【新荒】ワンライまとめ。その1【8月】

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サイトの連絡用としてTwitterアカウントを作成していましたが、特に連絡することもなく…。もったいないし、せっかくなのでワンライに参加させていただきました。1か月分(計5題)をまとめたものです。楽しかったー!
 
①8/3のお題『海』…高校生の新荒。志望校を決めたふたりが受験勉強の息抜きとして海に行く話。
 
②8/10のお題『一緒に』…前半:高校3年生のつき合っていない新荒、後半:その3年後のつき合っている新荒。ご飯を食べたり、喧嘩をしたり、なんでもない日常を一緒にすごす新荒の話。
 
③8/17のお題『おもいで』…両片思いな新荒(高3~大学1年)。秘めた恋心をせめてもの思い出として形に残したい新開さんと、思い出にする気はさらさらない荒北さんの話。第2ボタンのネクタイバージョン。 
 

 
【海】
 西の空に傾き始めた太陽が赤茶色の髪をさらに赤く染めていた。
 髪だけではない。背後にそびえる箱根連峰も、駐車場の片隅に停めた2台のロードバイクも、目に映るすべてのものが朱色に塗りたくられている。
「空、スゲー赤いな」
「そうだな」
 荒北が話しかけても、目尻が垂れた瞳は前を見たまま動かない。

『久しぶりに走らないか?』

 受験勉強の息抜きに、と誘ってきたのは新開だった。それに乗った荒北が「どうせなら海行こうぜ」と提案し、小田原から真鶴へ向かう走り慣れたコースを選んだ。
 途中のコンビニで飲み物を買い、海沿いをのんびり走る。根府川を過ぎた辺りで日が傾き始め、適当な駐車場を探してロードバイクを降りた。それから数十分。砂浜へ下りる階段に腰かけたきり、何も話さずにただじっと海を眺めている。
 日が落ちてきたせいか髪を揺らす潮風が涼しい。秋の訪れを実感させるには充分な冷たさで、夏は本当に終わってしまったのだと荒北は心の中で呟いた。 
「なあ靖友、知ってるか? ヒトの涙の塩分濃度って原始の海に近いらしいぜ」
 無言の時間を先に破ったのは新開だった。前だけを見ていた瞳が、いつの間にか荒北を映している。
「海ってなんだか不思議だと思わないか? 見えただけでテンション上がるし、こんな夕暮れ時は眺めてるだけで切なくなる。地球上の最初の命は海で誕生したっていうだろ? 海を前にするとつい感情的になっちまうのは、遺伝子に刻まれた太古の記憶のせいって考えたら結構おもしろいよな。進化した今でも、オレたちは本当は海に還りたいのかもしれない。もしくは海の底に置いてきちまった、二度と手に入らない何かを懐かしんで切なく思うのかもしれない」
「……へぇ。で?」 
「でって……キュンとしなかった?」
「べつにィ」
「おかしいな。今のはカッコつけたつもりなんだけど……失敗か」
 大きな瞳をパチパチ瞬かせて、バツが悪そうに新開がはにかむ。
「バーカ。オレ相手にカッコつけてどうすんだ。意味ねぇだろ」 
「そんなことない、大アリだ。恋人の前でこそ、いつだってオレはカッコつけていたいよ。おめさんは? 違う?」
 じっと見つめてくる瞳が思った以上に真剣で、寂しそうで、荒北は茶化すために用意していた言葉を引っ込めた。
「そりゃあまァ……少しくらいはァ? そう思わなくもねーけど」
「だろ?」
 歯切れの悪い返事にもかかわらず、新開はホッとした表情で目を細めた。「よかった」とひとりごとに近い声で呟いて、階段に置いた荒北の手に指を絡ませる。普段ならすぐに振りほどくところだが、荒北は握らせたままにした。今は手を繋いでいたい――なんとなく、そんな気分だった。
(……らしくねェなオレも。ったく調子狂うぜ)
 新開が言ったように、海を前にして自分も感傷的になっているのだろうかと小さく笑う。
(いや、ちげェな。コイツがあんな顔すっから……)
 数日前、寮の浴室で新開と顔を合わせたときのこと。

『靖友、そろそろ大学決めたかい?』
『おー。やっとな』
『結局どこにしたんだ? やっぱり明早?』
『いや、洋南』
『……洋南? 洋南って静岡だっけ?』
『そー。行きてェ学部で選んだらソコになった。まぁ、オレの頭で入れるかどうかはわかんねーけどナ』
『……そうか。まぁ、オレも偏差値ギリギリだし、お互い頑張ろうぜ。応援するよ』

 応援すると言った言葉は本心に違いない。新開からは嘘の匂いも、ごまかしの匂いもしなかった。だからこそ荒北は、新開が見せた表情が気にいらなかった。
 新開は他人が決めたことに対して基本的に口出ししない。なにかを相談すれば、「いいんじゃないか」と積極的に背中を押す。しかし、荒北が洋南と答えたときだけは違った。
 驚いて固まった表情。
 中途半端に開いた唇。
 荒北を映しながらわずかに揺れていた瞳。
 彼のあの表情から察するに、おそらく新開は荒北も明早大学を志望すると思っていたのだろう。9割近くの確信を抱いていたかもしれない。しかし、荒北は明早を選ばなかった。
 結局、新開は荒北に何も言わなかった。開いた唇をキュッと結び直して少しだけ口角を上げ、その後で『そうか』と落ち着いた声で呟いた。

『……そうか。まぁ、オレも偏差値ギリギリだし、お互い頑張ろうぜ。応援するよ』

(応援するとか言ったくせに、泣きそうなツラして笑ってんじゃねーヨ)
 荒北の手を握って海を眺める横顔にも、あのときと似たような色が滲んでいる。無理に澄ましたこの顔が、今日は特に気に入らない。
「おい新開」
「ん?」
「カッコつけんのもいいけど、ちったァ弱いとこ見せてくれてもいいんじゃねーのォ? そっちのがオレららしいっつーか、お互いに情けねぇとこなんか嫌ってほど見てんだろ。今更カッコつけてどーすンだヨ」
「え……」
「それに、オメーはひとりで考えてウジウジするからな。溜め込んだあげくに『やっぱ無理だから別れる』とかぁ? 急にんなこと言われてもこっちが困るぜ。だから、プッツンしねーうちに全部オレにぶつけたらいいんじゃねーの?」
 握られっぱなしだった手を一旦ほどかせ、お互いの指を根元からしっかり密着さ
せて繋ぎ直す。荒北の熱がいつまでも新開の手に残るように。
「オメーが明早に受かって、オレが洋南に受かったとする。静岡と東京の間は200キロもねぇんだぜ? 車だったら高速使って2時間くらい。電車だったら2時間半。チャリなら飛ばしてギリ4時間ってとこか?」
「チャリならって……ちょっと無謀じゃないか?」
「ロングライド1本分って考えたら走れなくもねぇ距離だろ。山越え必至だけどナ」
「んー。それもそうだな」
「だろ? でもって地図で見たらこんくらいしか離れてねぇんだぜ?」
 繋いでいない手の親指と人差し指で3センチほどの隙間を造り、新開にかざして見せる。それを見た新開は「なんだそれ」と首を傾げた。
「わかんねーのかよ。地理の資料集に日本地図が載ってんだろ? あの見開きのヤツ。アレで見たときの明早と洋南の距離だヨ」
「地理の……」と呟いた新開が目線を宙に泳がせる。すぐに思い当たったようで、「あれか! そんなのわかるわけないだろ」と表情を明るくさせた。
「おめさん、もしかして全部調べたのか?」
「あァ? ったりめーだろ」
「当たり前って……ハハ、まいった。靖友が調べてるとこ想像したらやっばいな。キュンとしちまった」
 顔をクシャクシャにして新開が笑う。くすぐったいような顔をしてうなじをこすり、荒北を見つめたまま笑顔を崩さない。
「っんだよ。いつまでもニヤニヤしてんじゃねーぞ」
「靖友だって笑ってるだろ」
「はぁ!? これはてめェにつられてだなァ」
 睨もうとしてみても、緩んでしまった顔は締まらない。荒北は握っていた手を雑に離すと、「オメーのせいだ!」と理不尽に言い放って新開に襲いかかった。潮風に揺れる茶色の髪の毛を更にグシャグシャに掻き乱してやる。
「うわっ!? ちょっ、痛ぇよ靖友」
「うっせ! にやけてんじゃねーよ!」
 負けじと新開が応戦して、しばらくふたりでくすぐり合った。じゃれ合いは止まず、それどころか徐々にヒートアップしていき、おかげでふたり仲良く階段から転げ落ちそうになってしまった。
「うわっ」
「あっぶね!」
 冷や汗が背中を伝い、ふたりとも急に真顔になる。互いの身体にしがみついて支え合い、数秒間見つめ合った後でどちらともなくプッと吹き出していた。
「あー、冷や汗かいた。危なかったな」
「そっちがじゃれてくっからァ」
「始めたのは靖友だぜ?」
「うっせ。笑いだしたのはオメーだろ」
「おめさんがらしくないことするからさ」
「はぁ? もっかいくすぐられてーのか?」
「わかったよ。オレが悪かったって」
 形だけの謝罪を述べた新開が荒北の腿にしがみついた。腿を抱きしめ、顔を伏せたまま「靖友」と名前を呼ぶ。
「んー? 何だよ」
「本音を言うと寂しいぜ」
「わーってる」
「洋南だなんて思わなかった」
「だろうな」
「応援してぇけど、したくねぇ」
「ハッ! なんだそりゃ」
「でも……頑張れよ」
「おー。どーもォ」
「……そこはオレにも『頑張れ』って言うとこだろ?」
「ハイハイ。オメーも頑張れ」
「うん……ありがとよ」
 抱きついたまま離れようとしないので、荒北は膝の上にある新開の無防備な頭をポンポン叩いた。乱れた髪に触れ、クルクルと指で遊びつつゆっくり撫でる。
「靖友」
「おー」
「……静岡、遊びに行くよ」
「オメー、それってちょっと気が早ェんじゃねーの?」
「会いに行く」
「わーったヨ」
「靖友もオレんち来てくれよな。いつでも歓迎するぜ」
「おう。んじゃー、しっかり部屋片づけとけヨ」
「うん。なぁ……靖友」
「ナニ」
「…………」
 腿を抱く新開の腕に力がこもる。振り絞るように呟かれた言葉は聞き取るのがやっとな大きさで、潮風に混じってすぐに消えていった。
 荒北に向けて言ったのか、それとも我慢しきれずに呟いてしまったのか。判断しかねた荒北が言葉を詰まらせていると、新開は「よし!」と叫んで勢いよく身体を起こした。
「そろそろ帰ろうか。夕飯に間に合わなくなっちまう」
 先に立ち上がって手を差し出してきた新開は、いつも通りの表情に戻っていた。肝心なところで弱さを隠し、あくまでもカッコつけようとしている。
(こういうヤツなんだヨ、コイツは…….。どーせオレに気ィ遣わせたくねぇとか思ってやってんだろーけど。もうちょっとぐらい甘えりゃカワイーのに)
「……っとにカワイくねーヤツ」
「ん? 何か言ったかい?」 
「新開、来年の夏は海入るぞ」
「来年? 急にどうしたんだ? 海入るって、おめさん暑いの嫌いだろ?」
「海は別なんだヨ。今年は一回も泳げなかったからな。来年リベンジしようぜ」
「来年? おめさんこそ気が早いんじゃないか? でも、そうだな……今年は泳ぐ気分じゃなかったしな。よし、来年リベンジするか」
 ヘルメットを装着し、先に漕ぎ出した新開の背中を追う。

『……離れたくねぇよ』

 もしかしたら新開は聞かせたくなかったのかもしれない。だから荒北も聞こえてなかったことにした。
(オレだって離れたくねぇよ)
「新開!」
 先を行く新開に聞こえるよう、潮風に負けないように声を張り上げて名前を呼ぶ。
「なに?」
「来年な! 忘れんなよ!」
「おめさんこそな」
「絶対だぞ!」
「わかったよ。絶対な」
 海はヒトを感傷的にさせる。それでも、未来の約束をしておけば大丈夫な気がした。自分と新開なら大丈夫――なんの根拠もないが、荒北の第六感がそう告げている。
 太陽はすでに身を隠し、すべてが黒いシルエットとなって夜に飲み込まれようとしていた。これから夜が始まり、夜が終わればまた朝が始まる。残り少ない高校生活を追い立てるかのように。
 荒北はふと背後を振り返った。街灯が等間隔に並ぶこの道は、洋南大学が建つ静岡県に繋がっている。道の先を2、3秒ほど眺めた後で再び視線を前に戻す。
(んで、この先が東京だろ? ほらな、こんくらい大した距離じゃねぇだろ。って、その前に大学受かんねーとなァ)
 来年の夏は海を泳ぐ。
 海で浮かれるふたりの姿を思い浮かべつつ、荒北は未来へ向かってロードバイクを走らせた。
 

***END***

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int(1) int(3)