【新荒】クリスマスプレゼント

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・高校3年の新荒です。
・クリスマスプレゼントと添い寝の話。

※次→『25日の約束』

 
 消灯時間からおよそ30分後、荒北靖友は自室のドアノブを静かに回した。控えめにドアを開けて顔を覗かせ、廊下の様子を伺う。誰かがいるはずもないのだが、無人をきちんと確認してから自室を出た。
 生徒たちが寝静まった寮内は、どんなに気を遣ってもサンダルの音が響いてしまう。自分の鼓動や息遣い、廊下に設置された自動販売機のモーター音でさえ普段以上に耳につく。すべての音が大きく聞こえてしまうのは、自分が今規則違反を犯しているせいかもしれない。
(ったく……なんでオレが)
 心の中では罵っているものの、こうして素直に実行しているのだ。情けないことに自分は彼に対してめっぽう甘い。

「今年が最後だろ? 頼むよ。な?」

 すがるような眼差しが可愛らしく見えたのは完全に惚れた欲目かもしれない。お願いだからと粘られてしまっては無下に断るわけにもいかず、結局その“お願い”とやらを聞き入れてしまった。しかし、冷えた廊下を歩いているうちに段々と冷静になってきて、「何してんだオレは……」とため息をつきかけたところで目的の部屋へ到着した。
 ドアを目の前にすると途端に緊張感が湧いてきた。飽きるほど見てきたこのドアも夜中に目にしたことは一度も無い。
 ふう、と息を吐いてからドアノブをそっと握る。冷えた感触が指に痛い。ゴクリと唾を飲み下した音が思いのほか大きくて、荒北はわずかに焦りながらドアノブを回してみた。約束通りに鍵はかけられていない。念のためにもう一度左右を見回して、荒北は室内に足を踏み入れた。
 

*
「それじゃあ一緒に寝てほしいかな」
「……は?」
 返事の意味を理解しかねて自然と眉間に皺が寄る。話題はクリスマスプレゼントのはずだった。「なんか欲しいもんねーの?」と十数秒前に荒北が問いかけたのだが、その返答にしては何かおかしくないだろうか。
「今、寝るっつったか?」
「ああ」
「寝るって……オレが、お前と?」
「もちろん」
 寝る。今度はその意味を測りかねて言葉が詰まる。荒北が瞬時に思い浮かべたのは隠語の“寝る”だったが、ソッチでいいのかとはさすがに聞きづらいものがある。

『オレには確かに好きな人がいる。失恋したって思ってたんだけど、オレの勘違いだったらしくてね。その相手っていうのがさ……オレは、オレが好きなのは……靖友、おめさんなんだ』

 朝日の中で受けた予期しない告白。あの日以来何度も反芻して、そのたびに毎回ニヤけている。しかし、付き合っているという実感が未だに湧かないくらいには2人の間は何も進展していない。
 互いに好きだと確認し合い、いわゆる恋人と呼ばれる仲になった。2人だけで昼ご飯を食べたり、共に帰ったり、小田原駅までの範囲内でデートらしきものはした。けれど、それ以外は何も無い。手を繋いだり、キスをしたり、もちろんその先も……当然無い。だからこそ“寝る”の意味をどう解釈したらいいのかわからないでいる。
「誤解されないように言っておくけど、寝るってのは変な意味じゃないぜ? 純粋に隣で寝て欲しいんだ。朝目が覚めた時に隣に誰かがいるっていうのを経験してみたくてね」
 そう言われてもまだ何も答えられない。その気持ちが顔に出ていたらしく、新開は更に言葉を続けた。
「疑ってる顔だな。それなら消灯後に時間をおいた後で来てくれよ。オレは一度寝ついちまったら滅多なことじゃ起きないし、ベッドに入ればいつも大体5分くらいで寝ちまうんだ。30分、いや15分もあれば確実に寝てる。おめさんが来る頃にはとっくに夢の中だ。変なことなんて何もできないよ」
「いやいやいや。さらっと消灯後ってぬかしやがったけど、見つかってヤベェのは明らかにオレじゃねーか。違反してまでオメーと寝んの? メリットはなんもねぇし、その“誰か”ってのも気に入らねェ。オレじゃなくてもいいってことじゃねーかヨ」
「そこで突っかかるなよ。誰かっていうのはもちろん靖友に決まってるだろ? 照れるからそう言わなかっただけだ」
「……あっそ」
「一緒に過ごせるのは今年が最後だろ? 頼むよ。な?」
「無理」
「頼むよ。この通り」
「無理だっつってんだろ。そんな顔してもダメなもんはダメだ」
「ほんとに寝るだけだから。靖友、頼む。な?」
「……ったく……おい、マジで寝るだけなんだな?」
「ああ。それだけで充分だ」
  
 暖房の名残りで室内の空気はまだ少しだけ温かい。常夜灯は荒北のために点けておいてくれたのだろう。そのおかげでベッドまでは難なく辿り着けた。
 部屋の主は壁側を向いて眠っていて、彼の背中側には人ひとり分のスペースが空けられている。
(……ご丁寧にドーモ)
「おい」
 後頭部を軽く指先でつついてみる。しかし、反応がないどころか身じろぎすらしない。本人の申告通りに新開はぐっすりと寝入っているようだ。それでも起こさないよう気をつけながら布団をそろそろと捲り上げる。まずは露わになったマットレスに腰を下ろし、「……お邪魔しまース」と呟いて身体を横たえた。
(やっぱせめーな)
 シングルタイプのベッドは元から2人寝には適していない。有無を言わさず身体のどこかが触れてしまう。新開の背中と荒北の右腕。くっついた部分で2人の熱がひとつになる。
 首だけ動かして右を見た。うねる髪の毛と後頭部が目の前にある。無防備な首筋に噛み付くことも、背後から抱きしめることも、やろうと思えば簡単にできてしまう。溶け合う体温は気持ちがいいし、呼吸するたびに新開の匂いが肺を満たしてくる。隣で寝ているという今の状況は、荒北の邪な部分をじわじわと煽動し始めた。

『……おい、マジで寝るだけなんだな?』

 あの時荒北は“寝るだけ”を確認したわけではない。“寝る以外に何もしないのか”を暗に仄めかしてみたのだが、言葉にしないものが伝わるはずもない。
 身体を起こして新開をじっと見下ろす。規則的なリズムの寝息が聞こえてくるだけで、彼が目を覚ます気配は微塵もない。ベッドに片手をついて顔を覗き込んでみても同様で、こっちの気も知らない呑気な寝顔がそこにあった。
「マジで寝るだけかヨ……期待させんな、バァカ」
 悪態をついた唇で眼下の頬に触れる。ほんの2、3秒ですぐに離れた後は新開に背を向けて布団を被った。背中の温もりにどうしても意識が向いてしまうが、見ているだけよりは幾分マシな気がする。
 悶々とした昂ぶりを抑えて目を閉じる。高校1年から想い続けた恋が思いがけず実ったのだ。寝て欲しいと言われて、何かしらを期待しないわけがない。
 “彼氏”という立場になれただけで、側にいられるだけで満足だと思っていたはずなのに。1つが満たされてしまうと次の欲が湧いてくる。むしろ、そういった年頃なのだ。新開がどうかは知らないが、荒北としてはしたいものはしたい。それに尽きる。
(あー……さっさと寝よ)
 背中の温もりが恨めしい。無理やり目を閉じた荒北は頭の中で羊を数え始めた。50匹目を数えかけたところで新開が身じろぎし、途端に訪れかけていた荒北の眠気が霧散した。
 強制的に背中に意識が集中する。自然と身体がこわばって呼吸が浅く短くなった。新開の寝返りに合わせてマットレスが揺れる。荒北は聞き耳を立てながら静寂が訪れるのをじっと待った。
――ッ!」
 その時、突然後ろから抱きつかれて身体が跳ねた。抱きついたというよりは腕が乗ってきたに近いかもしれない。もしかして荒北を抱き枕か何かと勘違いしているのだろうか。戸惑っているうちにピッタリくっつかれてしまい、余計に身動きが取れなくなった。
(あっつ……)
 自分の身体が熱い。くっつかれている部分、背中側が一番熱い。鼓動を早める胸の辺りも熱い。耳と顔がチリチリと熱い。動けずにいる下半身も熱い。つまり、全身が熱くてたまらない。
 へその辺りに触れていた手のひらがぴくりと動いた。ゆっくり移動し始めた手は荒北の肘を撫で、手首に触れ、握り拳の上で止まる。指と指の間に無理やり指先を突っ込んできたところで何かがおかしいとようやく気がついた。
「……おい。起きてンだろ」
「……寝てるぜ」
「はぁ? めちゃくちゃ起きてンじゃねーか! てめェ、いつから起きてやがった? まさか最初っからじゃねーよな!?」
「……悪い。そのまさかだ」
 という事は頬にこっそりキスした時も新開は起きていたのだ。
「なっ、は、ハァ!? だって5分もあればすぐ寝付くって――
「いつもはな。けど……」
 新開の腕に力がこもる。ぎゅうっと抱きしめられ、荒北の身体も腕の力に負けないくらい緊張でこわばった。
「今日は楽しみすぎて無理だった」
 照れくさそうに囁く声。消え入りそうなその声が荒北の心に見事に刺さった。込み上げてくる愛おしさで喉元がむずむずしてたまらない。
「なあ、靖友」
「な、なんだよ」
「期待してくれたんだ?」
「ッ! な、はぁ!?」
「さっきそう言ってただろ?」
「あっ、アレはァそういうんじゃなくてだなァ」
「すげぇ嬉しかった。おめさんにはとっくにバレてると思ってたし」
「あ? 何が」
「……隣で寝てほしいっていうお願いが部屋に呼ぶためのただの口実だってこと」
「……」
「誘っといてなんだけど、いざとなると何もできないもんだな。恥ずかしくて顔も見れないよ。あ、でもおめさんと一緒に朝を迎えたいってのは嘘じゃないぜ。目が覚めた時に隣にいてくれたらって、本当にそう思ってる。でも、寝たふりしたのは悪かったよ」
 騙されたことなど最早どうでもいい。呆れるほどの速さでとっくに許している。
 後ろを振り返りたい。照れた顔が見たい。「ガキかよ」とか、「最悪だぜ。マジで騙された」と一言二言なじった後で一緒にクスクス笑いたい。
 ベッドに入った時とは違った種類の、どちらかといえば甘酸っぱい欲求が荒北の胸に広がっていた。けれど荒北も新開と同じくらいに照れていて、今こそ一歩前に進むための絶好のチャンスだというのにこれっぽっちも手が出せない。たくさんの想いを抱えながら「今日は大人しく寝とけ。さみーし」と無愛想に言葉を返した。
「……うん。だな。来てくれてありがとな靖友」
「……うっせー。いいから寝ろ」
「ああ。おやすみ」
「……おー」
 それを機に新開は一言も喋らなくなった。本当に眠ってしまったのかはわからない。ただ、柔らかな息遣いと体温は彼がすぐそこにいるのだと実感させてくれる。
 抱きかかえられたままでは眠れそうにないと思っていたが、目を閉じているうちに次第にうとうとし始めた。人肌が思った以上に気持ちいい。他人の体温はホッとするような癒しを与えてくる。荒北はいつの間にか眠りに落ち、暖かで幸せな夢を見た。
 

**
 身についた習慣とは恐ろしいもので朝練の時間に目が覚めた。室内の様子に違和感を抱いたが、新開の部屋に泊まったことをすぐに思い出した。
 早朝の静けさが覚醒しつつある意識を夢の中に引き戻していく。二度寝しようとして寝返りを打ちかけた時、枕元にあった何かが床に落ちた。
「なんだ?」
 ベッド下を確かめるべく身を乗り出す。布団から出た部分が一瞬にして冷え、全身が鳥肌まみれになった。腕をさすりつつ目を凝らして“何か”を探すと、ベッドのすぐ脇に小ぶりの青い紙袋が落ちている。拾い上げてみれば『靖友へ』と書かれた付箋が貼ってあった。
「オレ宛……?」
「オレからのクリスマスプレゼント」
 不意の声に驚いて後ろを見る。いつから起きていたのか、嬉しそうに目を細める新開が荒北を見ていた。
「たいしたものじゃなくて悪いんだけど、ほんの気持ちってことで」
「え、いや、だってオレ、なんもいらねェって言ったよな」 
「オレがあげたかったんだ。まあ、開けてみてくれよ」
 早くと催促されたので恐るおそる袋を開ける。フルフィンガータイプのサイクルグローブが入っていた。
「冬用がもう一つ欲しいって言ってただろ? 実用的な物なら貰っても邪魔じゃないだろうし、いいかなと思ってさ。たくさん使ってくれよな」
「なんも用意してねーのに……オレばっか貰ったらワリィだろ」
「何言ってんだ。ちゃんとお願い聞いてくれたじゃないか。それとも迷惑だった?」
「なっ……! んなわけあるか」
「なら受け取ってくれるよな?」
「そんじゃあ、ありがたく使わせてもらうぜ。サンキューな」
 グローブを手にはめてみるとサイズはぴったりだった。手を握ったり開いたりして感触を確かめる。生地が柔らかいので指が動かしやすい。グローブ自体も軽いし、着けていると暖かい。
「コレ、結構するんじゃねーの?」
「そんなじゃないよ。せっかくだし、今から走りに行ってみる? グローブつけてさ」
 そうだ、と起きあがった新開が足元の方からベッドを下りた。椅子に掛けてあったサイクルジャージを掴むと、バックポケットの中からグローブを取り出して荒北に見せる。
「実はお揃いだったりして」
 照れたように笑うので荒北もつられて顔が熱くなってしまった。今が薄暗い早朝で良かったかもしれない。これが昼間だったなら赤い顔を見られてしまった。
「しゃーねーから行ってやるよ。5分もあれば支度できるか?」
 自室に戻るべくベッドを下りる。「後でな」とドアノブを握ったところで肩を掴まれ、強制的に振り向かされた。
 その瞬間、何が起きたのかわからなかった。ゆっくり離れた新開が「5分後に玄関で」と目を細めて笑う。
「……お、おー。そんじゃ」
 部屋を出て後ろ手にドアを閉めた。
(なんだ、なんだ、なんだァ!?)
 足早に部屋に戻りつつ唇を手で押さえる。まだ鮮明に残る感触を震える指で上からなぞった。
 自室に逃げ込んだ荒北はその場にしゃがみ込んでしまった。準備しないとと思うのに手も足も動いてくれない。
「……あの野郎、どんな顔して会えっつーんだよ」
 今キスした相手と数分後には顔を合わせる。貰ったグローブを固く握りしめ、荒北は途方に暮れて溜息をついた。
 

***END***
※次→『25日の約束』

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int(1) int(1)