からも同じ声が聞こえて、驚いて振り向くと新開が目を細めて立っていた。
「おわっ!? え、なんでいんだァ!?」
「あれ、そんなに驚く? 匂いでとっくにバレてんだと思ってた」
「いや、ぜんっぜん気づかなかった」
 言われてみれば新開の匂いがふわりと鼻先に香る。普段ならすぐに気がつくはずなのに、新開絡みの考え事をしているときはこうして無防備になりやすい。「珍しいね」と笑う新開が肩に提げたボストンバッグに携帯電話を仕舞う。
「ずいぶん早いな。もっと遅く来るかと思って、まだ何も準備してねェんだけど」
「こっち戻ってきた足でそのまま来ちまった。靖友んちで待ってるつもりだったけど、まさかここで会うとはな。すごい偶然だ。あれ、でも会社は? 今日は休み?」
「会社ァ? 今日は定期検診だから有給とったって言わなかったっけェ?」
「あー、そういえば。で、どうだった?」
「おう。バッチリバッチリ。なんも問題ねーってヨ」
「そっか、そりゃよかった。次は? また半年後?」
「そォ。次はオメーと一緒に来いって」
「うん、わかった」
 新開がホッとしたように微笑むと、彼がまとう雰囲気も柔らかくなる。
 ふたりが身体を重ねてからすでに5年。法律上でも正式な契約を結んだ今は、ガイドとセンチネルという関係性だけでなく、恋人としても順調に続いている。
「家? 引っ越すつもりかい?」
 荒北の背後に視線を移しながら新開が尋ねた。
「あー……そんなんじゃねぇけど。更新が近ぇからちょっと見てただけ」
「そうか更新か。そういえばそうだったな」
 荒北の隣りに並んで「どれどれ」と新開がチラシを眺める。「結構高いなぁ」と呟いた彼からは、なぜか緊張したときのピリッとした匂いがした。
 

*
「おい新開、先風呂入ればァ?」
 夕飯後、テレビを見ている新開に声をかけると彼の背中は大げさなほどビクッと揺れた。
「え? ああ、風呂な。うん、そうだな、そうしようかな」
 そそくさと浴室に消えた新開からは、また緊張した匂いがしている。彼がいつもと違うのは明らかだが思い当たることは何もない。空気中に漂う残り香に引きずられたのか、荒北はなんとなく不安な気分になっていた。
(……なんだぁアイツ)
 缶ビールの残りに口をつけながら手に持った携帯電話で賃貸物件のサイトを眺めてみる。しかし、新開の様子が気になるせいで物件情報が全然頭に入ってこない。
「あーあ、ダメだ。無理ィ」
と携帯電話を背後のベッドに放り投げたところで浴室のドアが開いた音がした。
「はぁ、さっぱりした。おめさんも入ったら?」
「……おう」
 タオルで髪の毛を拭きながら新開が荒北の向かいに腰を下ろす。グラスに冷えた水を注いでやると旨そうに喉を鳴らして飲み始めた。新開に気づかれないように鼻を動かして空気を嗅いでみたが、今はボディソープの匂いしかしない。腑に落ちないまま荒北もシャワーを軽く浴びて汗を流した。
 荒北が浴室を出ると新開は自分の携帯電話を見ながら眉を寄せていた。しかし、荒北の気配に気がついて慌てて携帯電話をテーブルに置く。
「あのなぁ、なんか隠してんだろ。今日は変だぞ」
「えっ? 変、かな?」
「……嘘ついてンのも匂いでバレてるんですけどォ?」
「あー……そうだよな、おめさんにはやっぱりバレちまうよな」
「いつまでも気になってスッキリしねぇから、なんかあんならさっさと言ってくんね?」
 ため息をつきながら新開の向かいに座ってあぐらをかく。しばしの沈黙が続き、ハァと息を吐いた新開が荒北と視線を合わせた。
「あのさ、ちょっと考えてたことがあるんだけどいいかな」
「……おう。なに」
 ピリッと鼻腔を刺激する感覚。新開の緊張が伝染して荒北の手のひらに汗をかかせる。
「おめさん、そろそろ更新って言ってただろ? だからその……もし、靖友がよければなんだけどさ……」
「……なんだヨ。はっきりしねぇヤツだな」
「いやぁ、ちょっと緊張しててな」
 ハハ、と眉を下げて笑う新開が自身の襟足をかく。ゴクッと唾を飲む音と共に新開の顔つきが真面目なものに変わった。
「もし靖友が嫌じゃなかったら……オレと一緒に暮らさないか?」
「……え、一緒って……マジで?」
「ほら、オレはこれから遠征で家を空けることが増えるし、靖友がいてくれるんなら家賃とか光熱費とか無駄にならないで済むかなって思って。今もサイト見て家探してたんだけどさ…………いや、わるい。そんなのただの建前だ。素直に言うよ。靖友と一緒に暮らしたいんだ。少しでも一緒の時間を作りたいし、オレの目の届くところにいてほしい。今は順調にいってるけど、万が一靖友に何か起きたらって思うとさ……今でもまだたまに不安になっちまうんだ」
 恐らく新開は契約を結ぶ前のことを言っているのだろう。荒北が新開に嘘をついて音信不通になっていた時期のことだ。
「まぁアレは……オレが悪かったヨ。つーかまだ言うかァ!? いい加減忘れてくんナイ?」
「だって本当に心配したんだぜ? オレにとっては軽いトラウマだ」
 目を伏せた新開がテーブル上に置いていた荒北の手を握る。じんわりと温かい新開の熱に指先を侵されて、久しぶりの接触のせいか荒北の身体も敏感に反応してしまった。指を舐められるような愛撫に似た感触が荒北の背筋をゾクリとさせる。
「……うッ……お前なァここで使うな」
「え? ああ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど……おめさんを想うと無自覚で能力使っちまうな」
 フフ、と笑った新開は手を離そうとはせず、さらに指先を絡ませた。向かい合ったまま指先だけが繋がった状態で、でも、それは決して嫌ではない。新開の緊張した匂いが薄れていくのを感じながら、荒北は「来いよ」と新開の手を引いた。
 にじり寄って距離を詰めた新開を両腕で抱きしめる。ひとたびロードバイクに跨れば自信家なロードレーサーに変貌するくせに、荒北のことになると妙な部分で臆病になるこの男が愛おしくてたまらない。
「オメーはんなことで緊張してたのかよ」
「だって、今まで何度か話題に出してたのにおめさんスルーするからさ。一緒に住むのは嫌なのかと思ってた」
「あ? んな話題だしてたァ?」
「え、覚えてねぇの? まいったな……まったく伝わってなかったってことか」
 ため息をついた新開が荒北のうなじに顔をうずめる。荒北は「ドンマイ」と茶化しながら新開の頭をグシャグシャに撫でた。
「つーかさぁオレも一緒に住むかって言おうとしてたんだぜ。むしろソレ前提で家探してた」
「あ、だから不動産屋でチラシ見てたのか」
「そー。まぁ、何があるかわかんねェってのはオレも思ってたし、ガイドと暮らせるんならそうしろって検診行くたびに言われてたし」
「……そうなんだ」
「あのナァ家がどうとか今さら悩むことかよ。オメーはオレの命まで握ってんだぞ? ったく、悩むスケールが小せェンダヨ」
 目の前にはTシャツの襟ぐりから覗く無防備な首元。習慣的に唇を寄せた荒北は軽い音を立ててキスを与え、その後で軽く齧りついた。噛み痕に残る唾液をぺろりと舐め取れば、新開が吐息を漏らしながら身体を硬くする。
「生きるか死ぬかなんていう、そんな大層なもんをオメーに握られてんのかと思うと……ハッ! 笑えてくるぜ」
「ん? 笑える?」
「そー。笑えんだろ。センチネルはガイドがいねぇと生きてらんねぇ。お前は否定してたけどよぉ、ったくやんなっちまうくらいその通りだぜ」
「あれ、嫌なんだ?」
「……んなわけねーだろ」
「うん。だよな」
 荒北の背中を抱いたまま大人しくしていた新開の手がTシャツの裾を持ち上げる。そのまま服の中にスルリと侵入して、意志をもった愛撫をし始めた。
「ん……なに? すんのかヨ」
「先に始めたのは靖友だぜ?」
「ハッ! 急に元気になりやがって。現金なヤツ」
 返事をする代わりに新開が荒北の耳を食んで応える。耳たぶを甘噛みされて、荒北はぎゅっと新開の背中にしがみついた。触れ合う気持ちよさと、与えられる愛撫の刺激。両方の快感が荒北の言葉数を徐々に減らしていく。
(生きるか死ぬかそんな大層なモンをコイツに預けてんのも……悪くねぇっつーかむしろサイコーだろ)
 センチネルとしての執着心か、それとも恋人としての独占欲か。言葉にしない想いを噛みしめながら、荒北は腕の中の男を力いっぱい抱きしめた。
 

***END***

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