【新荒】戻らない。

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『戻れない。』の続きです。2軒目の後に荒北さんの家へ行き、ふたりが初めてセックスする話。【R-18】

《注意》
・荒北さんによる『見せつけ・オモチャソロプレイ』有り。
・2軒目に行く前から荒北さんはとっくに“その気”になっていて、新開さんの一挙手一投足にドキドキうずうずしてたまらなくなってるんだって、頭の片隅に置きながら読んでいただけると嬉しいです。

 
 2軒目の店で乾杯したときから、暗さに紛れた無言の前戯が始まっていた。
 店内は間接照明仕様で薄暗く、各テーブルは長いすだれで仕切られていて他客の視線が届かない。座卓の下では新開の右膝と荒北の左膝が触れっぱなしになっていて、ごくたまに荒北の手があぐらをかいて座る新開の腿に乗り、新開も畳に手をつくふりをして荒北の身体に寄り添った。
 荒北が腿に触れること数回目 。彼が手を乗せたところを狙って新開は自分の手を重ねてみた。突然の出来事に驚いて荒北の肩がビクッと跳ねたが、咎める視線に険はない。新開が自分の唇に指をあてて「しー」っとウインクすると荒北は舌打ちしただけで目を逸らした。嫌がっている素振りはなく、機嫌を損ねたようにも見えない。なによりも、手を振りほどかれないことが新開を調子に乗せた。
 ゴツゴツした手の甲を優しく撫でる。手の大きさは荒北も新開もそれほど変わらないが、指の長さは荒北が、指の太さは新開がそれぞれ少しだけ勝っている。イタズラ心で手の甲にハートマークを描いてみると腿に乗る荒北の手がこわばった。さすがに手を払われてしまうかと思ったが、そうでもない。
「……くすぐってーんだヨ」
 目線も合わさずにそれだけ呟いて、今度は荒北が新開の手を上から押さえた。遠慮がちに触れてくる手のひらはアルコールで火照って熱い。そのまま荒北に任せるつもりでいたが彼は手を掴んだきりで何もしない。だんだんと焦れてきた新開は一旦荒北の手を離すと、数年来の恋人にするように指を絡めて手を繋ぎ直した。くっついた手のひらは汗で湿っていて、それを気にしたらしい荒北が手を離そうとして身じろぐ。
「……汗かいてっから」
「大丈夫。オレも同じだ」
 離されまいとしてあえて指先に力をこめる。親指で手の甲をこすってやると、ビールを飲もうとしていた荒北がジョッキに口をつけた状態で固まった。
「どうした靖友?」
「……オメーなぁ」
「ん?」
「くすぐってーからやめろって」
「やめる? 何を?」
 素知らぬふりで甲を撫でつづけ、友人たちの目を盗んで「指、思い出さないか?」と耳打ちしてみる。しかし荒北はそれを無視してジョッキの中身を勢いよく飲み干した。
「オレェ、便所」
 ジョッキを置いた荒北が新開の手を雑に払って立ち上がった。席を離れる間際に投げられた意味深な視線。『ついて来い』と言われたような気がして、新開も時間をおいてから「オレもトイレ」と席を外した。
 男子トイレの扉を開けると、2つある個室の手前で荒北が腕組みして立っていた。
「おせーぞ」
「よかった。あってたか」
「……なんもよかねーんだヨ」
 苦い顔で舌打ちした荒北が新開の胸ぐらを掴んだ。そのまま個室に連れこまれ、慌ただしく施錠を済ませた荒北がドアを背にして詰め寄ってくる。
「てめェ、一体なんのつもりだ」
 潜めた声の中に苛立ちが滲んでいる。
「なんのって?」
「急に手ェ握ってきたり、思い出さねぇかとか言ったりよォ。アイツらにバレちまったらどうする気だ!?」
 手を握ったのはお互い様なのに、意外なことを言うもんだと思った。
「バレる? それって靖友がヤリたくてたまんねぇって顔してたことかい? それとも、おめさんが勃起してること? 勘がいいヤツなら気づいたかもな。金城くんは勘がいい? 待宮くんはどうだ?」
「ふっ……ざけんな!」
「ふざけてなんかない。だって、ほら」
 新開はわずかに身体を屈めて荒北のデニムに手を伸ばした。指先が硬くなりつつある性器に触れる。
「これは? 楽しんでた証拠だろ。なあ、高校んときのアレを思い出してくれた?」
「なっ、ちげェよ」
「それじゃあ今日見せてくれるAVの内容かい? 尻をどうにかするんだっけ?」
 新開がわざとらしく尻を撫でると荒北の表情が一変した。目を見開いたかと思えば露骨に視線を逸らして、「ん、んなわけねーだろ」と口をもごつかせる。どうやら図星だったらしく、荒北のバレバレすぎる言動は新開をさらに調子に乗せるには充分だった。
「大丈夫。オレもだ」
 胸ぐらを掴む荒北の手を引き剥がして自分の下半身に導く。無理やり触れさせた股間は荒北と同じくらいになっている。
「……勃ってんじゃねーか」
「ああ。皆がいるのにって思うと興奮するからな」
「うわ、マジかよ……趣味悪すぎンだろ」
「そっちもな」
 荒北を抱き寄せて彼の下半身に自分のそれを押しつける。数回すりつけてから身体を離すと、意外にも荒北は名残惜しそうな表情を見せた。
「靖友……だから、ここでそんな顔するなよ」
「あぁ? 顔?」
「……そろそろ戻らねぇと怪しまれるだろうから、店じゃやめとくつもりだったのに」
 腰に手を添えたまま顔をわずかに傾ける。何をされるのか察したらしい荒北も新開に顔を寄せて目を伏せた。
 数年ぶりに唇が重なる。
 新開が口を開けるより先に荒北が舌先を伸ばしてきた。新開の唇を舐めてせっつき、それでも応えずにいると今度は下唇を噛んでくる。積極的に腰をすりつけてくるのは意識しての行動か、それとも無意識なのか。酔いの勢いやその場の雰囲気も手伝って荒北の下半身に手を伸ばしてしまうところだったが、ここがどこを思い出して、湧いてくる衝動を必死に押さえつけた。
「……おい、いい加減口開けろヨ」
 焦れた表情で荒北が唇を離す。ギラついた挑発的な目は非常に好みだったが、ここで荒北に乗せられてはいけない。
「だめだ。これ以上はさすがにマズい」
「ハッ! 急にイイ子チャンかヨ。つーか酒くせェ」
「それはお互い様だ」
「……おい」
「ん?」
「マズいとか言っといて、なにさらっとひとのケツ揉んでんだ」
「勃っちまう? さっきより硬くなったな」
「……わーってんなら揉むンじゃねーよ」
「わかってるから揉むんじゃないか」
 大袈裟にため息をついて荒北が先に身体を離した。おもむろにベルトを緩めて、「治まんねぇんだけどどうしてくれんだ」とデニムの中に手を入れて陰茎の位置を調整する。
「大丈夫だ。そもそも暗いからバレないよ。それに、ひとのチンコが勃起してるかどうかなんてフツーはまじまじと見ねぇし。それとも……」
「我慢できないなら先に抜ける?」と冗談めかして言ってみる。
「なっ……!?」
 荒北が返事をする前に「荒北、新開、いるのか?」とドアの向こう側で福富の声がした。
(じゅっ……寿一!?)
 思わぬ人物の出現に心臓が痛いほど跳ねる。荒北も同じだったのか、目を丸くして両手で口を押さえていた。
「あ、ああ、いるぜ寿一。どうかした?」
「席を立ったきり戻ってこないから様子を見に来たんだが……ふたりで同じ個室にいるのか?」
 珍しく戸惑っている声が心に刺さる。返答に困って荒北を見たが、彼は首を左右に振って『お前がどうにかしろ』と目で訴えてきた。
「あー……靖友がベロベロに酔っちまったみたいで、さっきから吐きそうなんだけどなかなか吐けないんだ。まったく参るよなあ。ちょ、調子に乗って飲んじまうからこうなるんだぞ。靖友、わかってるか?」
 ムッとした顔で荒北が新開の脛を軽く蹴る。
「いっ……!」
「む? どうした?」
「いや……ええと、無理やり吐かせようとして口の中に指つっこんだら噛まれちまった。なあ寿一、先に戻って靖友用に水を頼んでおいてくれないか? もう少ししたらオレたちも戻るからさ」
「それは構わんが、無理な吐き戻しは賛成しかねる。胃酸のせいで食道に負担がかかるからな」
「え? ああ、わかった。もう無茶はしない」
「ではオレは先に戻る。水を多めに頼んでおこう」
「助かるよ。ありがとな、寿一」
 福富が去っていくと同時に新開と荒北は顔を見合わせ、ホッとして長い息を吐いた。
「はぁ……マジでビビったァ」
「だな」
「まあ、一気に萎えたからちょうどよかったぜ。にしてもオメーなぁ勝手にヒトを泥酔させてんじゃねーよ。ぜってーオレのほうが酒強ぇだろ」
「いやあ咄嗟にでちまってさ。ってことで、ちょっとだけ演技してくれるかい?」
「……はぁ、ダリィ。金城と待宮にバレてもしらねーからな」
「勃起がバレるよりいいだろ?」
「……うるせー、それはてめェも同じだろ。つーか、さっさといくぞ」
 席に戻ったあとすぐにラストオーダーの時間になり、荒北が演技をするまでもなく飲み会は2軒目で解散となった。金城たち3人とは最寄りの駅で別れ、彼らが駅構内に消えていくのを見届けてから荒北は新開の背中をスッと降りた。
「さー、オレらも帰るか」
 歩き出した歩幅は広く、歩くスピードも新開が知っているよりもずっと速い。信号で足止めされるたびにもどかしそうにうなじをさすったり、ポケットに手をつっこんで舌打ちしたりと忙しなく、彼が浮足立っているのは明らかだった。
(当然だけど靖友も男なんだよな。セックスしてぇとか思ったりするんだ……やっばい……すげえ興奮する)
 荒北がまとう空気につられて新開も無言で足を速める。身体を火照らせる熱を持て余しながら、半歩後ろをついていった。 
 

*
 前を歩く荒北が不意に足を止めた。「どうした?」と声をかけると、彼は首だけ振り向いてすぐ先にある建物を指さす。
「あの2階がオレんちだ」
「へぇ。静かで住みやすそうな場所じゃないか」
 キョロキョロと周囲を見回す新開に、荒北が「いいんだな?」と問いかけた。
「え?」
「マジでいいんだな?」
 言葉の中に含まれた緊張と興奮が鼓膜を通じて伝わってくる。
(自分が誘ったくせに最終的な判断はオレに委ねるつもりか? ……いや、自分が誘ったからこそ『引き返すなら今だぞ』っていう最後の逃げ道を与えてくれてるのか……相変わらずお人好しだなあ、靖友は。そんなだから、こうやってオレにつけこまれちまうんだぜ?)
 高校3年のあの日、新開は荒北にしか声をかけていない。福富の名前をだせば荒北は絶対に誘いに乗ると思った。ダシに使ったAVの中身はどうでもよかったし、実際のところどんな内容だったかほとんど覚えていない。AVを見る荒北を見てみたいという、単純な動機でしかなかった。
(ただの軽い好奇心だったのに……まさかこうなっちまうとはな……)
 自分と同じタイプの『色気より食い気』な荒北だったからこそ、彼が見せた普段とのギャップが衝撃的だった。
 火照った身体も、我慢しきれずに漏れる声も、恐るおそる握ってくる指先も、噛みつくようなキスも、荒北が見せた痴態のすべては記憶回路に鮮明に焼きついている。

『名前はど忘れして思い出せんが、女に攻められるもんばっかり見よるんじゃ。妙なシリーズもんでのう――

 待宮のなにげない暴露に息が止まるかと思った。

『おい新開……今、オレんちに第8弾がある……見にくるか?』

 荒北のつたない誘いで痛いくらいに心が震えた。
 まだ荒北も引きずっている――。それに気づいたとき、『あの日の彼をもう一度目にしたい』と望んでしまった。
 荒北の家までは残り数メートル。引き返す選択肢など最初から頭にない。
「ひどいなぁ。ここまできてお預けかい?」
「茶化すンじゃねェ。ちゃんと答えろ」
「そっちこそ今さら訊くなよ。たしかに誘われはしたけど、でもオレは自分の意思でここにいるんだ。それとも焦らして挑発してる? オレはきっちり受けて立つぜ?」
 ニッと不敵に笑ってみせると、こわばっていた荒北の表情が和らいだ。プッと小さく笑って「上等だ」と呟き、「ついて来い」と顎で合図する。 
 階段をのぼった先の共用廊下の突き当たり。そこが荒北が住む部屋だった。
 鍵を開けた荒北が扉を支えて「どーぞ」と先に入るよう促す。言われるままに玄関に足を踏み入れると、ほとんど身体をぶつけるようにして荒北が後ろから抱きついてきた。驚いているうちに強引に振り向かされ、あっという間に顔が迫ってくる。瞼を閉じる間も言葉を交わす間もなく唇が塞がれた。
「んぅ……ふっ、んん……」
 鼻にかかった少しだけ高い声。荒北はキスの最中にこんな声をだすタイプだっただろうか。
(って、そもそもあの1回きりで何を知ったつもりになってんだ)
 数年来のつき合いだというのに、まだまだ知らない部分がたくさんある。その一端を覗かせている荒北に対して純粋な興味と好奇心が湧いてきた。
 もっと知りたい。もっと見たい。荒北のすべてを暴いてやりたい。
 押され気味だったペースを立て直すべく、新開も荒北を抱きしめた。彼の後頭部を手で支え、顔の角度を変えて深く繋がる。口内に伸びてくる舌を吸い、こすり合わせ、たまに甘噛みして唾液をすする。息継ぎしては何度も口づけ、その間に尻を撫でた。
「ハァ……尻揉んで楽しいか?」
 濡れた自分の唇を舐めて荒北がニヤリと笑った。居酒屋のトイレで新開がしたように下半身をデニム越しにすりつけてくる。彼の下腹部はまだ柔らかいが、新開のそこはすでに硬くなり始めている。
「酔って勃たねェんじゃねーかと思ったけど、安心したぜ」
「オレは平気だけど……おめさんは大丈夫か? 結構飲んでたよな?」
「ヘーキヘーキ。オレは別に勃たなくても関係ねーしィ?」
「ん? 関係ない? どういう意味だ?」
「そんじゃー、ちゃちゃっと風呂入ってくっから部屋で待ってろ。勝手にAV見ててもいいぜ」
 新開の肩をポンと叩いて先に家にあがった荒北は、浴室らしき扉の向こうに消えていった。

-ペダル:新荒
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int(1) int(2)