【新荒】くちの中で溶けるチョコ

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・高校3年、受験シーズン中の新荒です。
・チョコレートとキスの話。うす~いバレンタインネタです。

 
 2月13日の登校日、荒北のクラスでは一日早いチョコレート配りが行われていた。
「はーい、今から男子に義理チョコ配りまーす。女子一同からでーす。言っとくけど、ただの義理チョコじゃないからねー。義理しかないチョコだから!」
 クラス委員の合図をきっかけに数名の女子生徒が立ち上がる。コンビニ袋を片手に持って、中から取り出したチョコレートを男子に配り始めた。
「はい、荒北の」
「あ? チョコ食わねーんだけど」 
「知ってるよ。でもひとり1個はノルマなの。それに荒北の場合は私たちの“あわよくば”も込められてるんだからね。アンタには絶っ対に受け取ってもらうから」
「あわよくば? なんだそれ」
「もしかしたら東堂くんや新開くんが食べるかもっていう期待よ。あのふたりのどっちでもいいから『オレと試してみる?』って言われたーい♡」
「はぁ? っんだよそれ」
「え、知らないの? 今めちゃくちゃCMしてるのに?」
「知らねーよ。あんまテレビ見ねーし」
「さすがに荒北でも俳優の〇〇君は知ってるでしょ? チョコを渡された〇〇君が『オレと試してみる?』って彼女を押し倒してキスするんだけどさぁ、もうね、めっちゃくちゃカッコイイの!」
「……へー。つーか、このチョコで何を試すっつーんだよ」
「あんたってほんとに何も知らないんだね。まぁ彼女もいないし、試す相手がいないんじゃ興味もないだろうから無理もないか。このチョコって口の中に入れないと溶けないの。だから――
 

*
 夕飯後、約束していた時間よりも少しだけ早く新開が部屋を訪ねてきた。持ってきたものを荒北に差し出しながら、ベッドに腰かけて足を組む。
「頼まれてた数学のノートだ」
「おー。ワリィな」
「洋南は2月末だっけ? 最後の追い込み、いや、おめさんの場合は悪あがきってとこか」
「うっせ。まぁ、いざとなったら野生の勘でどうにかなんだろ」
 荒北がニヤリと笑うと、「勘はさすがにまずいだろ」と言いながら新開も目を細めた。だが、すぐに新開の視線が微妙に逸れる。彼は意外だと言いたげな表情をして何かを見ていた。
「チョコレートなんて珍しいな。自分で買ったの?」
 新開は机上にあった黄色のパッケージを見ていたらしい。
「ちげェよ。今日クラスで配られたんだ。女子一同からの義理しかねェチョコだとよ」
「ああそうか。明日はバレンタインだからな」
「持ってても食わねェからオメーにやるよ。今流行ってるらしいぜ?」
「え、いいのか? おめさんが貰ったんだろ?」
「……オレを通じてオメーと東堂に食われてェンだと」
「ん? 尽八とオレに?」
 はてなマークまみれの新開に無理やりチョコレートを押しつけると、新開は首を傾げながらも素直に受け取った。さっそくパッケージを開封して一気に数粒を口の中に放りこむ。「うん、うまいな」と呟く彼の声に乗ってチョコレートの匂いが荒北の鼻先に届いた。
「靖友」
「あ?」
「『オレと、試してみる?』」
 新しく取り出したチョコレートを唇で咥え、新開が顔を近づける。

『このチョコって口の中に入れないと溶けないの。だから、キスして確かめてみようかって誘えるわけ』

「なっ……!? それ知ってんのかよ!?」
 コクッと頷いた新開が無言で荒北を見つめ続ける。キスを待たれているのは明らかだったが、荒北の中のアマノジャクが邪魔をして素直に受け取れない。「試さねーよ!」と言って目の前の唇を手のひらで押し返すと、諦めたらしい新開は唇に挟んだチョコレートを口の中に吸いこんで「残念」と薄く笑った。
「残念じゃねーんだヨ。こっちは追い込みで忙しいンだ。てめェと遊んでる暇なんかねェんだぞ」
「遊んでるわけじゃない。息抜きも必要だろ?」
 新開が荒北の腿を撫でる。意図的に膝裏を撫でられて、咄嗟に身を硬くした荒北は新開をジロリと睨んだ。
「……余計なことすんじゃねーよ。息抜きじゃ済まなくなるからやめろって言ってンだ。受験終わるまではヤんねぇって約束だろ」
「そうだけどさ、ヤらなきゃいいんじゃないか? キスくらいはいいだろ?」 
「だからァ、それだけじゃ我慢できなくなるって言ってンの! しつけェぞ!」
「ヒュウ! おめさんそれって誘ってるようなもんだぜ? それに、一旦スッキリさせたほうが集中力が増すって説もあるし」
「はぁ? どこの誰が唱えた説だよ」
「ん? オレだけど」
「……オメーかよ。つーか新開、ぜってー持ちネタにすんじゃねーぞ。他でやろうとか思うなよ」
「持ちネタって?」
「……試すとかどうのってヤツだ。オメーがやるとシャレになんねーからァ」
「ああ、『オレと試してみる?』」
「だからァ、ネタにすんなって言ってンだろ!?」
「ネタじゃない。靖友に訊いてるんだ。なあ、オレと試してみようぜ?」
 まだ諦めていなかったらしい新開が、チョコを食べていないのにキスしようとして顔を寄せる。
「てめェ、チョコはどうしたチョコはァ? 関係なくなってンじゃねーか!」
「強情だなぁ。それじゃあもう部屋に戻るよ。ここに居てもオレは邪魔みたいだからな」
「……べつに邪魔だなんて言ってねーだろ」
「そう? まあいいいや。また明日な」
 立ち上がって背中を向けようとした新開がピタッと止まった。荒北を見下ろしたまま、静かな声で「靖友」と名前を呼ぶ。
「あ?」
「足。踏んでる」
「だな」
 新開の右足を荒北の左足が踏んでいる。もちろんわざとだった。
「靖友」
「……今度はなんだヨ」
「手も離してくれるかい? 裾が伸びちまう」
「……」
 何も応えない荒北を尻目に、新開が指を剥がそうとしてトレーナーを引っ張り返す。すると、荒北は裾を掴んでいる指を2本から5本に増やした。
「ん? 何?」
「……1回だけならァ」
「まったく……素直に言えばいいのに」
 呆れ顔の新開が持っていたチョコレートを一粒咥えた。荒北の肩に片手を乗せて、身体を屈めながら顔を近づけてくる。
 顔が近づくにつれて肩に乗った手が重くなる。新開が目を閉じたのを見届けてから荒北も顔をわずかに上げた。鼻先に呼吸が触れると同時にふたりの唇が重なって、先に唇を開いた新開が荒北の唇をこじ開けようとして舌先でつついてくる。慌てて口を開くとチョコレートが新開の舌ごと侵入してきた。
「うっ……ん、んんっ!?」
 耐え切れずにゴクッと唾を飲んでしまった。その拍子にチョコレートも飲みこんでしまい、飴を誤って飲んだときの痛みと違和感が喉を流れていく。
「うぇっ……おい、急に押してくんじゃねーよ! 粒のまんま飲んじまったじゃねーか」
「それじゃ意味ないだろ? ちゃんと舐めててくれないと」
「あぁ? 誰のせいだ!?」
 袋の中から取り出した赤い粒を新開が再び口の中に入れる。キスで荒北の文句を封じると、今度は慎重に口移ししてきた。受け取ったチョコレートの表面はすでに溶け始めていて、荒北は口の中で滑るチョコレートを新開との繋ぎ目にくるよう唇で挟んだ。挟まれたチョコレートがふたりの唇の間でじわじわと崩れていく。
 普段とは違った状況が荒北をひどく興奮させていた。カカオの濃い甘い匂いも相まって、久しぶりのキスの気持ちよさが頭も身体もクラクラさせる。
 チョコレートが完全に溶けてしまう前に新開が舌を伸ばした。厚い舌に攫われたチョコレートが荒北の口内にすりつけられ、最後は甘い唾液となってふたりの喉元を降りていった。
「はぁ……溶けたな」
「……だなァ」
 ふたりの乱れた呼吸がチョコの匂いにまみれていた。それが消えないうちにどちらともなく顔を寄せてキスを繰り返す。次に唇が離れたときにはチョコレートの味も匂いもきれいさっぱり消えていた。
「……ハァ……めちゃくちゃヤリてェ」
「そうだな……でも、我慢するんだろ?」
「……わーってる。クソッ、生殺しだ。ヤんなるぜ」
「じゃあ、このまま一緒にヌク?」
「ダメだ。今ヌイたら覚えたもんも全部ぶっ飛んじまう気がする」
「そうか。そいつは大変だな」
 入試が終わるまでの日数を頭の中で数えてみる。その日数はつまり箱根学園からの卒業を、新開との別離を意味することにもなる。いつの間にか数え切れてしまうだけの時間しか残されていない。
「靖友は洋南受かったらひとり暮らしするんだろ?」
「え? あー、たぶんな」
「家が決まったら真っ先にオレに教えてくれよな。サプライズで遊びに行くよ」
「はぁ? サプライズゥ? 突然来んのとか勘弁しろよ。スゲー迷惑なんだけど」
「いいじゃないか。オレは彼氏なんだからさ、押しかける権利はあるだろ?」
「お前……」
 
(別れるんじゃねーの?)

 言いかけた言葉を飲みこんでこらえる。卒業したら終わってしまうのだと、いつからかそう思いこんでいた。何がきっかけで、なぜそう思ったのかもわからない。ただ漠然と『卒業したら終わり』なんだと思っていた。
「ハッ! ……マジかよ」
「ん?」
「いや……なんか受かりそうな気ィしてきたぜ」
「おっ。その調子だぜ、靖友! 病は気からって言うし、何に対しても思いこみが重要だからな」
「……またオメーの持論じゃねーだろーなァ?」
「もちろん」
 片目でウインクしてみせる新開をぎゅっと強く抱きしめる。
「わっ、どうしたんだ?」
「うるせー。黙ってろ」
 驚いた新開が身体をよじっても離さない。受験への高揚感と未来への期待が、珍しく荒北を甘えたい気分にさせていた。
「ずいぶん甘えん坊じゃないか。チョコの甘さに中てられちまった? なんてな」
 小さな子供をあやすように新開も荒北の頭を撫で始める。
「……だったらどうだってんだ?」
「ん? こんなに甘えてくれるんなら、もっともっと食べさせてぇかなって」
「お断りだ。……でも、たまになら食ってもいいぜ」
「ハハ、そうかい。靖友、お互い受験がんばろうな」
「おう」
 言葉だけでなく、頭を撫でる手も優しく荒北を鼓舞している。新開が泊まりにくるならどのぐらいの間取りがいいのかと、ひとり暮らしの家を頭の中に思い浮かべながら荒北はしばしの息抜きを噛み締めた。
 

***END***

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