【新荒】嘘と、恋人【2022新誕】

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社会人(アラサー)の新荒です。
記憶を失くした新開さんが荒北さんに翻弄される話。【R-18】

《お知らせ》
・途中でルート分岐の選択肢があります。どちらもハピエンです。
・襲い受け気味だったり、申し訳程度の♡があったり。

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・以前アンケートをとらせていただいた、記憶喪失話の新開さんバージョンになります。→『拍手へのお礼&アンケ(終了しました。6/3追記あり)』
・こちら→【新荒】忘れても好きなひと【記憶喪失】の続きのようなもの。

新開さん今年も誕生日おめでとう!!!誕生日用の話じゃなくてごめんなさい。

 
 10月下旬のある日、陽が落ちて夜が始まる時間帯。室内に携帯電話の着信音が響いていた。
 最初の着信が朝の8時すぎで、2回目は正午を回ってから。15時近くに3、4、5と立て続けに鳴り、それきりしばらくは沈黙していたものの、19時に近づく今は5分と置かずに電話が鳴り続けている。
 荒北靖友。
 すべて同じ人物からの着信だった。
「……まいったな」
 新開隼人は電話にでるべきかどうかを迷っていた。
 荒北という人物は所属チームの名簿には載っていないし、チーム外からの着信には慎重にと言われている。しかし、電話帳に登録されているということは何かしらの繋がりがあるわけで、これだけ何度もかけてくるのだから急用という可能性もある。散々迷った末に意を決した新開は、恐るおそる携帯電話を掴んで通話ボタンをタップした。
『やーっと出た。おい、何やってたンだヨ!』
 無防備な鼓膜が予期せぬ怒号にビリビリ震える。
『てめェ、何回かけたと思ってんだ! メッセージはよこさねェし、こっちのには既読つかねェし。見てねーのか、敢えてシカトしてんのかどっちだ? どっちも許さねェが、シカトだったら尚更許さねェぞ』
「ええと……」
『そもそも、後でかけ直すって言ったのはそっちだろーが! オメーの“後で”は3日も空くのか? あ゛ァ? てめェ、もしかしてオレに言えねェ事でもしてんじゃねーだろーなァ。3日も空けた理由を言え、理由を』
 電話の相手はよほど怒っているのだろう。口も挟めないほど一方的に捲し立ててくる。あまりの剣幕に圧倒されてしまったが、それでも今の新開にはどうすることもできない。
『おい。なんか言えヨ』
「あー……その、電話にでなかったのは謝ります。でていいのか迷ってしまって」
『は? 何言ってンだ? つーかなんだその敬語は』
「初めて話すので失礼がないようにと思ったんですが……どこか変でしたか?」
『……お前今家か? ひとりだよな? もしかして誰かいんの?』
「いや、誰も。ひとりです」
『ですって……だからなんなんだヨ、その喋り方はァ。さっきからずっと変だぞ。やっぱ誰かそこにいんだろ』
「違うんです、その……あー……あの、本当に申し訳ないんだけど、あなたが誰なのかわからないんだ。知り合い、でいいんですよね?」
 正直に現状を告げたというのに、返ってきたものは長い溜息だった。おまけに益々怒らせてしまったらしく、強めの舌打ちも聞こえてくる。
『お前なァ、こんな時にふざける気か?』
 相手の声のトーンが低くなっている。3日間も連絡しなかった挙句に誰かわからないと言われたのだから、彼が怒るのも尤もかもしれない。しかしながら新開にも理由がある。
「いや、そうじゃなくて本当に誰かわからないんだ。今、記憶がなくて」
『あぁ? 記憶? ……ん? おい、今なんて言った?』
「3日前? から記憶がないんです。事故った時に頭ぶつけて記憶を失くしたみたいで」
『…………はぁ?』
 充分に間を置いた後で聞こえてきた一言。驚いたような呆れたような声の中に先ほどまでの攻撃性はもうなかった。
 

1.
『今から行く。家で待ってろ』
 一方的に電話が切れた後、1時間と経たずに自宅を訪ねてきた男は荒北靖友と名乗った。高校時代の同級生で、現在も連絡を取り合う仲だと言う。
 家に上がった荒北は慣れた様子でリビングに直行すると、大股開きでソファーに腰を下ろした。よほど急いで来たらしい。淡いグレーのオックスフォードシャツは背中部分に汗が染みている。彼は袖を肘までまくると「あちぃな」と手で顔を扇ぎ、テーブル越しに置いてあるオットマンを顎で指して「詳しく聞かせろ」と催促した。
 新開が事情を説明している間、荒北は一度も目を逸らさなかった。難しい顔で腕を組み、たまに「それで?」と続きを促す以外は口を挟まない。緊張しながらも新開がすべてを話し終えると、今度は目を閉じて動かなくなった。
「あの……荒北、さん?」
 呼びかけに反応してスッと目が開く。眉間の皺こそなくなったが、疑いはまだ晴れていないのか眼差しに鋭さが残っている。
「まず、調子狂うから敬語はやめろ。前みたいに名前でいい。オメーはそうしてた」
「名前……」
「靖友ォ」
「や、靖友……くん?」
「……まあ、今はそれでいい。慣れてきたら呼び捨てで構わねェから」
 溜息混じりの言い方が気になった。だが、ひとまずは承諾を得たのでこれで良しとする。
 荒北は目だけを動かして新開を上から下まで眺めると、長々と息を吐いて前屈みに姿勢を変えた。自身の足に肘をついて深く項垂れ、「ったくよォ……」と膝の上で両手を組む。よく見ると、力を入れすぎて色を失った指先が小さく震えていた。
 荒北はそのままの姿勢で数秒ほど俯いていたが、次に顔を上げた時には表情から険しさが消えていた。
「オメーなァ、ビビらせんじゃねーよ、急に連絡つかなくなるとかマジで焦ったぜ。何事かと思ったじゃねーか。って、今のお前に言ってもしょうがねェんだけど」
 口調は変わらないが新開を見る目が優しい。
「何か約束してたなら謝ります。3日間も待たせたみたいだし」
「それはもういい。気にすんナ」
「でも」
「こっちも電話で怒鳴って悪かったな。わけわかんなくてビビったろ? まさか事故った上に記憶失くしてるとは思わねーからさァ。勘弁な」
 目の前にいる荒北は電話越しに感じた印象とはかなり違った。もっと感情的で激情型な人物を想像して身構えていたのだが、実際に話してみると冷静で現実的なタイプのように思える。
「にしてもレース帰りに追突事故ねェ……大した怪我もなくてマジで良かったな。いや、記憶なくなってンだから良くはねェんだけど」
「記憶喪失っていっても一時的なものらしくて、そのうち思い出すだろうって。精密検査でも脳に異常はなかったし、オレとしては商売道具の手足が無事で何よりです。追突された同僚は車が完全に買い替えだって泣いてたけど」
「お前、チャリのことは覚えてんのかよ」
「なんとなく。それにほら、家の中もこんなだし」
 室内にはロードバイクや替えのタイヤ、ユニフォームや整備グッズやなどが溢れている。棚に並ぶトロフィーや表彰楯の中には最近の日付のものがあって、新開がロードバイクを職業にしていることは一目瞭然だった。
「最終戦の後ってのも、ある意味ついてたナ。シーズン中だったら大問題だぞ。お前、今季はそこそこ良い線いってたし、プロコンチームへの移籍話もマジであり得るかもな」
「移籍? そうなんで――そうなんだ?」
 ジロリと睨まれたので敬語を崩して言い直す。
「まだ眉唾もんだけどな。けど、そんな噂が出るってことは可能性があるってことだろ。火の無いところに煙はってヤツだ。それにしてもようやく念願が叶うかもって時に……ったく、ついてんだか、ついてねーんだか」
 荒北はフンと鼻で笑ってソファーに深く座り直し、背もたれに片腕を乗せた。事情を知ってホッとしたのか、彼の顔からそんな雰囲気が伝わってくる。
 新開もつられて笑みを浮かべながら荒北との関係性について考えていた。
 高校時代の同級生だと言っていたが、その中でも特に親しい間柄だったのだろうか。新開の事情に詳しいようだし、彼と話していると不思議と気分が落ち着いてくる。記憶を失くしてからは何かと不安が付き纏っていたのに今はだいぶ心が軽い。荒北が“記憶喪失”をすんなり受け入れてくれたせいだろうか。
「あの、変なこと訊いてもいいかな」
「あ? 変なことォ?」
「その……記憶喪失ってのを靖友くんは疑わないんだなと思ってさ。漫画や映画じゃないんだし、普通はなかなか信じられないだろ? それにオレが嘘をついてる可能性だってゼロじゃない」
「だって嘘ついてねーだろ、お前」
「なんでわかるんだ?」
「んなもん見りゃわかるっての。変なことってのはソレか? くだらねェ。記憶喪失ぐらいで疑うわけねーだろ。まあ、オレも高校ン時に経験してっから、お前の気持ちはわかるぜ」
「え……経験って、靖友くんも記憶喪失を!?」
「オレんときは思い出すまで1ヶ月くらいかかったな。けど心配すんな。そのうち戻っからァ」
 理解が早い理由を知って納得したが、まさかの経験者という意外な告白は想像もしていなかった。
「なんだヨ、妙な顔して」
「いや……驚いてる」
「ハッ! そりゃーこっちのセリフだっつーの。オメーも記憶失くすとはナァ。ま、そんなわけだから何かあったら連絡しろ。先輩としてアドバイスしてやるヨ」
「先輩か。それは頼もしいな」
 だろ、と言って笑う荒北に不覚にもドキッとした。
 笑顔の中に垣間見えた少年のような幼さ。この人はこんな風に笑うのかと、失礼ながらギャップを感じてしまった。そして、荒北についてはほぼ知らないも同然だというのに、惹きつけられると同時に懐かしいと思っている自分がいる。
「靖友くんって、もしかしてオレの親友だったりする?」
「あ?」
「今でも連絡とるほど仲がいいんだろ? オレの仕事の話も詳しいし、深く知ってる感じだった。だから、親友なのかと思ってさ」
 ピンときて自信有りげに言ってみたものの、予想に反して荒北は「ちげーよ」と即座に反論した。
「そんなんじゃねェ。親友ってんならオレより福ちゃんだな。あー、福ちゃんってのは――
「福富寿一。明早大出身のロードレーサー。だよな?」
「なんだよ、知ってんの?」
「マネージャーに教えてもらった。事故のことが耳に入ったらしくて、その日のうちにチームに電話をくれたらしい。オレに電話しても繋がらないからって」
「っだよ、福ちゃんは事故のことも知ってたのかヨ。こっちにも情報回してくれてたら3日も待たずにすんだじゃねーか」
 不服そうに荒北が舌打ちする。そこでもまた少年っぽさが顔を覗かせた。
「間違った噂が広がらないよう事故の件は内密にってマネージャーが念を押したらしいから。だから言わなかったんじゃないかな」
「あー。なら福ちゃんはぜってー言わねェな」
 拗ねていた顔が一転して腑に落ちた表情に変わる。思わず新開が「福富くんへの信頼がずいぶん厚いんだな」と感心すると、「そりゃーな。福ちゃんだからナ」とよくわからない返事がきた。
「それって答えになってる?」
「うるせー、なってんだヨ」
 福富と荒北、いや、少なくとも荒北には福富への強固な信用があるらしい。きっと福富との関係も良好なのだろう。“福ちゃん”という呼び方からもそんな雰囲気が伝わってくる。ということは荒北もロードレーサーなのだろうか。
「福富くんとも知り合いみたいだし、靖友くんもオレたちと同じ職業だったりする?」
「いや、オレはちげェ。大学ん時はチャリ部だったけど」
「あれ、またハズレか」
「まあ、仕事的には関わりあるぜ。スポーツメーカー勤務だしな」
「へぇ。メーカーさんなんだ」
「うちは福ちゃんとこのスポンサーもやってンだヨ。だからこそオレにも情報回してくれたっていいと思わねェ? 高校ン時は同じチームで走った仲だってのに」
 荒北はまた口先を尖らせて拗ねた顔になった。元から感情表現が豊かなのか、それとも思考が素直に顔にでてしまうタイプなのか。コロコロとよく変わる表情は新鮮で見ていて飽きない。
(……それにしても)
 荒北の話を聞いている限りでは、彼は新開よりも福富のほうが繋がりが深いように思える。かつての同級生が事故にあって記憶を失くしたとはいえ、わざわざ訪ねてくるほどのことだろうか。経験者としてのノウハウを伝えに来てくれたというのなら、荒北は友情を何よりも大事にするタイプなのかもしれない。
「靖友くんはずいぶん友達思いなんだな」
「あ?」
「親友でも同僚でもない、ただの同級生のためにわざわざ家に来てくれるなんてよっぽどだ。けど、記憶がない以外は大した怪我もなくてぴんぴんしてるってのがね……せっかく来てくれたのになんだか申し訳ないよ」
「ただの同級生? ちげーよ。付き合ってんだから心配して当たり前だろ」
 荒北は突然何を言い出したのか。聞き間違いでなければ彼は今『付き合っている』と口にした。
「……ごめん、もう一回いいかな?」
「だからァ、付き合ってんだからフツーに心配すんだろって」
「つ、付き合うって……その、オレと靖友くんが? いわゆる恋愛的な意味の……?」
「そーだヨ。オレはオメーのカレシってことォ。わかるゥ? 彼氏。コイビト。セックスする相手。ってソレはべつに付き合ってなくてもできるか」
「オレと、靖友くんが……」
「高3ン時からだから1、2……もうすぐ7年か」
「な、7年!?」
「ビビんだろ? オレが言うことじゃねーけど7年も飽きずによく続いてると思うぜ。ホント」
 荒北は芝居がかった大袈裟な動きで肩をすくめてみせる。一方の新開は告げられた関係性があまりにも衝撃的で、事実を受け止めきれずにただただ固まっていた。
「おーい、新開。大丈夫かァ?」
 

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