【ジョーチェリ】彼がピアスを外した理由

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・高校生の付き合っていないジョーチェリです。【R-18】
・売り言葉に買い言葉でセックスすることになった話。

≪注意≫
・二人とも非童貞。彼女がいて経験済みの設定。愛抱夢に出会う前くらいの感じで。
・9話しんどかった…だってチェリー、愛抱夢好きじゃん。めっちゃ大好きだったじゃん…。なのに虎次郎…ジョーチェリしんどい。

 
 うるさいくらいの賑わいに満ちた昼休み。とある人物を進行方向に見つけた桜屋敷薫は、眉間に皺を刻んで舌打ちした。
「アイツ……今頃来たのか」
 背負ったメッセンジャーバッグを見るに登校してきたばかりに違いない。右手にスケートボードを抱え、上履きをダルそうに引きずって廊下を歩いて来る。2度、3度とあくびが止まらないのは完全に夜遊びが原因だろう。余程寝不足なのか女子への反応は控えめで、前方にいる薫のことは視界にも入っていないらしい。ぶつかる数歩手前でようやく薫に気づくと、南城虎次郎は「ゲッ」と声を発して顔をしかめた。
「昼に登校とはいい身分だな」
「サボんねーだけマシだろーが」
「また夜遊びか」
「うるせー。関係ねーだろ」
 フンッと子供っぽい反応で南城が顔を逸らす。刈り上げたうなじ部分が露わになり、焼けた肌にポツンと残る“いかにもな痣”が薫の目に留まった。
「……おい。ここ」
 呆れながらも自分の首筋を指さして教えてやる。
「ついてるぞ。まったく……そんなもの見せて歩くな」
「ついてる? あー、キスマークか」
 やれやれといった表情で南城がうなじをさする。知っていたならなぜ隠してこないのか。薫は苛立ちの中に不快感が混じるのをハッキリと自覚した。
「言っとくけどオレのせいじゃねーからな。ヤだって断ったのに寝てる間につけられちまったんだ。見えるとこってなんかダセーし、マーキングされてるみたいで嫌なんだよなぁ。しかも、寝落ちして目ぇ覚めたらいなくなってたんだぜ? いたいけな高校生をホテルに置き去りにするか? 寝かせてくんねーし、キスマークは残されるし、歳上のお姉さんってのは魅力的だけどおっかねーな」
「……お前のどこがいたいけだ。どうせ年齢詐称でもしたんだろ」
「よくわかったな。まぁ結局バレたんだけど、余計盛り上がったから結果オーライってとこだな」
「なにがオーライだ。この節操なしが。万年発情期か」
「だからオレのせいじゃねぇんだって。美人が多い世の中が悪い」
 肩をすくめて嘆いているが、仕草に反して南城の表情は嬉々としている。話をするだけ無駄な男だったと思い出した薫は、「いっぺん刺されろ」と言い残してその場を離れた。
「おい、そこは『いつか刺されるぞ』って忠告するとこだろ! 刺されろって願ってんじゃねーよ」
 後ろからの的外れなツッコミも無視して歩く。「……本心だ、ドアホウ」と呟いた声は、誰にも届かず廊下に消えた。
  
 
1.
 初めて彼女ができたのも、初体験の年齢も、不本意ながら南城が先だった。

『南城って○組の××と付き合ってるらしいじゃん』
『そこはもう終わってる。今は◇◇だよ。こないだ辻の方で一緒にいるとこ見たって人いたし』
『嘘。彼女って大学生じゃなかった?』
『今は彼女はいないみたい。特定の相手はつくんないことにしたんだって。ほら、女子に優しいでしょ? そのせいで喧嘩しちゃうから嫌なんだってさ』

 多感な時期の少年少女にとって噂話の影響力はすさまじく大きい。嘘も本当もごちゃ混ぜになって、あっという間に隅々まで広がっていく。南城についての噂話は数が多すぎてどれが真実かわからなかったが、特定の相手をつくらないという噂だけは本当だったらしい。スケート場に連れてくる女子はその時々によって相手が違っていた。
 しばらくして薫にも初めての彼女ができたわけだが、“俺だって”という対抗心が1ミリも無かったとは言い切れない。多少なりとも後ろめたいところがあったせいか、彼女と肌を合わせるたびに頭のどこかにあの憎い幼馴染の影がチラついた。そしてそれは彼女と別れた後も消えてくれず、以降もずっと誰かを抱くたびに薫を邪魔した。
 
『南城くんって“うまい”んだって』
『アイツヤバいらしいな』
『そりゃーあんだけ遊んでたら上手くもなるだろ』

 噂話といえば、下世話な類いも勝手に耳に入ってきた。どういうわけか噂の真偽について薫に訊ねてくる人も多く、幼馴染というだけで巻き込まれてしまうのだから、南城虎次郎という存在は薫にとっていい迷惑でしかなかった。
 そういった自分を取り巻く環境にうんざりしかけていた矢先、ダメ押しとなったのは成り行きで寝てしまった相手からの一言だった。

「薫くんて意外とマジメなんだね。スケートやってるからジョーみたいにスゴイのかと思っちゃった」

 よくよく思い出してみると彼女はだいぶ前に南城が連れていた女の一人で、よりによって彼が抱いた相手と関係を持ってしまったのだ。その事実はかなりの屈辱と後悔を薫に与え、それをきっかけに薫はスケート以外の夜遊びからは手を引いた。
 しかし、手を引いたからといって傷が癒えるわけでもない。元凶が目の前をウロチョロしているせいで忘れようにも忘れられず、夜遊びに励む姿を見せつけられるたびに苛立ちがどんどん募っていく。のんきなニヤけ顔が視界に入ってくるだけで薫の怒りの沸点は異様に下がった。
 溜まりにたまった苛立ちがストレスとなって調子を狂わせていく。決壊寸前の域まできていたところに先日のキスマークだ。南城との衝突はいつものことだが、普段の薫からは考えられないほどの幼稚な言い争いにまで発展してしまった。
 発端は些細なもので、母親に頼まれたお裾分けを仕方なく南城家に届けた時のこと。
「お前なぁ、ちょっとは愛想よくできねーのかよ。まさかカノジョの前でもそんなんじゃねーだろーなあ? ってワリィワリィ。お前ずっといねぇんだっけ?」
 応待に出てきた南城が荷を受け取りながら軽口を叩く。普段なら流せるはずの軽いジャブが最も触れられたくない部分に直撃した。おそらく南城は何も知らず、いつもと同じ調子で吹っ掛けてきただけだろう。しかし、彼女というワードはマズかった。
「あ゛ぁ? なんか言ったか?」
 無意識のうちに声のトーンがひとつ下がる。凄まれた南城はわずかにたじろいだものの、すぐに気を取り直して「なんだよ、地雷踏んじまったか?」と懲りずにからかってきた。
「睨むなって。そういう怖い顔すっからモテねーんだよ。女子が怖がるぜ?」
「誰のせいだ。お前がいなけりゃ普通にしてる」
「そういやいつからいねぇんだっけ? よかったら誰か紹介してやろーか?」
「いらん。お前の紹介を受けるくらいなら一人でいる方がよっぽどマシだ」
「素直になれって。お前は頭が固すぎなんだよ。もうちょっと遊んだ方がいいんじゃねーの? そんなんじゃ人生つまんねーだろ」
「女をとっかえひっかえして遊んでる人生が楽しいか? 虚しい人生だな」
「はぁ? 虚しくねーよ! ったく、これだから童貞は」
「誰が童貞だ! とっくに経験済みだ、ドアホウ!」
「へぇ、そーかよ。お前はなんかつまんねーセックスしそうだよなぁ。マニュアル通りでいかにもって感じの」
 唐突に頭が冷えた。心の奥深くで古傷がじわじわ開いていく。しかし冷静だったのはほんの一瞬で、すぐに怒りが込み上げてきた。
「……そういうお前はアブノーマルでねちっこそうだな。しつこいって言われないか?」
「なっ!? い、言われてねーよ! お前にオレの何がわかるってんだ! 見たこともねーくせに!」
「それを言うならお前だってそうだろうが!」
「うるせー! でも、これだけは断言できる。オレはお前よりぜってー上手い!」
「ハァ!? 何を根拠に。自信過剰にもほどがあるぞ」
「自信過剰じゃねーよ! 実際そうだから言ってるまでだ!」
「……妄想もそこまでいくといよいよ哀れだな」
「おいおい、さっきから何なんだ? 負けを認められなくて噛みつきたい気持ちもわかるけどよぉ、いい加減認めたらどうだ? オレとお前とじゃ経験値が違うんだよ」
「馬鹿言うな! してもない勝負で負けなんぞ認められるか!」
「へぇ……じゃあどっちが上手いか勝負するか。まさか受けねぇとは言わねぇよな?」
「当然だ。言われたままで終われるか」
 フン、と鼻息も荒く南城を睨みつけたところでふと我に返った。ニタニタと嫌な笑い方をする時、この幼馴染は碌なことを考えていない。そもそも、舌戦の勢いに任せて何か取り返しのつかない失言をしてしまった気がする。
(待てよ……今、もの凄いことを口走った気が……)
 混乱と興奮の余波が邪魔をして、なかなか冷静に戻れない。焦り始めている薫をよそに南城は自身の顎に指をあてて、「そうだなあ」と口を開いた。
「さすがに抱いてるとこを見せるわけにいかねーし、女も見られたくねーだろうし……よし、オレがお前を抱いてやるよ」
 南城が何を言い出したのかわからなかった。日本語のはずなのに脳が言葉を理解しない。音だけが鼓膜を抜けていく。
「……なん……て言った?」
 ようやく声を絞り出した薫に南城はウインクしてニッと笑った。
「心配すんな。さすがのオレも男は未経験だけど知識はあるから」
「は?」
「前から興味はあったんだよなぁ」
「おい、お前は一体何言って――
「いいか薫、これは勝負だ。お前、逃げんなよ」
「だっ、誰が逃げるか!」
 普段の習慣が恨めしい。売り言葉に買い言葉とはまさにこの事で、気づいた時には承諾ともとれる返事が口からこぼれていた。
 

2.
 指定された待ち合わせ場所に向かうと南城はすでにいた。薫に気づいてベンチから立ち上がり、「逃げずに来たな」と唇の端を上げる。
「誰が逃げるか。お前こそ途中で怖気づくなよ」
「いいねぇ、抱き甲斐がありそうだ」
「……キモイこと言うな。で、どこに行くつもりだ?」
 呼び出された場所は飲み屋街と風俗街の境目で、てっきりどちらかの自宅でと思っていた薫は少々面食らっていた。きょろきょろと周りを見回せば繁華街特有のいかがわしいネオンが夜空に眩しい。
「どこ行くかって? 決まってんだろ」
 南城に連れられて街中を歩く。平日だというのに人通りはそこそこ多い。酔っ払いを避け、キャッチの声かけを素通りし、ふたりの足が止まった場所は一軒のラブホテルの前だった。待ち合わせ時刻がやたらと遅かった理由も、絶対に着替えてから来いとしつこく言われた訳も、ようやくここで理解した。
「ここなら男同士でも問題ねーから。しかも水曜なら3割引きだ」
「……そういう知識は一体どこで仕入れてくるんだ」
「言ったろ? 経験値が違うって」
 南城が先に入り口をくぐり、ふんふんと鼻歌交じりに部屋を選ぶ。勝手知ったる顔の彼にエレベーターに押し込まれ、あっという間に部屋に着き、ハッと気がついた時には薫は風呂の中にいた。
 事前に言われていた準備は済ませている。それでもゴシゴシと肌を洗う手は止まらない。

『なっ、ハァ!? これを……!?』
『自分でやんの無理だったら手伝ってやってもいいけど』
『手伝う!? お前が!?』 

 準備の内容を聞かされた時は動揺して取り乱してしまったが、南城に手伝われるくらいならと自分でどうにか済ませてきた。あの時点で覚悟を決めたつもりなのに、風呂をあがった先に待っている事を思うと途端に気が重くなる。本当に馬鹿な勝負を引き受けてしまったものだと数日前の自分を再び呪ってもすでに遅い。後悔が尽きることは無いが、今更「無理だ」と口にするのも癪に障る。
「……寝るだけだ」
 案外、一度寝てしまえばどうという事も無いかもしれない。考えるより先にまずは何事も経験だと自分自身を鼓舞してみる。ふと、今の思考回路はまるで南城のようだと気づいてしまい、知らず知らずのうちに受けている影響の大きさに舌打ちして薫は風呂を出た。
 薫の次に南城が湯を使い、出てきた彼は開口一番に「逃げなかったか」と言い放った。
「……くどい。逃げないと言ってるだろ。それにしても風呂が長すぎだ。俺が女ならとっくに帰ってるぞ」
「わざわざ逃げる時間をつくってやったんだよ。ま、その必要もなかったみたいだな」
 南城の片膝がベッドに乗って、マットレスが軋んで揺れる。「それじゃあ始めるか」と言われた瞬間に頭の中でゴングが鳴った気がした。
 
*
 近づく顔に対して反射的に手が出る。薫の指の向こう、キスを遮られた厚ぼったい唇が不服そうに“への字”に歪んだ。
「なんだこの手は。邪魔すんな」
「まさかとは思うが……キスするつもりか?」
「だったらなんだ」
「俺とお前だぞ!?」
「あぁ? それがどうした。こっちはおめーのためにムード作りしてやってんだろーが。それとも何か? カノジョ以外は無理とかキモイこと言うつもりか?」
「……そんなんじゃない」
「嫌なら見んな。目ぇ閉じて、女に触られてるとでも思ってろ」
「お前みたいなデカい女がいるか」
「うっせーなぁ、いいから手ぇどけろって。お前は黙って横になってりゃいいんだよ」
 どけろと言っておきながら南城は薫の手を掴んで自らどけさせた。ふたりの顔が再び近づき、まず吐息が唇に触れる。薫がごくりと喉を鳴らしたタイミングで南城の前髪からしずくが垂れ、不意打ちの冷たさに驚いて目を閉じると、その隙をついて唇を押し付けられた。
 なんの躊躇もなく、ごくあっさりとキスが始まった。ちゅ、ちゅ、とまずは薫の反応を探っているのか短めに触れてくる。触れて離れてを繰り返し、拒まないと判断した後は体温が移るくらいの長さに変わった。経験豊富なだけあって息継ぎをとる間も上手い。キスはムード作りのためだと言っていたが確かにその通りで、いつの間にか薫は相手が南城だという違和感も忘れてキスを受け入れていた。
 唇の感触に慣れてきた頃、今度は下唇に歯を当ててきた。痛みはなく、噛み具合は気持ちいいと感じられる程度の強さ。新たな刺激に反応して息を呑めば、南城は唇の合わせ目にゆっくり舌を這わせてくる。上下の境目をなぞって舌が動き、時につついてまた舐める。だが、口端のピアスに触れたところで舌の動きがピタリと止まった。
「……このピアス」
「ん?」
「いや、なんでもねぇ」
 再び吸い付いてきた唇に唇をこじ開けられ、割り入ってきた舌先が舌を探し当てて絡んでくる。舌同士をこすり合わせ、じゃれるように纏わりつく。上顎をざらついた舌先で舐められると、くすぐったいようなザワザワするようななんとも言えない刺激が生まれた。
 湯冷めしていたはずの身体が気づけば熱い。まだキスしかしていないというのに下半身が反応し始めている。下着の存在が窮屈に思えてきて、自然と腰がもぞもぞ揺れた。
 他も触られたいという欲求を察したのか、ちょうどいいタイミングで南城の片手が胸板に乗ってきた。筋肉しかない胸を手のひらで包み、ゆっくりと、大きな円を描いて揉み始める。時間をかけて筋肉が揉みほぐされていく中、乳首だけは硬くなっていく。ふいに指の腹で優しく押しつぶされて、思わず薫は南城の手を遮った。
「お前っ……! そこはやめろ」
「そうか。感じるタイプか」
「馬鹿言うな! そんなわけあるか!」
「フーン?」
 南城が自身の唇をぺろりと舐め、意地の悪い顔をして口角を上げる。薫の手をやんわり払って後ずさりし、跨る位置を変えて胸元に顔を近づけてきた。舐められてはたまるかと両乳首を手で覆い隠したが南城は止まらない。尖らせた舌先を無理やり指の隙間にねじ込んでくる。
「う……っ!」
 舌先が乳首をかすめた。微弱な静電気に近いピリッとした刺激が胸に奔る。指と乳首の間に舌がどんどん潜り込んできて、指の隙間が徐々に大きく開いていく。指の上から乳首をぢゅっと吸われた時は背中が反り返るほど気持ちが良かった。
「ふ、うっ……う」
 これでもかと歯を食いしばっているのに勝手に出てくる声が耐えがたい。一番聞かれたくない相手に一番聞かれたくない声をあげさせられていて、自分が今どんな顔をしているのかもわからない。こんな状態で目を合わせるわけにはいかないと、胸を覆うのをやめた薫は枕を掴んで顔を隠した。
「ん? それ、息できるのか?」
「……うるさい。できてる」
「あっそ。べつにオレはなんでもいいけど、お前はホントにそれでいいのか?」
「……いい。気にするな」
 含みのある言い方が気になるが、今この枕をどける勇気はない。頑なに顔を隠す薫に対してなぜか南城は小さく笑い、「これはマジでわかってねーな」と誰に言うでもなく呟いた後で胸への愛撫を止めた。
 シーツが擦れる音と共にベッドの上を南城が移動していく。彼の足に合わせてマットレスが軋み、寝そべったままの薫も揺れる。動く気配を追っていたせいで身体の方はまったくの無防備になっていた。下着のウエスト部分に指がかかってもすぐには反応できず、一瞬のうちに膝の辺りまでずり下ろされてしまった。
「なっ……!?」
 顔を隠すのもそっちのけで慌てて上半身を起こす。目が合った南城は「だから言ったろ? いいのかって。こういうことも簡単にできちまうんだぜ?」と平然とした顔で言い、露わになった薫の性器に手を伸ばしてきた。
「いいねぇ、しっかり勃ってる。これならオレが勝つのも時間の問題だな」
「かっ、勘違いするな。触られたから必然的に反応してるだけだ。お前だからってわけじゃない」
「そうか? オレは誰でもってわけじゃねぇけどなあ。薫は触られたら誰にでも反応すんのかよ?」
 問いかけてきた割に答えはさほど求めていないのか、南城は視線を落として手の中の性器をこする。そしておもむろに身体を屈めると、少しの迷いも無さそうに陰茎をパクっと咥えてしまった。
「あっ!? おま、えっ……何やって――!」
 口内のぬるさが薫の肌に粟粒を生む。纏わりついてくる粘膜はこんなにも柔らかで、こんなにも刺激が強かっただろうか。そもそもセックス自体が久しぶりすぎて、なんでも気持ちよくなってしまう。
 薫は目の前の光景に釘付けになっていた。知識があるとは確かに言っていたが、知識があっても実行できるとは限らない。自分にも同じものがついているとは言え、舐めるとなるとさすがに少しくらいは躊躇するのが普通ではないだろうか。なのにどうして南城はいとも簡単に男性器を咥えてしまえるのか。
「お、まえっ……頭、おかしいんじゃっ……な、いかっ!?」
「んー?」
「いくらなんでも――んぅっ! は……ぁ」
 亀頭にキスした唇が内腿に移動して軽く吸う。陰茎を手でこすりつつ、腿に軽く歯を立てた。肌に沈む歯の感触が生々しい。舌の表面全体を使って噛み跡を舐められると、舌のざらついた感触が心地いい快感に変わっていく。
 吸い上げる強さが気持ちいい。裏筋に張り付く舌が気持ちいい。陰茎をこする指が気持ちいい。ぢゅ、ぢゅ、と鳴る卑猥な音が気持ちいい。中でも薫を最も満たしたものは、あの南城が自分の性器を咥えているという謎の征服感だった。
「ん? なんだよ」
 視線に気がついたのか南城が顔を上げた。唾液に濡れる唇を親指でぬぐってやれば、南城は怪訝な顔で眉根を寄せる。
「悪くないな」
「……はあ? なんで上から目線なんだよ」
「今は俺が上だ。実際にこうして見下ろしてるからな」
「なんだよ、意外と余裕あんじゃねーか。さっきまでとは大違いだな」
 むすっとした表情で南城が身体を起こす。あぐらをかいて座り直し、「ローションくれ」と薫の後ろを指さした。
「ヘッドボードんとこに並んでんだろ。そのチューブのヤツな」 
 指示されたものを掴んで渡すと、「その余裕もすぐ失くしてやるからな」と鼻息荒く蓋を開ける。
「ったく……つくったムードが台無しだ」
 南城がブツブツを愚痴をこぼしながら指の上にローションを絞り出していく。その光景を見ているうちに、今から本当に抱かれるのだという実感がじわじわ湧いてきた。前戯までなら女性相手のセックスとそこまで大きな違いはない。しかし、ここから先には“挿入”という難題が待っている。ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか。静かな興奮が全身に満ちていくのを薫は確かに感じていた。
「薫」
 呼ばれた声に反応して視線を上げると南城はすぐそこまで距離を詰めていて、視界のすべてが彼になった。その顔はすぐにぼやけてしまったが、唇が彼の存在を受け止める。唇を重ねたまま二人一緒にベッドに倒れ、それからはついばむキスを繰り返した。
 吐息をまぜ、舌先をすすり、互いの唇を丁寧に食む。南城が元から持ち合わせている甘い魅力がそうさせるのか、キスを重ねるたびに甘いムードに引き戻された。薄々勘づいてはいたがどうやら南城とは肌が合うらしい。その証拠にもっと触れて欲しいとすら望んでしまう。
「薫、指挿れるぞ」
 南城が自身の身体を使って薫の足を開かせた。閉じてしまわないよう股の間にしっかり身体を入れて「心配するな」と耳元で囁く。次の瞬間、ペットリした冷たいものが尻に触れた。
「……っ!」
 ローションまみれの指が穴の表面を丁寧に撫でる。それだけで大きな違和感が生じてしまい、股を閉じようとして反射的に足がバタついた。
「薫」
「な、んだっ」
「オレはお前が気持ちいいことしかしない。絶対だ」
「わかってる!」
 わかってはいても気持ちが追い付いてこない。怖気づいてはいないつもりだが多少は躊躇してしまう。しかし、このままの状態が続いたからといって南城は無理やり抱くタイプでもないだろう。
「……虎次郎」
「ん? なんだ」
「恥を忍んで言うが……キスしながらだったら平気かもしれない」
「え」
「……笑いたいなら笑え。だが事実だ」
 南城の瞳が見開かれて丸くなる。しばらくジッと薫を見つめた後で「いいけど、しつけぇって殴るなよ?」と元から垂れた目尻を更に下げて笑った。
  
**
 指を意識しすぎて、耳の撫でられた部分から火照りが消えない。自分が言い出した手前「やめろ」とは言えず、かと言ってこうも優しく扱われると益々調子が狂ってしまう。
 ファーストキスを思わせるような丁寧で甘酸っぱいキスが繰り返されていた。ゆっくり時間をかけて唇全体を押しつけられ、離れる時はチュッと軽い音を立てていく。差し出される舌先に応えて唇をゆるめれば、舌はフェイクですぐに引っ込み、代わりに下唇をパクリと食われる。そこからは口元に意識を集中させるための遊びに近い甘噛みがたっぷり続いた。
 意識と身体がふわふわし始めたところで尻を撫でていた手が穴の傍へと移動してきた。さっきと同様に反射的に身体がこわばってしまう。しかし、南城の指先は穴を素通りして会陰を辿り、陰嚢を優しく握ってきた。
「こっ、虎次郎!?」
「嫌いか?」
「ぞわぞわっ、する……」
 手の動きがくすぐったくて喉の奥から呻き声が漏れた。それでも次第にくすぐったさがクセになって、徐々にではあったが甘い声が口を割り始めていた。
「気持ちいいんだな?」
「……訊くなっ」
 他人の手に慣れていない場所は少しの刺激にも敏感に反応した。いくら我慢してみても声は勝手に溢れ出て、その声を受け取るようにして南城がキスで唇を塞ぐ。塞がれた唇はとろけて痺れ、更に甘い声を南城に与え続ける。
 陰嚢から会陰を辿り、南城の指が再び後孔へと戻ってきた。ゆるやかなペースで穴の周りにローションを馴染ませていく。たまに後孔の上で指が止まると、挿入のタイミングを確かめているのか穴の表面を軽く押してきた。つついてくる指先が中へ浅く潜るたびに薫は背中を丸めて声を耐える。
「指、もう少し中に挿れるぞ」
 粘り気のある卑猥な音を立てながら指が深さを増してくる。だが挿入はほんの数センチ程度で、浅い部分で指が止まった。
「……い、挿れないのか?」
「挿れるさ。でも、ゆっくりな」
 浅い抜き差しを繰り返されて、なんともいえないもどかしさが薫の中に募っていく。じれったいほどのスローペースは南城なりの気遣いだろう。けれど薫はもう少しだけ強い刺激が欲しくなっていた。
 粘膜を可愛がる指先がゆっくり体外に抜けていく。抜けきる直前で止まり、内側から穴の縁をくるりと撫でた。
「ふっ……うぅ」
「痛くねぇか?」
 唇を噛んで頭を縦に振る。「よかった」と呟く声と共に今度こそ指が抜けた。再びローションの蓋を開ける音がして、粘液が絞り出される音が続く。
「そろそろ2本目いってみるか」
 何気なく伝えられた言葉に尻が疼いた。
「キツかったらやめるから。ちゃんと言ってくれ」
「……わかった」
 いっぺんに2本まとめての挿入ではなく、まず1本目が慎重に肉を割り、次いで2本目が体内に潜りこんできた。足されたローションのおかげで指はスムーズに侵入し、反発も痛みもほとんどない。圧迫感だけは指1本時の比ではないが、肛門での快感を記憶しつつある身体は内側をひくつかせながら指をどんどん飲み込んでいった。
「とりあえずは大丈夫そうだな。もうちょっと奥まで……いや、まだ早いか」
 中途半端な深さで挿入が止まる。その先へ進めるかそれともやめるべきか、悩む指先が迷ったようにその場で粘膜をこする。
「……おい、いいから早くやってくれ」
「でもまだ慣れてねぇだろ?」
「い、いからっ」
 早く、と急かすと渋々ではあったが南城が指の位置を深くした。「この辺だと思うんだけどなあ」とひとりごとを呟きながら内側を探り探り押してくる。そしてついにあるポイントを押された瞬間、排尿時の快感に似た刺激が身体の隅々へ一気に抜けた。
「あ……!? な、なん……だ、今の!?」
「ビンゴだな」
 強弱をつけて粘膜をじっくり弄ばれ、薫の陰茎の先端から溢れた先走りが透明な糸を引いて腹部へこぼれ落ちていく。
「あッ……う、うっ」
「よくなってきただろ? 前立腺だ」 
「そこっ、あ……うっ……やめ、ろっ」
「んー? やめねぇよ」
 じんわりした気持ちよさが手足を少しだけ痺れさせる。 陰茎を刺激したときの気持ちよさにはほど遠いが、前立腺近辺の感度は確実に高くなっていた。細かい指の動きに反応して薫の内側が侵入者を何度もやんわりと締めつける。
「ずいぶんよさそうだな」
 南城が無遠慮に顔を覗き込んできた。呼吸の熱さが彼の興奮度合いを表しているようで、薫の呼吸もつられて荒くなってしまう。
 体内の指の刺激を味わうように薫は無意識に目を閉じていた。視覚の代わりに聴覚と触覚が敏感になり、粘った水音が耳につき始める。尻の内側を撫でられるたびに身体がビクンと反応して、薫は息を詰めてシーツを握った。
「息止めんな、薫」
「わ、かってる……!」
 ゆるゆると遅い抽挿運動を始めた指が奥深くまで潜ってくる。ローションで濡れた粘膜をこすり、少しでも薫の快感を増やそうとしてたまに前立腺付近を撫でに戻る。
「おいっ、いつまで……つ、づけるつもりだっ」
「だってお前まだ緊張してるだろ」
「そんなことはない! 平気だ」
 言葉とは裏腹に身体のこわばりはまだ解けない。よく知る南城が相手だとしても、体内に異物を入れる行為が薫を緊張させていた。おまけに刺激を得るたびに声を抑えようとして息を詰めるので、全身に余計な力が入ってしまう。だがそれ以上に身体に溜まる欲求をどうにかして早く解放したかった。
「いいから……もう挿れてくれ」
 やけくそ気味な懇願だったが思った以上に効果はあったらしい。今度は南城が唾を飲み込む番だった。
 

3. 
 仰向けの状態で足だけ開く。なかなか屈辱的な体勢ではあるが、自分だけ寝そべって下から見上げてやるのも悪くない。
「ちゃんと息吐くんだぞ」
「……ああ」
「もうちょっと足開け。大丈夫、ゆっくり挿れるからな」
 足を掴んでくる手のひらが熱い。後孔に押しつけられた亀頭もコンドーム越しに熱を感じさせる。ヌルヌルと穴の上を撫でられるたび、薫は喉をヒクつかせて今か今かと挿入を待った。
「……いくぞ」
 穴をこする動きがやんだ。ピタッと押し当てられる感触がして、その一点にじりじりと力が加えられていく。
「う……ん……うぅっ」
「薫、息。息吐け」
 無意識に止めていた息を南城の声に従って口から吐き出す。すると意識が他に逸れたおかげか途端に後孔の緊張がゆるんだ。抵抗はほんのわずかしかなく、ローションを纏った陰茎が体内に頭を埋める。
「あッ……!?」
「……入っ、たな……抜けねぇようにもう少しだけ挿れるから」
 より深く挿入しようと南城が薫の腰を掴む。圧迫感に息を詰めながらも、なるべく力を抜こうとして薫もたどたどしい深呼吸を繰り返した。時間をかけて少しずつ深さを増してくる感触は、こんなにも苦しく、思った以上にじれったくて、これほどまでに愛おしい。
「薫ん中、あっつい……オレの、どの辺まで入ってんだろ」
 すりすりと腹筋を撫でられる。どのぐらい時間をかけたのかはわからないが、すべて薫の中に埋まっているらしい。腹筋を撫でていた手が止まると強い力で抱きしめられた。
「ハァ……やばいな」
「……なにがだ?」
「腰……振りたくてたまんねえ」
 経験豊富なはずの南城が欲求を耐え忍んでいる。その意外すぎる声は薫にほんの少しだけ余裕を与え、充分すぎるほど調子に乗せた。
「……俺の中はそんなにいいか」
「ああ……正直まいってる。想像以上だ」
「ハッ! よかったな」
「うぉっ……! お前が喋んのもやばいんだって。ぎゅうってチンコ締められんの」
「……締めてる自覚はないんだが」  
「ちょっと黙っててくれよ……すぐイっちまいそうなんだ」  
 挿入前の余裕はどこにいったのか。可愛いところもあるものだ、と動けずにいる南城の背中を撫でてやる。しかし、煽りを入れるのも忘れていない。
「これは勝負なんだろ? 先にイッたらお前の負けだぞ」
「うるせーなぁ! いいから黙れって! 今はそれどころじゃねーんだよ!」
 勢いよく顔を上げて薫を睨んだ後、南城は目を伏せて長々とため息をつき、
「…………こんなにイイなんて聞いてねぇぞ」
と小声でボソッと呟いた。薫宛ではなく、思わず漏れ出てしまったような声のトーン。眉間に刻まれた皺も、噛み締めて色が変わった唇も、余裕を失くした声も、まさに今自分が彼にそうさせているのだ。心臓が昂ぶって震え、支配欲や征服感、誰へのものかわからない優越感が薫の中に満ちてきた。
「……俺もだ。なかなか悪くないな」
「え?」
 南城の顔を両手で挟み、無理やり引き寄せてキスをした。油断している唇に舌先をねじ込んで下唇の内側をベロリと舐めてやる。南城が身動ぐたびに彼の腹筋で性器がこすられて、薫はたまらない気分になってきた。
「おい、もういいだろ。いい加減動け」
「わかってるって! 急かすなよ。でも今はまだ――
「何言ってやがる。出したらやめる気か? たった一回で終わるほどやわじゃないだろ。このままお前が動かないなら俺が動くぞ」
「え? お前が?」
 南城の腰に両足を巻き付け、「……抱きしめろ」と甘く囁いてハグを求める。油断して抱きついてきたところで首を抱え、身体を密着させた状態で思い切り横に転がった。
「うおっ!?」
 あっという間に上下が逆転し、繋がったままの状態で薫がマウントポジションをとる。
「危ねーだろ!? ビビったじゃねーか!」
「うまくいったな。寝技の応用だ」
「寝技かよ! ったく、どこで覚えてくるんだか」
「どこでって喧嘩でに決まってるだろ。相手にマウントをとられたら取り返す、基本中の資本だぞ」
「……普通はマウントとられるような喧嘩なんかしねーんだよ。ったく、オレの大事なチンコが折れたらどうしてくれんだ」
「お前がいつまでも動かないからだ。どうだ? 見下ろされる気分は」
 乱れた髪の毛を掻き上げながら南城を見下ろしてニヤリと笑ってみせる。南城はきょとんとした顔で瞬きを数回繰り返し、「……悪かねぇな」と薫と似た表情で笑い返してきた。
 
* 
 深く息を吐いて耐え、目を閉じて身体が慣れるのをじっと待つ。自分主導で動ける騎乗位は体重のかけ方次第で挿入の深さが調整でき、初めての身体には割と優しい体位ではあった。
 南城の形をなぞるようにゆっくり腰を上げ、確かめるように静かに下ろす。そのたびにふたりの口からは揃って短い吐息が漏れた。
 たっぷり時間をかけて確実に身体に馴染ませていく。南城も腰を支える以外は手出しせずに薫にすべて任せていたのだが、ゆるゆる動き出した薫をアシストするかのように起立した性器に片手を添えて控えめにしごき始めた。陰茎をこすられる快感が後ろの痛みを紛らせる。身体の中では粘膜がこすれるにつれて徐々に“気持ちいい”が増していき、頭の中がピンク色に染まっていった。少しずつ呼吸の中に濡れた声が混じり始め、息遣いもずいぶんペースが乱れていた。
「……なあ、オレも動いていい?」
 薫が返事をする前に南城が自由に動き始めた。抜けてしまいそうなギリギリの場所で抜き差しする。浅く、緩くを繰り返し、もどかしいと思った瞬間に薫が一番感じるポイントをえぐられた。喘ぐ声を抑えようと反射的に手の甲を噛んだが、それに気づいた南城が腕を掴んで引き剥がす。
「我慢すんなよ。もっと聞かせろ」
 身体を起こした南城に抱えられて、繋がったまま後ろに倒された。腕をシーツに縫い止められ、顔を隠すものが何も無い状態で深い部分まで犯される。ついには結合部に陰毛が当たる感触がして、彼のすべてが自分の中に埋まってしまったのだと強制的に実感させられてしまった。
「あっ――!」
「……薫っ」
 きつく抱きしめられて息が細くなる。背中を叩いて息苦しさを訴えてもやめてくれない。押し当てられた頬は汗をかいて湿っていて、うなじにかかる息は薫に負けないくらいに熱い。今この瞬間、南城も確かに興奮しているのだと彼の身体が物語っていた。
 嬉しさが胸を詰まらせ、男だとか、幼馴染だとか、コレは勝負だったとか、そういったものが全部曖昧になっていく。
 埋められた陰茎が時折小さく内部で跳ねた。脈動にも似たその感覚は南城が動かないのでよりハッキリと粘膜越しに伝わってくる。それに反応して結合部に力を入れてしまったのは意図したわけではない。後孔を締めたことで挿入されている陰茎の存在感がより大きくなり、ゾクゾクした快感が背骨を伝って全身を駆け抜けていく。咄嗟にしがみついてしまった薫を受け止めて、たいして大きさの変わらない手が宥めるように背中をさすってきた。初めての経験に神経が張り詰めているせいか、どんな刺激にも身体が敏感に反応してしまう。背中をさする手の動きすら愛撫だと錯覚してしまい、薫は身悶えしながら息を乱した。
 しばらくして南城は薫を離し、ゆるゆると腰を動かしながら身体を屈めて唇に触れてきた。ちゅ、と可愛らしいリップ音が室内に溶けていく。抽送は静かなほど緩やかで、深い部分を控えめに優しく突いてくる。
「このピアス、邪魔くせぇって思ったけど……」
 南城が唇に刺さったピアスを器用に歯で挟んだ。皮膚が引っ張られ、下手に動いたら噛み千切られてしまいそうで反射的に薫の身体がこわばる。
 動けない薫を楽しんでいるらしく、南城がピアスを舐めた。ピアスごと唇を吸い、下唇を甘噛みした後は尖らせた舌先でピアスの付け根を優しく舐める。吸い、噛み、舐めるを繰り返し、執拗に唇ばかりをいじられた。
「こうやって咥えちまえば逃げられない。結構いいな」
「……馬鹿みたいに口ばかり舐めやがって……ねちっこいぞ」
「口は性感帯っていうからな。気持ちよかっただろ? 舐めたら締まるし」
「そんなわけあるか! 締めてなんかいない!」
「そんじゃー無意識ってやつか。それはそれで、なかなか」
 いいな、と耳元で囁かれて、吐息の温度の高さにゾクゾクした。耳輪を食んだ唇が耳たぶ、頬、鼻先と移動して、再び唇に戻ってくる。散々弄ばれた唇は熱を孕んで普段よりも敏感になっている。表面に軽く押し当てられただけでヒクリと震えてしまい、濡れた唇同士を左右にスライドして擦られると薫はこらえ切れずに吐息をこぼした。
 翻弄されて喘いでいる自分が信じられない。顔が火照ってたまらず、息継ぎで唇が離れるタイミングを見計らって顔を逸らす。
「……しつこい」
「あ。言うなっつったのに、言いやがったな?」
「いい加減口が溶ける」
「溶けたら舐めてやるよ」
「ひとを飴かアイスみたいに言うな」
「お前はそんな甘いもんじゃねーだろ。島唐辛子なくせに」
「それを舐めるお前も大概だけどな」
「うるせー。お前だから舐めてやるんだ。感謝しろよ」
 口喧嘩の皮を被ったじゃれ合い。南城もそれをわかっていて、返す口調は穏やかだった。
 どちらともなく無言になり、2人の視線が固く絡む。言葉がなくても通じ合えてしまうのは共に過ごしてきた月日の賜物に違いない。ゆっくり顔が近づいて、何十回目かもわからないキスをした。
 唇を重ねたまま抽送が再開し、下半身に快感がたまっていく。ずっと気持ちいい状態が続いているのに射精するにはまだまだ足りない。強い刺激を求めて自らの陰茎に手を伸ばしかけ……なんとなく躊躇して手が止まる。
「イきたいんだろ? なら自分でしごいた方が早いぜ? イかせてやりてぇけど、さすがに一発目からケツでってのは無理だろうしな」
 そんなことは言われなくてもわかっている。だが自慰に似たその行為を、よりによって南城に見られてしまうというのが嫌なのだ。
「おいおい、嘘だろ。恥ずかしがるとこか? チンコ突っ込まれてんのに今更だぜ?」
「……うるさい。それとこれは別問題だ。ガサツなお前には理解できないだろうけどな」
「だな。微塵もわかんねーよ。気持ちいいのが一番だろ」
「……」
「ったく、しょーがねーなぁ。手ぇ貸せ」
 薫の手を掴んだ南城は強制的に陰茎を握らせてきた。それで終わりかと思いきや、薫の手ごと強引に陰茎をしごき始めた。 
「うぁっ……! んっ、う……ま、待てっ」
「待たねぇよ。イきてぇんだろ? っていうかオレがイきてぇ」
 こするスピードが速くなった。ぎゅ、ぎゅ、と薫の手をきつめに握って間接的に陰茎に圧を加え、より強い刺激を与えてくる。カリ首と亀頭を中心にこすられると薫はたまらず喉を逸らした。握っているのは自分なのに他人のペースに翻弄される。気がつけば陰茎は硬く膨張して、鈴口からこぼれる先走りがグチグチと卑猥な音を立て始めていた。
「んんッ!」
 止まっていた陰茎が再び内壁をこすり始める。ぞわぞわした快感が尻を舐め、陰嚢をヒクつかせて陰茎を揺らした。外と内側からの同時にふたつの刺激は強すぎる。無理だと首を振っても南城は譲らず、いいからイけとばかりに薫を強く揺さぶってくる。
 喉元を掻きむしりたくなるような、思わず身体をよじって逃げたくなるような、溜まりにたまった熱がすぐそこまで近付いていた。
 突かれるたびに自制心が小さく爆ぜる。気持ちいいを繰り返す自分の声が耳にうるさい。もうすぐ。すぐそこまで。早く出してしまいたくて、もうどうしようもない。
「あ゛っ、あっ」
「薫、いきそっ」
「いや、だっ、ま゛っ、待っ……うぁっ、あッ」
「わりぃ、無理っ……!」
 ひと際奥を突き上げられた。2度、3度と続けざまに押し込まれ、最後は押し込んだままの状態で南城が覆いかぶさってきた。喉の奥で低い呻き声をあげ、固くした身体をビクビクと震わせる。南城が呻くたびに彼の性器も連動して内部で跳ねた。
「あー……すげぇいい……」
 射精しながらじりじりと挿入を深くして、精液を塗りたくるように亀頭をなすり付けてくる。出し切った後も腰は止まらなず、ペースこそ遅くなったものの柔らかな粘膜をぐいぐいと変わらず押し続けている。
「あ、わりぃ。重かったろ?」
 しばらくしてようやく落ち着いたのか南城が上半身を浮かせた。握ったままだった陰茎に気づいてぎょっと目を丸くさせ、慌てて薫の顔を覗き込んでくる。
「お前……だ、大丈夫か?」
「こ……のっ……ばかぢからが……」 
 視界は潤み、声は細く、睨みつけても格好がつかない。のしかかられて逃げ場がないまま、薫はとっくに射精していた。そこまで体格差が無いとは言え、悔しいことに腕力は昔から南城に敵わない。その南城が達する際に陰茎をぎゅうっと握りしめたものだから、突然の強い刺激に声を奪われて文句も何も言えなかった。
「いや、マジで悪かったって。気持ち良すぎて止まんなかったっていうか、その、あー、なんだ? と、とにかくお前もイッたんなら良かったじゃねーか」
「……おい」
 うろたえている南城のうなじを鷲掴みにし、力づくで引き寄せる。
「悪かったって! わざとじゃねぇんだ、わざとじゃ!」 
「勝負は何ラウンド制だ?」
「へ?」
「詫びの続きはたっぷり時間をかけて聞いてやる」
 抱けの意味を込めてキスを求める。これから先、この感触だけはいつまでも忘れられないかもしれない。
 

4.
 翌朝、先に目を覚ました薫は自分が今一体どこにいるのかわからなかった。ふと隣に目をやれば裸の南城が眠っている。ギョッとして眠気が吹き飛んだところでホテルに泊まったことを思い出した。
「風呂……」
 ベッドを抜け出して浴室へ向かう。軽い倦怠感で足取りは重いが、それ以外に異常は感じない。余程気を遣って抱いてくれたのか、それとも本当にセックスが上手いのか。どちらにせよ身体の無事を安堵する程度には南城に感謝していた。
 湯の設定温度を上げて頭からお湯をかぶる。昨夜の名残を洗い流すべく長い間湯に打たれていた。全身を洗い終える頃には気持ちの切り替えが完了するはずだったが、濡髪を掻きあげて顔をぬぐった時、手のひらが唇のピアスを引っ張ってしまった。
「……っ!」
 ひきつる感覚がスイッチになり、昨晩の恥ずかしいアレコレがフラッシュバックした。唇の厚さも、舌の強引さも、体内に深くねじ込まれる感触も、未だ身体に新しい。昂ぶりと共に濃くなっていく汗の匂いも、『薫』と呼ぶ声の甘さも、つい先程だったかのように思い出せる。たった一晩寝ただけなのに全身が南城を覚えてしまっていた。
「クソッ……!」
 心臓よりももっと奥、身体のずっとずっと深い部分で欲がざわめく。それは南城への執着でも、張り合いでも、もちろん憎悪でもない。過去に葬ったはずの“好き”という単純明快な感情が、再び表に出ようともがいていた。

 薫が浴室を出ても南城はまだ眠ったままだった。無警戒な寝顔には、まだこんなにもあどけなさが残っている。枕の端をぎゅっと握って眠る癖は今も健在のようで、薫は「デカいガキだな」と頬をゆるませた。
 ふと南城の首筋に視線が止まった。いつぞやのキスマークはとっくに無い。新しい痣をつけられたと知ったら、どれだけ顔を歪めるだろう。薫は南城を起こさないよう静かにベッドに腰掛けると前屈みになって顔を近づけた。日に焼けた肌にキスを落とし、うなじに頬を摺り寄せる。こんなにも近く、誰よりも遠い幼馴染。首筋に狙いを定め、唇を薄く開きかけたところで長い髪の毛が南城の顔にはらりと落ちた。髪の感触がくすぐったいのか、南城が身じろぎながら「んー」と首をすくめる。

『見えるとこってなんかダセーし、マーキングされてるみたいで嫌なんだよなぁ』

 キスマーク1つでマーキングできるならどれだけ楽か。あの日の苛立ちを思い出してしまい、気を削がれた薫は悪戯をやめて身体を起こした。
「おい、虎次郎。起きろ、虎次郎」
 肩を揺すって呼びかけると手の下の筋肉がピクリと反応した。寝ぼけているのか、それとも普段からこうなのか、片手が腰を抱いてくる。
「んー……なに?」
「先に帰るぞ。いいな?」
 それに対する返事は無い。代わりに腰を抱く南城の腕に力が入った。腹ばいのままシーツの上をズリズリ動き、薫の腰に抱きついて額を押し付けてくる。
「寝ぼけるな。お前が抱きついてるのは女じゃない」
「……んー」
「いい加減目を覚ませ。いいか、俺は先に帰るからな」
 これ以上続くなら無理にでも引き剥がすつもりだったが、こんな時だけは聞き分けがいいのか南城はあっさり腕を離した。薫が拍子抜けしている間に寝返りを打ち、背中越しに右手をヒラヒラ振ってくる。
「まったく……まだ寝る気か?」
 今日も遅刻は確定だなと呟いて、薫はホテルを後にした。 
 
*
「お。ちゃんと来てるな」
 昼休みにクラスを訪ねてきた南城は薫の顔を見るなりホッとしたように肩を下げた。上履きを鳴らして歩み寄り、隣の席の机に寄りかかる。
「……何の用だ」
「んー、ちょっとな。まあ、元気そうでよかったぜ」
 ひょっとしたら南城は薫の体調を心配して見に来たのかもしれない。思いもよらない気遣いを受けて胸の辺りがむず痒くなってくる。
「虎次郎のくせに気持ち悪い心配をするな!」
 照れ隠しと素直になれない性格が災いして口調がついつい荒くなる。しかし、理不尽な暴言を吐かれたというのに南城はさほど気にしない様子で、「あれ、お前今日はしてねーの?」と自分の唇を指さした。
 無理やりにでも忘れようとしていたのに。
 濡れた舌の滑らかさと肌に触れる吐息の温度。唇の弾力性や、舐められた時に奔るゾクゾクした甘い痺れ。昨晩教え込まれた彼の愛撫が突如として生々しく蘇ってくる。
「そこ、穴空いてんだよな? 水飲んだら穴から漏れんの?」 
 唇を性感帯のひとつにした元凶がのんきな顔でヘラヘラと笑っている。しかも意識しているのはきっと自分ばかりで、幼馴染の馬鹿さ加減に改めて嫌気がさした。こんなにも鈍感すぎる相手に本当の理由など口にできるわけもない。
「うるさい! 着けるも外すも俺の勝手だろーが!」
 南城をひと睨みして彼の足を蹴り飛ばす。
「ってーな! 急に何すんだ!」
「いいから出ていけ! 俺の前から消え失せろ!」
「はぁ!? っだよ、昨日はあんなに素直――
 二度目の蹴りを入れようとして足をあげると、フリに騙された南城はギャーギャー喚きながら自ら教室を出て行った。
 火照る顔を隠したくて机に突っ伏し、唇を指で押さえた。植え付けられた感触が消えるまで、しばらくの間はピアスを着けられそうにない。
「……まいった」
 薫は人知れず長い長いため息をついた。
 

 唇のピアスがなかったらなかったで散々舐めまわされるだけなのだが、そのことを桜屋敷薫はまだ知らない。
***END***

-SK∞:ジョーチェリ
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