【新荒】運命に抗いたい【2020荒誕】

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・高校2年、春休み中のつき合っていない新荒です。
・ようやく告白の決意が固まったのに、「その告白は絶対に叶わない」と占い師に言われてしまった荒北さん。意地でも告白してやろうとあれこれ奮闘する話。

話の都合上、4/3の更新になってしまいましたが、荒北さん★HAPPY BIRTHDAY!!! そして新荒の日おめでとう!!!!

 
「あなた、好きな人に想いを伝える決心がついたみたいだけど、この一週間は何をやっても上手くいかないわね。告白もできないし、絶対に叶わない」
 
 荒北が友人たちの前で不吉な宣告を受け、想いびとの存在をさらりと明かされてしまったのは春休みも終わりかけた3月27日。福富と新開に連れられて小田原のスポーツサイクル店を訪ねた時のことだった。
「ちょっとそこのあなた。そこの、黒髪の。ねえ、学生さん」
「靖友、おめさん声かけられてるみたいだぜ?」
「あ?」
 新開に呼び止められて振り向くと、本屋の軒下にいる初老の女性と目が合った。確認の意味を込めて「オレ?」と自分を指差せば、「そう、あなた」と力強く頷き返してくる。
 女性の前に置かれた机には『占』とだけ書かれた白い紙が貼ってあった。机の上には大きなルーペや細い棒の束、ノートと筆記用具が置かれている。
「路上占いってやつだな。……ああ、そうか。“本屋の前の占い師”」
 何かを思い出したらしい新開が「なるほど。ここかぁ」と意味ありげに呟く。
「なに、お前なんか知ってンのかよ」
「小田原のとある書店に占い師がいて、結構当たるってクラスの女子が話してたんだ。特に恋愛系がドンピシャらしいぜ」
「……へぇ」
 ドンピシャという言葉に少しばかり興味を惹かれたが、占いに対する胡散臭さの方がまだまだ強い。
「ちょっと学生さん。ここに座りなさいな。あなたの相が少し気になるの。もちろんお代はいらないから」
「え。いや……オレはいいって」
 手招きに躊躇する荒北の背中を「いいじゃないか」と新開が押す。
「せっかくだし。何言われるのか靖友も気になるだろ?」
「はぁ? なんねーヨ」
「まあまあ。タダで見てもらえるんだぜ?」
 厚い唇が弧を描く。明らかにこの状況を楽しんでいる、そんな顔をしていた。
 荒北が渋々近寄ると老女は目を見つめてきた。そして、「なるほど」と頷いた後でおもむろに口を開き、
「あなた、好きな人に想いを伝える決心がついたみたいだけど、この一週間は何をやっても上手くいかないわね。告白もできないし、絶対に叶わない」
と言い放った。まだ名乗ってもいなければ、手のひらを差し出してもいない。それどころか好きな人がいるなどと誰かに明かしたことすらないのに。
「なっ……!」
 顔を眺めただけでこうもスラスラと言い当てられて、言いようのない不気味さと高揚感が同時に生まれた。あまりにも驚いたせいか全身が硬直して動けない。
 荒北は占いなどのオカルト全般を信じていない。妹たちが恋占いにはしゃいでいる横で「そんなもんただの統計学だぞ」と水を差すタイプだった。しかし、さすがに今回ばかりは返す言葉が出てこない。
 なぜ。なんで。どうしてわかった。
 膨大な数のクエスチョンマークが頭の中をグルグル回る。汗をかくような気温でもないのに、全身に滲む汗がヒヤリとして気持ち悪い。
「靖友、好きな人いたんだ? 寿一知ってた?」
「いや。初耳だな」
 背後から聞こえてきた会話にハッとして身体の硬直が瞬時に溶けた。慌てて振り向いたがすでに遅い。新開は興味津々な様子で見つめてくるし、福富のいつもと変わらない口元もどことなく笑っているように見えてしまう。
「ちょっ、オメーら聞いてンじゃねーよ!」
「この状況じゃ聞くなってほうが無理だな」
「はぁ!? オレの個人情報だぞ!?」
「それより、否定しなくていいのかい?」
「あぁ!? なにを!?」
「いやあ、今言われたことをさ。このままだと当たりってことになっちまうぜ? まぁ、その顔を見れば一目瞭然だけどな。なあ、寿一」
「ああ。耳まで赤いな」
 福富までもが荒北の顔をしげしげと見て深く頷く。
「なっ、ふ、福ちゃんまで……っ!」
 わなわなと唇を震わせる荒北に、
「あなた気をつけなさい。今週は良くない相がでてるから告白はやめた方がいいわね」
と、背後から老女が追い討ちをかけてきた。
「けど心配ないわ。良くないのは今週だけだから。一週間辛抱すれば――
「わーったから、もーいいって! おい、さっさと行くぞ!」
 これ以上その場に留まっているのは耐えられない。荒北は老女の言葉を強引に遮って歩き出した。
「あっ、おい靖友!」
「覚えておいてね。良くないのは今週だけよ」
 後ろで老女が何か言っていたが荒北は全部無視して歩き続けた。
 

*
 小田原市内で占い師に会った日、荒北は夜遅くまで悶々としていた。
 荒北には好きな人がいる。恋焦がれて、想いが辛くて、“好き”をやめたいと何度も悩んだ。それでも結局は好きで好きでたまらなくて、想いを打ち明けてみようかとようやく決意した矢先に。
『何をやっても上手くいかない、告白もできない、絶対に叶わない』
 あんなにもはっきりと断言されたことにショックを受けている。そして、占いなどというものに心を乱されてしまった自分が腹立たしくて仕方がない。
「……たかが占いじゃねーか」
 占いとはいえ忠告は素直に聞き入れるべきだとか、反発するのは悪い癖だとか、そんな事は充分すぎるほどわかっている。しかし、自分の未来を赤の他人に決められてたまるかというのが今一番の素直な気持ちだった。やめろと強く言われるほどやってやろうじゃないかと燃えてしまう。そういう難儀な性分なのだ。
 寝つけないまま時間だけが刻々と過ぎていく。何度瞼を閉じたかわからない。何度寝返りを打ったかもわからない。ついには時計の秒針の音までもが気になり始めて、眠るどころか益々頭が冴えてくる始末。やがて苛立ちがピークに達した時、荒北は絶対に告白してやると決意した。期限は一週間。何をやってもダメだと宣告されたこの週に必ず告白してみせる。
「上等じゃねーか。ぜってー成功させてやる」
 告白するということは相手から答えが返ってくるわけだが、怒りと負けん気に燃える荒北はその点をすでに失念している。いかにして告白するか。それだけしか考えていなかった。

「くそっ……なんで邪魔が入る……なんで上手くいかねェ……」
 4日目に入っても荒北は告白できずにいた。
 目に見えない力というものは本当に存在するのかもしれない。あれだけ信じていなかったオカルトの類を認めつつあるほど、珍しく荒北は心が折れそうになっている。
 告白前は望まなくてもふたりきりになれていたのに、告白すると決めてからは一向にチャンスが訪れない。春休み中はほぼ毎日のように部活で顔を合わせていたし、実家に帰省する前も、帰省を終えて寮に戻ってからも話す機会は何度もあった。それなのに、小田原で不幸な宣告を受けてからは何かがおかしい。ふたりきりになれたと思いきや必ず誰かが現れる。
「このままじゃ言われた通りになっちまうじゃねーか……やっぱ電話で……いやいやダメだ。そんなん男じゃねェ」
 変に律儀なところがある荒北は、正々堂々と正面から告白しようと決めていた。メールや電話ならふたりきりになる必要はない。時間や場所を選ぶことなく『好きだ』と簡単に伝えられる。だが、返事を待つ間に後悔してしまいそうな気がするし、なにより、相手の顔を見ずに想いを告げるのは男らしくない。
 告白すると決めてから5日目。3月31日。この日は部活が休みだったので荒北は朝からチャンスを伺っていた。
 朝食を終えたその足で目的の部屋に向かう。昨晩の入浴時間中に人伝に聞いた話では、この日は何も予定を入れていないらしい。
 部屋の前に立って深呼吸を2度、3度。自らを追い込むために「うっし! 言うぞ」と声に出し、気合を入れてからドアを軽くノックする。
「新開、オレだ」
 今の声は普段通りだっただろうか。変に裏返っていなかっただろうか。
 立っているだけですでに鼓動がうるさい。身体の中心で脈打つ心臓がこれでもかと存在を主張している。大して汗をかいてもいないのに手の湿り具合が気になって、スエットパンツで何度も拭った。
「……おっせーな」
 ドキドキしながら待っているのに応答がない。このままではせっかくの決意が萎んでしまう。
 もう一度、今度はしっかり届くようドアを丁寧にノックしてみる。2度目も心臓は落ち着かず、耳の辺りもジンとして熱い。髪をなでつけたり、Tシャツの裾を直してみたり、ドアが開くのを待つ間にガラにもなく身なりをササッと整える。「あー、ん゛、ん゛ッ」と小声で喉の調子を整えていると、後ろから「荒北」と声をかけられた。
「うぉっ!?」
 これ以上ないほどに身体が跳ねた。慌てて振り返った先にはサイクルジャージに着替えた福富が立っていて、荒北の様子に驚きつつも「新開ならいないぞ」と教えてくれた。
「え。いねぇの!? だって今日はなんも用ねぇって」
「ヤツなら学校だ」
「学校ォ?」
「ああ。ウサギに餌をやりに行くと言っていた」
「……ウサギ……なるほどネ。今度はそうきたか」
「む?」
「いや、なんでもねェ。福ちゃんありがとな」
 不思議そうにしている福富に手を振って急いで自室に戻る。手早く出かける準備を済ませ、荒北も学校へとロードバイクを走らせた。
 

**
「ウサギんとこなら邪魔は入んねェだろ。ハッ! 今度こそオレの勝ちだな」
 約束された目前の勝利に心が躍る。このまま宙を駆けて行けそうなほど、地面を踏みしめる足が軽やかだった。  
 部室前に停めてあった黒いサーヴェロを目にした時から再び心臓がうるさく鳴っている。自転車競技部は休みだが活動している部はあるようで、生徒たちの掛け声が体育館やグラウンドから聞こえてきた。音楽室がある別棟からは吹奏楽部の演奏も聞こえてくる。軽快なリズムの行進曲は告白用のBGMとしては元気が良すぎるが、勝利確定BGMだと思えば頼もしい。
 校舎を素通りして裏庭へ回る。ウサギ小屋まではあとわずか。いよいよ告げる時が来た。
「好きなんです!」
 角を曲がった瞬間に声が聞こえて、咄嗟に荒北は自分の口を押さえた。意気込み過ぎて気持ちが先に出てしまったのかと思ったが、もちろんそんな事はなかった。前方の人影に気づかれる前に慌てて踵を返し、校舎の陰に身を潜める。
「その……ずっと好きなんです。ええと、自転車に乗ってるときはもちろんだけど、普段もかっこよくて……あっ、あの、私、図書委員なんですけど、よく本を借りに来られてるのも知ってて、その、一度だけ本を探すのをお手伝いしたことがあるんです。覚えてない……ですよね?」
「覚えてるよ。ウサギの飼い方の本、一緒に探してくれたよな」
「あっ、そう、それ私です! 覚えてくれてるなんて……どうしよう。すごく嬉しい……。あのっ、ここって図書室から見えるんですけど、ウサギの世話をしてるのとかも見えてて、ご飯あげたりとか、抱っこして撫でてるのとか、そういうところも含めて全部好き……なんです」
「そんなに褒められると照れくさいな。自分がすごい人になったみたいだ」
「みたいじゃなくて、先輩は本当に凄い人なんです! 少なくとも私にとっては……ものすごく……特別なんです」
 どうやら最悪なタイミングで到着してしまったらしい。このまま聞き耳を立て続けるわけにもいかないし、この場合は荒北自身が邪魔者でしかない。
 引き返さなくては。早く、今すぐに。1秒でも速くこの場を離れなければ。
 べったりと地面にくっついてしまった足を無理やり動かす。なんとか一歩踏み出せたものの膝が震えてうまく歩けない。気がつけば手の先もずいぶん冷たくなっていて、いつ握ったかもわからない拳を無理やり開かせるのは大変だった。
 興奮とは真逆の意味で鼓動が激しくなっている。先を越されたショックと、それを目撃してしまったショック。名も知らない生徒の告白は拙いなりに一生懸命で、いじらしくて、胸が苦しくなるほどだった。好きだと告げるためにどれだけの勇気を振り絞ったのか。同じ立場だからこそ痛いほど共感できてしまう。最終的には占い師の言葉に焚きつけられる形になってしまったが、想いを告げようと決めるまでは荒北もずいぶん長いこと葛藤してきた。
 相手の真剣さや誠実さが第三者の荒北にさえ充分に伝わってきたのだから、告白された当人ならそれ以上に違いない。きっと新開は彼女の想いに対してきちんと向き合おうとするだろう。
 足早に淡々と引き返す。来た時の勢いも、告白する決意も、とっくに削がれている。ただ、女生徒への対抗意識のようなものだけは辛うじて胸の中に残っていた。
「……アイツの良いとこなんか、オレのが前から知ってるっつーの」
 自転車に乗る新開がカッコイイだなんて、そんなことはだいぶ前から知っている。本を読む彼の横顔や姿勢が絵になることだって知っているし、静かにページをめくる指が深爪気味だってことまで知っている。
 ウサギに優しいところも、ウサギを飼い始めたそもそものきっかけだって知っている。
 目立つ見た目の割りに自分の容姿には無頓着なところも、人が良さそうな顔をして案外負けず嫌いなところも、友人や後輩に慕われるだけの納得できる優しさを持ち合わせているところも、意外と好奇心旺盛で怖いもの知らずなところも、根に持つタイプなところも、脆い一面を抱えているところも、長所も短所もカッコいいところも情けないところも、たくさんの新開を知っているのに。
「……知ってるから勝ちってワケでもねェのに張り合ってどーすんだ。そもそもオレは最初っから同じ土俵にすら上がれてねェってのによォ」
 部室前までやってきた荒北は並んだロードバイクを見て鼻で笑った。サーヴェロに寄り添うようにして停めた空色のロードバイク。帰る時にはこうなっているだろうと、そう思い描きながらわざとくっつけて停めた。あれからまだ30分も経っていない。あの時の自分の浮かれ具合を思い出すと、鼻で笑う他にふさわしい態度が無い。
「ハッ! バッカじゃねーの。なにやってんだ、マジで」
 この数日間、絶対に告白するとムキになっていた。そればかりに躍起になって、告白される側のことなど頭になかった。
 目が覚めた気がした。
 無事に告白できたなら、やり遂げた達成感で自分はスッキリするかもしれない。だが、そこから先のことまでは考えていなかった。友人に、ましてや同性に好きだと言われて、新開が困らないはずがない。けれど新開は優しくて気遣いができる男なので、荒北を無下にしたり他人の性的指向を否定したりは絶対にしない。おそらく彼は誰も傷つかない断り方を一生懸命考えるのだろう。
「告白できないし、絶対に叶わない、か……そりゃそーだよナァ。それがフツーだ」
 何の根拠もないのに自分の恋だけはうまくいくと思っていた。あの妙な自信はどこからきていたのだろう。ただの妄想や願望でしかないというのに。
「……バカみてェ」
 3月の柔らかな青空が目に染みる。春先の日差しは涙を滲ませるほどこんなにも眩しかっただろうか。乱暴に目元をこすった荒北は新開と顔を合わせる前に学校を後にした。

 5日目の時点で戦意喪失となったわけだが6日目と7日目は新開が実家に戻っていたので、どちらにせよ告白する機会は訪れなかった。こうして3月末の一週間は、占い師の宣告通りに何も上手くいかないまま過ぎていった。
 

***
 ドアを叩く音で目が覚めた。夢の中の出来事か、寝ぼけたせいでの空耳かとも思ったが、確かに誰かが部屋のドアを控えめに叩き続けている。
「……ったく……んな時間に誰だよ」
 枕元に放っておいた携帯電話でチェックすると、現在時刻は午前0時を少しばかり過ぎたところだった。まるでホラー映画のようなシチュエーションだが、まだ半分ほど頭が眠っているせいか不気味さは不思議と感じていない。閉じようとする瞼を必死にこじ開けて、訪問者に応えるべくドアを数センチほど開いてやった。
「っだよ。寝てンだけどォ」
「こんな時間にごめん。なあ、ちょっと入ってもいい?」
 申し訳なさそうに詫びる顔。脳が誰だか認識すると一気に眠気が吹き飛んだ。
「新開!? お前帰ってたのか!? なっ、何やってンだよ!?」
 この数日間は誰かに驚かされてばかりいる。思わぬ訪問者に驚いたが、それに負けないくらい新開も荒北の声に驚いていた。咄嗟に新開が室内に押し入り、後ろ手にドアを閉めて深く息を吐き出す。
「ハァ……急に大声出すから驚いた」
「それはこっちのセリフだっつーの! こんな時間に何やってンだよ!?」
「悪い悪い。どうしても渡したいものがあって」
 はい、と新開が差し出してきたものはスポーツサイクル店の小さなショップバッグだった。
 たった数日間顔を見ていないだけなのに、懐かしさと恋しさが胸いっぱいに溢れてくる。告白現場を目撃した以降は気まずさから意識的に新開を避けていたので、こうして面と向かって話すのはずいぶん久しぶりな感じがした。
「なにこれ」
 普段通りに言ったつもりだが、必要以上に不愛想になった気がしなくもない。しかし新開は何とも思わなかったのか、「誕生日プレゼント。つってもちょっと過ぎちまったけど」と言ってはにかむ。
「え。誕生日ィ!?」
「ああ。昨日誕生日だったろ? って、なんでそんなに驚くんだ?」
「いや……そうか……そういやそうだったな。誕生日なんてすっかり忘れてたぜ」
「自分の誕生日なのに? フツー忘れるか?」
「っせーなァ。ここんとこ色々あってそれどころじゃなかったンだよ」
「……へえ……色々ね」
「つーかお前こそなんでいんだよ。実家帰ってたんじゃねーの?」
「親に無理言って送ってもらって、門限ギリギリには戻ってきてたんだ。本当はすぐにでも渡したかったんだけど、ちょっと事情があってね。3日になるまで待ってた」
「事情? よくわかんねーけど、だからってこんな時間に来るかァ?」
「起こして悪かったよ。けど、朝までなんて待ってられなかったんだ。まあ、とにかく開けてみてよ」
 わけがわからないが、ひとまずは言われた通りに袋を開けてみる。中にはハンドル用のバーテープが2セット入っていた。小田原で福富と新開に勧められたものの、迷った挙句に買わなかったテープだった。
「これ、こないだの」
「悩んで買わなかっただろ? だからプレゼントにしたらどうかなって、昨日行って買って来たんだ。こないだも話したけど、このメーカーのは剥がれにくいし耐久性はいいし、ほんとにお勧めだからさ。おめさんの好みもあるだろうから薄めと厚めと両方買ってみた」
「マジかよ。2個も貰っちまっていいのか?」
「もちろん。って言っても大したものじゃなくて申し訳ないんだけど」
「んなことねーよ。何言ってんだ」
「なあ、これ巻いてインハイメンバー狙ってくれよ。オレはまだ左が抜けないけど……でも、絶対にメンバー入りしてみせる。寿一と靖友と尽八とオレと、4人揃ってインハイ出よう」
 新開の目の中で強い意思がキラリと光る。彼は少しも諦めてなどいない。それを再認識した荒北はこれ以上ないほどに安心した。
 新開の個人練習に付き合い始めてから、彼は調子と勘を徐々に取り戻し、最近では不調前に近いタイムを維持できるまでになってきた。しかし、左側から追い抜けないことを密かに不安視しているのも知っている。誰よりも負けず嫌いな新開のことだから死に物狂いで戻ってくると信じてはいたが……本当は荒北も心配だったのかもしれない。だからこそインターハイについて彼自身からハッキリと言葉で聞けたのは単純に嬉しかった。
「ハッ! インハイ狙え? 誰に向かって言ってンだよ。元からオレは3年目のインハイしか目指してねーんだ。オメーこそ余裕こいて油断すんじゃねーぞ。4番獲り損ねやがったら承知しねーからナ」
「そうだな。4番に見合う選手になれるよう、もっと練習しないとな」
「そんじゃあ早速明日は箱根でものぼるか。福ちゃんも走るっつってたし」
「おいおい、急にスパルタだな。せめて平坦が多いコースにしてくれよ?」
「あ? 甘えてんなバァカ」
 だって、と新開が唇を尖らせて拗ねて見せる。その表情に反応して、押し殺した想いが胸の奥で静かにざわめいた。
 やっぱり好きだと思った。告白を諦めたとはいえ、たった数日で気持ちにケリがつくわけがない。こんな顔を見せられてしまうとついつい心が揺らいでしまう。
 いつの間にかふざけ合える仲になれていて、この時間が楽しくて、心地よくて、改めて嬉しい。今日は早起きして、朝一番にバーテープを交換しようと心に決めた。
 手の中のプレゼントに視線を落としていると、「……なあ、靖友。そういえば……アレ……はどうなったんだ?」と珍しく歯切れの悪い調子で新開が問いかけてきた。
「あ? アレ?」
「ええと……告白。無事にできた?」
 予想外の質問に言葉を失くす。反射的に舌打ちしてしまったのは、お前がそれを言うのかという苛立ちとただの八つ当たりに過ぎない。
 そっちこそ返事はしたのかよ。
 喉元まで出かかった言葉を無理やり飲みこんでなんとか耐える。
「……覚えてンじゃねーよ。つーかソレは早く忘れろ。思い出したくもねェ」
「もしかして……占い通りに上手くいかなかったとか?」
「うっせーなァ。だったらなんだよ」
「なんだ。そうか。よかった」
「あぁ? なんも良くねーんだよ。てめェ喧嘩売ってンじゃねーだろーなぁ?」
「まさか。けど、よかったは語弊があったな。すまない。嬉しくて、つい」
「嬉しくてだァ? てめェやっぱ煽ってンだろ!?」
「あー、悪い。そうじゃなくて……ええと、嬉しいってのは告白がうまくいかなくて良かったんじゃなくて、いや、それもあるんだけどってこれじゃあまた言い方が悪いな。ええと、おめさんがまだ誰の物にもなってないから良かったっていうか、誰かとつき合ったらそっちが優先になるだろうから、だから靖友と一緒にいる時間がまだ減らなくて嬉しいっていうか……何言ってんのかわかんなくなってきちまったな。とにかく、オレにとって靖友は他の奴よりもちょっとばかり大切で特別で好きだってことだ。だから喧嘩売ってるつもりも煽ってるつもりも微塵もなくて――
 あまりにも事も無げに言うものだから、うっかり聞き流してしまうところだった。
「ちょっと待て」
「ん?」
「好きつったか? 今」
「え!? あー……ええと」
「言ったよな、今。大切で特別で好きだって。オレは聞き逃さねぇぞ」
「……い……言ったな」
 新開が視線を彷徨わせながら「あー……」と自身の後頭部をグシャグシャに掻き乱す。困り果てて八の字に下がった眉毛も、言葉を探して開いたり閉じたりしている唇も、パーカーの裾を握ったり離したりを繰り返している左手も、こんなに狼狽えている新開は見たことがない。ただ、そんな姿を見ているうちに抱えていた気まずさは跡形もなく消え失せて、彼への想いが一気に溢れだして止まらなくなってしまった。
「言うつもりはなかったのに、なんでこんなに話してんだろ。あ、別におめさんと今すぐどうこうなりたいとかは望んでないんだ。ただ、好きだってのを伝えたかっただけで……いや、伝えたいもダメだよな。それはこっちの都合だからおめさんには関係ないことだ。好きなんて急に言われても困るだけだし……たぶん今引いてるんだろ? えっと、言ってすぐにアレだけど、オレが口にしちまってることは忘れてくれて構わない。いや、むしろきれいさっぱり忘れてほしい。オレも二度と言わないし、できればこれまで通りに接してくれると助かるって言うか――
「新開」
「ん?」
「オレも。オレも好きだ。お前が」
「え……えっ!?」
「いつからだとか、どこがだとか、そういうのはハッキリ答えらんねェけど、でもお前に惚れてるって事だけは確かだ。自信もって言える。つーか告るつもりだった相手はお前なんだよ。けど、なんかめちゃくちゃ邪魔は入るし、上手くいかねェから結局諦めちまったけど」
「なっ……! 諦めた!?」
 荒北は告白現場を見てしまったところは隠して、この一週間にしてきたことを新開に話して聞かせた。
「占いなんてハナっから信じてねェんだけど、最後の方は危うく信じかけたからな。今思えば精神的になんかヤバかった気ィするぜ」
「いや、たまには信じてみてもいいんじゃないかな」
「なんだよ。オメーはそういうの信じるタイプかァ?」
「まぁ、いい結果だった場合はな」
「ハッ! そんなん都合良すぎンだろ」
「そうかもな。けど、今回は信じてみてよかったよ。よく当たるっていう評判も納得だな」
 どことなく思わせぶりな言い方が引っかかる。そもそも小田原で勝手に占われたのは荒北だけのはずだった。新開は一体何を信じたと言っているのだろう。
「なァ、オメーが何の話してんだかわかんねーんだけど。オレが言われたこと……じゃねーよな?」
 荒北が占い師に言われたことは新開が言う“いい結果”ではない。どちらかといえば忠告に近いものだった。
 腕組みして返事を待つ荒北に新開がニッと笑う。答えるのかと思いきや「それよりさ」と一歩距離を詰めてきた。
「おめさんが諦めちまった理由が聞きたいな」
「は?」
「告白する気でいたんだろ? なのになんで諦めちまったんだ?」
「んなもん別にいいだろ。訊いてんのはオレだ。話変えてンじゃねーぞ」
 ジロリと睨みを利かせても新開はまったく動じない。さらに一歩詰め寄ってきて、思わず荒北は一歩下がった。
「3日くらい前から急にオレのこと避け始めたよな。それってもしかして学校来てたのと関係ある?」
「が、学校? なんのことだヨ」
「オレのこと追いかけてきたんだろ?」
「ちげーよ! 部室に忘れ物したからソレ取りに行っただけだ」
「部活が休みの日は部室は開いてないって知ってるくせに?」
「ぶっ、部室じゃねェ、教室だ! 教室に取り行ったんだ!」
「へぇ。オレのこと探してたはずなのになぁ。ウサ吉に餌やりに行ったって聞いたんだろ? なのにおめさんは教室に行ったのかい?」
「そっ、それはァ……」
 言葉を探す荒北の足が何かに触れた。問答を繰り返す間に気がつけばベッドの前まで追い詰められていて、これ以上は後ろに下がることができない。
「盗み見は良くないと思うぜ?」
「ハァ? 人聞きワリィこと言ってんじゃねーよ! 見たんじゃなくて、たまたま居合わせちまっただけだ!」
「やっぱり」
「……ッ!」
「靖友ってほんとにわかりやすいよな。助かるけど……ちょっと困る」
 うっすらと顔を赤らめながら新開が抱きついてきた。その勢いを受け止めきれず、二人一緒にベッドに転がる。
「てめっ、危ねェだろ!?」
「うん、わかってる」
「ハァ!? わかってるってオメーなぁ」
「なあ、オレがなんて返事したかずっと気になってんの?」
「……うるせー。なってちゃワリィか」
「全然。むしろすげぇ嬉しい」
「……ハッ! 趣味ワル」
「好きだ、靖友。オレが好きなのはおめさんなんだ」
 上に乗られたままギュッと強く抱きしめられて、ギュウッと強く抱き返した。触れ合いっぱなしの荒北の耳と新開の頬があったかい。胸板越しに伝わってくるほど鼓動は大きく、たぶん新開にも荒北の鼓動が同じように伝わっているのだろう。会話は無い。無言で抱き合っているだけなのに、いや、ただ抱き合っているだけでドキドキして気持ちいい。新開の熱と匂いを全身で受け止めるべく、荒北は目を閉じて抱きしめ続けた。
 しばらくすると背中に回された腕がフッと緩むのを感じた。荒北も腕の力を緩めてやると、身じろいだ新開がもぞもぞと身体を起こす。「重かったよな?」と照れくさそうにはにかんで荒北の隣りにゴロンと寝そべった。
「……またこういうことしてもいい?」
「……おー」
「手ぇ握っても怒んねぇ?」
「……ふっ、ふたりン時ならな。つーかたぶん……オレも触るし」
「ん……そうか、良かった。思ってんのがオレだけじゃなくて」
 ホッとした表情で目を細めた新開が再び荒北に抱きついた。ぎゅ、ぎゅ、とじゃれつきながら「来年の誕生日はちゃんと一番先に祝うから」とのしかかってくる。荒北も新開の背中に腕を回して、「何言ってンだ。その前にオメーの誕生日がくるだろ」と背中をポンポン叩き返した。
「それもそうか……。な、一番に祝ってくれよな」
「ったりめーだ。言われるまでもねェ」
 雰囲気に流されたせいでついつい安請け合いしてしまった。だが、「期待してるよ」と言って顔を覗き込んできた新開があまりにも幸せそうに笑うので、荒北はキュンと胸をときめかせつつ、頑張ろうと密かに誓った。
 

***END***

※おまけ:新開さん視点→♥【Pass=2525】

-ペダル:新荒
-, ,

int(1) int(1)