【新荒】「告白」に至るまでのモノローグ【2022荒誕

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・大学2年、春休み中のつき合っていない新荒です。
・新開さん視点での4/2~4/3の話。

荒北さん★HAPPY BIRTHDAY!!! そして新荒の日おめでとう!!!!

 
「オメーらとの仲良しごっこも悪くなかったぜ」
 高校生活最後の日、卒業式当日。強がる割りには照れくさそうに笑う彼を見て、改めて好きだと思った。
 卒業式特有の感傷的な雰囲気は嫌いじゃない。しかし、その空気に感化されすぎると「好きだ」の3文字が口から出そうになる。言ってしまいたい衝動をなんとか抑えて笑い返し、“良い友人関係”を保ったまま箱根学園を卒業した。
 あれから2年。物理的な距離ができたおかげで恋心はずいぶん落ち着いた。
 レースで顔を合わせても自然体で挨拶できる。「よぉ」の一言だけで無駄にテンションが上がったり、心臓が人知れずペースを速めるなんてことももう無い。少しだけ淋しい気はするがコレが本来あるべき姿なんだろう。もう少し時間が経てば、この恋はただの青春の1ページに変わる。……と思っていたし、そうなるはずだった。
 大学に入ってから2度目の4月。彼は同級生の中で一足先にハタチになった。
 特別視しないようにメールや電話はしない。自分が祝わなくても、彼を祝う仲間なら向こうの大学内にたくさんいる。どんな誕生日を過ごしているのか気にならないと言ったら嘘になるが、4月2日は敢えて何も考えないようにして一日が過ぎるのをただただ待った。
 あと30分ほどで日付が変わる頃、携帯電話が着信を告げた。画面に浮かんだ漢字4文字のまさかの名前。慌てて手を伸ばすも、通話ボタンをタップする前に一瞬だけ迷いが生じた。
「や、やあ。久しぶりだな」
『今、家いんの?』
「ん? いるよ」
『何してた?』
「なにって……風呂入ってた」
『あっそ。ひとりィ?』
「一人だよ。おめさんは何してた? 元気かい?」
『なァ、なんで連絡よこさねーんだヨ』
 あまりにも予想外な問いかけだった。なんでと言われても答えるべき正解がわからない。
「え、っと……なにか約束してたっけ?」
『今日が何の日か知ってンだろ。なんも言われてねーんだけど』
「え? ああ、そうだな、誕生日だったよな。おめでとう。一足先にハタチだな」
『そんだけか』
「ええと……じゃあ今度何かお祝いしようか。寿一と飯でも食べにいく?」
『早速でワリィんだけど今にしてくんね?』
「え。今!?」
『駅前にコンビニあんだろ。そこで待ってっから』
「え、いや、ちょっと待っ――……」
 急いで電話をかけ直してもなぜか出てくれない。3回目の留守番電話サービスに繋がったところで通話は諦めた。
「……駅前のコンビニって、うちの駅のってことだよな?」
 さすがに静岡ではないと思いたいが、彼がこんな時間にこっちにいるのも信じがたい。
 携帯電話のデジタル時計が41分から42分に表示を変える。こうして迷っている間にも彼は駅前で“待っているかもしれない”。嘘か本当かは行ってみればハッキリする。
 行く、と決めたところで姿見に目が留まった。Tシャツにスウェットパンツという部屋着感が丸出しの服装だが着替えている余裕はない。とりあえずパーカーを羽織ってポケットに財布を突っ込み、いつもの習慣でロードバイクに手を伸ばしかけてやっぱりやめた。きっと向こうも歩きだろうから、スニーカーを履いて家を飛び出す。
 駅前まではロードバイクでなら5分もかからない。その道を自分の足でしっかり踏みしめ、いつぶりかもわからないランニングで息を切らせる。
 速すぎる鼓動が苦しい。喉がヒリついて痛い。前へ前へと気持ちだけが先走ってしまい、もつれる足がもどかしい。
 駅前に続く大通りに出る頃には呼吸がみっともないくらいにあがっていた。駆け足から早足くらいにスピードを落として、大急ぎで深呼吸を繰り返す。乱れた呼吸を整えるのはもちろん、余計な事を言わないように一旦冷静になっておきたかった。落ち着け、落ち着け、と唱え続けて、深呼吸と共に胸の真ん中をひたすら撫でる。だが暗示も虚しく、コンビニの煌々とした看板を見た瞬間に心臓が大げさなほどドキッと跳ねた。見慣れたはずの灯りが今日は一段と眩しく見える。
 家を出た時には期待と疑念の比率が五分五分だった。コンビニが近づいてきた今は、一歩進むにつれて“期待したい”がどんどん高まっている。
 揶揄われたわけじゃないのなら、本当に彼がいるのなら、あと少しで会えてしまう。会いたい、いてほしい、どうか頼む、裏切らないでくれ。
 本当にいてくれたなら、まず最初になんて言えばいいのだろう。いや、それよりもどんな顔をするのが正解なのか。ニヤけずに“普通”の顔ができるだろうか。そもそも普通の顔がどんなだったかがわからない。“彼の友達”の自分はどんな態度で接していただろう。
 自覚以上に混乱しているようで、考えが一向にまとまらない。とりあえずは手櫛で髪を整えて、走って乱れた服も手早く直した。控えめに「……あー」と発生して声の出を確かめ、意味もなく咳払いをして第一声に備えておく。ハッとして顎に触ってみれば髭はちゃんと剃っていた。安堵したのも束の間、今度は手のひらの汗が気になってしまいスウェットパンツでゴシゴシ拭う。そうこうしているうちにコンビニの正面が見えてきて、緊張と期待感で胸が張り裂けそうだった。
「……っ!」
 彼を見つけるセンサーはどうしてこんなにも優秀なのか。ごく当たり前のようにして目が彼の姿を捕捉した。
 駅前のロータリーに沿って植えられた街路樹。コンビニ前の2本の根元には石造のベンチが設置されていて、その片方に彼が座っていた。店内の明かりを背に受けて、前屈みになって携帯電話を眺めている。画面のバックライトだけでは表情までは確認できない。だが、確かにそこに存在していた。
「靖友っ!」
 呼びかけに反応して靖友が顔を上げた。目が合った途端に向こうの表情が崩れた気がしたが、あれ、と思った時には普段通りの顔に戻っていて、「おせーぞ」と理不尽になじってきた。
「これでも走ってきたんだぜ?」
「チャリ乗ってねーとほんと遅ェからな。まあ、走ってきたのは褒めてやるヨ」
「それはどうも」
 相変わらずな態度を微笑ましく思いつつ、立ち上がった靖友の前まで行く。嗅ぎ慣れない匂いがした気がしてスンスンと鼻先を動かしてみると、意外なことに靖友からアルコールの匂いがしていた。
「ん? もしかして酒でも飲んでる?」
「おー。向こうで飲まされた」
「向こうって静岡?」
「そー」
「誕生日祝いか。いいね、楽しそうだな」
「祝うなんてもんじゃねーよ。手加減なしで飲ませてくんだぜ? こっちは今日ハタチんなったばっかだっつーの」
 うんざりした顔で靖友がため息をつく。けど、本心ではないのだろう。口調は明るい。
「けど、どうしてここに? あっちで祝われてたんだろ?」
「あー……ちょっとな」
 それ以上答えるつもりはないのか靖友はうなじをさすって視線を外した。口をつぐんだまま足元の砂利を靴裏で2度3度と転がし始める。
 もっとうまい具合にはぐらかせばいいのに、こういうところだけは昔から下手でわかりやすい。何か理由があるらしいのは一目瞭然だった。正直なところ気になってたまらないが、これまでの経験上、無理に追求しても靖友は絶対に口を割らない。仕方がないので、こっちもこれ以上は訊かないことにする。
(うーん……)
 会ってみたはいいが、この先をどうしたものか。靖友は物珍しそうにキョロキョロと周りを眺めていて、そんな彼をオレは新鮮な気持ちで眺めていた。
「なんだか変な感じだな。靖友がここにいるの」
「あ? そうかァ? まぁ、初めて来たしな」
「そうだ。オレだけじゃなんだし、せっかくだから寿一も呼ぼうか? おめさんも会いたいだろ?」
「そりゃあ会いてェけど、この時間なら寝てんじゃねーの? もうすぐ12時だぞ」
 そういえばそうだった。色々と浮かれすぎて時間帯のことがすっかり頭から抜けていた。
「そうか、確かに寝ちまってるな。それじゃあオレしかいないけどいい?」
「……おー」
「けど、この時間からじゃ横浜方面の終電ももうじきだし……そうだな、うち泊まる?」
「えっ」
 下心抜きで誘ったつもりだが、勘がいい靖友相手では装いきれなかったのかもしれない。要らない誤解が生じる前に慌てて言葉を付け足した。
「他に当てがあるならいいんだ。あくまでもおめさんがよければって意味で――
「あてなんかねーヨ」
 食い気味の否定がこんなにも嬉しかったことはない。ホッとしながら「そっか。じゃあ決まりだな」と目を細めると、珍しく靖友が「……よろしく頼むわ」と律儀に頭を下げた。
 歯ブラシだけ買いたいという靖友につき合って、コンビニであれこれ買い物をした。この時間に開いている店となると、選択肢が居酒屋くらいしかない。けどオレはまだ飲めないし、久しぶりに顔を合わせたこともあって家でゆっくり過ごすことにした。そのための食糧と飲み物をたっぷり補充して、二人共が両手に袋を下げて家路を急ぐ。
 道中はお互いの近況を報告し合い、途中で寿一の住む家を教えたりなんかして、高校時代と変わらない会話のテンポを楽しんだ。相槌を打ったり、たまにツッコんだり、絶妙な空気感が懐かしい。楽しくて、ホッとして、彼の隣は居心地が良いままだった。見つめすぎないようにするのはなかなか難しかったが、“昔からの新開隼人”をうまく演じている自信はあった。
 鍵を開けて靖友を自宅にあげる。大学の友人を家に招いたことは何度もあるのに、こんなにも恥ずかしさが込み上げてきたことは一度もなかった。
「恥ずかしいからあんまりあちこち見ないでくれよな」
「そう言われると見たくなる……って寮んときと大して変わんねーじゃねーか。相変わらず女っ気のねー部屋だぜ」
「女っ気? あー、その手のものは何も無いよ。残念ながら相手がいないんでね。期待に添えなくて悪いな」
 コンビニ袋をローテーブルに置くと、正面に腰を下ろした靖友が意外そうな目でこっちを見た。買ってきたものを机上に並べながら「マジでいねーの?」と改めて訊いてくる。
「ほんとだよ。嘘ついてもしょうがない――ん? これ、携帯用にしなかったんだな」
 スナック菓子の下にある歯ブラシに手を伸ばす。てっきり携帯用のセットを買ったと思っていたのだが、ブラシだけを買ったらしい。
「携帯用?」
「歯磨き粉付きのセットもあっただろ? 旅行用みたいな」
「あー。そういやあったわ。なんも考えてなかったぜ」
「じゃあ、うちに置いとこうか。また泊まるかもしれないし」
「え」
「え?」
「……また来てもいいのかよ」
 来るなと言った覚えはないし、今回限りと約束したわけでもない。こちらとしては次が無いと思われていたことの方が驚きだった。
「構わないよ。当たり前だろ」
「……じゃー、頼む」
「うん。それじゃあ早速向こう置いとくな」
 パッケージから取り出した歯ブラシを洗面所へ持っていく。普段使っているコップに立てると、当然ながら歯ブラシが2本並んだ。
「……同棲してるみたいだな」
 何気なく呟いたことが自覚した途端に恥ずかしくなってきた。目線を上げて鏡を見れば、案の定そこには締まりのない顔が映っている。
「何やってんだか……」
 並んだ歯ブラシを喜ぶなんてどうかしている。こんなのが靖友にバレたら引かれてしまうに違いない。そもそも彼への好意はこの2年間で落ち着いてきたはずだった。それなのに今の自分ときたらみっともないくらいに浮かれている。せめて靖友の前ではボロが出ないようにしようと、気を引き締め直してからリビングに戻った。
 

*
「先始めてるぜ」
 浴室から戻ると靖友はスナック菓子をつまんでいた。いつの間に買ったのかビール缶も開けている。
「酒も買ってたんだ?」
「この1本だけ」
「へぇ、おめさんは呑める口なんだな」
「みてェだな」
「おいしい?」
「さあな。これが一番旨いって先輩に教えられたンだけど……飲んでみるか?」
 目の前に缶を突き出されて、流れのままに受け取ってしまった。少しくらいなら許されるだろうかと缶に口をつけてみる。しかし思った以上に缶を傾けてしまい、ジュースのような勢いで多めの一口を飲んでしまった。
「……っ!」
 炭酸の痺れが舌と喉を痛めつける。その後で胃の辺りがカッと熱くなり、ビールの匂いが鼻に抜けると苦味だけが口の中に残った。
「……さすがにジュースとは違うな」
「そりゃそーだろ」
「旨いって思う日がくるのかな」
「おっさんになる頃には思ってンじゃねーの?」
 何歳くらいが靖友の言うおっさんなのか。そこはツッコまずにビール缶を返して、自分用に買ってきた缶コーヒーを手に取った。
「そうだ。とっくに過ぎてるけど誕生日おめでとう」
「おう。わざわざどーも」
 缶をくっつけて乾杯する。誕生日はどんなだったのか訊いてみると、靖友は静岡での飲み会の様子を話し始めた。金城くんたちだけじゃなく、部活の先輩にも散々飲まされたらしい。
「なかなか壮絶な飲み会だったんだな」
「あのさァ」
「ん?」
「酒飲んでっから、やべーこと言っても勘弁な」
「やばいことって?」
「そっ、れはァ……わかんねーけど……なんか変なこと言っても全部酒のせいだから」
 念を押すように言うと、靖友は思い切り缶を呷った。ハァ、とひと息ついた呼気はアルコールの匂いが濃い。彼が酔ったらどうなるのか興味はあるが、そんなに飲んで大丈夫なのかと心配にもなってくる。
 以降も洋南話は続き、主に飲み会での笑い話を聞かせてくれた。靖友が心配するような“変なこと”は言い出さなかったが、それよりもそわそわした感じが気になった。本心は別にあるような、何かを隠しているような、そんな感じの落ち着かなさ。オレとしても靖友とふたりきりになるのは卒業以来で、2人の時はどんな風に過ごしていたのか振る舞い方がわからなくなっていた。おまけに靖友を意識しすぎるあまり、彼のそわそわが伝染してしまって落ち着かない。ギクシャクまではいかないが、オレも靖友も噛み合わない何かは感じていたと思う。
 そんな中、仕切り直しの意味を込めて「ハタチになった感想でも聞こうかな。『抱負は?』とかやっとく?」と冗談めかして質問してみると、なぜか靖友は黙ってしまった。
「靖友?」
「……」
「もしかして、なんかマズイことでも訊いちまった?」
「いや……そうじゃねーけど」
 けど、に続く言葉を辛抱強くじっと待つ。しかし、いくら待っても靖友は口を開かない。とっくに空になっているビール缶を両手で握りしめたまま動かない。
「あー……ええと……あれ、もう3時なんだな。そろそろ寝る? 靖友もシャワー使ったらどうだ? せっかく買ったんだし、歯ブラシも使わないとな」
「お前は?」
「オレ? オレはほら、一回入ってるから。おめさんが風呂あがったら歯だけ磨こうかな。そうだ、靖友は着替えも必要だよな。Tシャツとハーフパンツでいい?」
「……おう」
 靖友を浴室に案内してタオルの場所なんかを説明する。相槌を打つ靖友が違う場所を見ていることに気がついて、何だろうと追いかけてみれば仲良く並ぶ歯ブラシ2本に行き着いた。途端に例の恥ずかしい妄想がぶり返して、一瞬にして耳に火が灯る。顔に出てしまう前に退散しようと、着替えセットを靖友に押しつけて早々に浴室から逃げ出した。
 

**
 テーブルを部屋の端に寄せて布団を敷く。客用の布団がないので一緒に寝るしかないが、雑魚寝するにはまだ肌寒いし、風邪をひくよりはマシだろうから狭くても許してくれるだろう。
「……ん? もうあがったのか」
 布団を敷いている最中にドライヤーの音が聞こえてきた。相変わらずの烏の行水。寮時代の懐かしさが込み上げてきて思わず笑ってしまう。
「新開、カゴん中にタオル入れといたぞ、って何笑ってんだ?」
「いやあ。相変わらず風呂早いなって」
「いいだろべつにィ。言っとくけど、ちゃんと洗ってっからな」
「わかってるって。そうだ、布団が1組しかなくてさ。狭いけど構わないよな?」
「押しかけた身で文句なんか言わねーヨ。まあ、オメーの寝相によっちゃあ言うかもしんねーけど」
「靖友よりマシだと思うぜ?」
「お? 言ったな?」
「ああ、言ったな」
 言えば返ってくる軽口のテンポも変わりない。応酬を楽しみつつ靖友と交代して洗面所に入ると、使われたであろう歯ブラシがコップにきちんと戻されていた。たったそれだけのことで気を良くしてしまうのだから、我ながら単純だなとは思う。
(そういえば『押しかけた』って言ったよな?)
 歯を磨いている最中、時間差で靖友の発言が気になった。呼び出されたのは確かだが家に誘ったのは自分の方だ。これでも“押しかけた”ことになるのだろうか。
 そういえば靖友がこっちに来た理由も知らないままだ。そわそわして落ち着かないのも彼らしくなかったし、ハタチの感想も聞けずじまいで終わっている。
「今日はわからないことばかりだな……」
 口をゆすいでタオルでぬぐい、ふう、とひと息ついて歯ブラシを並べる。何度見てもいい光景だが靖友の私物を預かるということは、彼の存在がこの先も部屋に残り続けるということでもある。
 洗面台に両手をついてガックリと項垂れた。深々と息を吐いてから顔を洗い、新しいタオルを手探りで掴んで顔を埋める。
(まいったな……)
 薄々気づいていたが、たった2年で想いがなくなるわけがなかった。会った時から、いや、4月2日を意識していた時点でまだ好きだと言っているようなものだ。物理的に離れたことで気持ちが落ち着いたつもりでいたが、ただ単に靖友がいない状況に慣れてきただけなんだろう。本当はまだこんなにも好きでいる。改めて意識してしまった今、こんな状態で一緒に寝たらボロが出てしまわないだろうか。
「新開?」
 突然かけられた声に驚いて心臓が大きく跳ねる。顔にも態度にも出なかったことが奇跡だった。
「ん? どうかした?」
「いや、なんも音しねーから大丈夫かって思って。お前に酒飲ませただろ? だから気分悪くなってたらオレのせいだし……」
「あー、ごめん。心配かけちまったな。飲んだって言ってもたった一口だ。大丈夫だよ。何でもないから寝ようか」
「そうか?」
「おめさんの方こそ大丈夫かい? うち来る前も結構飲んでたみたいだし」
「オレ? オレはべつに」
「そっか。本当に強いんだな」
 靖友の背中を押してリビングへ戻る。彼が枕代わりのクッションに頭を乗せたのを確認してから室内の明かりを消した。そろそろと布団に近づいて空いたスペースに潜り込む。ぶつからないよう気をつけても右半身のどこかが靖友に触れてしまい、
「やっぱ狭いな」
「だな」
と暗闇の中で小声で笑いあった。
 顔が見えないからこそ息遣いや声の近さにドキドキして、顔が見えないからこそこっちの表情も隠せてホッとする。
 靖友が寝返りを打って背中を向けたらしく、彼に触れる場所がいくつか減った。なんとなくつられてしまい、こっちも寝返りを打って背中を向ける。
 背中から腰にかけての一点だけが触れていた。それだけでも体温がしっかり流れてきて、この状況に対して段々と恥ずかしさが募ってくる。高校時代は3年間を寮で共に過ごしたが、こうして同じ布団で寝るのは今回が初めてだった。目を閉じてみても眠れるはずがなく、せめて靖友の邪魔をしないようにとジッと身を潜める。
 どのくらいそうしていたのか。時間の間隔がないまま寝たふりをし続けていたら「……なあ」と靖友が話しかけてきた。
「さすがに寝たか?」
「……いや? まだ起きてるよ。どうかした?」
 返事をしたはいいが反応が返ってこない。もう一度何か言おうかと口を開きかけたところで靖友が先に言葉を発した。
「さっきの……ハタチの話のやつな、あっちで飲んでる時も似たような流れになったンだよ」
「うん?」
「でェ、やり残したことがあるって話になって……酔っ払いの悪ふざけっつーのォ? 周りがやけに盛り上がっちまって、『やり残したままじゃダメだ、今すぐ東京行ってこい』って流れになってよォ。駅まで引っ張られて、先輩たちに新幹線の切符渡されて、でェ、今ここにいるってわけ」
「……それはすごいな」
「酔った勢いで出てきたはいいけど、東京着く間に段々冷静になってくるわけヨ。そんだけの距離はあるからナ。けど来ちまったもんはしょうがねぇし、切符まで渡された手前なんもしねーで帰るわけにいかねーし、これはもう腹括るしかねェなって」
「あのさ」
「ん?」
「やり残したことって、訊いてもいい?」
「あー……」
 訊くべきじゃなかっただろうか。靖友はまた黙り込んでしまった。それでもしばらく待っていると、背後から唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「……オレさァ、好きなヤツがいんだよネ。で、こっちにはソイツに会いに来た」
 ショックだった。これまでにないくらいショックを受けた。その言葉を耳にした瞬間、息を吸うのを忘れてしまうほどに。
「そっ、そうなんだ。なんだ、知らなかったよ。そうか、好きな人か。靖友は意外と秘密主義だからな、ハハ……」
 無理に取り繕ったせいで声のトーンが定まらない。心臓がバクバクして胸が潰れてしまうかと思った。
 指という指の先端が急激に冷えていく。手のひらには嫌な汗をかき始めていて、自衛本能で掛け布団をキツく握りしめた。
「ハタチまでに忘れらンなかったら、そん時はソイツに話すって決めてた。……けど、酒の勢いでってのはさすがに無しだナ。酔った勢いで告白して、ダメだったら酒を言い訳にして誤魔化しちまえばいいかって……やっぱダメだろ、そんなん」
「……相手には会えた、んだよな?」
「おー」
「…………告白は? して、きた?」
「いや……それがさァ、顔見た途端になんも言えなくなんのな。ソイツんちまで行ったのに」
「え、家まで行ったのか。すごいな」
「なんもすごかねーヨ。むしろ行ったのも間違いだったかもな。なんつーか、ココで暮らしてんだなとか、コイツには新しい居場所があるんだなとか、そういうのを実際に見ちまうとさァ……今更オレが入り込む余地なんかねーだろって」
「……そうか」
「ハッ! それもただの言い訳で、ホントはビビったのかもな。ソイツはちゃんと元気でやってて、オレだけ昔のまんまでさァ。だからなんも言ってねェ。情けねェだろ」
 靖友が自虐気味に鼻で笑う。長年の付き合いがあるからこそ、話し方や声のトーンで靖友は本気だったんだなと察してしまった。こんな時にまで彼への理解が早い自分が憎くなってくる。
 駅前で会った時の靖友は携帯電話を眺めていた。ひょっとしたら好きな人の写真でも見て、言えなかった想いに浸っていたのかもしれない。あるいは、連絡先を消すかどうかで悩んでいたのかもしれない。
 そうやって勝手に思いを馳せていると、あの時感じた違和感の正体に気がついた。
「あー、だからか。やっとわかった」
「あ?」
「駅前で会った時、おめさん泣きそうな顔してたんだぜ。すぐいつもの顔に戻っちまったけど」
「……」
「そういう事情があったからなんだな。けど、言えなかったって気持ちもわかるよ。オレも似たような経験があるからさ」
「え」
「……実はオレも気になってた人がいるんだ。大事な友達でさ、関係を壊すのが怖くて好きだなんて言えなかったよ。まあ、オレの場合は告白するって選択肢がそもそも無かったってのもあるけど」
「……それってハコガクん時の話か?」
「ん? そうだよ。でも今も続いてる。2年も経ったのに好きなまんまでね……友達って位置付けたのは自分なのに、わかってるんだけどなかなか吹っ切れないんだよなあ」
 本人に話してしまったのは、ショックを受けてヤケになっていたのかもしれない。けれど話してしまえば意外とスッキリするもので、これが失恋かとしみじみ思ったりもした。
「……お前はそのまんまでいいのかヨ」
「ん?」
「今でも惚れてんなら、ダチのまんまってのは辛いだろ。これからも会うんじゃねーの?」
「んー……辛いけど、告白したことで二度と会えなくなるよりマシかな。それに向こうには好きな人がいるみたいでね。あっちからしたらオレはただの友達で、最初っから脈無しなんだ。いつか本当に友達って思える日が来たら、その時は笑い話の一つとして話してみてもいいかもな。実は好きだったって。まあ、言わないだろうけど」
 数年後、いや、数十年後かもしれないが、好きだったなんて告白したら靖友は心の底から驚くに違いない。今の話が全部自分の事だったとは夢にも思わないだろうから。
「そういうことでオレは友達を貫くよ」
「友達ねェ……茨の道だな」
「そうだな。けど、おめさんもそう決めたんだろ?」
「……だな」
「なあ、靖友」
「あ? なに」
「今だけ抱きしめようか?」
「……ハァ? なんでだよ」
「似たもの同士のよしみで慰めてあげようかと思ってさ」
「……んなもんいらねーし、なんでちょっと上から目線なんだヨ」
 返事にあくびが続いて「もう寝るわ」と靖友が宣言した。おやすみと言った後は本当に黙ってしまい、数分もしないうちにかすかな寝息が聞こえてきた。
 寝息を入眠のBGMにして瞼を閉じてみる。だが、ショックが尾を引いていて、とてもじゃないが寝る時のテンションとは程遠い。
(そうか、好きな人か……考えたこともなかったけど、有り得る話だよな)
 自転車漬けの日々を共に過ごしてきたせいか、靖友と恋愛が結びついていなかった。自分が彼を好きなように、靖友にだって好きな人ができても当たり前だというのに。
 どんな子がタイプなんだろうと考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
 

***
 翌日は靖友のアラーム音で目を覚まし、駅まで送るべく9時前には家を出た。道中も当たり障りのない会話をして、隣で笑う靖友はいつも通りの顔だった。
「新開」
「んー?」
「昨日、急に呼び出して悪かったな」
「ハハ、また待ってるぜ。けど、次は事前に連絡くれると助かるよ」
 バツが悪そうに「わーってる」と答える顔でさえ好きだと思う。この先、友達だと思える日が本当に訪れるのだろうか。
 改札への階段を登ったところで靖友が足を止めた。
「もうここでいいぜ」
「いや、ホームまで送るよ。せっかくだしな」
 靖友は切符を買い、こっちはホームへの入場券を買う。見送ったら見送ったで帰り道がより一層寂しくなるが、このまま別れてしまう気にはなれなかった。離れ難い。純粋にそう感じている。
「電車は……あと5分もないな」
「次は5月だナ。今年もうちが勝つから覚悟しとけよ」
「いや、今年はリベンジするよ」
 上着のポケットに両手をつっこんだ靖友が「どーだかな」とニヤリと笑う。そして電車が入って来る方を見た後で咳払いし、俯いたまま「やっぱスッキリしねーから言っとくわ」と切り出した。
「あーのさァ、好きなヤツいるって言ったろ? あれな……お、お前のことって言ったら……どうする?」
「……ん? え?」
「いやっ、どうするってどうかする必要もねーし、答えなくて構わねェんだけど、あー、なんだ、その……とにかく、これはマジな話だから! 冗談とかそんなんじゃねェし、マジで言ってる」
「……」
「昨日はグダグダ言ったけど、やっぱなんか黙ってらんねーなって……いや、ホント、聞き流していいし、オレの自己満に巻き込んでんのもちゃんとわかってる。けどマジでお前に会いにきたってのはわかってほしかった。って、お前も惚れてるヤツがいるって言ってたし、こんなん急に言われても迷惑でしかねェと思うけど、だから、あー……ええと、なんだ?」
 こんなにも焦る靖友は見たことがなかった。こんな姿を見せられて、冗談だろうと疑うはずがない。真剣に話してるってことはオレだからこそ知っている。
 電車の到着を告げるアナウンスが流れると、ホーム上に乗客が増えてきた。靖友は下を向いたまま少しだけ口先を尖らせて、怒ったみたいな顔になっている。どうしたらいいのかわからないのだろう。そんな癖だってちゃんと知ってる。
「……どうもこうも、オレも同じ気持ちだよ。オレも靖友が好きなんだ」
 電車が入線してくる音に声が被ってしまったが、ちゃんと届いたらしい。弾かれたように靖友が顔を上げて、丸くなった目にはオレだけが映っている。
 すぐそばで電車のドアが開いた。数人が降りてきて、また数人が乗っていく。他に乗り込む人は靖友以外にいない。
「靖友、電車」
「おう」
「乗らないと」
「わかってる」
「おめさん今日は何かあるんだっけ?」
「いや、なんも」
「部活は?」
「授業も部活も56日からだ。そっちは?」
「同じく」
 発車ベルが鳴り響く中、目を合わせたままふたりとも黙っていた。どちらともなく「じゃあ」と言い出して、背中で電車を見送る。
 改札へ向かう足取りが軽い。隣の靖友もおんなじで、腹が減ったと呑気なことを言っている。
「靖友、今日も歯ブラシの出番だな」
「なー。置いといてよかったぜ」
 ニッと笑う顔が無邪気で、その表情にまた恋をした。
 4月2日は友達最後の日。
 4月3日は恋人としての最初の日。
 
 
***END***

-ペダル:新荒
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