【新荒】はじめて

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・高校2年の新荒です。
・付き合ってから初めて迎えるバレンタインの話。

 
「貰ってねェの!? いっこも!?」
 驚くオレに対して新開の表情は変わらない。「1個も」と復唱しながらコンビニ袋に手を伸ばし、取り出した牛乳パックにストローをさした。
「マジかよ!? おいおい、もう昼だぜ!?」
「こないだ実家帰った時に母親からは貰ったけど」
「母ちゃんのは訊いてねーんだよ。んなもんノーカンだ、ノーカン。で、ほんとはァ?」
「だから貰ってないって。毎年こんなもんだぜ?」
「怪しいな……ぜってー嘘だろ」
 スンスンと鼻を動かして匂いを嗅ぐフリをして見せる。新開は拗ねた顔で「悪かったね、貰ってなくて」と3個目のパンに齧りついた。
「いい加減信じてくれよ。嘘なんかついても意味ないだろ?」
「てめェが0個だなんて信じられっか」
「そんなこと言われても貰ってないもんは貰ってないからなあ。残念ながら靖友が思うほどモテないんでね。この時期に何か貰える人なんて尽八くらいじゃないか?」
「はぁ? オメーだって大会前はパワーバーとかの差し入れめちゃくちゃ貰ってんじゃねーかヨ。ムカつくけど」
「その『ムカつくけど』ってのが気になるんだけど……。とにかく嘘じゃないぜ? たしかに試合前には差し入れが増えるけど、それ以外では何も貰ったことないよ」
「誕生日もォ?」
「誕生日も」
「……マジかよ」
「マジだって。だからさ、靖友」
 ニッと笑った新開が顔を近づけろと手招きする。齧る寸前だった焼きそばパンをとりあえず下ろして、仕方なしに顔を近づけた。
「……なんだよ」
「期待してるぜ、靖友」
「あ?」
「チョコ。待ってるからな」
「はぁ!? チョコォ!?」
 思った以上に声がデカくなった。慌てて顔を近づけて「なんでオレなんだよ」と声を潜める。
「理由はひとつしかないだろ? あ、そのパンひと口」
 目の前のデカい口が返事も待たずに焼きそばパンにかぶりつく。あっという間に半分以上持ってかれて、残りはもうわずかしかない。
「あっ! てめェ!」
「うん、うまいな」
「『うまいな』じゃねーよ、ったくよォ。ひと口がでけぇっつーの。少しは遠慮ってもんを覚えろこのボケナスがァ。後で菓子パン買わせっからナ」
「わるいわるい。うまかったよ、ごちそうさま。じゃあ、また放課後な」
 ひらひら手を振って新開が教室を出て行く。狙って食ってやったって顔をしていた。
「……ったく。これじゃあ足りねェっつーの」
 ほとんど無くなってしまったパンを頬張り、追いベプシで胃の中に流し込む。炭酸だけじゃ腹が膨れそうもないが購買に行く時間もない。補給食か何かが入ってなかったか鞄の中を漁っていると、後ろの席の女子が「ずるい、荒北」と話しかけてきた。
「あ? 何が」
「私も新開くんに『ひと口ちょーだい』ってされたい」
「はぁ? アレはひと口ちょうだいなんてカワイイもんじゃねーぞ」
「それでもいいの! ハァ……まさかアンタを羨む日が来るだなんて思いもしなかったわ」
「勝手に食われて迷惑してンだよ、こっちはァ。つーか喧嘩売ってンのかよ」
「違うよ。男同士っていいよね~って話。ホント素直に羨ましいわ」
 羨ましいと言う口がその次には小さく舌打ちする。理由は知らないが、八つ当たりされてるらしい事だけは伝わってきた。
「なんだそれ。やりてェんならやりゃあいいじゃねーか。アイツなら目の前に食いもんチラつかせるだけでかぶりついてくるぜ。今の時期ならチョコとかァ? カワイソーなことに1個も貰ってねーってよ」
「できるわけないでしょ。新開ファンの間には“抜けがけ禁止”っていう暗黙のルールがあるんだから」
「抜けがけ禁止ィ?」
「そ。新開くんに接触していいのはレース前か当日のみで、渡していい物も限られてるし、チョコなんて渡したら裏で何言われるかわかんないわ」
 知らずにいた世界の一端を匂わされて、その内部事情に寒気がした。
「うわ、怖ェ……なんか引いたわ」
「引くとか言わないでくれる? そういうもんなの」
「はぁー、オレには理解できねェ世界だぜ。それにしても東堂んとことは大違いだな。アイツ、朝からチョコ抱えて歩いてたぜ」
「東堂くんはいいのよ。本人がノリノリだし、ファンも“みんなの東堂様”って理解して推してるから。ほら、東堂くんてチャラそうに見えるけど本当は自転車以外に興味ないでしょ? だから、みんなのものって感じで安心して推せるんだよね。アイドルみたいに」
 ハァとため息をつかれても、かけてやるべき言葉がわからない。せめてもの慰めとして「新開も自転車バカだからいいじゃねーか」とフォローしてやると、「ぜんっぜんわかってない!」って間髪入れずに反論が飛んできた。
「ファンクラブを認知してる東堂くんと、私たちに関心すら無い新開くんとじゃ全然違うんだよ。東堂くんは『みんなのもの』って自ら宣言してるから特定の相手は作らないだろうけど、新開くんはその辺わかんないからさ〜。そもそもこっちが勝手に推してるだけだから彼女つくんないでなんて言えるわけないし、新開くんがファンに気を遣う理由も義理もない。ね? 全然違うでしょ?」
「……なんかスゲーメンドクセーってことはわかったぜ」
「ハァ……恋愛のれの字も無い荒北に話したのが間違いだったわ」
「あぁ!? てめっ、言わせておけば……! あのなァ、オレだって――
「ね、新開くんて誰とも付き合ってないよね? 実はもう彼女いるとかないよね?」
「人の話聞けっつーの!」
「教えてよ! 仲いいから知ってるんでしょ?」
「ちょ、おい、袖引っ張んじゃねェ!」
「いいじゃん、教えてよ。ねーねー、荒北ぁ。なんか知ってんでしょ?」
「だから引っ張んなって!」
「教えてくれるまで離さないから」
「だーっ! しつけェ! うっせーナァ、いねーよ女なんかァ。毎日新開見てんならわかんだろ!?」
「は? クラスが違うんだから毎日見れてるわけないでしょ。アンタと一緒にしないで」
「なっ……ハァ!? べっ、別に新開ばっか見てねーし!」
「……なんでアンタが赤くなんのよ。部活も寮も同じなんだから毎日顔合わせてるでしょって言ってんの」
「っだよ、そういう意味かよ」
「それ以外にあると思う? なんなの、まったく……」
 感謝されるかと思いきや、返って来たのは礼ではなく冷たい視線。強い憤りを感じたところで無情にも昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。微妙に残る空腹感が腹立たしさに拍車をかける。
「……全部あの野郎のせいじゃねーか」
 にやけ顔に悪態をつきつつ机の中から教科書を引っ張り出す。ノートと一緒にソーダ味の飴玉も出てきて、そういえば数日前に新開に貰ったんだと思い出した。腹の足しにはならないが少しは気が紛れるかもしれない。
 飴玉を口の中に放り込んで舌でゴロゴロと転がす。チープな駄菓子っぽい匂いと弱い炭酸の刺激。ガキの頃に似たような味の飴をよく食べたなぁなんて懐かしんでるうちに、いつの間にか機嫌は治っていた。そして、苛立ちが消えてしまうと今度は別の感情が湧いてきた。
 ソレは女子に対する優越感だった。
 オレらの関係が始まったのは数か月前。オメーら女子がおてて繋いで『みんな一緒、抜けがけ無しネ』って仲良しこよししてる間に、オレと新開はいろんな意味で仲良くしてる。そもそも『ルール』なんてのは知らなかったしィ? 手ェだしちゃってゴメンネっつーか、あっちが先に手ェ出してきたんだから恨むならアイツを恨んでくれっつーか……まぁ、新開のことは責任持ってオレが幸せにしてやっから、オメーらはこれからも仲良くおてて繋いで新開のことを見守っててくれ。
 

*
「新開、コンビニ行こうぜ」
 夕飯後に部屋を覗くと新開は小説を読んでいる最中だった。自然に誘ったつもりだが、そもそもこの誘いこそがオレらしくなかったのかもしれない。デカい目がパチパチと瞬きを繰り返している。
「いいけど、おめさんから誘うなんて珍しいな。いっつもひとりで行っちまうのに」
「あー、今日はアレだ。その……なんか甘いもん買ってやるよ。ただしチョコっぽいヤツ限定だぞ」
「え。靖友の奢り? マジでどうしたんだ?」
「どうもしてねーよ。つーか、てめェが言い出したンだろ。期待してるってよォ」
「……!」
 ようやくピンと来たらしい。自分が言い出したくせに、こういうところはたまに鈍い。
「あー、そうか。なるほどね。じゃあオレもおめさんに買うよ。お互いに送り合うってことで」
「いや、オレはいらねェ。甘いもん欲しくねーし」
「ならオレもいらないよ。オレだけが貰うことになっちまう」
「買いてェ気分なんだからいいンだヨ。滅多にねーんだから素直に奢られとけ」
「……おめさんほんとにどうしたんだ?」
 いや、そこは怪しむところじゃねェだろ。素直に喜んでくれりゃあいいものを。可愛げがねェヤツってのはこれだから困る。
「うっせ。いいから行くぞ」
 怪訝そうにしている新開を強引に連れて寮を出た。 
 寮から一番近いコンビニまでは歩いて約10分。店内に入ると入り口からすぐ目につく場所にバレンタインコーナーが設けられていた。バレンタイン当日、それも夕飯後の時間帯だったから少しばかり心配したが、ラッピングされたチョコレートはまだ棚に並んでいた。
「おーおー、まだ置いてあるな。へぇ、意外と安いじゃナイ。お。コレなんかうまそうじゃね? 中に色々入ってるらしいぜ」
「ほんとだ。うまそうだな。あ、靖友こっち見てみろよ。猫の形してるってさ。可愛いな」
 見本のシールが貼られたパッケージを新開が指さす。猫のシルエットと肉球を模したチョコレートが入っているらしく、なかなかの出来栄えに好奇心が疼いてしまう。
「……フーン」
「気に入ったんなら買おうか? オレから靖友にプレゼントってことで」
「いっ、いらねーよ! 気に入ってなんかねーし!」
「そう? 遠慮しなくてもいいんだぜ?」
「してねェっつーの。ん? コッチはスゲー量あるな。お徳用ってヤツか?」
「これはそのまま食べるんじゃなくて、溶かして使う用じゃなかったかな」
「……ヘェ~」
「ん? なんだよその顔は」
「貰ったことねェとか言う割りには詳しいじゃねーか」
「え。あー、変に誤解しないでくれよ。母親が作ってるのを見たことがあるってだけだ」
「あっそ。そういう事にしといてやるよ」
 新開をその場に残してジュースコーナーに向かう。コンビニ以外ではすっかり見なくなってしまったアルミ缶のベプシを買い物カゴに数本入れた。それから店内をぶらついて、なんとなく雑誌コーナーをチェックする。エロい雑誌に目がいきかけたところで小箱を持った新開が近づいてきた。
「どれがいいか決まったか?」
「これ……いいかな」 
 差し出された箱は最初にオレが旨そうだと言ったチョコレートの詰め合わせだった。
「いいけど、もっとデケェのもあったろ。遠慮すんなよ」
「これがいいんだ」
「あっそ。まぁ、オメーがいいンならいいけど」
「靖友こそほんとにいらないのか? そうだ、チョコの代わりにそのベプシをオレが買うってのはどうだ?」
「いいっつーの。そのうちラーメンでも奢ってくれヨ」
 新開が他もまだ見たいというので先に会計を済ませた。店内のイートインスペースで肉まんを食べながら新開を待つ。
「悪い、待たせたな。あっ、肉まん買ってる。オレも買うか悩んだんだよなあ。やっぱり買ってこようかな」
「んじゃー帰るか。新開、口開けろ」
「え?」
「口だよ、くちィ。あー」
「あー?」
 手に持っていた肉まんを素直に開いた口の中に放り込む。「うまいな」と目を細める新開を促してふたり並んで店を出た。
「あ、新開。ほらよ」
 日常会話の最中、思い出したように雑にチョコを手渡したのは完全に照れ隠しのためだった。
「サンキュ。ってムード無いなあ、おめさんは」
「うっせ。ンなもんあるか。つーかオメー相手に今更ムードとか出せるかよ」
「ハハ。ひどいなあ。オレは出せるぜ?」
「……無駄にどや顔すんな。なぁ、寮戻ったら部屋くんだろ? チョコ食う?」
「いや……部屋には行くけど、チョコはひとりで食べてもいいかな? 大事に食べたくてさ……なんかそんな気分なんだ」
「フーン……べつに構わねーけど」
「うん。ありがとな」
「ハッ! オメーにやけすぎだろ。そのうち顔溶けて無くなっちまうンじゃねーのォ?」
「いやあ、好きなヤツから貰ったのって初めてだからな。そりゃあにやけるさ」
 しみじみと言って新開が手の中のチョコに視線を落とした。俯いた横顔からでもわかる喜びよう。あまりにも幸せそうで、見てるこっちがむず痒くなってくる。隣りから漂う甘い空気にやられてしまったのか段々と照れくさくなってきた。ついつい歩幅が大きくなって、歩くスピードも速くなる。
「靖友、速いって」
 不意に腕を掴まれた。強制的にスピードダウンさせられて、その隙に新開の指がオレの指に絡んでくる。離されないためなのか指先に込められた力は強い。しっかりした意思を持って繋ぎとめてくる。
「……おい、ナニしてんだよ」
「誰もいないからいいだろ」
「よくねーよ。そんなんだといつかバレるぞ」
「じゃあ、あの電柱まで。な? だめ?」
「……カワイ子ぶんな」
「へぇ。可愛かったんだ?」
「……今は可愛くねェ」
 振りほどこうとしても新開の指はビクともしない。大げさに顔をしかめてみても、「今日くらい許してくれよ」と困ったように笑うだけで一向に手を離さなかった。
「ったく……たかがチョコで浮かれてンじゃねーぞ」
「そうじゃない。いや、それもあるけど、今日はすげぇ嬉しかったんだ」
「あ? なにが」
「昼に話したこと覚えてるか? おめさん、オレがチョコを貰ってないって言っても全然信じてくれなかっただろ? あれってつまりはオレならチョコを貰って当然って、靖友がそう思ってるってことだよな? それに気づいたらすげぇ嬉しくてさ……口元が緩んじまって授業中隠すのが大変だったよ」
「なっ!? べっ、べつにオレはそんなつもりで言ったンじゃねぇよ」
「嘘だな。靖友のあの疑いようは明らかにそんなつもりだったぜ?」
「はぁ!? てめェにオレの何がわかるってンだ!」
「わかるさ。今も照れ隠しで怒鳴ってるだけだ」
「ふざけん――
 突然手が離された。自由になった手が空中をぶらんと泳ぐ。前方から伸びてきた車のヘッドライトがふたりの全身を舐め、そのまま後方へ走り抜けていった。
 手に残る繋いでいた感触が生々しい。離せと言ったのはこっちなのに、いざ離されてしまうと物足りなさを感じてしまう。そもそもチョコレートを買いに行くだなんて、浮かれているのはオレも同じだ。それに、独占欲や優越感が満たされていくこの感じ……なかなか悪くないから厄介な事この上ない。
「……まいったぜ」
「ん?」
「なんでもねーよ」
 手を繋ぐ代わりに半歩だけ距離を詰めた。わざと肩をすり寄せれば、察しがいい恋人は何も言わずにされるがままでいてくれる。
「靖友。はい、これ」
「ん?」
 差し出された青い箱からは包装紙の匂いに混じってかすかに甘い匂いがしていた。受け取った感じは軽い。サイズ的にはさっき見た猫のチョコレートだろうか。
「やっぱり何かあげないと気が済まなくてさ。ごめん」
「いや、謝ることじゃねーだろ」
「だって何もいらないって言ってただろ? それに、これはオレのエゴみたいなもんだから。あ、でも無理して受け取らなくてもいいからな」
「無理じゃねーよ。くれるってンならありがたく貰っとくぜ。サンキューな」
 貰ったチョコを自分のコンビニ袋に入れる。すると新開はあからさまにホッとした表情を見せた。 
「……渡す方ってのは意外と勇気がいるもんだな。断られたらどうしようとか思っちまった」
「その前に買うのも勇気いるぜ? レジんときも結構恥ずかしかったしなァ」
「ああ、わかる。オレも恥ずかしかった」
「罰ゲームで買わされてんだってツラしてなんとか乗り切ったわ」
「チョココーナーに男2人でいた時点でバレバレだと思うぜ?」
「まさか。んなわけねーだろ。自分用に買ってるカワイそーなヤツらって思われたぜ、きっと」
「ハハ。もしくは見栄張るために自分で買ってるとか?」
「あー、それもあり得るナ」
 ケラケラ笑い合ううちに自然と歩調が早くなっていた。それは隣に並ぶ新開も同じで、今度は速いと咎めたりしない。ダダ漏れしている焦れた匂いはどっちのだろうか。早く触れたいって欲求がオレの足を急かしてて、たぶん新開もそう思ってる。
「おい新開」
「ん?」
「来年……来年もオレ以外からは貰うなヨ」
「だから今年も貰ってねぇって」
「わーってる。けど、貰うな」
「……うん。おめさんもな」
 たかがチョコ。されどチョコ。1年に1度くらいは浮かれてみるのも有りかもしんない。
 

***END***

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