【ジョーチェリ】桜

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・高校生の付き合っていないジョーチェリで、無自覚片想いに悩むジョーの話。(話の一番最後は9話後のふたりです)

≪注意≫
・チェリーの両親が書道家だったり、幼少期の話だったり、色々捏造しています。

 
「コジローって誘ったら割となんでも乗ってくれるのに、お花見はそうでもないよね。ひょっとして桜が嫌いだったりする?」
 授業が終わったら“花見デート”がしたいとクラスの女子数名に誘われた時のこと。いまいち気が乗らず、「花見かあ」と返した南城虎次郎にそんな質問が飛んできた。
「そーいえばそうだね。なんで? 嫌な思い出でもあるの?」
「いや? べつになんもねーけど」
「でも行かないじゃん。やっぱ嫌いなんでしょ」
「嫌いってよりは見飽きたっつーの? ほら、桜なら一年中毎日見てるだろ?」
 南城の言い分に女子たちが首を傾げる。数秒ほどして一人が「あっ」と声を上げ、「もしかして薫くんのこと言ってる?」と頬にえくぼを作った。
「フフ。桜屋敷君なら毎日見てるね」
「確かに“桜”だけどさぁ。そうじゃなくてぇ」
「わかってるって。冗談だよ、冗談。ええとなんだっけ、花見行くんだっけ?」
「そうそう。放課後行くよね?」
「行こ♡ ねー、コジロー♡」
「わかったわかった。みんなでデートな」
 本当は冗談でも言葉遊びでもなんでもなかった。南城虎次郎にとっての“桜”は後にも先にもたった一つ。だから、他のものには興味もないし目も向かない。
 泣いた後の赤く腫れた目。まっすぐに結んだ唇。固く握られた小さな拳。遠い昔に見たあの光景は、今でも鮮やかに記憶に焼き付いている。
 

1.
 子供の頃、学年で言えば小学3年くらいだろうか。とある戦隊ヒーローが世間的に大流行していて、幼馴染の桜屋敷薫と南城のふたりも見事にハマっていた。
「薫! すごいこと聞いた! 来週の日曜日に○○が那覇来るんだって。見に行こうぜ」
「行く! 絶対行く!」
 普段以上に目を輝かせる薫を見ると誘った南城まで嬉しくなった。
 ヒーローショーまでの日数を毎日欠かさずふたりで数え、どんな怪人が現れるか、どんな技を見せてくれるのか、手持ちのヒーローカードを見て想像する。そんな風に心待ちにしていたのだが、当日薫はヒーローショーを観に来れなかった。
 桜屋敷家は両親ともに著名な書道家で、多くの門下生を抱えている。薫も幼い頃から両親の元で教えを受けていて、そのため他の家に比べて躾は厳しく、書道関連の展示会やらイベントやらで土日に遊べないことも多かった。南城が知らなかっただけでヒーローショーがあった日も元から家の仕事が入っていたらしい。神社の境内を利用した野外イベントが予定されていて、師範の息子であり門下生でもある薫の出席は当然だった。
 薫は当日まで粘ったらしいが、もちろんヒーローショー行きを許してもらえるわけがなかった。電話口で「行けない」と伝えられた時、楽しみにしていた南城はがっかりした。が、薫はそれ以上にショックだったに違いない。「ごめん」と謝る声は震えて小さく、だからこそ南城は薫のためにもヒーローショーを諦めなかった。
 予定通りにショーを観に行き、持参した2枚のヒーローカードにサインをして貰った。きっと喜ぶだろうから帰りに寄って渡してやろう。そう思ってイベント会場を訪ねてみると、メインステージの横に大人たちに混じって並ぶ薫がいた。
「……薫」
 目の周りが赤いのは直前まで泣いていたのかもしれない。それでもスッと背筋を伸ばし、唇を固く結んでステージ上を見つめている。オールバック風に綺麗にセットされた髪型と、皺一つない袴姿。周りの大人たちや、ステージ周りを飾る寒緋桜にも負けないくらいに凛とした態度でそこに立っていた。
 結局その日はカードを渡すどころか話しかけることすらできずに終わり、翌日学校でサインカードを手渡した。
「サイン!? これ、貰っていいの!?」 
「うん。薫の分だから」
 神社に寄ったことは伝えなかった。薫の泣き顔など珍しくもなんともないが、昨日の顔だけはなんだか違った。触れちゃいけない、からかってもいけない、自分だけの内緒にしておきたい。そんな気分だった。
 南城があげたサインカードは、薫の宝物としてずいぶん長い間大事に扱われることになる。気に入ってくれたことを嬉しく思う反面、南城への恩も忘れてヒーローにばかり夢中になる薫の態度は面白くなかった。誰のおかげだよと密かに拗ねたり、素っ気ない態度をとったりもした。それでも神社で見た泣き顔を思い出すと、不思議といつもの嫌味を言う気にはなれなかった。
「すごい、めちゃくちゃかっこいい」
 テレビの前で興奮気味にヒーローを見つめ、時折南城の存在を思い出したかのように「な?」と同意を求めてくる。南城もそう思っているものだと信じて疑わない目はキラキラ輝いていて、そんな幼馴染のことを南城は眩しいものを見る目で眺めた。
「……楽しいか? 薫」
「ん? 楽しい!」
 ムッとすることも多いけど薫の嬉しそうな顔が素直に嬉しい。薫が楽しければそれでいい。それを隣で見ていられればいい。
 7歳か8歳そこらで自分の立ち位置を決めてしまった、そんな出来事だった。
 

2.
 成長するにつれて新たな刺激もたくさん知った。スポーツ、賭け事、喧嘩、バイク、夜遊び、そしてスケート。どれも隣には薫がいて、互いに一番ハマったものはスケートボードだった。
 転倒してばかりのスケートは次第にトリックが決まるようになり、一緒につるむ仲間もできて、そして南城たちは愛抱夢に出会った。
 愛抱夢は凄いスケーターだった。スケートの実力はもちろんのことカリスマ性まで持っている。一緒に滑ればポテンシャルが引き上げられて、どんなに難しいトリックでもメイクできるような気になった。楽しくて、興奮して、時間も忘れて滑り続けた。
 愛抱夢に出会ってからは南城と薫の間で彼の話題が多くなった。特に薫は初対面でノックアウトされてしまったらしく、恐らく無自覚だとは思うが何かと愛抱夢のことを持ち出してくるようになった。
「愛抱夢が」
「愛抱夢なら」
「愛抱夢と」
「愛抱夢みたいに」
 夢中になって話す姿は幼い子供のようで微笑ましい。けれども、南城も同意見だと信じて疑わない瞳は時に鬱陶しさを感じさせる。過去にもあったなと南城が思い出したのは、ヒーローに夢中になっていた頃の薫だった。
 あの頃は南城も同じくらいの熱量を返してやれた。しかし、架空のヒーローと身近に存在する愛抱夢とでは話が違う。昔のように純粋な思いのみで愛抱夢を語ることは難しく、嫉妬や劣等感を抱いている南城には無理だった。
 思えばこの頃から南城と薫は“ズレて”しまったのかもしれない。
 薫が愛抱夢に惹かれる気持ちは充分わかる。彼と滑る時間は本当に特別で、スケートスタイルにも憧れた。だからといって彼の話ばかりというのは面白くないし気に入らない。
 スケートを一緒に始めたのは南城で、一緒にボードを買いに行ったのも南城。技をメイクするたびにハイタッチして喜びあったのも、転んでも怪我をしてもそれでも負けないと意地になって競い合ったのも南城だ。自分だけを見ろとは言わないが、それにしても今の薫は愛抱夢しか見ていない。
 薫のやつめ……と不貞腐れはしたが、その感情はプラスにも働いた。愛抱夢たちに置いて行かれたくない一心でひたすら練習に打ち込み、誰かを真似るだけでなく自分にしかできないスタイルを探すきっかけにもなった。転び続け、それでも練習に明け暮れ、負けたくないと歯を食いしばる。コレかもしれないという道筋の一端をようやく掴みかけた時、真っ先に足が向いたのはもちろん薫のところだったのだが……
「聞いてくれよ薫! こないだオレ、ついに――
「いいところに来たな。今晩愛抱夢が出てくるそうだ。お前も行くだろ?」
 登校した足で薫の教室を訪ねると、彼は携帯電話から視線もあげずに訊いてきた。南城の返事は顔を見て確かめるまでもないのだろう。誰かとのメッセージのやり取りを続けている。
「あー……今晩な。わかった」
「ここ数日は出てこなかったからな。今日はどんなメイクを見せてくれるのか楽しみだ。8時にいつもの場所だぞ、遅れるなよ」
「……おー」
 最後まで視線が交わらないままチャイムが鳴り、南城は不完全燃焼の状態で教室を後にした。
 手足にできた痣よりも胸の中心が不快に痛む。薫の中の優先順位が変わってしまったという、改めて突きつけられる事実が苦しかった。同じものを見てきたはずが、気がつけば別々の方向を向いている。薫と喧嘩別れしただとか、彼が内地に引っ越してしまったとか、そういった理由ならまだ楽だった。愛抱夢も薫も南城を蔑ろにしていないからこそ、言いようのない寂しさを感じてしまう。
 複雑な思いを抱きながらも変わらず薫の隣にいた南城だったが、誘われるままに女性と過ごす時間も増えていった。そんな時、決まって薫は「また女か」と明らかにムッとした顔で南城を一瞥し、それがまた南城を悩ませる要因のひとつになる。
 薫は冷静沈着に見えてまだまだ子供っぽい一面を持っている。意外と硬派で仲間意識が強く、一度心を許した者には熱くなれる。そんな性格ゆえなのか、それともただの潔癖なのか、自分は愛抱夢、愛抱夢とうるさいくせに南城が他で遊び呆けているのは気に食わないらしい。いつしか顔を合わせれば小言や嫌味が飛んでくるようになり、軽口は次第にエスカレートして口論になった。ぶつけられる言葉が薫の本心ではないとわかっていても、煽られれば南城だってそれなりにムキになってしまう。
「お前なぁ、そんなにオレが好きか」
 否定される前提でからかってみると、「そんなわけあるか」と冷ややかな視線付きで思った通りの言葉が返ってきた。だったらほっといてくれと思うのに、なぜか薫はほっといてくれない。
 特にこれといった理由は無くて、彼の幼い部分が幼馴染への執着という形で現れているだけなのかもしれない。仮にそうだったとしてもだ。こうも頻繁に突っかかってこられると、それほどまでに離れてほしくないのかと自惚れたり邪推したくもなってくる。
 自分の方から距離を置いてみようかと考えたこともあった。しかし、幼稚園からずっと一緒にいるせいで今更どうやって離れたらいいかがわからない。相手が彼女だったなら別れてしまえばそれで終わるのに、幼馴染はそれができない。敢えて避けてみても生活圏が共通している限りはどこかしらで顔を合わせる羽目になる。
 いっそのこと本当に薫の前から姿を消せば、少しは名残惜しんでくれるだろうか。
(でも、アイツをひとりにはできねぇしなぁ。つーかオレがいなくなったら色々ダメになりそーだし)
 例え薫のそばを離れたとしても楽天的な性格の自分はなんとかやっていけるだろう。だが、薫も同じとは思えない。長年そばにいた南城だからこそ、薫が抱えている脆い一面を誰よりもよく知っている。
「……どーすっかなあ」
 ため息をついてみても結論はとっくに見えている。幼少期の自分を恨み、あの頃とまったく変わっていない今の自分に呆れ、2度目のため息はより一層深いものになった。
 
*
 いつもの時間、いつもの場所へ。思うところはあっても持ち主を乗せてウィールは回る。
「愛抱夢! 今日はどこまで行く?」
 愛抱夢に向けられる笑顔が明るい。南城はそれを横目で見ながら、かつて自分が言い放った言葉を思い出していた。

『お前なぁ、そんなにオレが好きか』

 この期に及んで“好き”の意味を考えてみる。
 薫に関してはごく当たり前のように無条件で好きだと思っていて、他の友人たちには無い特別なものを感じている。かといって女性に対する“好き”とは違うし、家族に向ける愛情とも違う。相手が薫だからこそ感じる特別な何か。その正体がなんなのか、今の時点では答えを見つけられそうにない。
(オレが急にいなくなったら、ちっとは泣くかな。いや、コイツのことだから間違いなく『せいせいする』とか言い出すな)
 半身とまでは望まないが、南城を失った時に薫が傷つくくらいの存在にはなっていたい。そう思いながら愛抱夢と薫の背中を追いかける。
「なあ、薫。楽しいか?」
 前を走る薫に声をかける。振り向いた時になびいた髪が街灯に映えて目を惹いた。
「は? なんだって?」
「スケート、楽しいか?」
「当たり前だ。お前だって楽しいだろ? 愛抱夢と滑るのは」
 アーチ状の車止めを飛び越えて誰もいない公園内を滑走する。ふと頭上を見上げれば、並んだ桜の花が夜風にそよいで枝を揺らしてた。どの花も真下を走る人間など見てもいない。ただただ気持ちよさそうに美しさを保って揺れている。
(桜か……)
 こっちの桜も南城のことは見ていない。それでも構わないと思えてしまうのは、今日はトリックがよく決まるせいだ。それに自分にとっての桜は後にも先にも薫だけ。昔よりは複雑な想いが混じってしまったが、彼が楽しいならそれでいい。
 そういえば楽しいかどうかを答えそびれてしまったが、すでに薫は聞いていない。南城も敢えて蒸し返さず、仲間の背中を追って走り続けた。
 

3.
「薫、楽しいか?」
 病院特有の清潔な匂いの中、問われた薫の片眉がピクリと動いた。彼は怪訝な顔を南城に向け、左手に持ったスプーンをわなわなと震わせる。
「は? お前にはこれが楽しそうに見えるのか?」
 備え付けのベッドテーブルには南城が作ってきた見舞いのプリンが乗っていた。片手しか使えないのでうまく掬えず、スプーンでグシャグシャにかき回された中身が容器の縁といわず外側にまでこぼれている。見かねた南城が食わせてやるからと手を差し出しても薫は頑なに拒み、その結果が今の惨状だった。
「だからオレが食わせてやるって言ったんだ」
「フンッ、お前の手を借りるよりマシだ」
「やせ我慢すんなよ。つーか、プリンが不憫で見てらんねーからスプーン寄越せ」
 無理やりスプーンを奪い取ると柄についていたプリンが指に移った。それを舌でぺろりと舐め、汚れている薫の指も軽い気持ちでついでに舐める。
「なッ!?」
 思いがけず強めに手を払われて、あまりの勢いに驚いてしまった。
「お、お前……指、舐めたな!?」
「プリンついてたろ?」
「だからっていきなり舐めるか!?」
「なにキレてんだよ。舐められんのなんか今更だろ。指切った時によく舐めてやったし、あれと似たようなもんじゃねーか」
「……いつの話だ。古い話を持ち出してくるな」
 フンッとそっぽを向いた薫は態度こそ悪く見えるが、彼の首筋はうっすら赤い。首筋を辿った先、髪の陰に隠れた耳は寒緋桜に近い色に染まっているのだろう。薫が照れた時の身体的特徴は、もしかしたら本人よりも南城の方が把握しているのかもしれない。
(なるほど。指が弱いのか)
 そろそろ知り尽くしたかと思っていたが、未だに新しい薫が見つかる。心の中のメモ帳に新たな発見を書き加えて、南城は満足げにプリンを引き寄せた。
「薫、ほら。口開け」
「はぁ!? 誰がやるか!」
「いいからほら、あーんってしろよ。あーんって。オレしかいねぇんだから恥ずかしくねーだろ」
「……お前だから嫌なんだ」
 そう言いつつも南城がしつこくスプーンを差し出すと薫は渋々口を開けた。やけくそ気味にスプーンを咥え、餌付けされる雛鳥のように崩れたプリンをどんどん飲み込んでいく。
「どうだ? 旨いか?」
「……癪だが旨い」
 見事な仏頂面だが食欲は問題無さそうで、南城は心の底からホッとした。薫に聞いた話によれば頭部の検査も無事にクリアしたらしい。もうしばらく入院したら自宅療養に切り替わるのだと言う。
 南城は未だに複雑な気分だった。
 薫自身が切望していた愛抱夢とのビーフ。愛抱夢が過去に行ってきた酷いビーフの数々を考えれば、薫の怪我は当然ながら予測できた。昔と今の愛抱夢とでは根本から何かが違う。愛抱夢への幻想を抱いていない南城だからこそ、その点に関しては冷静に現実が見えていたのかもしれない。それでも薫の気持ちを考えると、ビーフを止めることなど到底できるわけがなかった。
 この一件で薫の中でも何かが変わったと思いたい。彼のことだからこれからもスケートを続けるのだろう。愛抱夢との折り合いをどうつけるのかは薫自身の問題で、南城には口を出す資格も権利もない。例え彼がどんな選択をしようとも、自分は隣でこれまで以上に支えてやればいい。幼馴染で、仲間で、誰よりも身近なライバル。友愛も恋愛も性愛も親愛も、全部をひっくるめた上で桜屋敷薫という人物そのものを深く想っている。それこそが長い間抱えてきた想いの正体だった。
「薫、楽しいか?」
「……なんなんだお前は。だから楽しくないと言ってるだろ」
「オレは楽しいぜ? ガキの頃からずっとな」
 きょとんとする顔にウインクを投げ、泣き腫らした目で立つ記憶の中の少年に思いを馳せる。目の前にいる薫が再びたった一人で悔しさと悲しさを抱え込まないよう、いつまでも共にいることをかつての彼に固く誓った。
 

***END***

-SK∞:ジョーチェリ
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int(1) int(1)