【新荒】感情移入(05/09 更新)

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・付き合っていない高3の新荒です。
・受験勉強の息抜きに新開さんから本を借りる荒北さんの話。
 
※05/09更新。完結しました。

 
「……なんだこれ」
 受験勉強の息抜きがしたくて、本を借りに新開の部屋を訪ねた時のこと。「適当に選んでいいぜ」という言葉に甘えて本が詰まったカラーボックスをいじくりまわしていると、3段あるうちの最下段、左端に収められている文庫本が目に留まった。新開にしては珍しく、書店名が印字された紙製のブックカバーがついたままになっている。
 一瞬ドキッとした荒北は物音を立てないように振り返り、背後の様子を確認してみた。新開はこちらを気にすることなく机に向かい続けている。
(好きに選べっつったのはアイツだしナ)
 下心たっぷりに表紙を開いてみる。しかし、すぐに期待外れだったと肩が落ちた。タイトルはド直球の『恋愛小説』。それでも諦めきれずにパラパラとページをめくって足掻いてみたのだが、どうみても健全な恋愛小説でしかない。
(っだよ、エロ小説じゃねーのかよ)
 ガッカリしたものの新開が恋愛小説を読むとは思いもしなかったので、普段とは毛色の違う本に俄然興味がわいてきた。
 とりあえず目次に目を通してみる。中身は『初恋』『一目惚れ』『片想い』『両想い』『失恋』の5章で構成されていて、各章のページ数を見るに章名に沿った短編小説なのかもしれない。
「おい、新開」
「んー?」
 見慣れた背中に声をかけたが新開は返事をしただけで振り向かない。お構いなしに「コレ、おもしれーの?」と続けて問いかけてみると、彼はようやく首だけ振り向き、そして荒北がかざす本を見た途端にぎょっとした顔で目を丸くした。
「うわ、それっ、……中も見た?」
「見たから訊いてンだけど」
「……それもそうか」
「推理もの以外も読んでんだな。コレ、おもしれーの?」
「あー……面白いっていうか、まぁ、面白いことは面白いんだけど……」
 歯切れの悪さと、あきらかに何か隠している態度が引っかかる。「けど? 何だヨ」と言葉の続きを催促してみると、新開はうなじをさすりながら「実は最後まで読んでないんだ」とバツが悪そうに続けた。
「感情移入しちまってさ。話の続きを知りたくなくてね。ほら、栞が挟んであるだろ? そこから先は読めてないんだ」
「フーン。感情移入ねェ」
「登場人物が自分と似たような境遇だと思わず感情移入しちまうことってあるだろ? その本がまさにそれでね」
「いや? ねェよ。つーか一度もしたことねーわ」
「え、一度も?」
「おー。だってこういう作りもんは作りもんなわけで、オレじゃねーし」
 その返事に新開がまた目を丸くする。そして数秒後に何か閃いたらしく、「そうだ」と言ってニッと笑った。
「それじゃあ靖友が続き読んでくれよ。で、どんなラストだったか教えてくれないか」
「あ? オレェ?」
「ああ。感情移入しないんだろ? なら平気だよな?」
   
 そんなこんなで荒北の手元には読みたくもなかった恋愛小説がある。仕方ねーから読んでやるかと義務感半分、興味半分で読み始めたものの、意外と面白くてスルスル読み進めてしまった。
 各章の主人公に繋がりはなく、それぞれが独立した話になっていて、内容としてはドラマや漫画で一度は見たことがある陳腐で無難な話がほとんど。しかし、恋愛経験が乏しい荒北でも共感できてしまう面白さがあった。
 問題の栞は最終章の『失恋』の途中に挟まれていた。栞が挟まれている部分までのあらすじはこうだった。
 文系男子Aが同級生で同性のBに恋をした。初恋なうえに奥手のAには恋愛の勝手がわからない。おまけにBはスポーツ万能な人気者で、彼を慕う女子も多く、Aは自分の想いをひた隠しにするしかなかった。一方のBは自分の人気を鼻にかけることもなく、Aにも友人として優しく接してくれる。友情と恋の間で思い悩むAの日々は続き、高校卒業前に失恋前提で告白してみようと覚悟を決めるが、不幸にも覚悟を決めた翌日にBに彼女ができたという噂を耳にしてしまう。
「……ここで栞ねェ」
 その先の新開が読んでいない部分に手をつける。最後まで読み終えた荒北は、本を閉じて後味の悪さに眉根を寄せた。ちょっとした休憩のつもりが、気がつけばそろそろ消灯時刻を迎えようとしている。
 勉強する気が失せてしまい、荒北はあくびと共にベッドに寝転んだ。そのまま目を閉じて新開は一体誰に感情移入していたのかと考える。最後まで読んでいない新開は恐らく“彼”の存在を知らない。ということはAかBの二択でしかないが、一般的に考えればAに感情移入する人がほとんどだろう。それに新開は続きを知りたくないと言っていたし、栞が挟まれていたところまでは失恋するのはAだとミスリードされている。

『登場人物が自分と似たような境遇だと思わず感情移入しちまうっていうか……』

 新開の言葉をふと思い出してしまった。
「……っつーことはアイツにも惚れてる奴がいるってことか」
 こんな結末は誰が予想できただろう。
 荒北は自分の物語も自ずと終わりを迎えてしまうことを知った。
 
*
 本を返しに部屋を訪ねた時、新開は荒北を迎えるなり「どうだった?」と食い気味に問いかけてきた。しかし荒北はそれには答えず、本を手渡しながら「お前は誰に感情移入してたんだよ」と新開に質問を投げ返した。
「え? 誰ってAだけど……」
 予想通りとは言え、この的中は嬉しくない。「やっぱな」と呟いた時に胸の真ん中がギシリと痛んだ。
「なに、お前好きなヤツでもいんの?」
「え。……えっ!?」
「Aに感情移入するってことは、そういうことだろ」
「いやあ、その……まいったな」
 明確な返事がなくても新開の態度が雄弁に物語っている。荒北は平静さを保とうとして胸の前で腕組みした。
「なら最後まで読むんだな。オメーの考えてるようにはなってねェから」
「本当に?」
「おー。つーか最後まで読んだらわかんだけど、このラストは卑怯だと思うぜ」
「卑怯? って何が?」
「あぁ? 今言ったらつまんねーだろーが。ネタバレしていいのかよ」
「そうか。そうだよな」
 結末が気になってきたらしく、新開の指先が栞についた紐をいじり始めている。
「気になんならちゃんと読め。そんじゃーな」
「ん? もう行くのか?」
「ベンキョーすんだよ、ベンキョー」
 新開の肩を叩いて踵を返す。ドアノブを握ったところで荒北は「あ、そうだ」と振り返った。
「オレも感情移入とやらがわかったかもしんねーわ」
「ん? 誰かに感情移入したのか?」
「まぁな」
「誰に? ……もしかして、おめさんもAだったりしないよな?」
「まさか。“ピエロ”だヨ」
「ん? ピエロって道化師の? そんなの出てこないだろ」
「だからァ、今聞くなっつーの」
 首を傾げる新開にニヤリと笑う。荒北はそれ以上は何も答えず、扉を開けて部屋を後にした。
 

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int(1) int(2)