【新荒】嫌

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大学1年~3年の付き合っている新荒です。
付き合って、別れて、よりを戻すまでの話。
《注意》
・荒北さんが意外と悩みます。
・荒北さんが大泣きします。
・性懲りもなくまたまた酔っ払い話です。

新荒150話目!(シリーズとか前・後編作を1作品として数えたらもっと少なくなるだろうけど…) よく書いたな~!

 
『今だから言えるんだけど、実はオレ、高校んとき靖友に惚れてたんだ』
 その告白はジョークかと疑ってしまうほど、あまりにも突然で場違いだった。
 

 大学1年の夏休み。荒北は高校時代の友人数名と江ノ島海岸に遊びに行った。誘ってきたのは新開だったが、企画したのは今井らしい。
 昼間は海で泳いだり、ビーチに寝転びつつサイクルジャージの跡がついた全身を存分に焼き直したりして過ごした。せっかくだから夕陽でも拝もうかと盛り上がったものの太平洋に陽が沈むわけもなく、代わりに夜の海でも見ていこうという流れになった。
 近くの定食屋で夕飯を摂った後は暗くなった浜辺でダラダラして、謎のテンションから急に相撲が始まった。その最中に「小腹が空いた」と誰かが言い出し、とりあえず駅前のコンビニまで買出しに行くことになり、誰が行くかジャンケンで勝負したところ荒北と新開が行くことになった。
「ったくなんでオレが」
「負けちまったからな」
「アイツらしっかりリクエストまでしてきやがってよォ。リストん中に炭酸あったら思いっきり振っとこうぜ」
「はは。いいねそれ」
 文句を言いながらもコンビニ目指してビーチを歩く。砂浜と国道を繋ぐ横長の階段にはカップルたちが等間隔で腰かけていて、潮風にあたりながらいちゃついていた。
「いいよな。ああいうの」
 荒北同様に彼らが気になっていたのか新開がぽつりと呟く。
「なにが『いいよな』だ。オメーはいくらでもあっち側になれんだろーが」
「いやあ、そうもいかなくてね」
「ハッ! よく言うぜ。高校んときだって何回か告白されてたじゃねーか。どうせ大学でもそうなんだろ?」
「まあ、何回かあったな」
「ほらナ。って、わかっててもなんかムカつくなァ。聞いたオレがバカだったわ」
「まあまあ、そう拗ねるなよ。告白されたってだけで付き合ってないんだ。彼女がいない者同士仲良くしようぜ」
「ハァ!? 拗ねてねーし」
「そう? じゃあ妬いたとか?」
「それこそなんでだヨ」
「なんだ。残念」
「……バカ言ってねーでさっさと行くぞ」
 ハーフパンツのポケットに両手を突っ込んで歩調を速める――つもりだったが、手に生じた違和感に驚いて思わず足が止まってしまった。
 ザラリとした砂の感触。それもビーチで遊んでいて入ってしまったという量ではない。
「何だコレェ!?」
 突然現れた存在に慌てていると、耐えかねたような笑い声が聞こえてきた。
「やっと気づいたか。おめさん、砂入れられてんのまったく気づかないんだもんな。フツー気付くだろ」
「てめェがやったのか?」
「オレだけじゃない。みんなだよ」
「なっ……はぁ!? みんなァ!?」
「代わるがわるこっそりな。いつ気づくかなって結構スリルあったぜ」
「クソッ……やられた。オメーらなぁ、ひとをオモチャにしてんじゃねーよ。ったく、バカしかいねェ」
「そうだな、バカかもな」
 ニヤニヤ笑う新開に舌打ちし、ポケットを引っ張り出して砂を払う。入っていた砂は思った以上に多くて、なぜ気づかなかったのかと自分の隙を憂う程の量だった。
 荒北が砂と格闘している間も新開は声を抑えて笑い続け、ムッとした荒北はおもむろに屈んで足元の砂を握った。
「おい新開。オレと仲良くしてェんだよなァ? ちょっと来いよ」
「……おめさん今砂握ったよな?」
「砂ァ? なんのことだ?」
「右手だよ、右手。とりあえず砂は捨てようか」
「遠慮すんなって。仲良くしようぜ?」
「そりゃあ仲良くしたいけど、その前にその砂――ちょ、うわっ、待ってくれ! ほんとにいらねぇって!」
 逃げる新開を捕まえてパーカーのポケットに砂をねじ込む。しかしながらポケットにはすでに砂が溜まっていて、拍子抜けすると共に新開と顔を見合わせてしまった。
「オメーもやられてんじゃねーか」
「……だな」
 新開がポケットの中の砂を掴み、「こんなに」と手のひらに乗せて見せる。数秒間の沈黙が流れて、遠くで鳴った車のクラクションを合図にどちらともなく吹き出していた。
「なんで気づかねェんだよ」
「いやあ、意外と気づかないもんだな」
 そこまで可笑しくもないのに、夏のテンションがそうさせるのか笑い声が止まらない。肩を組んで互いに支えながら息が切れるまで笑ってしまった。
「あー、笑った笑った。なんかツボ入っちまった」
「ああ。自分でも引くほど笑ったな。こういうバカができるから、男同士で遊ぶのは楽しいんだろうな」
「だナァ」
 荒北が涙をぬぐうと隣で新開も目元をぬぐう。しかし彼はまだ余韻が消えないらしく、再び肩を揺らし始めた。
「んだよ、いい加減正気に戻れって。オメーが笑うとつられんだヨ」
「いやあ、楽しくてさ。笑うなって我慢すると余計に笑っちまうっていうか――
「バァカ、だから笑うなって」
 結局堪えきれずに荒北もつられて笑ってしまった。耐えようと頑張っても我慢しきれずプッと吹き出し、歩きながらクスクス笑う。すると突然新開が「今だから言えるんだけど」と打ち明け始めた。

「今だから言えるんだけど、実はオレ、高校んとき靖友に惚れてたんだ」

 月明かりに照らされた江ノ島海岸。国道を走る車の音と背後から聞こえてくる波の音。すれ違う人たちの話し声、携帯電話の着信音、ビーチサンダルが擦れる音。その中に混じる場違いで突拍子もない告白。
「は? なんつった?」
「……二度も言う勇気はさすがにないって」
 確かめるまでもなく、聞き間違いではないと新開の表情が物語っている。からかわれているのかとも思ったが、新開は冗談で告白するタイプではない。
 好意を意識した途端に顔面が一気に熱くなった。耳の辺りがシンジン痺れ、全力スプリントの最中のように心臓が跳ねる。
(な、なんか言わねーと……)
 何か答えなければ、新開はきっと話題を変えてしまう。この時間は無かったことにされて、もう二度と触れられない。ただの思い出になる前に早く何か言わないと。とにかく早く。早く何かを。
 この時に吹いた潮風の匂いを荒北はまだ覚えている。
「あー……実はァ、オレも」
 気がつけば荒北は忘れ去ろうとしていた淡い想いを口にしていた。
 
 
*
 夏に実った恋は驚くほど順調にいき、空き時間をどうにかして作っては互いの家を行き来して、友人以上の関係を築いていった。
 手を繋ぎ、キスをして身体を預け、共に朝を迎える。身体に残った事後の痕跡にいちいち赤面しなくなった頃、慣れと慢心が余計な隙間を荒北に与えた。
 ネガティブな妄想は精神的な余裕があるからこそ生まれてくるのかもしれない。
 まず、飲み会の報告が気に障り始めた。バイトを理由に誘いを断られた時、言葉にこそしないものの「ほんとかよ」と疑いを抱くようになった。そして新開の家に遊びに行ったときは、まず第一に他人の影を探す習慣ができてしまった。
 荒北も飲み会に誘われたら参加するし、バイトが理由でデートを断った事も何度かある。むしろ荒北は飲み会の報告などわざわざしないし、メッセージや電話は新開からが圧倒的に多い。にも関わらず自分のことは棚に上げて相手ばかりを責め、別れたいわけではないのに別れに繋がる行動ばかりしてしまう。
 新開と付き合い始めてから、第三者に「荒北、なんか丸くなったな」とからかわれる事が増えたのも嫌だった。もちろんその第三者は荒北の雰囲気の変化を感じ取ってそう言っただけであって、新開と荒北の関係を知るはずもない。けれども荒北はもしかしたらバレたのではと疑心暗鬼になってしまい、そのせいで日常の些細な言動にも気を張る癖がついてしまった。
 さらには新開の存在によって心と身体が造り変えられていくのも不安でしかなかった。
 大学の友人たちと何か予定を立てる際には、まず第一に新開の予定を気にかけるようになった。セックスを繰り返すうちに身体が挿入行為に慣れて顕著な反応を示すようにもなった。心身共に確実に変わり始め、恋愛経験が乏しい荒北にはそれが当たり前で普通のことなのか判断できず、どちらかと言えば変わっていく自分に対して不安の方が大きかった。
 他人の目を気にし、離れている恋人を疑い、他人によって乱されるペースを厭い、好きが大きくなればなるほど自分自身に嫌気がさして、このままでは愛想を尽かされてしまうのではと嫌な妄想を描いてしまう。
 他者に惹かれていく新開を見るのは嫌だった。そうなった時、確実に嫉妬するだろう自分が嫌だった。鬱陶しい。煩わしい。面倒くさい。そもそも恋愛ごとなんて自分には向いてなかった。もっと気楽にやるつもりだったのに、いつからこんなに弱くなったのか。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ――
「……捨てちまうかァ」
 大事なものを捨ててしまう“捨て癖”があるわけではない。諦めて捨てたからこその苦しみも充分すぎるほど知っている。だが、捨てたからこそ得られた平穏や、逃避することの楽さも覚えてしまっている。
 連絡も入れずに上京した荒北は明早大を訪れて新開を呼び出し、唐突に「別れてくれ」と告げた。当然ながら新開が素直に応じるわけもなく、そう望む理由を説明してくれと真剣な目で問いただされた。しかし荒北は自分が悪いとしか説明できなくて、平行線のままただ時間だけが過ぎ、最終的に新開が折れる形で別れを承諾した。
「わかった。いいよ。おめさんがそうしたいなら」
 理不尽なことに、そう言われて初めて別れることが惜しくなった。まるで諦めるような言い方にも少なからずショックを受けた。
 新開なら断ってくれるだろうと心のどこかで望んでいたのかもしれない。別れに反対して荒北の考えを変えようと必死に説得し、どうにかして回避してくれると期待していたのかもしれない。
 自分が望んだことなのに東京からの帰り道はまったく心が晴れなかった。そして、静岡に戻ってからは尚更酷くなる一方で、新開が何をしているのか前以上に気になってしまった。
 レース会場で顔を見れば胸が痛くなるほど恋しくなった。友人として振る舞う新開に戸惑い、優しくない“普通の”態度に苛立ち、自ら捨てた関係を惜しんで心の中で密かに嘆いた。
 1ヶ月が過ぎ、2ヶ月経ち、3ヶ月目を迎えても後悔の終わりは見えてこない。新しい恋人はもうできただろうか。誰かと寝たりしているのだろうか。次にレース会場で会った時、知らない相手が隣にいたらその事実を受け止め切れるだろうか。そんなことばかりが胸を締め付けてくる。
 互いにフリーになったのだから恋人を作ろうが誰と遊ぼうが自由なわけで、その事実が荒北をじわじわと苦しめていた。手離した新開を想い、彼が何をしているのか常に考え、誰といるのか思い煩い、逃げた自分を責めて過ごす。
 別れる前以上に感情に振り回されていた。これでは別れた意味がない。自分は選択を間違えたのだと気がつくには、さほど時間はかからなかった。その後悔を振り払いたくて無我夢中でペダルを回し、空いた時間はバイトに明け暮れ、別れてからは毎日そんな風に時間が過ぎて、半年ほどで限界がきた。

【土曜日暇? そっち行く用事あるから飯行かね?】
 
 用事など何もなかった。だが、会いたいのだと正直にメッセージを送っても断られてしまうかもしれないし、断られても仕方がないくらいに酷い別れ方をした自覚はある。だからこそ荒北は新開が重く受け取らないように、かつ、断られてもそれほどダメージを受けないように軽い口調を装ってメッセージを送ってみた。ブロックも既読無視も覚悟の上だったが返事は意外なほど早くきた。
 それから数日後の土曜日。明早大学の最寄り駅で待ち合わせたふたりは、新開がよく行くと言う居酒屋に入って乾杯した。
 手のひらが汗でベタベタになるほど緊張しきっていた荒北は1杯、2杯とジョッキを一気に飲み干し、3杯目あたりからようやく新開の顔をまともに見られるようになった。4杯目、5杯目とひとりでピッチをあげ、6杯目に差し掛かったところで硬さが抜けた。7杯目で新開の笑顔にホッとして、8杯目で意図せず涙腺が緩み、やっぱり好きだと思い知らされた瞬間、記憶が飛んだ。

-新荒
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int(1) int(2)