【新荒】唇

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10/12のワンライのお題『唇』。高校3年の新荒です。(新→荒)
・「なぁ新開。オレ、今どんな顔してる?」荒北さんからの急な質問に戸惑う新開さんの話。この話が前回アップした『体格差』に続きます。

 
『荒北ってさぁ新開くんといるときだけなんか顔が違うよね?』
 

*
「なぁ新開。オレ、今どんな顔してる?」
「なんだいそれ。心理テストか何か?」
「いや、マジな話だ。おい、ちょっとこっち見ろヨ」
「見ろって言われてもなあ。おめさんのために急いで日誌書いてるんだけど?」
「いいから見ろって」
 手を止めて顔を上げると、景色を眺めていたはずの靖友が予想外に真剣な顔でこっちを見ていた。
「今のオレ、どんな顔だ?」
「顔? どんなって……普通? だと思うけど」
「普通だァ? 普通ってなんダヨ。もっと具体的に言え」
「具体的にって言われてもなぁ。いつも通りってことだけど……おめさんの顔がどうかしたのか?」
 突然の質問は意図が見えず、どう答えたらいいのかわからない。
「どうかしたかって、んなもんオレだって知らねーヨ。わかんねーから訊いてンだろーが」
 おまけに軽い逆ギレときた。待たせちまってるから、もしかして怒ってるんだろうか。
「待たせてわるいな。もうちょっとで終わるからさ……でも、先に行ってていいんだぜ?」
「……もうちょいで終わンだろ? ならこのまま待ってっから、さっさと書けヨ」
「え、ああ、うん。わかった」
 怒ってるわけじゃなさそうだけど、これはちょっとわけがわからない。ただ、オレの返事は期待はずれだったのか靖友はふいっと視線を外して、窓の外を眺める作業に戻ってしまった。
 掃除を終えた放課後の教室は、夏が過ぎた頃から居残りする生徒が少なくなった。多くは受験対策で塾に通い始め、それ以外は図書室や自習室にこもっている。オレたちもこの後、自習室で勉強をする予定だった。
「靖友、そろそろ志望校決めた?」
 問いかけても返事が返ってこない。ノートにペンを走らせながらチラッと目線をあげると、靖友は外を見たまま「まだ」とだけ呟いた。
 前の席に腰を下ろし、椅子の背もたれに頬杖をついている靖友。彼の横顔にもオレンジ色の西日があたり始めている。

『なぁ新開。オレ、今どんな顔してる?』

(顔か……。どんなって言われてもなあ)
 改めて靖友の顔を眺めてみる。特に変わったところはないし、髪型や服装が違うわけでもない。本当にいつも通りの顔としか言いようがない。
(何が正解だったんだ?)
 オレが首を傾げたタイミングで偶然にも靖友が目だけを動かす。ふたりの視線がバッチリ合った瞬間に「てめェ、手ぇ止めてんじゃねーよ。さっさと書け」なんてすごまれて、これ見よがしに舌打ちされた。
「……見ろって言ったり、書けって言ったり、おめさんは理不尽だなあ」
「うっせ。こっちはわざわざ待ってやってんだぞ」
「待ってやって、か……なあ、ほんとに先に行ってていいんだぜ? あ、それともおめさんもしかして……」
「あ? なんだよ」
「いやあ、そんなにオレと一緒にいたかったのか。悪かったね気がつかなくて」
「ハァ!? なっ、バカ言ってんな、バカ! んなわけあるか!」
 冗談のつもりだったのに2回もバカって言われちまった。それに、そんなに全力で否定しなくてもいいじゃないか。
「……はいはい、わかったよ。ほんとにあとちょっとで終わるから、もう邪魔しないでくれよな」
「おい、『ハイは1回』だろ。福ちゃんがいっつも言ってんだろーが」
「それは靖友に、だな」
「……うっせーなァ。口答えする暇あンならさっさと手ェ動かせ」
 なんて横暴なんだろう。
 返事代わりにため息で応え、再びペンを動かして黙々と日誌を埋めていく。ふたり揃って無言になってしまったが、苦じゃないのは相手が靖友だからだ。廊下を行き交う人の声や、外から聞こえてくる部活動の掛け声もなんとなく心地がいい。
「お。……手ェ繋いでやがる」
 声の大きさからして、靖友はひとりごとのつもりだったのかもしれない。話しかけられたかと思って顔を上げると、靖友はまっすぐにどこかを見ていた。
 その横顔にハッとして手が止まる。いろんな感情がごちゃまぜになったような複雑な表情は、いつかの外周で見たことがあった。小田原市内にある高校のグラウンド横を走ったとき、部活中の野球部を見ながら靖友はこんな顔をしていた。
(何を見てるんだ?)
 視線の先を追いかけてみると、正門に向かって歩いているカップルがいた。繋いだ手をぶらぶら揺らして、歩きながら遊んでいるらしい。
「おめさんもあんなふうにしたいタイプ?」
 思わずこっちが驚いちまうくらい、靖友が勢いよくオレを見た。目を丸くし、眉を吊り上げ、オレの視界の中で黒髪から覗く耳だけが赤く染まっていく。
「急に喋りかけンじゃねーヨ! ビビったろーが!」
「え、カップル見てたんだろ? 違った?」
「……見てたけどよォ」
「いいよなあ、手ぇ繋ぐの。そういや靖友とこういった話はしたことなかったけど、おめさんって経験あんの?」
「なっ、え!? け、経験!?」
「いや、だからあんな感じで手ぇ繋いだことあるのかって」
「……ハァ……急にナニ訊いてくんのかと思ったじゃねーか。手ェ? あると思うかァ?」
「なんだ。そうか」
「あぁ? なんだそのにやけヅラはァ。どーせなんの経験もねーよ。ワリィか」
「まさか。よかったなって思っただけだ」
「あぁ? なんもよかねーんですけどォ。つーか、さっさと日誌書いてくんナイ?」
「ん? 日誌ならもう終わってるぜ?」
「はぁ!? お前、それを早く言えっつーの! んじゃーもう行くぞ」
 ガタガタと扱いの悪い音を立てて靖友が立ち上がる。肩にカバンをかけると、後ろも振り向かずにさっさと教室を出て行ってしまった。
「靖友」
「あ? 何?」
 慌てて追いかけ、半歩先を行く靖友に「ほら」と言って手を伸ばしてみる。
「あぁ? なんの手だ?」
「いいぜ、繋いでも」
「なっ……! バカかてめェは」
「照れなくてもいいんだぜ? ほら、今は誰もいないし。誰かに見つかっても引率だってごまかすからさ」
「引率ゥ? ざっけんな、ムカついた。ぜってー繋いでやんねェ」
「ん? ってことは少しはその気でいてくれたのか。嬉しいよ」
「うっせーな! そんなんじゃねーから! バカ! ボケナス! にやけ野郎!」
 靖友はジロッと睨みを効かせてから視線を外し、さっきよりも早い歩調でどんどん先に行ってしまう。
 辛辣な言葉をぶつけてくる靖友も、同じ唇で誰かに「好きだ」って言うんだろうか。それとも、もう言ったことがあるんだろうか。過去になかったとしても、いつかは言うときがくるのかもしれない。きっと……オレの知らないところで。
「……靖友」
「あー? おい、何突っ立ってんだ。おいてくぞ。で、何ィ?」
「あのさ…………いや、なんでもない。なんか腹が減ったなあ」
「いつものパワーバーはどうしたァ?」
「切らしちまってるんだ」
「あっそ。そんじゃ麺楽でも行くか? 勉強前に腹ごしらえしようぜ」
 さっきまで睨んでたくせに。ニッと笑う顔は無邪気なものだ。
 こう見えて靖友は案外素直だから、考えていることが顔に出やすい。コロコロ変わる表情は見ていて飽きないし、面白いやつだなって出会った頃から思ってる。口が悪いところも、誤解されやすい性格も、実は人一倍真面目なところも、急に見せてくる優しさも、荒北靖友という人物を構成するそのすべてに強く惹かれてたまらない。
 
 なあ、靖友。
 好きだって言ったら……おめさんどうする?
 

***END***

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