【新荒】結果オーライ

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大学2年の付き合っていない新荒です。新→←荒。
飲み会の席で新開さんに飲み比べの勝負を挑まれた荒北さん。「勝ったら靖友を持ち帰りたい」と言われて、そこから色々始まる話。

 
「靖友、勝負しようか」
 目の前に座る新開がふたりの手元に視線を落とす。荒北は今、運ばれてきたビールジョッキを引き寄せたところだった。
 思わず腕時計を確認してしまう程度には新開の発言に驚かされた。旧友数名との飲み会が始まってから約1時間。新開は勝負を持ちかけてくるほど酔っているようには見えないし、荒北が覚えている限りでは彼はまだ2杯程度しか飲んでいない。
 元チームメイトとは20歳を越えてからも何度か酒席で顔を合わせている。にもかかわらず荒北は新開がどれだけ酒を飲めるのか知らなかった。人並みには飲めるようだがベロベロになって正体を失くしている姿は見たことがないし、宴席で失敗したという噂も聞いたことがない。酒を飲むよりも何かしらを頬張っている姿の方が印象が強くて、そんな新開だからこそ突然の勝負発言には意外なものがあった。
「勝負ゥ? もしかしてコレで?」
 ジョッキをわずかに浮かせてみせると新開は唇の端をキュッと上げて頷いた。何のつもりかわからないが余程自信があるらしい。見つめる目を逸らさない。
「勝負っつっても現時点で飲んでる量がちげェんだけどォ? オレのが飲んでるし、どう考えてもフェアじゃねェだろ」
「そこはハンデってことで頼むよ。靖友は飲める口だし」
「ハンデねェ」
「どう? 乗るかい?」
「いいぜ。自分からは売らねェが売られた喧嘩は買う主義だ。でェ? 勝ったら当然何かあるんだよなァ?」
 荒北の言葉に新開が目を瞬かせる。何も考えていなかった、そんな顔だった。
「は? もしかしてなんもねーのかヨ。勝負ってのは賭けてこそ燃えるもんだろーが」
「いやあ、悪い。何も考えてなかった」
「おいおい頼むぜ。それによっちゃ、こっちの気合いも変わってくるんだからよォ」
「そうだなぁ……」
 新開は顎に指をあててしばらく黙っていたが、何かを思いついたらしく表情をパッと明るくして荒北を見た。
「もしおめさんが勝ったら何か一つ言うことを聞くってのはどうだ? あ、でもオレの財布事情は明るくないから、そこんとこを考慮してくれると助かるよ」
 考え込んでいた割にはあまりにもベタな提案だった。それに、心配する部分は財布だけでいいのだろうか。

『〇〇ちゃん、お酒強いね~。オレ負けちゃいそう。ね、飲み比べしてみる?』

 合コンのたびに冗談めかして女子を酔わせ、持ち帰っては美味しい思いをしている輩が同じゼミ内にいる。持ち帰りが成功したらしい翌日は自慢げに声高に話すので、狭い教室内では聞いていなくても勝手に耳に入ってくるのだ。
 新開がそちら側の男だとは微塵も思っていない。相変わらずモテているらしい彼は、どちらかといえば仕掛けられる側かもしれない。
「……お前さァ、こういうの誰とでもやってんじゃねーだろーな」
「こういうのって勝負のこと? なら、これが初めてだ」
「初めてェ? 嘘つけ。合コンとか行ってるって聞いてんだぞ。そこでもこうやって女引っかけてんだろ」
「まさか。合コンは確かに行ったけど1回きりだぜ? それに先輩の付き合いで行ったから“立てる”ために必死でさ。酒なんてほとんど飲まなかったよ」
 念のためにふっかけてみたが新開の態度と表情に嘘の匂いは無い。ホッとした。と同時に新開の迂闊な態度に腹が立ってきた。
 目の前の友人はわかっていない。世の中には酒を利用して美味しい思いを狙う人間がいることを。勝負を持ちかけた相手が新開に対して邪な感情を抱いていたなら、これ幸いにと無茶な要求をしてくるかもしれないのに。
「あれ、その顔は信じてないな? ほんとだぜ?」
「ちげェよ。オレはただ心配してだなァ」
「心配? 何を?」
 一切を疑っていない瞳が荒北を映している。
 目の前の友人はわかっていない。そう、まさに今、新開に対して邪な感情を抱いている男に勝負を挑んだということを。その男は酒にめっぽう強いということを。……新開は、わかっていない。
「……ったく、オレを信用しすぎだろ」
「ん?」
「いや、なんでもねーよ。そんじゃあオメーが勝ったらオレがなんか一個聞けばいいのか? まぁ、オレが勝つに決まってンだけどナ」
「あー……オレが勝った時は……持ち帰りたい
「あ? なんつった?」
「今日こそ……靖友を持ち帰りたい」
 まさかの言葉に耳を疑う。聞き間違いだった場合を想定して慎重に返事を探す荒北に対し、新開は照れくさそうな顔でチラチラと反応を伺っている。その様子を見るにどうやら聞き間違いではないらしい。新開は『持ち帰りたい』と口にした。たぶん、それが何を意味するのかしっかり理解した上で。
「ちょ、ちょっと待て。お前――
「じゃ、じゃあ始めようか」
 耳まで真っ赤にした新開が返事も待たずにジョッキを合わせてくる。戦いの火蓋が強引に切られた。
 

*
「ったく……おい! しっかり歩け! あっ! 寝んなバカ! 寝たらココに捨ててくからな! あー、重てっ……あ? 何ィ? 腹減った? コイツ……っざけんなよてめェ」
「すまないな、荒北」
 新開を挟んだ向こうから福富が謝罪を述べる。3人分の荷物を抱えている彼は、道の先を指差して「もう少しだ」と告げた。
「なんで福ちゃんが謝んだよ。全部コイツがワリィんじゃねーか。飲めねェくせにふっかけてきやがって、結局このザマかよ。カッコワリィにも程があんだろ」
 わざと大きな音を立てて舌打ちしてみたが、当然ながら新開には通じない。荒北に右半身を預ける格好でぐったりと項垂れつづけている。徐々にずり落ちてくる新開の右腕を自身の首に巻き直しつつ、荒北はとある疑問を福富に投げかけた。
「なぁ福ちゃん、コイツいっつもこんな飲み方してるわけェ? 危ねェんじゃねーの?」
「いや、いつもはほとんど飲まない。ここまでの状態は初めてだ」
「は? 嘘だろ。飲めねーのかよ」
「新開は飲むより食べる方だからな。無理に飲まされそうになった時は石垣が代わっている。ヤツはかなりの強者だ」
「へぇ、石垣が」
「ああ。いわゆる“ザル”というやつだな」
「フーン……おもしろそうじゃナァイ」
 人の良さそうな石垣の顔が浮かんでくる。見かけによらないものだと興味を惹かれ、ぜひ飲み比べてみたいと闘争心が刺激された。が、今はそれどころじゃなかったと思い直して、先行する福富に続いてアパートの階段をゆっくり上る。
 手慣れた様子で福富が鍵を開け、新開の靴を脱がせて家にあがった。ふたりがかりで布団を敷き、新開のシャツとジーンズを剥ぎ取って、どうにかこうにか横たわらせる。
「だーッ! マジで疲れたァ」
「それじゃあオレは帰るが……本当に任せていいのか?」
「ああ。サンキュー福ちゃん。助かったぜ。コイツはオレが飲ませちまったとこもあるし、責任取って面倒みるわ」
「そうか。何かあれば連絡してくれ。オレの家はすぐ近くだ」
「おー。そんじゃぁまたレースで」
 福富が帰ると途端に手持無沙汰になってしまった。服を剥かれた新開は、仰向けの姿勢で規則的な寝息を立て始めている。
「……ったく、のんきなツラしやがって。いい気なもんだぜ」
 悪戯心から荒北は枕元に屈むと、顔を覗き込んで鼻を摘まんだ。だが新開は眉を寄せただけで微動だにしない。しばらくすると鼻を塞がれて苦しくなったのか、肉厚な唇が音もなく緩んだ。不意に開いた柔らかな肉の隙間。わずか数ミリの領域に無意識に視線が吸い寄せられていた。
 小鼻を解放した指が恐るおそる距離を詰めていく。
 何もしない。ただ少し、ほんのちょっと唇に触れてみるだけ。本当に、少しだけ。ちょっと触れたらすぐにやめる。
 高鳴る鼓動が全身の熱を上げていく。耳と頬がやたらと熱い。
 震える指先が漏れ出る呼吸で濡れた瞬間、荒北の喉がゴクリと鳴った。思った以上に大きな音が出て、ハッとして慌てて顔をあげる。
「何やってんだ……」
 行き場を無くした手を引っ込めて咳払いし、新開から少し距離をあけた場所に座り直す。静けさが落ち着かない。とりあえずテレビをつけて音量を下げ、ポチポチと手早くチャンネルを変えていく。特に見たい番組はないが誰かの声は部屋に欲しい。バラエティ番組を選んだ後はつけっぱなしにしておいた。
 軽く腕を伸ばしつつキョロキョロと室内を見回してみる。
 自転車用の工具、雑誌、積み上げられたCD、雑多に畳まれた服とカーテンレールにかけられたハンガー、何かのメモ、水切りかごに並んだ食器、飲みかけの水が入ったペットボトル、コンセントに挿しっぱなしになっている携帯電話の充電器。日々の暮らしの痕跡がありとあらゆる場所に残されていて、
「そっか、ここで暮らしてンだよなァ……」
と、当たり前の感想が浮かんできた。新開はこの場所を選び、ここで寝起きし、ここで食事を摂って、ここで生きている。高校時代の寮とは何か違う気がするのは“ここ”は荒北が知らない場所だからだろう。
 ずしりと心臓に負荷がかかる。
「あー……マジかよ」
 ショックを受けている自分がいた。
 箱根学園を卒業して約2年。新開と自分が歩いている道はもう同じではない。わかりきっていた事実が、ここに来てようやく実感できてしまった。
 下心を出して家になど来なければ新開の生活具合を知ることもなかった。同じ方面だから自分がつれて帰ると福富が言った時、素直に彼に任せておけばよかった。そもそも勝負など受けなければ新開は酔い潰れずに済んだし、今日の飲み会もよくある思い出の1つとして記憶の中に埋もれていったはずなのに。
「……ざまァねェな」
 自業自得とはいえ胸の奥がひりひり痛む。何か大事なことを忘れている気もするが、それが何だったのか思い出せるほどの余裕は今の荒北には無い。一刻も早く気分転換が必要だった。
「おい、ちょっと出てくるからァ」
 新開に聞こえたとは思わないがひとまず許可を得たことにして、荒北は新開のキーケースを持って外に出た。
 

**
 来る途中に見たコンビニで歯ブラシセットと無地のTシャツ、替えの下着を買った。翌朝用に2人分の菓子パンとジュースも買い、新開のための水とスポーツドリンクも併せて買った。それらを抱えて帰宅しても新開はまだ眠っていたので、荒北はシャワーを借りることにした。
 いつものように手早く湯を浴びて汗を流す。5分程度で身ぎれいになったが、次の問題はどうやって寝るかだった。福富と布団を敷いたときに確認した感じでは客用の布団は見当たらなかった。室内とはいえ晩秋の夜は肌寒い。遠慮して体調を崩すよりは恥を忍んで布団に入れてもらう方が良さそうだ。男同士の雑魚寝なら何度も経験しているし、今晩もそれと同じだと考えればいい。
「……ワリィな、邪魔するぞ」
 新開と背中を合わせるようにして横になる。シングル用の布団に男2人は思っていた以上に窮屈だった。意図せずとも身体のどこかしらが触れてしまい、生々しい体温を伝えてくる。
 目を閉じてみたがすぐに開く。また目を閉じて、今度はぎゅっと瞑ってみる。それでもやっぱり眠れそうになくて、観念した荒北はそろそろと瞼を上げた。緊張と興奮が睡眠の邪魔をしていた。慣れない場所で、しかも隣には新開がいるのだから、どう考えても眠れるわけがない。
「……寝れねぇ」
 悶々として、隣を気にしながら何度か姿勢を変えてみる。このまま一睡もできずに夜を明かしてしまうのでは思ったが、時間と共に徐々に瞼が重くなってきた。混じり合う体温とアルコールの余韻が心地いい。荒北は早々に眠りに落ちていった。
 
 
「とも……靖友」
 名前を呼ばれた気がして意識がゆっくり浮上する。
――ったのか?」
 何か言われているようだが聞き取れない。
「嘘だろ……覚えてない」
 珍しく新開が焦っている。あれだけ酔っていたのだから何も覚えていなくても仕方がない。「あんだけ酔ってりゃな」と鼻で笑ってやったが、本当に言えたのか夢だったのかはわからなかった。
 
 
 水音がしていた。シャワーを浴びる音だろうか。隣を手で探ってみると新開がいた場所がぽっかり空いている。起きたなら水を飲ませないとと思うものの、眠気が邪魔をして手足が言うことをきいてくれない。まどろんでは眠りに落ちて、またフッと意識が戻る。それを繰り返すうちに水音はいつの間にか止んでいた。
 控えめに歩く足音が聞こえてくる。近づいてくるそれに対して「新開」と声をかけた。
「さみぃから早く」
 隣の空間を叩いて目を閉じる。催促に応えてくれたのか懐かしい匂いが隣にきた。戻ってきた匂いを離すまいとして腕の中に引き寄せ、鼻と頬をすり寄せる。
――――
 寝入り端に聞こえた言葉はもしかしたら幻聴だったかもしれない。それでも荒北は「オレも」と応えて眠りについた。
 
 
 目を覚ますと新開の腕の中にいた。いや、荒北も新開に抱きついていたので、正確に言えば一方的に抱かれていたわけではない。
「ん? え……なんっ、ハァ!?」
 状況に驚いて思わず飛び起きる。理不尽にも押し退けられた新開がその衝撃で目を覚ました。彼は欠伸をしながら目をこすり、そして荒北と目が合った途端に見たことのない顔で照れくさそうにはにかむ。
「おはよう。って、なんだか照れるな」
「……どうしたお前」
「ん? 何が?」
「なんだ……その顔」
「顔? 何かついてる? 明け方に風呂は入ったんだけど」
 汚れを探すようにして新開が手のひらで顔をこする。しかし、荒北が言っているのはそういう意味ではない。
「ちげーよ! そうじゃねぇ!」
「違う? じゃあ何?」
 小首を傾げる穏やかな顔。馴染みのある顔面に知らない何かが混じっている。初めて向けられる表情を前にして、荒北はひどく戸惑ってしまった。
 友達でもない、戦友でもない、知らない男が目の前にいる。こんな新開は今までに見たことがない。おまけに彼が纏うあまりにも甘い匂いが余計にクラクラと混乱させてくる。
「靖友?」
 見慣れた垂れ目が今朝は何かが違っていた。視線が合うだけで身体が火照り、胸の辺りから喉元へ向かって謎のムズムズが迫り上がってくる。あまりのむず痒さに心臓を両手で押さえずにはいられない。可視化した音が手と手の隙間から漏れ出してしまいそうなほど、やかましく心臓が鳴っている。
「大丈夫か?」
 目の前の新開が煌めいて見えた。慌てて目をこすっても不可解なキラキラは消えてくれない。
「な……んだァ? お前、オレに何かしたか!?」
「何かって……それはおめさんの方が知ってるんじゃないか?」
「はぁ?」
「だって、その……したんだろ?」
 何かを濁した言い方と、なぜか照れる新開に荒北は益々混乱してきた。
「は? なんなんだよ!?」
 新開が身体を起こして荒北の正面に座る。背筋を伸ばして姿勢を正し、真面目な顔で見つめてきた。
「靖友、オレは本気だ。酔った勢いで手を出したわけじゃない。それだけは信じてくれ」
「……は?」
「こうなったからには一生かけて大事にする。ちゃんと責任取るよ。いや、取らせてほしい」
 頼む、と言って新開が頭を下げようとする。
「ちょっと待て。何言ってんだ?」
「いいんだ。隠さなくてもわかってる。ああ、そうか。昨日の今日だし、そりゃ恥ずかしいよな……オレもまだ信じられないんだ。この辺がフワフワしてる」
 新開が自身の胸を片手でそっと押さえた。
「って、覚えてないオレが言うのもおかしいか。そうだ、身体はどう? 痛いとこない?」
「身体ァ? そりゃ狭ェとこで寝たから腰とか背中とか痛ェけど」
「腰……やっぱりか。すまねぇ靖友。本当に悪かった。他は? 他はどうだ?」
「他ァ?」
 訝しんで眉をひそめた荒北に、非常に言いにくそうな顔をした新開が「その……尻っていうか穴っていうか……どう?」と問いかけた。
「ハァ!? なんでケツが出てくんだヨ! ケツの悩みなんか話してねーぞ!?」
「申し訳ないけど酔ってたから何も覚えてなくてね。嬉しすぎておめさんに無茶しちまったんじゃないかと思ってさ」
「……あ? 無茶?」
「なんていうか……その……今更言っても信じてもらえないだろうけど、こんなつもりじゃなかったんだ。いや、勝負を持ちかけたのは靖友とどうにかなりたいっていう下心でしかないんだけど……ってこれじゃあ語弊があるな。けど、本当におめさんが好きなんだよ。だからこそちゃんと同意を得た上で抱きたかったんだけど、まさか酔った勢いで抱いちまうなんて――
「待て、新開! ストップだ! 一旦黙れ! 喋んじゃねェ!」
 衝動的に手を伸ばして新開の口を無理やり覆う。新開は驚いて目を見開いていたが、抵抗することなく素直に押さえられたままでいた。
(なんだァ!? コイツ、今、スキとか言ったような……それに、酔った勢いで抱いたって言ったか!? マジで何言ってんだ!?)
 今何を言われているのかこれっぽっちも理解できない。置いてきぼりの状態で一方的に話され、与えられる情報量が多すぎて頭がどんどん混乱していく。このままだと脳が疑問符でパンクしてしまいそうで、落ち着いて整理する時間が欲しかった。
 ハァと長めに息を吐き、頭を左右に軽く振る。深呼吸を繰り返して無理やり脳に酸素を送る。
「……いいか、手ェ離すけどオメーは何も喋るなよ」
 新開に言い聞かせると彼は無言で頷いてみせた。それを見届けてから押さえていた手をゆっくり離す。
 聞きたいことは山ほどある。とりあえずは根本的で一番重要な核を確かめることにした。
「……さっき、昨日の勝負は下心があったって言ったなよな。つまりお前は……そういう目でオレを見てたってことで……いい……んだよな?」
 訊ねられた新開が顔を赤くしてゆっくり頷く。それを見て「マジかよ」と心臓が大きく跳ねた。つられて荒北も赤面しかけたが、思えば新開は居酒屋にいた時点で『持ち帰りたい』とすでに口にしていたのだ。
「そうか、それだ! 確かめねェとって思ってたのに、てめェがグダッたせいで完っ全に忘れてた!」
「それは謝るよ。おめさんがあんなに飲めるなんて知らなかったんだ」
「知らねェのに仕掛けてきたのかよ……つーか酔わせて持ち帰ろうとしてンじゃねーよ。男なら堂々と勝負してなんぼだろーが」
「……それができたら苦労しないさ」
「はぁ!? じゃあ仕掛けた側が酔い潰れてンじゃねーよ! 結果的にオメーんちいるけどなァ、これは持ち帰られたんじゃねェからな。誤解すんなよ。酔っ払いを見捨てるわけにもいかねーし、しょーがねーから運んでやっただけだ。福ちゃんにもしっかり詫びとけ。3人分の荷物抱えて案内してくれたんだからな」
「……そうか、寿一も」
 すまねぇと呟いた新開があからさまにしゅんとして俯く。その仕草はまるで親に叱られた幼児のようで、こちらに非はないというのに落ち込む新開を見ていると惚れた弱みからか段々と胸が痛くなってきた。
「まァわかればいいんだヨ。ただし、二度とこんな事すんじゃねーぞ。いいな?」
「そんなの当たり前だ。もちろんしない。っていうか靖友以外にするわけない」
「そ、そーかよ」
 突然グイグイと詰め寄られ、新開の勢いにたじろぐ。おまけに照れが発動してしまい、間近に迫る顔を直視できない。けれど新開はお構いなしに距離を詰めてきて、「信じてくれ」と荒北の視界の中に入ってこようとする。
「わかった! わかったから。いいからちょっと離れろ」
「なあ、おめさんは平気なのか? ほんとにどこも怪我してないんだな?」
「あぁ? だからなんでもねーって! っていうか、オメーはさっきから一体なんの心配してんだよ」
「何って靖友の身体の心配だよ。昨日、おめさんを抱いたのに覚えてないって言ったら、あれだけ酔ってればなってそう答えただろ? 酔った勢いで好き勝手しちまって、おめさんに怪我させたんじゃないかって心配なんだ」
 夜中のやり取りがおぼろげに浮かんでくる。夢の中での会話だと思っていたが、どうやら本当に話していたらしい。
「あー、アレか。って、いやいやいや、抱かれてねーけど!? ってか何、お前オレのこと抱く気でいるわけェ!?」
「もちろん。ん? もしかしておめさんがオレを抱くつもりだった?」
「ハァ!? な、何言ってんだ! なんでそーなるんだよ!?」
「いや、大事なことだ。オレは靖友を抱きたいよ。オレの手で気持ちよくしてあげたいってずっと思ってた。けど、おめさんの意思も尊重する。な、どっちがいい?」
「……ど、どっちがいいって……」
「ん? どう?」
「そ、そんなん今決めることじゃねーだろ……そもそも、オレがオメーをどう思ってるかも話してねぇのに、だっ……抱くか抱かれるか選べって……そんなんいきなり言われてもだなァ
 ゴニョゴニョと言葉尻が小さくなっていく。新開が自分を抱く気でいると知って、ますます顔を直視できなくなってきた。
 顔が熱い。身体が熱い。視線を避けたいのに全神経が新開を意識して仕方がない。
(どうって……は? なん、抱く? 抱かれる? 待てまて、なんだこれ……!?)
 好きかどうかを確かめていたはずなのに、抱くか抱かれるか選べと言う。これではまるで付き合いたてのカップルのようだ。そもそも、互いを想いあっている前提で話が進んでいるが、一体いつ自分の想いがバレてしまったのだろう。荒北は動揺しすぎてわけがわからなくなってきた。
「オレはまだ……抱く? とか? そういう想像っつーか覚悟っつーか、オレとお前がそういうことすんのは考えらんねぇっていうか、いや、したくねェとかそんなんじゃなくてって、待て! 今の無し! あーっ! くそっ、何言ってんだァ? ハァ……わけわかんねぇ……と、とにかくまだその実感ねぇっていうか、先の話って感じで……そん時にどうしてもどっちか選ばねぇとってんなら…………お、オメーは下手くそとかフツーに言いそうだし、満足させる自信もねーから……お前に任すわ」
 何を言っているのかという自覚はあったが、こんな状況下で冷静でいられるはずがなかった。しどろもどろになりつつ、今現在の素直な気持ちを浮かんだそばから言葉にしていく。まとまりが無さすぎて伝わるか微妙なところだったが、それでも新開はうまく汲み取ってくれたらしい。「そうか」と満足げに微笑んだ。
「それじゃあオレは靖友がその気になる日まで、もっともっと勉強しておくよ。だから安心して任せてくれ」
「お、おー?」
「これからは恋人か……なんだか照れくさいよな。今更付き合いが変わるわけじゃないけど、やっぱり“彼氏”っていうのは特別感ある――
「あ! それだよ、それェ! なんでオレが好きなの知ってンだよ!? いつバレたんだ!? いつから知ってやがった!?」
 今にも掴みかかりそうな荒北の勢いに新開が目を丸くする。しかし、すぐにいつもの調子でニッと笑い、「昨日好きだって言ってくれたじゃないか」と思いもよらない答えを返してきた。
「……昨日?」
「正確には明け方かな。おめさんから抱きついてきたの覚えてない?」
「あー……そういや……そんなんあったような?」
「その時に靖友を抱き返して『好きだ』って伝えたんだよ。そしたらオレもって。寝ぼけてたから無効にしろ、はダメだからな。オレはハッキリ覚えてるぜ」
 抱きついたことも、『オレも』についても、一切を覚えていない。しかし、知らず知らずのうちに新開と荒北は両想いになり、晴れて“お付き合い”がスタートしたらしい。こんなにも曖昧な始まりがあってたまるかと抗議するつもりで口を開きかけたが、結局荒北は何も言わなかった。
 荒北は新開が好きで、新開も荒北が好きで、誤解はあったが互いの想いを知ることとなった。まさに願ったり叶ったりと言える。
「てめェが酔い潰れた時はどうなるかと思ったけど、まぁ、結果オーライだな」
 気持ちの切り替えならロードレースで鍛えられている。こうなったからには存分に甘い時間を楽しむしかない。荒北の心はすでに前を向いている。
(……にしても……そのうちコイツに抱かれンのか)
 抱く抱かれるは未だに現実味がないのだが、新開はすでに荒北を抱くつもりでいるのだ。それを思うと興奮に近い身震いが生じて、ソワソワと落ち着かない気分になってくる。
 欠伸をする新開を盗み見て、彼に組み敷かれるところを想像してみる。まだ経験もしていないのに、行為中の新開をたやすく妄想できてしまった。
「オレ……実は結構溜まってンのかも……」
 自分自身に唖然とする荒北に、「ん? 何が?」と新開が柔らかな視線を向けた。
 今抱いてくれと言ったら、きっと彼は抱くのだろう。そして、割りと早いうちにそう言ってしまいそうな自分がいる。
 
 荒北靖友の落ち着かない日々が始まった。
 

***END***

-ペダル:新荒
-,

int(1) int(1)