【新荒】そして新荒になる①

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高校3年のつき合っていない新荒です。
あることをきっかけにして世界線を移動してしまう新開さん。たくさんの荒北さんに出会うことで自分の気持ちを自覚していく話。

《注意》
・登場する荒北さんの性格や新開さんとの関係性がそれぞれ違います。①に登場する荒北さんは元の世界線の荒北さんと、同級生で泣き虫な荒北さんです。更新ごとに明記しておきますので、判断して読んでください。※4話くらいで完結予定。

 
1.
「今週の12位はかに座のアナタ! 大変な一週間になりそうです。困ったときは目印になるものを見つけましょう。そうすれば最終的には解決するかも? って、なにこれ。変なの」
「わけわかんないね。あ、あたし2位だー。恋愛運ばっちりだって♡」
 かに座の単語に反応して顔を上げると、前の席に集まっていた女子たちと目が合った。
「あ、ごめんね。読書の邪魔しちゃった?」
「いや、大丈夫。なあ、今のって占い?」
「うん。新開くんも興味あるの? 占い好き?」
「うーん、あまり気にしたことはないんだけど、ずいぶん漠然としてるなあと思ってさ」
「そういえば新開くんってかに座だったよね。今週は大変らしいから気をつけてね」
「ああ。ありがとう」
 昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、新開は手元の文庫本を閉じて机の中にしまった。騒がしかった教室が次第に静かになっていく。
(大変ねえ……)
 何をどう気をつければいいと言うのだろうか。まったくわからないまま、月曜の午後は過ぎていった。

*
「なあ泉田、占いってどう思う?」
 放課後になって昼の出来事を思い出した新開は、右隣りのローラー台でペダルを回している泉田に問いかけてみた。
「占い、ですか? 珍しいですね。新開さんは占いに興味がおありなんですか?」
「いや、クラスの女子に教えてもらってさ。今週のオレ、つまりかに座なんだけど、今週のかに座は大変らしいんだ。でも、何をもってして大変って言うのかがわからなくてね。おめさんはどう思う?」
「ええと、そうですね……よくわかりませんが、新開さんが大変だと感じたらそうなんじゃないでしょうか」
「そうか、オレ次第ってわけか」
「はい!」
 なるほどと腑に落ちたところで、左隣りでペダルを回していた荒北が明らかに馬鹿にした声で笑った。
「オメー、占いなんて信じてンのかよ」
「靖友は信じてないのか?」
「ったりめーだ。気にしたこともねーナ」
「へえ、そうなんだ。まあ、おめさんが占い好きっていうのも違和感あるか」
「あぁ? っんだと? って、まぁいい。おい新開、同じ星座のヤツなんかこの世にどんだけいると思ってんだ。占いなんてただの確率論だろ。ふわっとさせときゃ誰にだって当てはまる」
「そう言われちまうと確かにそうだな」
「つーか、占いって女子かてめェは。練習中に余計なこと考えてンじゃねーよ」
「いやあ、ローラー回してるときって意外と暇だからな」
「暇って――まぁ、暇っちゃー暇か」
「だろ? 靖友は? 何も考えない?」
「オレ? オレは…………べつに。いいから黙って回してろ」
 妙に空いた間が気になったがタイマーが鳴ると同時に荒北はローラー台を降りてしまい、その後はチームに分かれての外周練が始まったので、結局会話はそこで終わった。
 部内のトーナメント戦が近いせいか、ピリピリした心地いい緊張感が部員たちの間に満ちている。時に力が入りすぎて無茶な走りをする部員もいたが、そういった場合は3年生が隊列の先頭に出て全体のスピードをコントロールした。
 しかし、その日は雨上がりということもあって、坂を下るスピードがいつも以上に速くなっていた。慎重に走ってはいるものの濡れたアスファルトでタイヤが滑る。余計な加速がつく上に興奮状態がハンドル操作を鈍らせ、急な右カーブで下級生のひとりがハンドルを切り損ねた。慌ててかけたブレーキが後続にも影響し、数名を巻き込んだ転倒事故に発展してしまった。巻き込まれた中に荒北もいたらしく、医務室から戻ってきた彼の左腕には肘から手首にかけて白い包帯が巻かれていた。
「派手に転んだな。靖友、大丈夫か?」
「包帯なんか大袈裟なんだっつーの。ちょっと範囲が広いだけで、ただの擦り傷だ。ほっといてもそのうち治る」
「他は? 頭打ったり肩打ったりしてないか? もし明日になってどこか腫れていたら――
「なんもねェって。オメーは心配しすぎなんだよ」
「そうかな? まあ、何か困ったことがあれば遠慮せずに言ってくれよ」
「おー。わーった。あ、そんじゃー早速でワリィんだけど、数学のプリントやってくれよ。お前、数学得意だろ」
「そういうのは自分でな」
「っだよ、ケチ!」
 荒北とは別のコースを走っていたので、落車がどの程度だったのか新開は見ていない。話を聞いたときは最悪な事態も頭に浮かんだが、幸いなことに転倒した部員たちは全員が軽い怪我で済んでいた。
 
(念のために明日はコースを変えるよう寿一に提案してみるか……って、寿一のことだからもう考えてるだろうけど)
 寝返りを打って目を閉じると荒北の包帯が浮かんでくる。心配しすぎだと言われても、心配なのだから仕方がない。
「痛くても隠すようなヤツだからな、靖友は……」
 同じチームでようやく一緒に走れるかもしれない。それが新開には楽しみで、待ち遠しくてたまらなかった。
 

2.
「し……い、……かい……おい、新開!」
「えっ」
 ハッと気がつけば視界がグラグラと揺れている。
 何事かと驚いて声がした方向に顔を向けると、隣りに座っている荒北が新開の左肩を掴んで揺すっていた。思った以上に近い場所に顔があり、驚いて「わっ」と声を上げると、ワンテンポ遅れて荒北も「わっ」と飛びのく。
「っんだよ急に! ビビらせんじゃねーよ!」
「それはこっちのセリフだ。って……ここって学校の中庭……だよな? いつからここにいるんだ? オレ、まだ寝てたはずなんだけど。これってオレが見てる夢なのか?」
「はぁ? なーに寝ぼけたこと言ってんだ。あ、さてはてめェ反省してるフリして実は寝てやがったな!? イイ子チャンで反省してンのかと思ったのによォ……オメーなぁ、ひとが説教してる最中に寝るなんて大した度胸じゃねーか! ムカついたぜ……許してやろうかと思ったのに……決めた! てめェが土下座するまでオレはぜってー許さねぇからな!」
「え、土下座? って、なんでおめさんは怒ってんだ?」
「はぁ!? なんでって……オメー、マジで言ってんのかよ!? 呆れた。おい、やっぱ一発殴らせろ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれよ靖友! 落ち着けって、な?」
 高く振りかぶった荒北の右手を掴む。彼の宣言は本物だったようで中途半端な力では押さえが効かない。
「新開離せ! 離せって!」
「いやいや、とりあえず拳は下ろそうぜ。な?」
「うっせー! 誰のせいだ!」
「オレなのかもしんねぇけど、今はちゃんと説明してくれよ」
「説明だぁ!? マジで……オメーが一番わかってんだろーが!」
 新開の手の中で荒北の腕が小刻みに震え始めた。次第に力が抜けていき、抵抗がなくなってだらんと垂れる。同時に荒北の顔が歪み、眉間にシワが寄ったかと思えば音もなくポロポロと涙をあふれさせ始めた。
「え、え!? 靖友? どうした? もしかして腕痛かったか?」
「ちげーよ……お前はなんで……いっつもオレばっか……」
「なあ、おめさんなんで泣いてんだ?」
 呆気にとられている新開の胸倉を荒北が思い切り掴む。
「なんでってオメーが好きだからに決まってンだろ!? てめェは誰のもんだ!? オレんじゃねーのかよ! なんでオレじゃねェヤツと一緒に飯食う約束してんだ!? あァ!?」
「えっと……飯?」
「クラスがちげぇから昼飯は絶対一緒に食おうなって最初に決めたじゃねーか! なのに昨日だってさっさと食堂行っちまうし、今日も購買行くの待ってたのに置いてくし、朝だって先に寮出ちまうし」
「落ち着けって靖友、な?」
「うるせー! 3ヶ月目だからってもうオレに飽きちまったのかよ!? 最近やけに冷てェし、そっけねぇし、あ……まさかお前……オレなんかよりもやっぱオンナのがいいとか思ってんじゃねーだろーな? こないだ告られたとか言ってたよなぁ!?」
「告られたって……そんなの言ったかなあ?」
「ぜってーそうだ、そうに違いねェ」
「ええと……訊きたいことがありすぎて頭ん中が追いつかないな」
「おい新開!」
 ネクタイごと無理やり引っ張られて首元が締まった。涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔が目前に迫ってくる。
「おまえ……もうオレのこと好きじゃねーの? なァ、なんとか言えよ!」
「……いやあ、なんとかって言われてもなあ」
「ッ! やっぱり……なんも言えねェってことはアタリなんだろ!?」
「そうじゃない、誤解だから――ってコレって誤解って言うのか?」
「ひでェ……言い訳もしねぇってのかよ」
「ええと、だからそうじゃなくて」
「オレはヤダからナ! ぜってー別れねェからァ! 意地でも別れねェ!」
 荒北は握っていたシャツを離すと、今度は首元に腕を巻きつけるようにして勢いよく抱きついてきた。制服を5本指で握りしめられ、引っ張られたブレザーが背中にずれていく。耳元で声を上げて泣く荒北も、彼が何を言っているのかもわからない。
「なんとか言えよォ、新開」
 何か言ってやりたいとは思うのだが、状況すら把握ができていないというのに、一体何を言えばいいのだろう。
「バカ、バカしんかい」
「うん、なんかごめんな」
「なんかってなんだよ、ボケナスぅ」
「ごめん。泣くなよ」
「どうせオレばっか好きなんだろ!? いっつもいっつもオレばっか!」
「いやあ、うん、ええと……」
「今は嘘でも好きって言うとこだろ!? いや、嘘で言ったらぶっ飛ばしてやる!」
 なんとか泣きやませようと思っても上手い言葉が出てこない。とりあえず普段の荒北とはまったくの別人すぎて、より一層頭の中が混乱していた。そのせいか、ついうっかり「おめさんらしくないぞ」なんて言葉がこぼれてしまった。
「らしくねェだァ!? んなわけあるか! 誰かと間違えてンじゃねーだろーな! 前は泣くのもカワイイって言ってたのによォ」
「か、かわいい!? って、オレが!? おめさんに!?」
 予期せぬとはいえ、確実に失言だったらしい。今の今まで泣きじゃくっていたとは思えない低音で、荒北が「てめェ、やっぱいっぺん殴らせろ」と呟いた。
「暴力反対!」
「うっせー! ボケナス! にやけ野郎! てめェなんかいつかオレからフってやる!」
 荒北は新開の耳元で一気にまくし立てると、さらに声を上げて泣き出した。怒っているはずなのに必死にしがみついて泣きじゃくる。そんな荒北の背中をさすってなだめながら、新開は途方に暮れて空を仰いだ。
(わけがわかんねぇ……)
 はぁ、と長いため息をついて目を閉じる。その瞬間にしまったと気づいたが、荒北の暴言が飛んでくる前にフッと意識が遠のいた。
 

***つづく***

-ペダル:新荒
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