【新荒】例えばこんなベタな話

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付き合っていない高3の新荒です。

「新開くん、荒北のこと好きだよね」
と、クラスメイトの女子に言われてから新開さんのことを意識するようになってしまった荒北さんの話

 
「えっ、と……好きって、オレがおめさんを……?」
 目尻の垂れた瞳がパチパチと瞬きを繰り返す。声の中に困惑を感じ取った荒北は、自分が今間違えたことを知った。
 

*
 事の発端は約1か月前、ゴールデンウィーク明けの昼休み。前日から雨が続いていたので荒北は教室の自席で昼食を摂っていたのだが、そこに新開が訪ねてきたことから始まった。
 新開の用件は部活に関するもので、伝え終えた後は荒北の前の席に腰をおろして一緒に昼食を摂り始めた。他愛のない雑談を交わして食事を終え、昼休みが終わる15分前には自分の教室へと帰っていった。荒北にとっては普段通りのやり取りでしかなかったが、それを見ていた隣席の女子が突然こう言い出した。
「新開くん、荒北のこと好きだよね」
 発言の意味が理解できず、返事に詰まって首を傾げる。よほど怪訝な顔をしていたのだろう。彼女は机に頬杖をついて発言の補足をし始めた。
「新開くんってみんなに優しいけど、荒北にだけ距離感おかしいでしょ? やたら近いし、スキンシップ過剰だし、ずいぶん信頼してんのねっていうか、あんたらってそんな仲良かったっけー?みたいな。なんかちょっと意外な感じ」
「あ? アイツは誰にでもあんなんだぞ。つーか仲いいってんなら、どう考えてもオレより福ちゃんだろ」
「私、福富くんと新開くんとは1年の時に同じクラスだったんだよね。確かによく一緒にはいたけど、あそこまでひっついてなかったし」
「オレだって別にひっついてねェっつーの」
「え。気づいてないの? だいぶ近いよ」
「はぁ? 知らねーよ。アッチが勝手にくっついてくんだヨ。文句あんなら新開に言ってくんナァイ?」
「文句とかそんなんじゃないってば。見てて不思議っていうか、なんか意外だなーって。ねえ、ほんとに自覚ないの? だいぶ近いよあんたら」
「だから知らねェって。アイツ、弟いるっつーからそのせいじゃねーの?」
「うちは妹いるけどベタベタしないよ」
「……あっそ」
「マジで荒北にだけ接し方が違うんだけどなー」
 クラスメイトが腑に落ちない表情で荒北を眺める。荒北も心外だと言わんばかりに「だからァ、オレに言うなっつーの」と素っ気なく言い返した。荒北としてはそれで会話を終わらせたつもりだったのだがクラスメイトはまだ諦めていないようで、キョロキョロと周りを伺った後で声をひそめ、
「ね、新開くんて彼女つくんないじゃん? もしかして……そういうことだったりする?」
と、ずいぶん含みを持たせた調子で問いかけてきた。
「あ?」
「恋愛的な意味で荒北のことが好きだったりして」
 彼女が何を言い出したのか瞬時には理解できなかった。「レンアイテキィ?」と復唱したのは無意識だったが、声にしたことで“恋愛的”の事だと結びついた。
「えッ、なっ!? ハァ!? 何言ってンだ!? んなわけねーだろ!」
「わかんないよ? モテるのに彼女つくんないから、新開くんてもしかしてソッチなんじゃって女子の中で噂になってるんだけど……やっぱりあり得る気がするんだよね。ねえ、好かれてるかもって思う時ない?」
 そんなことを訊かれても新開の態度など意識したことすらないのでわかるわけがない。荒北は二度目の「知らねーヨ!」を言い返して手洗いに立ち、今度こそ強制的に会話を終わらせた。
 

**
 頭部から流れた汗が目尻に滲んで視界を歪める。反射的に瞼を閉じた荒北は、また自分が新開を目で追っていたことに気づかされてしまった。
 ローラーの回転音に紛れて舌打ちし、意識を切り替えようと頭を振る。室内でのローラー練習は考え事をする隙ができてしまうので早く外で走りたいのだが、早目の入梅による長雨が外周を許してくれない。
(……集中しろっつーの)
 気を取り直してペダルを回すも、気がつけばまた後ろ姿を目で追っている。その繰り返しだった。
 隣席の女子に妙なことを吹き込まれた日から、荒北は新開を意識するようになっていた。
 言われてみれば確かに新開は他人に比べて距離感が近い。社交的で物怖じしない性格から考えるに、パーソナルスペースが狭いタイプなのだろう。ということは距離感の近さは新開が生まれ持ったもので、荒北にだけ特別というわけではない……と結論付けたかったのだが、観察すればするほど新開は本当に自分を好きなのかもしれないと疑うようになっていた。

『靖友。はい、タオル。ボトルの中身も補充しといたぜ』
『靖友、麺楽行かないか? 新メニューの話聞いたかい? おめさん好みのがあるらしいんだ』
『靖友、コンビニ付き合ってくれよ。ベプシおごるからさ。いいだろ? 気分転換にちょっと話したいし』
『ん? 居残り? いいよ、終わるまで待ってるから一緒に帰ろうぜ。ウサ吉んとこで集合な』
『オレは楽しいよ。おめさんとロード乗るのがさ。え? ハハ、本心だって。嘘じゃないよ』

 目線、声、態度、そして笑顔。改めて記憶を辿ってみば思い当たる節が次々と浮かんでくる。
 荒北を呼ぶ声は穏やかで柔らかく、注がれる視線はこちらがくすぐったくなるほど正直でまっすぐ。さりげないボディタッチはよく見るが、じゃれるようなものは荒北以外にしているところをほとんど見ない。
 『んなわけねーだろ』が次第に『もしかして』に舵を切り、『マジでそうなんじゃねーか?』に突き進んでいく。その頃には友情とは別の愛着が荒北の中に芽生えていた。
 親しい友人とは言え同性からの好意に対し、嫌悪や拒否といったマイナス感情を抱かなかったのは我ながら不思議ではあった。多少の驚きと気まずさを感じたものの、正直なところ悪い気はしていない。もしこれがまったく知らない相手だったなら、今とは状況が違ったかもしれない。深く知った仲の新開だからこそ事実を確かめるべく荒北も真剣に考えてきた。
 ミイラ取りがミイラになる。荒北自身はまだ自覚していないが、今の彼にピッタリな言葉はこれ以外に見つからない。
(アイツ、オレのこと好きなんだよなぁ……)
 新開を目にするたび、いや、目の前に存在していなくても彼のことを考える時間が増えていた。“仮定”だった話はいつしか“断定”に置き換えられて、荒北の中で『新開は荒北を好き』ということになっている。好きだと言われたなら意識せずにはいられないし、知らないフリなどできるわけがない。
 新開のことを考え、目で追い、アイツはオレのこと好きなんだよなァと密かに照れる。そのうち正体不明の感情に胸の真ん中を優しく掴まれるようになり、目で追っているせいか視線がかち合う機会が増えた。そのたびに「何?」と柔らかな微笑みを降り注がれ、「なんでもねーよ」と無愛想に返してしまうのだが、新開は嫌な顔も見せずに「そう?」と楽しげに笑ってくれる。本当に新開は荒北のことが好きなのだろう。
 

***
 時間は流れて季節は初秋、夏の日差しがまだ残る9月の昼下がり。すっかり確証をつかんだ気でいた荒北は、溜まりにたまった暴発しそうな想いに耐えかねて「お前、オレのこと好きなンだってェ?」と新開本人に訊いてしまった。
 昼休みの喧騒が中庭まで聞こえてくる中、惣菜パンを口に運ぶ手がピタリと止まった。「え?」という軽い驚きを含んだ声と、唾を飲む荒北の喉の音が重なる。
「悪い、今なんて言った? 聞き間違いじゃなければ“好き”って聞こえたんだけど」
「……間違いじゃねーヨ。それであってる」
「えっ、と……好きって、オレがおめさんを……?」
「だからそう言ってンだろーが」
 目尻の垂れた瞳がパチパチと瞬きを繰り返す。
「いや、それって……うーん、オレが? 靖友を?」
(なんだこのビミョーな反応は。だって、そうじゃねーかよ)
「おめさん、本気で言ってる? オレが靖友を好きだって」
(は……?)
 声にこそ出さずに済んだものの、戸惑いと焦りが荒北の鼓動をスピードアップさせた。『なんで』の3文字が頭の中に飛び交い始める。だが新開を見るに、冗談を言っているわけでも嘘をついているわけでもないらしい。途端に荒北は口の中の渇きを覚えた。嫌な種類の汗が背中を流れ落ちていく。憑き物が落ちるとはまさにこの事だろう。思い切り頬を打たれたかのような衝撃だった。
「えっ、あー、いや、なんつーか……いやいや、冗談だっての。ハッ! んなわけねーだろ、ったくよォ」
 しどろもどろになりながらも、なんとか誤魔化して不器用に笑ってみせる。しかし新開が歯を見せることはなく、怪訝な顔を維持したまま動かない。
「……なんだよ。何だそのツラは」
「いや、あのさ……逆、じゃないのかなって思って」
「あ? 逆ゥ?」
「オレがじゃなくて、靖友がオレのこと好きなんだろ?」
 思わぬことを言い出されて、荒北はキョトンとしたまま固まってしまった。新開が何を言い出したのか理解が追いつかず、彼の発言がうまく飲み込めない。
「……は? 何言ってんだ?」
「いや、だってそう聞いたぜオレは」
「聞いたァ? 誰に」
「誰って……うちのクラスの女子に?」
「疑問形で言われてもオレは知らねーよ。は? つーか、なんだそれ。オレがオメーを?」
「ああ。あれは間違いないって念押しされたぜ? それに、てっきりオレも靖友はそうなんだって思ってたんだけど」
「なっ……ハァ?」
「おめさん、オレのこと好きだよな」
 2人を包む空気は熱して暑く、新開が座っている左側は更に暑い。鼓動は依然早くなったままで、まっすぐな視線がスピードダウンを許してくれない。
「靖友、よくオレのこと見てるだろ? 目が合えば照れくさそうに逸らすし、何でもないって言う割にはまたすぐにこっちを見てる。あんなに情熱的に見つめられたんじゃ、さすがにオレも気がつくよ」
「ハァ!? んな目で見てねーよ! 話盛んな!」
「盛ってないさ。事実を述べてるだけだ。他にも色々あるぜ? 麺楽とかコンビニに誘うとパッと顔が明るくなって嬉しそうにするし、2人で話してる時なんかわかりやすく目がキラキラしてる」
「は?」
「オレと一緒だとよく笑うのもそうだ。それにおめさんの雰囲気が普段とは別物で柔らかくなってるの、アレは無自覚?」
「え」
「ベタベタしてくんなって怒るくせに、こっちが遠慮して触らないと今度は物足りなさそうに不貞腐れるだろ? で、オレがおめさん以外とふざけてると『暑苦しいもん見せんな』って睨んでくる。仮におめさんは全部無自覚でやってたとしてもだ。あんな態度取られたんじゃ誰だって勘違いすると思わないか? あとは――
「もういい! わーった! わかったから、やめろ新開!」
 身に覚えが無いことばかりだったが、言われてみれば思い当たらないこともない。それに新開を観察していた時、荒北だって似たようなことを彼に感じていたではないか。
 荒北を呼ぶ声の甘さや、注がれる視線の柔らかさ。誘いに乗った時の嬉しそうな表情。触れてくる手の温かさ。それらを感じていたからこそ新開は荒北が好きなのだと思い込んでいたのだが、まさか自分が同じような態度で新開に接していたとは。 
 顔と言わずに耳や首筋までもがジンジンと熱を持ち始め、恥ずかしさと焦りが冷静さを奪っていく。更に新開は追い打ちをかけるかのように「それで?」と荒北の顔を覗き込んできた。
「あ? それで?」
「本当のところはどうなんだ? 否定しないんなら当たりってことにしちまうけど」
「……ッ!」
 自信ありげな態度にムッとして、同時に胸の真ん中が控えめにキュンと鳴る。ああそうか、と荒北はついに気づいてしまった。意識しすぎたあまりに目の前にいるこの男を、新開隼人のことを好きになっていたのだ。
「……オメーのその自信過剰なとこがムカつくぜ。そこだけは可愛くねェな」
「お。否定しないんだな」
「うっせ。けどなァ、元はと言えばオメーが思わせぶりな態度取るからワリィんだぞ。オメーがそんなだから女子には変な事吹き込まれるし、そのせいでオレもスゲー意識しちまったし、なのに結局はオレの勘違いってか。これじゃあただのバカじゃねーか。ったく、紛らわしいのはどっちだヨ。あーあ、やってらんねーわ。今この瞬間から全部無しだ。オメーのことは何とも思わねーから安心し――!?」
 失恋のショックを隠して気丈に振る舞っていると、新開が荒北の腕を突然掴んだ。その衝撃で手を離れたベプシのペットボトルが地面に転がる。
「何してんだ。落ちたじゃねーか」
「いやあ、嬉しくてね。それに、全部無しってとこに少しだけムカついてさ」
「はぁ?」
「どうやらオレたちは同じみたいだな」
「あ? 何が」
「さっきも言ったけど、おめさんが勘違いさせるからオレは靖友のことが好きになっちまったみたいなんだ。だから全部無しってのは取り消してくれよ」
 新開の指に力が入る。取り消すまで離さないとでも言うような意思の強さが右腕に伝わって来た。
「……は? お前、さっき好きじゃねェって否定してただろ」
「否定はしてない。靖友がオレを好きなんだと思ってたから、逆のことを言われてちょっと驚いただけだぜ」 
「そんじゃあアレか? オレもオメーも最初はなんとも思ってなかったのに、周りに吹き込まれたせいでまんまと意識し始めちまったってわけェ?」
「我ながら単純だとは思うけど、まあそうなるな」
「ハッ! オレもオメーもチョロすぎんだろ」 
「素直って言ってくれよ。けど、他の人が相手だったらまた違ったんだろうな。こうはなってなかったと思う」
 新開は何の気無しに口にしたのかもしれないが、それはまるで荒北の思考を読んだかのような内容だった。同じように考えている、たったそれだけのことが純粋に嬉しい。
 荒北は足元のペットボトルを拾い上げると、それを手の中で弄びながら「なあ」と新開を見た。
「……お前……マジでオレが好きなのか? 」
「ん? そうだけど?」
「……フーン」
「信じられないって顔してるな」
「べつにィ? そんなんじゃねーけど」
「靖友はすぐ顔に出るから誤魔化しても無駄だよ。じゃあ、どうやったら信じられる? 言葉でダメならキスでもしようか? それとも、おめさんを抱いたら信じてくれるかい?」
「だっ……!? で、できんのかよ!?」
「いやあ、試してみないことにはなんともだけど、でもきっとできると思うぜ。靖友が相手ならな」
 根拠のない自信と余裕にムッとして、グッときて、頼もしいとすら思ってしまう。思わず「スゲーなお前」と感心する荒北に、新開は「そう?」と楽しげに笑い返した。
「で、どうする靖友。試してみる?」
 じっと見つめてくる瞳の中に茶化した様子は一切ない。新開はこういった冗談を言うタイプではないと付き合いの長さから知っている。だからこそ彼は本気で試してみるかと言っているのだ。
「……そっ、そういうのは追い追いナ」
 負けたようで悔しいが、余裕の無い今はこう返すだけで精一杯だった。
「そっか。それじゃあ追い追いな」
 ニッと口角を上げた唇が惣菜パンに齧りつく。いつかこの唇と……と、よからぬ妄想が浮かんでしまい、慌ててベプシを呷った荒北は炭酸に咽せて咳き込んだ。9月の日差しが、どうしようもなく火照る頬を照らしていた。
 

***END***

-ペダル:新荒
-,

int(1) int(1)