【新荒】25日の約束

◆◆ caption ◆◆
・大学1年の新荒がクリスマスに初エッチする話。【R-18】
・R-18ですが描写は挿入まで。内容もあっさりしています。
・荒北さんが「抱くか抱かれるかどっちがいい?」的な質問をしていますが、私が書くものは当然新荒です。

 
 12月25日。大学生になってから初めて迎えたこの日、新開隼人は都内某駅の改札前に立っていた。
 週末の金曜日、それも帰宅ラッシュのピークに近い時間帯のせいか駅構内には人が多い。なるべく改札が見えやすく、向こうからも見つけやすい場所を探して陣取ると、壁に背を預けて電車が到着するのをじっと待った。
(……緊張してるな)
 待ち合わせ場所に立った瞬間、いや、予定を決めた数週間前から新開は落ち着かない日々を過ごしてきた。こうして顔を合わせるのは実に半年ぶりで、そのせいもあって余計に意識してしまうのかもしれない。
 腕時計をチラリと見る。電車が到着するまで残りわずか。新開は緊張と期待が入り混じる数度目のため息をついた。
「新開ッ」
 不意の声に驚いて横を向くと、まだ居ないはずの荒北靖友が片手をあげてニッと笑った。顔を見た瞬間に心臓が激しく鼓動し、咄嗟に握った拳が汗で湿っていく。
「よお、久しぶりィ」
「や、すとも!? あれ? なんで? オレ、間違えた?」
 腕時計と荒北の顔を交互に見る。それだけで理解したらしい荒北が「一本前のに乗れたから」と照れくさそうに鼻の頭を指でこすった。
「言ってくれたら時間合わせたのに。待ったんじゃないか?」
「たいして待ってねーよ。マジでたまたま乗れただけだから気にすんな。つーか元気そうだな。福ちゃんは? 元気してんの?」
「ああ。変わらずだ」
 普段通りの自分の声にホッとした。最初こそ驚かされて動揺したが今のところは順調に話せている。
「なぁ、ワリィんだけどとりあえず飯にしねェ? 朝から色々やってて、まともに飯食ってねーんだよ」
 荒北が腹部を手でさすって訴える。それを見た新開の胃がつられて鳴って、そこで初めて自身の空腹に気がついた。
「そうだな、そうしよう。靖友は何が食べたい? リクエストは?」
「断然ラーメンだな。こないだ美味い店見つけたって言ってたろ」
「いいね。でもラーメンでいいの? クリスマスって感じじゃないけど」
「んなもん関係ねェ。オレは今ラーメンがスゲー食いてェんだ。どうしてもってんなら帰りにコンビニで肉でも買えばいいだろ」
「ケーキも買う?」
「好きにしろ」
「よし、決まりだな。それじゃあ行こうか」
 横並びで歩きながらラーメン屋の詳細とお薦めのメニューを荒北に話して聞かせる。第三者からは“彼女がいない者同士で過ごすクリスマス”に見えているかもしれない。けれど実際はまったく違う。
 12月25日、約束の日。今夜、新開と荒北は初めてセックスする。
 

1.
 11月半ばにもなると街中はイルミネーションで彩られ、あちこちでクリスマスソングが流れるようになった。そして新開と荒北の会話にもクリスマスの話題がのぼるようになっていた。
『なんか欲しいもんねーの?』
 携帯電話を持つ新開の頬が自然と緩む。去年聞いた質問を今年も聞けたことが素直に嬉しい。
「欲しい物か……うーん……靖友は?」
『オレェ? オレは特になんも』
「なにも? 去年もそんなこと言ってなかった?」
『なんもねェんだからしょーがねーだろ。つーか今はオメーに訊いてんだけどォ?』
「オレも特に無いよ」
『はぁ? 嘘つけ。1個か2個くらいなんかあんだろ。チャリ用品とか読みてェ本とかァ』
「それ、そっくりそのままおめさんに返すよ」
『だからオレはいいんだっつーの。おら、さっさとなんか絞り出せ』
「そんなこと言われてもなぁ。お互い何も無しってことでいいんじゃないか?」
『よくねーんだよ。去年はオレだけ貰っちまったからな。借り作ったままってのは気が済まねェ』
「借りって……貸し借りの問題じゃないと思うぜオレは」
『うっせーな、いいからなんか答えろよ』
 荒北の性格上、新開が何かリクエストしない限り引き下がらないだろう。だが、欲しい物と言われてもすぐには思いつきそうもない。そこで新開はしばらく悩んだ後で「靖友、かな」と冗談半分で答えてみた。
 冗談半分と言っても残りの半分には“あわよくば”の期待と本音が込められている。荒北と付き合い始めて約1年。手つなぎとキスはとっくに済ませたというのに、それ以上はまだ無い。そもそも会える機会が少ないので月日だけが過ぎてしまったようなものだが、来るべき時に備えて同性とのセックスの仕方も勉強したし、それらを実践してみたい気持ちは充分すぎるほど持っている。けれど一歩踏み込んでみるだけの勇気も時間も無く、今日までうやむやにしてきてしまった。だからこそ今がチャンスとばかりに荒北が欲しいと言ってみたのだが……肝心の返事がない。
 5秒、10秒、互いに無言のまま沈黙だけが静かに流れる。これは失敗したかもしれないなと密かに新開が焦り始めた時、荒北が『わかった』と返事をした。
『で、どっちがいいんだ?』
 てっきり一蹴されて終わると思ったのに。新開は耳を疑う返事に拍子抜けしてしまい、荒北が言う“どっち”の意味をすぐには理解できなかった。
「ん? “どっち”ってのは?」
『あ? フツーは最初に決めんじゃねーの?』
「決める? ええと……何を?」
『なっ!? てめェ、遊んでんじゃねーぞ! 言い出したのはそっちじゃねーか。ほんとはわかってんだろ!?』
「遊んでないよ。で、何のこと?」
『はァ!? だからァ……だっ、抱くか抱かれるかどっちがいいンだって話ィ! 流れ的にわかんだろーが!』
 抱くか抱かれるか。新開は元から自分が抱くことしか頭になかったので、選択肢の存在はまさに目から鱗だった。それに荒北の声で問われると妙にドキッとしてしまう。
「なるほど……そうか、そうだよな。ええと……できればオレは……抱きたい、です……」
『……なんで敬語なんだヨ。まぁいい。っし、わかった。そんじゃー25日はソレで決まりな。場所はオメーんちでいいか。そのまま実家帰れるし』
「え。でもうちの布団、1組しかないぜ?」
『バァカ、一緒に寝んなら問題ねーだろ』
「あ、それもそうか」
『オメー大丈夫かァ? しっかりしろよ。あ、ワリィ明日早ェからそろそろ寝るわ。そんじゃーまたナ』
 とんでもなく大事な約束をした割にはあっさり通話が終了し、12月25日まであっという間に時間がすぎた。
 あの時は気がつきもしなかったが、抱かれたいと答えていたなら荒北はそれに応えてくれたのだろうか。それに選択肢があったということは、彼はどちらの立場になってもいいように考えていたということになる。
 荒北がそんな素振りを見せたことは今までに一度もない。うまく隠してきたのか、それとも新開が気づかなかっただけなのか。一体いつから考えていたのだろう、と新開は隣を歩く恋人をチラリと見た。今この瞬間でさえ“荒北”と“セックス”の2つは結び付かない。約束さえも夢だったのではと疑いたくなるほど、彼は普段通りの顔をして歩いている。
(今日……本当にするんだよな……?)
「なんだよ」
 不意に目が合い、心臓が小さく跳ねた。ごまかす前にちょうどいいタイミングで目当ての店が見えてきたので、「あの店だ」と指をさして荒北の注意を逸らした。
 店内はほどほどの込み具合だったが5分も待たずに席に通された。広くはないカウンター席に腰を下ろし、寒い寒いと手をこすり合わせてラーメンを待つ。先に新開のオーダー分が、その次に荒北の分が並べられ、ラーメンを目の前にしてふたりの顔が自然と緩んだ。
「靖友、割り箸」
「おー、サンキュ」
 差し出した割り箸を荒北はなぜかすぐには受け取らない。新開の手元を数秒ほど凝視してから怪訝な顔で受け取った。
「ん? なんかついてた?」
「……親指んとこ赤くなってんぞ。そんな深爪だったっけ?」
「え? あー、コレか。昨日切った時に切りすぎちまって。いつもはこんなじゃないんだけど」
「それって……いや、やっぱなんでもねェ」
 露骨に視線を逸らした荒北が自分の丼を引き寄せる。箸を割る彼の横顔が心なしか赤く見えるが、外気と店内の温度差のせいで頬に赤みがさしているのかもしれない。
 荒北が食べ始めたのを見届けてから新開も箸を割った。麺をすすり、スープを飲み、たまに具と麺を一緒に頬張ってスープで流し込む。一口、二口と箸を進めるにつれて体中がじわじわと熱くなっていく。半分ほど食べ終えたところでグラスに水を継ぎ足し、荒北のグラスにも注いでやった。
「どう? 旨い?」
「確かにうめェ」
「だろ? 靖友も気に入るって思ってた」
「わかってンじゃナァイ。にしてもあちーな」
 気が付けば店内はいつの間にか満席になっていた。荒北が顔を手で扇ぎつつマウンテンパーカーのファスナーを下ろして前をはだける。すると嗅ぎ覚えのある匂いがふわりと漂ってきて、それが荒北が使っているボディソープの匂いだと気づいた瞬間、新開は自分の身体がとうとう発火してしまったのかと思った。
「や……すとも」
「あー?」
「……風呂、入ってきたんだ?」
 麺をすする直前だった荒北が手を止めて新開を見た。丸く目を見開いた顔が今度こそはっきりと真っ赤に染まっていく。無言のまま視線を左右に泳がせているのは誤魔化す言葉でも探しているのかもしれない。それより先に新開が「風呂の匂い……した、から」と告白すると、荒北は観念したのか手元の丼に視線を戻してうなじを掻いた。
「あー……家出る前……な」
 自宅を出る前じゃないと風呂には入れないだろ、とはツッコめなかった。そんなつまらないことを言っている場合ではない。荒北はちゃんと抱かれるつもりでここにいるのだ。交わした約束が突然現実味を帯びてきて、駅で生じた緊張感がぶり返してきた。
「ふっ、風呂ならオレんちにもあるのに」
 そんなことは荒北だって知っている。とにかく何か言わなければと焦った結果、下手な返しになってしまった。
「……入るタイミングわかんねーし……すぐ家行くかもしんねーなって思ったら……先に入っといた方がいいだろ」
「え、すぐって……さすがにそれは露骨かなって思って遠慮したんだけど。そうか、帰ってもよかったのか」
 ハハハと無理やり笑ってみても荒北は笑わない。代わりに「あのさァ」と真面目な顔で切り出し、つられて新開も背筋を伸ばした。
「……正直言って、どっか見に行く余裕なんかねーヨ。腹減ってたのはマジだ。でも、今だってスゲー緊張しててヤベェし、むしろさっさとオメーんち帰りてェって思ってる」
 荒北は一旦言葉を切るとグラスを掴んで一気に水を飲み干した。手の甲で口をぬぐい、ハァと長めに息を吐き出す。
「出かけたいってんなら付き合うぜ。けどオレは間違いなく何しても上の空だ。頭ん中……今はヤることしか考えてねェからな」
 ごくっと鳴った喉の音はどちらのものかわからない。
「で、それを聞いた上でこの後どーする? どっか行くか?」
 気が昂っているらしく新開を見る荒北の目はレース前に似た目つきになっている。しかし、何度も見てきた目と決定的に違うのは、性的興奮を誘う熱を灯していることだった。
 新開は静かに視線を外した。内側も外側も体中が熱くてたまらない。心臓は痛いほどに鳴りっぱなしで、箸を持つ指先に力が入る。下半身に流れる熱を止めようとグラスの中身を一息で飲み干したが、そんなもので堰き止められるような生半可な想いではない。
「……いや、帰ろう。オレも全然余裕ない」
 口元を拭って荒北を見る。すると荒北は「だろうな」と言ってニヤリと笑い、それを合図にして2人は残りのラーメンを黙々と食べ始めた。
 

2.
「新開」
「ん?」
「コンビニ」
「だな」
「肉買うんだろ?」
「いらない」
「ケーキは?」
「それもいらない」
「……ゴムは?」
「もうある」
 コンビニエンスストアには目もくれず足早に家路を辿る。ラーメン屋を出た後はどちらも自然と無口になり、交わした会話はコンビニを見かけた時のやり取りのみだった。
 信号で足を止めた時、新開が鼻を啜った時、荒北が自身の冷えた手に「ハァ」と息を吹きかけた時、幅が狭い道で互いの手が軽く触れた時。ふと隣を見れば視線と視線が絡み合い、無言の会話が交わされた。共鳴する興奮と緊張に急かされて2人の歩調が一段と速くなる。
 アパートの階段を上りきり、もどかしい思いで鍵を開けると足が縺れる勢いで家に入った。まだ玄関だというのに我慢できず、いや、家に着いたことで一気にタガが外れてしまったのかもしれない。施錠した後は靴も脱がずに唇を押し付け合い、我先にと相手を求めた。
 初めて体験する深くて長いキス。暗がりの中で聞こえてくる音はアウターが擦れる音と乱れた息遣いしかない。抱きつき、押し付け合い、舌先を絡めとる。荒北の背中がドアにぶつかったところでようやく唇が離れた。
 衝動的に荒北を抱きしめていた。荒北も新開を抱き返し、首筋に頬を密着させる。うなじを湿らせる熱い吐息と、肌を嗅がれるくすぐったさ。思わず新開は首を竦めて小さく笑った。
「靖友、オレも風呂入ってくるから」
「待ってらんねェ。どうせ出かける前に入ってんだろ?」
「そりゃあ着替える前に入ったけど、もっかい――っ!」
 荒北がデニムの上から新開の股間を掴んだ。驚いて身体を離そうとしたが背中に回された腕は緩まず、むしろ離すまいとして服をしっかり掴んでくる。
「コレ、歩きづらかったろ。夜でよかったな。昼間だったら即バレだ」
 手のひらが膨らみに沿って上下に動く。
「……だろうな」
「物は試しだ。さっさと挿れてみようぜ」
「え……けど、すぐには入らないだろ?」
「心配すんな。とっくに準備完了してんだヨ」
 荒北は新開を離すと自身のアウターのファスナーを雑な手つきで下ろし始めた。急いで歩いたからか、それとも興奮して体温が上がったせいか、内側にこもっていた匂いが外気に溶け出してくる。再びのボディソープの香りが新開の心臓と下半身に甘く響いた。
「準備の意味、わかるよなァ?」
 目の前の唇が薄く笑う。サドルの上だけでなく、この男は煽って焚きつけるのが本当に上手い。
「……余裕ないって言ってなかったかい?」
 負けじと笑みを浮かべてみる。が、情けないことに引き攣らないようにするだけで精一杯だった。
 
*
 靴とコートを脱ぎ、真っ先に暖房をつける。照明は常夜灯のみにして、荒北が上着を脱いでいるうちに布団を敷く。しかし、こんな時に限って布団は丁寧に畳まれていて、早く早くと焦るほどにシーツが纏わりついてきて広がらない。恋人に良いところを見せたいがため、ここ数日間は掃除と整理整頓に力を入れてきた。まさかそれが仇になるとは誰が予想できただろう。
「うわっ!?」
 突然、背中に衝撃を受けた。支度途中の布団がなぜか鼻先にある。シーツと格闘するあまり、忍び寄る気配に微塵も気づかなかった。押し倒されたのだと理解した時には荒北が馬乗りになっていて、どうにかして仰向けになったはいいが、それ以上は動けそうにない。
 暗がりに慣れた目が近づく顔を捉えた。下唇に噛みつかれ、濡れた舌先が唇をこじ開けてくる。同時に脇腹にヒヤリとした空気が触れて、服の隙間から同じくらいに冷えた指先が入ってきた。
「……っ」
 指の冷たさに驚いて全身が小さく跳ねた。それでも指は侵入をやめず、服の裾をたくし上げて迷うことなくベルトを掴む。意図を察した新開も手探りで荒北のベルトを掴み返し、互いに金具を外しあう。
 先に荒北のボトムを脱がせ、次に彼の手を借りて新開もデニムを脱いだ。ふたりとも下半身には何も身に着けていないが、恥ずかしさを覚えている暇など無い。すぐに抱き合い、今度は新開が荒北を組み敷いた。
 唇を重ねつつ互いの性器に手を伸ばす。握り、しごき、愛撫する。どちらも荒々しくて辿々しい手つきだが興奮が勝っているせいか痛みはない。状況に酔い、息は乱れ、早く繋がりたいと気が逸る。言葉のやり取りはごく最小限でほぼ無言に近い。それでも、目や表情が言葉以上に想いを伝え合っている。
 息継ぎのために唇を浮かせると、そのタイミングで荒北が「新開」と名前を呼んだ。続けて「もういい」と吐息まじりに囁く。
「悪い、痛かった?」
「そうじゃねぇ。こんだけ勃ってりゃ充分だろ。さっさと挿れちまおうぜ」
「でも、慣らしたりはまだ何も……」
「準備完了って言ったろ。オメーの気が変わんねェうちに早く済ましてェ」
 早くと急かされて、仕方なしに新開は布団の横にあるカラーボックスに手を伸ばした。並んだ本の隙間から紙袋を引っ張り出してコンドームとローションを準備する。荒北にゴムを一つ手渡し、自分の性器にも装着させた。
「着けたか?」
 問いかけに無言で頷く。荒北は「よし」と応えて布団に寝転び、挿入しやすいように足を開いた。誘われるままに荒北がつくった空間に身体を入れる。腰を落としかけたところでローションの存在を思い出し、雑に絞り出した液体を期待に震える陰茎にたっぷりすぎるほど塗りたくった。
「新開、ソレ貸せ」
「ん? ローション?」
 荒北は返事代わりに上半身を起こすと、何をするつもりなのか新開の右手を掴んだ。ローションまみれの手を見て「爪、ヤるから切ったのか?」と視線を投げてくる。
「え? ああ、そうだけど」
「……そォ」
 荒北が照れくさそうな顔であらぬ方を見る。そして新開の手を引っぱって尻に触れさせた。
「ここに指突っ込めるか? 無理ならいい」
「無理なわけないだろ」
「……そんじゃー、いくぞ」
 グイと手首を引っ張られ、第一関節まで指が埋まる。ローションのおかげで抵抗は大きくない。新開の意思というよりはほぼ荒北主導で根元まで挿れてしまった。
「う……」
 荒北の顔がわずかに歪む。彼の呼吸と身じろぎに合わせて柔らかな内部も動く。
「大丈夫か?」
「平気……指動かせるか? もうちょい手前の……その上んとこ。いや、いきすぎだ。ちょい左、あー……少し下」
 荒北の反応を見ながら言われるままに指を動かす。陰嚢の付け根辺りに触れた時、手首を握る荒北の指にグッと力がこもった。「ここ?」と内部をやんわり押して確かめると、荒北がぎゅっと目を瞑ってコクコクと頷き返す。
「そこっ……その辺、なんかクるっつーか、変な感じするっつーか……まぁ、参考までに」 
 指の付け根がキュッと締めつけられ、同時に中が吸い付いてきた。
 おめさんは自分でそれを見つけたの? 
 言葉にする前になんとか耐えた。新開が『抱きたい』と答えた時から荒北は彼の言葉通りに“準備してきた”のだろう。驚いて、嬉しくて、ゾクゾク震えた。ズルい、悔しい、と歯痒さを覚えた。たくさんの感情が胸いっぱいに溢れてきて、改めて荒北が好きだと思った。言葉にならない想いが幸せで息苦しい。
「変な感じって……それって、いい意味で?」
「……おー」
「そうか。わかった」
 荒北が手を離し、新開も指を引き抜いた。起立した陰茎を握り、濡れた穴の表面に押し当てて軽く息を吐く。
「靖友」
「あ?」
「キツくてやめたいって思ったら本気で殴って止めてくれ。おめさんを気遣う余裕なんてあるかどうか……頑張ってはみるけど自信はないよ。たぶん無理だろうな」
「おー。上等だ。つーか途中で怯むなよ。ひと思いにやれ、ひと思いに」
 セックス中らしからぬ物騒な物言いに苦笑する。しかし、荒北のその態度のおかげで余計な力が抜けた気がした。
「……いくぜ靖友。挿れるからな」
 荒北の返事はない。無言は了承と受け取って、新開は腰を前にゆっくり突き出した。
――ッ! は……」
 視界の隅で荒北の手がシーツを握る。さすがに指のようにすんなりとは入らなかったが、先端が1センチほど中に潜った。左手で荒北の腿を抱え、そのまま腰を推し進める。“ひと思いに”を心の支えにして挿入の深さを増していき、半分ほど挿れたところでようやく顔を上げて荒北を見た。
「靖友、大丈夫か? 辛くない?」 
「……ハッ! 心配すんな。まんざらでもねーからイヤんなるぜ」
 にやりと歯を見せたのはただの強がりか、それとも本心か。それでも多少は無理をしているらしく、挿入の深さが増すにつれて荒北の眉間の皺も深くなった。呼吸は乱れて浅く、胸板が上下したり止まったりと忙しない。それでも荒北はやめさせようとせず、むしろ挿入を後押しするかのように「とめんな」と新開の尻を足で押してくる。
 露出していた陰茎の残りが目視できなくなって、荒北の尻と新開の肌がぴったりくっついた。下半身にまとわりつく窮屈さと温かさ。本当に荒北の中に入ってしまったのだ。感激や達成感に近い感情が新開の目を唐突に潤ませる。
「……入ったぜ。全部っ……靖友ん中、入ってる……」
「だな……」
 荒北が目を細めながら自身の下腹部を手でさすった。手の動きに合わせて内部が収縮し、柔らかな粘膜が陰茎を包み込んでくる。眼下の光景、陰茎に伝わる感触、耳を火照らせる乱れた息遣い。ありとあらゆるものが興奮材料に転じてしまい、挿入し終えたばかりだというのにすでに危うい。歯を食いしばっていないと瞬く間に達してしまいそうで、新開はひとまず視覚を塞ごうとして荒北に抱きついた。ニットとトレーナーという決して薄くない生地越しに感じる鼓動は、どちらもドキドキと存在を主張している。
「やっばいな……心臓破裂しちまいそう……」
「……大げさだって言いてェとこだが……わかるぜ」
「んっ!?」
 荒北が喋りだすと結合部分が緩く締まる。射精感を堪えてみても次から次へと途方もなく大きな波がやってくる。
「う……頼むから靖友は黙っててくれよ」
「あぁ? なんでだよ。つーか動かねーの?」
「……動けない……今動いたら一瞬で終わりそう」
「おいおい、嘘だろ。満足させてくんねーのォ?」
「っ! ……だから喋るなって。頼むぜ靖友」
 情けないことに嘆く声すら震えてしまう。「へいへい。黙りまァす」と茶化した口調で応えた荒北は声こそ出さないものの肩を震わせて笑い続け、そんな彼氏を叱る余裕も無い新開は自らの下半身と我慢比べをし続けた。
 

3.
「新開、おい。新開」
 身体が揺れた気がして目が覚めた。知らず知らずのうちに眠っていたらしく、浴室から戻ってきた荒北に見下ろされていた。
「もうちょいソッチ詰めろ。寝れねーだろ」
「……悪い。待ってる間に寝ちまってたな」
「電気は? 消すか?」
「頼む」
 横にずれて荒北用のスペースを作ると、湯上がりの湿度と匂いが荒北と一緒に布団の中に入ってきた。お揃いの匂いが妙に嬉しい。シングルサイズの布団に2人というのはさすがに狭いが、左半身のさまざまな箇所がくっついているおかげで寒くはない。むしろ、沁み入る彼の体温がホッと安心させてくれる。
 暗がりに慣れない目には荒北がまだ映らない。きっと向こうも同じだろうと、新開はこの状況を利用してとある好奇心を口にしてみた。
「なあ靖友、なんで抱かれてくれたのか聞いてもいい?」
「あ? 抱く側選んだのはオメーだろ」
「あー、ええと、オレが聞きたいのはそうじゃなくて――
「わーってるっつーの。その、あれだ……いいきっかけだと思ったンだよ」
「きっかけ?」
「一回ヤっちまえばハードル下がんだろ? そしたら次からは手ェ出しやすくなんじゃねーかって」
 予想もしていなかった返事に驚かされた。
「……そうか、靖友もしたいって思ってくれてたんだな。そんな雰囲気出さなかったし、そういうのは求めてないのかなって思ってたよ」
「何寝ぼけたこと言ってんだ。ヤリてェに決まってんだろ。こっちは1年前から腹ァ括ってんだよ。オレの覚悟舐めンじゃねーぞ」
「1年前? 去年のクリスマスってこと?」
「まぁ、だいたいその辺だな」
 1年前は2人ともまだ高校生で寮生活を送っていた。一緒に寝たいと言って荒北を誘ったものの結果として何もできず、ほろ苦い思いをした覚えがある。
「去年は初めて一緒に寝たんだったな」
「マジで寝ただけな」
 棘の付いた返事が胸に痛い。
「起きてからキスしただろ? 何もしてないわけじゃない」
「へーへー、そういう事にしといてやるよ」
「しといてって……ん? あの頃から? なんだ、それならもっと早く誘うんだった。靖友、おめさんも言ってくれてよかったんだぜ?」
「……言うな。オレだってそう思ってる。けど、オメーだってそういうの全然見せてこなかったじゃねーか。ヤる気あんのかわかりづれェし、ヤりてェって切り出していいかわかんなかったし、万が一『無理』っつって引かれたら立ち直れねェし、色々ビビってたんだから言えるわけねーだろ。この1年間なんも無かったのはオメーにも原因あると思うぜ?」
 不意に脇腹を小突かれて新開の身体がビクリと反応する。荒北は「ビビッてんじゃねーよ」と楽しげに小声で笑った。
「いやあ……そうか、お互い遠慮しちまってたわけだ」
「だな。まぁ、これでわかったわけだし、次からは遠慮なしでいこうぜ」
「次? 次もしていいんだ?」
「あぁ? 何言ってやがる。自分だけイイ思いして終わりにする気か? それともなんだ、オレのケツが良くなかったとか言わねーよなァ?」
「それはないよ。あれだけ出しといてそれはない。って、オレばっかイってごめんな」
「それはいいっつったろ。そんじゃあ次はオレもイかせるぐらいの気概を持て、気概を」
「気概か……嬉しいけどプレッシャーだな」
 次の約束は嬉しいしありがたい。けど、同時に大きなプレッシャーがのしかかってくる。控えめな声で「……頑張るよ」としか返せなかったが、荒北は「おう。がんばれ、がんばれ」とテンション高めに新開の頭をグイグイ撫でてきた。
 音もなく夜が更けていく。
 1年前にはできなかったことが今年は無事に叶えられた。少しずつ、けれど着実にふたりの関係が深まっている。1年後のふたりはどんな風になっているのだろうか。
「靖友……これからもよろしくな」
「あ? 急にどうした」
「んー、なんとなく言いたい気分だった」
「……なんだそりゃ」
「なんでもないよ」
「あっそ」
「うん」
 手探りで掴んだ手に指を絡める。握り返してきた指が思った以上に優しくて、新開は胸を熱くしながら目を閉じた。
 

***END***

-ペダル:新荒
-, , ,

int(1) int(1)