【ジョーチェリ】彼がピアスを外した理由

「は!? 薫にカノジョ!?」
 人というものは思った以上に強欲で、自分のことはすぐに棚に上げてしまう。幼馴染に初めての彼女ができたと人伝に聞いた時、咄嗟に出てきた言葉は『おめでとう』でも『良かったな』でもなく、「ふざけんなよ」だった。
 
*
 たまたま家が近所だった、たまたま親同士の仲が良かった、近所の同年代がたまたま2人だけだった。幼馴染と言えば聞こえはいいが所詮はその程度のものでしかない。薫とオレは特別仲がいいわけでもなく、むしろ幼少期から張り合う対象でしかなかった。
 どういう訳かそれなりに年月を重ねればそれなりに理解し合えてしまうもので、自然と唯一無二の存在になってくる。口喧嘩はしょっちゅう。手や足が出ることもしばしば。けど、本当に嫌いかと言われればそうでもない。そばに居て当たり前で、自分の一部のような気さえしてくる。そんな存在が桜屋敷薫だった。
 中学時代、仲間内でAV鑑賞が流行った時期があった。
「兄ちゃんがゲイビ見せてくれるって言ってんだけど、お前ら今日暇?」
「ゲイビって言えばさぁ、〇〇のカラオケ屋で撮影してたらしいぜ。見たってやつ何人かいたけど」
「マジかよ。男同士でヤれんの?」
「ケツ使うんだってよ」
 そこからは下世話な話題で盛り上がり、よくある話の流れで『男とセックスできるかどうか』が始まった。
「南城はさあ、男とヤれんの? やっぱ無理?」
「え、オレ?」
 急に話を振られてページをめくる手が止まる。オレは「相手によるんじゃねぇの?」なんて無難に答えて、再びスケボー雑誌に視線を戻した。
「相手次第ってこと? じゃあ誰だったらいけんの?」
「うちの学校で選ぶなら誰がいい?」
「お前なら1回くらいもうヤッてんだろ?」 
 無視を決め込もうと思っていたが、さすがに無理だった。雰囲気的に誰か一人を挙げない限り解放してもらえそうにないし、適当に答えたとしてもきっと彼らには嘘だと勘づかれてしまう。面倒だなと思いつつも最初から選ぶ相手は決まっていたので、正直に「薫」と答えた。
「は? 薫って桜屋敷!?」
「嘘だろ!? お前ら仲ワリィじゃん」
「喧嘩しかしてねェ相手とヤれんのかよ?」
 嘘だ、その人選は逃げだ、安牌だ、と責められたが本当の事しか言ってないので困ってしまった。
「確かにアイツとは仲ワリィけど、例えばオレが何かやらかして皆が離れていったとしても薫だけは見捨てない気がする。アイツのことだから馬鹿とかクズとか誰のおかげでとか一生ネチネチ言ってくるんだろうけど、それでも死ぬまで一緒にいてくれる。そういうヤツなんだよ。だからオレは薫がいい」
 理由を説明してもいまいち納得してもらえなかったのは、薫に対する日頃の態度が原因だったかもしれない。仕方がないとはいえ、本心を疑われてしまうのは少々寂しいものがあった。
 薫に対してそういった想いを抱いていたからこそ、彼女ができたと聞いた時に自分のものを盗られたような気がしたのかもしれない。当時のオレはとっくに童貞を捨てていて、付き合っている彼女もいた。初めての彼女ができたのも薫よりもずっとずっと早かった。なのに自分のことは棚に上げて、薫を盗られたと拗ねてしまった。
 彼女ができたということは、そのうち“そういう事”もするのだろう。あの薫がという謎の感動と共に、自分が知りえない薫が存在してしまうことに腹が立った。
 もうセックスしたのかと薫本人に訊く勇気はなく、かといって薫と仲が良いヤツに訊けばきっとすぐにアイツの耳に入ってしまう。薫と彼女の付き合いが順調に続けば続くほど、悶々とした日々を過ごす羽目になった。
 どうやって抱くのか。どんな顔をして抱くのか。声は出す方? どこが弱い? あの顔で本当はむっつりだったらどうする?
 勝手な妄想ばかりが膨らんで、どんどんエスカレートしていく。
 誰かを抱いている時でさえ目の前に薫がチラついた。今まさに組み敷かれて喘いでいるのが薫だったら。最中にそんなことを考えている自分に気づいた時、さすがにこれは何かがマズイなと危機感を覚えた。だが、その自覚はあまりにも遅すぎたんだ。セックスしてる薫をこの目で見て確かめなければ気が済まない。そんな領域にまで自分は踏み込んでいたらしい。薫を抱くか、薫に抱かれるか。解決方法はこの2つしかなかった。
 
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 幼馴染で、スケート仲間で、ライバルで、たぶん親友。その肩書の中に『一晩寝た相手』が加わるだけのこと。そんな風に楽観的に考えていたのは元からの性格だろう。しかし実際に寝てみると、一晩寝ただけでは気が済まなくなった。
 薫とのセックスは想像以上に良かった。薫以外に男の身体は知らないが、たぶん彼以上はいない。そんな確信めいたものすらあった。これが性欲からくる感情なのか、それとも何かしらの気持ちが芽生えてしまったのか、それはまだわからない。ただ、オレにとって薫は特別ではあった。女か薫かという究極の選択を迫られた場合、たぶん自分は薫を選ぶのだろうと思っている。
 スケートをして、どうでもいいバカ話をして、口喧嘩もして、お互いにたまに気が向けばセックスしてもいい。
「ん? ってことは薫一人いれば全部オッケーなんじゃねーか?」
 これから先何十年と続く人生の、とてつもなく大事な結論が見えてしまった気がする。
 うるさいくらいの賑わいに満ちた昼休み。とある人物を進行方向に見つけて、密かに胸を震わせた。自然と彼の内腿に視線が流れる。抱いた翌日は気づいてなさそうだったが、あれから2日が過ぎたことだし、そろそろ印を見つけただろうか。
 人につけられるマーキングは好きじゃなかった。つけたいと思う相手がいなかったからこそ、その良さに気づかなかっただけなのかもしれない。ほんの出来心でつけてみたら物凄く興奮したのを覚えている。案外自分は独占欲が強いのかもしれない。
 彼が気づいていたなら嫌味の1つでも言ってくるはず。一体どんな顔を見せてくれるのかと、まだ見ぬ顔を恋しく思いながら目が合うまでの残りの歩数を静かに数えた。 
 

***END***

-SK∞:ジョーチェリ
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