【新荒】ワンライまとめ。その2【8月】

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④8/24のお題『すれ違い』…大学生の新荒。多忙な大学生活が続く中、長引くすれ違いのせいでまったく会えていないふたり。意を決した荒北さんが新開さんの元へサプライズ訪問する話。
 
②8/31のお題『久しぶり』…大学生の新荒。週末に静岡で会うことになったふたり。新開さんが来るまで荒北さんが色々がんばる話。
 

 
【すれ違い】
 じりじりと日差しが強さを増し始めた午前10時。9月に入っても暑さは引かず、走ったせいでTシャツが背中に張り付いている。荒北靖友はつまんだTシャツの裾をパタパタ扇ぎながら、自宅がある最寄り駅のホームで上り電車を待っていた。
 待つ時間が手持ちぶさたで、ジーンズのポケットに押し込んでいた携帯電話に手が伸びる。乗り換え案内の画面を表示させ、家で調べた時刻を消去し、次の発車時刻を入力してもう一度検索してみる。唐突に思い立った計画は、この時間からでもなんとか遂行できそうだった。
「……スタートまでは間に合いそうだな」
 荒北はほっとした顔で携帯電話をポケットに戻すと、額に浮いた汗を手の甲でぬぐった。向かう先は東京、明治神宮外苑。約1時間半の小旅行が始まる。
 

『〇日はどう? 空いてる?』
『ワリィ、バイトだ。来月の〇〇日なら空いてる』
『来月はオレが無理だな。月末のクリテに出場することになったから、しばらくは練習漬けになっちまう』
『んじゃーそれ以降で空いてる日は? ってその後じゃオレがムリだな。実験とレポートがクソ多い講義が始まんだけど、1回でも出席とレポート落としたら単位が貰えねぇんだよ』
『オレも試験とレポートが重なっちまってるから、ちょっと余裕ないかも』
『そんじゃ落ち着いた頃にまた計画立てるか。つーか、クリテでヘマすんなよ?』
『ああ。靖友には負けねぇって思うとやる気がでるよ。お互いがんばろうな』

 互いの予定を連絡しあっても、ここ数か月はこんなやり取りが続いている。
 勉強、レポート、部活にバイト。大学に進学してからは日常生活の中にたくさんのものが増えた。講義でも部活でも1年生にはやるべき事が山ほどあって、一日が終わって家に帰れば泥のように眠ってしまう。新開も荒北も似たような生活を過ごしてるため、ふたりのスケジュールが噛み合わないことはザラだった。
「どのぐらい会ってねぇんだ? ……え、もうこんな経ってンのかよ!?」
 ふと思い立ってメッセージの履歴を眺めてみたのが昨夜のこと。驚いたことに、新開とふたりで会った日からすでに3か月も過ぎていた。
 どちらかと言えば荒北は恋愛ごとにはなかなか疎い。その荒北が「これってちょっとやべェんじゃねーの?」と思うほど、新開の顔を見ていないことに気がついた。
「……行ってみるか?」
 急なバイトのシフト変更で、珍しく今週末の予定がない。新開が話していたクリテリウムは土曜日に開催される。給料日後のおかげで財布の中もそれなりに厚い。会いに行けと言わんばかりの条件が揃っていた結果、荒北は東京行の電車に揺られていた。
 

◆◇  
『オハヨ。今日何時から?』
『おはよう。今日は13:30のレースに出るよ』
『そっか。ケガすんなよ』
『靖友もバイトがんばれ』
『おー』

 珍しく朝の早い時間に届いたメッセージ。素っ気ない文字に込められた気遣いが嬉しくて、もう一度だけ見返してから新開隼人は携帯電話を閉じた。
 荒北とはしばらくふたりきりで会えていない。会えない時間を補うようにメッセージのやり取りだけは続けてきた。進学先が別になるとわかった時点で、すれ違う時間が増えるだろうとある程度の予測はついていた。だが、たまには彼の声や匂いや体温が恋しくなるときもある。
(アップ前にトイレでも済ませておこうかな)
 マネージャーに断って明早大学のテントを抜けた新開は、トイレを済ませた後でフラフラと会場内を歩いていた。
 10時に始まった大会は現在2レース目の真っ最中。小中学生の混合チームが歓声の中で競い合っている。かつての自分を思い出して「懐かしいなぁ」と頬を緩めたとき、数メートル先にいる人に目が留まった。
 ジーンズのポケットに手を突っ込むせいで猫背になった背中。スニーカーの踵を少しだけ引きずる歩き方。左肩にかけられていないリュックのショルダーストラップが、歩くたびにゆらゆら揺れている。
(え……まさか……いや、間違いない。でもなんでだ!?)
「靖友!」
 呼びかけた声に驚いて荒北らしき人物の両肩がビクッと跳ねた。グルンと勢いよく振り向いた顔はやっぱり荒北で、丸く見開かれた目がこれでもかと新開を凝視している。
「新開!?」
「やっぱり靖友か。驚いたな。おめさんこんなとこで何してるんだ? バイトは?」
「ビビったのはこっちだっつーの。急に呼ぶんじゃねーよ。オレじゃなかったらどうすんだ」
「いや、だって呼ばないとおめさん行っちまうだろ? それに靖友だってわかってたから声かけたんだぜ? 結果的におめさんだったわけだし」
 ニッと笑った新開に対して、「見つかっちまったか」と荒北が舌打ちで応える。しかしすぐに上機嫌な顔で「驚いたァ?」と口角を上げた。
「驚いたよ。いや、ほんとに靖友だよな? なんかまだ実感ないんだけど」
 ペタペタと大ぶりのジェスチャーで身体に触れる。本当は今すぐにでもこの場で抱きついてしまいたかった。だが、さすがに公衆の面前で抱きつくわけにもいかず、おどけたフリを装って久しぶりの感触を手のひらに覚えさせていく。
「土日のバイトが休みになったから見に来てやったんだヨ。ビビらせようと思って連絡しなかったのに、まさかこっちが驚かされるとはナ」
「いや、オレも充分驚いたよ。そうか、わざわざ来てくれたのか……やっばいな。抑えても顔が緩んじまう」
「オメーは元からそんなツラだろ」
「今は特に、だよ。レース前に靖友に会えてよかった。ぶっちぎりで優勝できそうな気分だ」
「おう、しっかり走ってこい」
 ポン、ポンと背中を叩く手のひらが頼もしい。ゴール前に飛び出していく新開に、何度も発破をかけてくれた手のひら。胸の中に懐かしさと愛おしさが溢れだし、同時に、身体の奥底で眠っている闘争心にゆっくりと火が点いていく。
「靖友、ゴール前で見ててくれよな。今日は誰にも負ける気がしねぇ」
「おう。って、今は『お前のためにゴール獲るぜ』とかバシッと言うとこなんじゃねーのォ?」
「そんなの言わなくても獲るに決まってるだろ? だいぶ不純だけど、今日だけは靖友のために走る気でいるぜオレは」
「……おいおい、今日はずいぶんノッてくんじゃねーか。ちょっとからかってやっただけだってのに本気にすんなヨ。いいか新開、てめェのために走れ! いいな!」
 睨みつける割りに目の奥は優しい。荒北はもう一度新開の背中を叩いて「ケガすんなヨ」とニッと笑った。
「あと、今日オメーんちに泊めてくれっとスゲー助かるんだけど」
「ん? もちろんそうするつもりだったよ。明日も休みなんだろ? 明日はオレもオフ日だし、今日は逃がすつもりなんてないからな。会えなかった時間も、これから会えなくなる時間も、どっちの分も埋めておかねぇと」
 今度は新開がからかうつもりで言ってみる。また睨まれるかと思ったが、予想に反して荒北は睨みも貶しもしなかった。意地の悪い笑みを浮かべながら、
「ハッ! 上等じゃねーか。久しぶりに天国見せてやっから、そっちこそ覚悟しとけ。ただし、宣言通りに優勝したらな」
と背中から腰へ手を動かしていく。唇から覗く犬歯と、撫で落ちていく手がいやらしい。
 

 暑さが残る9月の土曜。表彰台のてっぺんから彼の姿を目で探す。
 頭上に広がる空はどこまでも青く、荒北がいる景色は特別に輝いて見えた。
 

***END***

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